萩原流行バイク事故死と「ものぐさ精神分析」岸田秀 タイトル画像

1、はじめに

こんにちは、月刊精神分析編集部Aです。

2015年04月22日深夜、京都から福岡へ戻ってYahooのトップニュースをみて驚愕(きょうがく)した。

<萩原流行さん>オートバイ事故で死亡

毎日新聞 4月22日(水)22時3分配信

22日午後6時ごろ、東京都杉並区高円寺南の青梅街道上り車線で、俳優の萩原流行(ながれ)さん(62)=本名・萩原光男、東京都杉並区善福寺4-10-4=が倒れているのが見つかった。病院に搬送されたが、約1時間半後に死亡が確認された。

【写真】事故現場で萩原流行さんが乗っていたバイクを調べる警察官

近くにオートバイがあり、警視庁杉並署は萩原さんが運転中に何らかの原因で転倒したとみて、事故の詳しい状況を調べている。現場は片側3車線で、オートバイは真ん中の車線で倒れていたという。

萩原さんは昨年10月に乗用車を運転中に歩行者と接触して走り去ったとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)などの疑いで先月、書類送検されていた。【神保圭作】

【経歴】

映画やテレビで個性派俳優として活躍した萩原さんは東京出身。本名は光男(みつお)さん。1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、同年つかの戯曲を元に製作された映画「蒲田行進曲」に出演して注目された。

その後も、映画「里見八犬伝」、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」、テレビの旅番組などに出演。妻で女優のまゆ美さんと近年、夫婦でうつ病と闘った体験を語っていた。

最終更新:4月22日(水)23時51分

既刊に月刊精神分析シリーズの「うつ病」の事例として、萩原流行さんと妻・さんの共著「Wうつ」を取り上げた事があった。最近、立て続けに交通事故を起こしているとの報道も耳にしていたので「あぶないな」と思っていたところへ上記の速報。

既刊の萩原さんを取り上げた既刊の月刊精神分析(http://agency-inc.com/hagiwara-nagare/)のサイトのアクセス数は、
4月22日(水)9101、
4月23日(木)8453、
4月24日(金)1099、
4月25日(土)479、
4月26日(日)351、
4月27日(月)235、
4月28日(火)82、
4月29日(水)73。
一週間で約2万アクセスに達した。事故を取り上げた月刊精神分析シリーズなど月に1000アクセスもいかないのに現役有名俳優のショッキングな事故死だけにメディアの取り上げ方も大きく、かつ世間の注目度の高かった事が伺える。

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2、萩原さんの事故

img09.jpgimg08.jpg事故発生日時:2015年04月22日18時06分

事故当時の天候:雨

事故現場:報道映像を見ると事故現場の背景にみえる店舗は「PIZZA-LA(ピザーラ)」ネットで検索するとピザーラ高円寺店(東京都杉並区梅里1-19-12)。広い地図表示

img04.jpgGoogle地図でチェックしてみると、萩原さんは東京都杉並区高円寺南の青梅街道上り車線を杉並区役所から中野警察署方面へ走行中。「杉並車庫前」交差点から東へ(新宿方面)向かい、ローソンLS高円寺南店(100円ローソン:東京都杉並区高円寺南2-4-3)横の歩道橋(青梅街道杉並区高円寺南二丁目)をくぐったタイミングで第1車線から第2車線へ車線変更をしたバン(後に護送車と判明)と第2車線を走行中の萩原流行さん(東京都杉並区善福寺4-10-4)の大型オートバイ(2代目ハーレーダビッドソン2015年モデル スポーツスター アイアン XL883N サンドカモデニム)が接触。転倒した萩原さんは第3車線に投げ出され、後続車両にひかれた。報道映像で確認できたピザーラ高円寺店は新宿方面へ向って右手にみえる。救急搬送先の東京都内の病院で死亡(19時26分)。死因は心房破裂。

img05.jpg上の写真が「杉並車庫前」交差点から新宿方面の景色。第1車線がバス専用になっている。img06.jpg歩道橋手前左にローソンがある。img07.jpg上記の写真が萩原流行さんが最後にみた景色。道路右側にピザーラ高円寺店が確認できる。

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3、萩原さんの周りで多発していた事故。

1、2013年01月、東京都杉並区内で乗用車を運転中に50代女性が乗る自転車と接触事故を起こし、軽傷を負わせていた。

2、2014年10月、東京都杉並区内で乗用車を運転中に歩行者と接触。左腕に約2週間のけがを負わせたが走り去ったとして、当て逃げ容疑で今年3月下旬に警視庁に書類送検

3、2015年03月23日、大型バイクを運転中、杉並区の区道で転倒し、右腕を打撲するけが。

4、2015年04月22日、大型バイクを運転中、杉並区の青梅街道を走行中、第1車線から車線変更してきた高井戸署に護送車と接触転倒、後続車にはねられ心房破裂で死亡。

精神分析の世界では事故や錯誤行為(まちがい)は無意識の現れと説く。乗用車で自転車と接触事故、乗用車で歩行者当て逃げ事故、大型バイクで転倒打撲、大型バイクで接触転倒心房破裂(致命傷)・・と、まるで死の代償のカタルシスへひた走るように受け取れる。

普通芸能人やスポーツ選手が事故を起こすと、所属事務所や球団は再発を恐れて、運転禁止や車通勤禁止などの抑制行為を行ったりするが、それでも事故を起こす人は起こすのである。まるで何かに憑(つ)かれた様に。精神分析の世界ではそれを無意識(コンプレックス:複合観念体)の表象化ととらえる。

萩原さんのコンプレックスの分析は既刊の月刊精神分析で行っているので、そちらを参照願いたい。2013年からの事故に関しては、私の想像の域を脱しないのだが、うつを患った萩原さんは燃え尽き症候群があったり、強い罪責感、思考力・集中力の低下、自殺念慮があったのではないだろうか?

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4、ウェスタンスタイル

img10.jpg萩原流行さんが好んだウェスタンスタイル。萩原さんがアメリカ西部開拓時代を思わせるファッションを纏う事はどんな意味があったのか?

未開の地(アメリカ西部)へ銃(男性性の象徴)を所持し、日差しをものともせず(テンガロンハット)、馬(ハーレー)で移動する。

萩原さんはバンドマンとその愛人の子供として生まれ、幼少の頃は父から果てしない暴力を受けていたと言う。実父とは絶縁状態のまま。

容易に想像できるのは萩原さんは実父を自身の成長モデルにできなかったで、西部劇に登場する名優達を自分の男性性のモデルにしたのではないか・・。

萩原さんの著書「Wうつ」の中で、西部劇の名優「ジョン・ウェイン」は自分自身を銀幕上で大きくみせるため、一回り小さな銃を劇中で使用していたんだと・・・萩原さんはDVDをみながら妻・まゆ美さんに熱っぽく語ったと記述していたのを覚えている。

子どもをもうけなかった萩原さんは自身の父性の発露として、常にウェスタンスタイルを纏っていたのではないか?もちろん本人にしてみればそんな理由付けはどうでもいいことで、悪い言い方をすれば萩原さんは「ウェスタンスタイルコスプレヤー」として、日頃から現代の馬、鉄馬(ハーレーダビッドソン)に跨り青梅街道を走っていたのだと解釈(意味付け)できる。
img11.jpgハーレーに乗った事がある事がある人はわかると思う。アイドリング状態(エンジンを吹かしていない状態)のハーレーのエンジンの振動は、タッタカ♪タッカタ♪タッタカ♪タッカタ♪と言った馬の鼓動と一緒だと納得される事だろう。

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5、萩原流行さん自宅から事故現場への道のり

img13.jpg萩原さんの自宅の右の傍らにバイクカバーがかけられたハーレーがみえる。
萩原流行さんの自宅から事故現場まで7.2Km、約20分の道のり。ハーレーで自宅から東京・四谷の美容室に向かう際、「気をつけてね。最近、事故が多いから」と妻のまゆ美が注意を促すと、笑顔で「安全運転で行くから」。それが夫婦の最後の会話になった。
img12.jpg

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6、バイクで走ることのリスク

img15.jpg現代の馬(バイク)に跨り走る事は気持ちのいい事ではあるが、常に事故の可能性が付きまとう。

私も福岡市内を移動する時は自動車を利用しているので事故現場に遭遇する事がある。

2014年01月27日の夜中の事。福岡市中央区の警固交差点を南に左折、左手に福岡市立警固小学校、秋山病院・・とその時、十数メートルの範囲でバイクのカウリングが飛散している光景に出くわした。色は緑。車やバイクに興味がある人はピンとくる筈。バイク、緑、kawasakiである。当時、カウル付の売れていたバイクと言えばニンジャ250R (Ninja 250R)。「この部品の飛散状況だと乗っていた人は相当なダメージを被った筈」と思いながら現場を通り過ぎた。

日常の光景が死亡事故現場となった。img14.jpg

もしやと思って翌日、Yahooでニュース検索すると案の定ニュースになっていた。

Yahooニュース

27日午後11時半ごろには、福岡市中央区警固の大正通りで、福岡市西区の55歳の女性が運転する普通乗用車が脇道から右折しようとして、直進してきたバイクと衝突した。バイクを運転していた福岡市博多区の会社員、上原享さん(30)が、搬送先の病院で間もなく死亡。警察が原因を詳しく調べている。

現場の地理を知っている人なら「あぁあそこは危ない」と思う筈。大正通りはかなりの交通量がある。側道を通して薬院2丁目と警固のマンション群から車が流れ込む。

メインストリート大正通りを薬院六角へ疾走する緑のニンジャ250R 。脇道から距離感の測りにくいバイクを見落とした自動車が右折する形でニンジャの進路をふさぐ。フルブレーキするものの間に合わず、ニンジャは自動車と衝突。ライダーは放り出されてアスファルトと激突。搬送先の病院で死亡。・・と言ったストーリー。

これが、自動車vs自動車なら軽傷で済んだであろう事故でも、バイクだと致命傷になる。にもかかわらず、人はバイクに乗るのだろうか?

上記の事故で、ん?と思うのは30歳の男性と55歳の女性が事故の当事者と言う点。まるで、息子と母親くらいの年齢差である。錯誤行為は無意識の現れと捉えるのだが、なにせ事故の当事者が死亡してしまっているので今更、養育史をきく事もできないし、どの様な精神構造を持った方だったのか分析もできない。

萩原さんもバイクで走ることに一定のリスクは感じていた筈。にも関わらずバイクに乗ったのはなぜか?

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7、バイクに乗る意味

ネット社会はある日突然、見知らぬ人と人を継なぐ。

以下に述べる事は「ある人(彼)」からきいた話である。よって、話の内容が事実かどうかも知らないし、検証する術もない。

ただ、精神分析は「意味」を問うのみである。

知っている人は知っているレベルの話。

1980年代、バイクブームと言う言葉が存在し、マンガ誌にはバイクマンガというジャンルがあったくらい若者はバイクやスポーツカーに親しみ、その影響はファッショにも及び、バイク文化、バイク業界というカテゴリーまで生み出した。しかし、今となっては、少子高齢化に伴うバイク人口の減少、娯楽の多様化によって、日本のバイク文化は風前の灯火である。

私の近所のバイク屋は次々と廃業するか、元々の自転車屋に戻っている。ちなみに私の最寄りのバイク屋は大手チェーン店となって敷居が高い、そもそも、都市部では致命的に二輪車用の駐車スペースがなく、日常の移動手段として機能しなくなった。単に趣味だけの為に数十万円もする二輪車を所有するのは一部のマニアに限られる。

少年時代に福岡のバイクレースチームに所属していた「彼」はバイク界とは無関係の世界で生活していると言う。かつて彼が所属していたバイクの所属チームのオーナーは有名なレーサーで引退後は市内にバイク屋を経営(現在は会長職)している。残念ながら会長はすでに認知症を患っているとの事。会長の息子もバイク業界とは無関係な世界で生きているらしい。

そんな彼と禿同(激しく同意)したのが、「バイクは何かあったら取り返しがつかない。リスクが大きすぎる」と言う点である。ネットで検索するとその類の話は衝撃映像と共に沢山でてくる。

img16.jpg

上記の英国の青年は右直事故で「オウ!」と叫んで、飛ばされ地面に叩きつけられ亡くなった。アスファルトでなく緑地まで飛んでいるのでかなりの衝撃だった事がうかがえる

この事故で息子は死んだ。バイク事故の瞬間を母親が公開し安全運転を訴える

英国ノーフォークで2013年に起きた交通事故。バイクで走行中のデイビット・ホームズさんが、自動車との衝突事故で帰らぬ人となった。享年38歳。

デイビットさんの母親とノーフォーク警察は、彼のヘルメットカメラに収められた事故の瞬間の映像を、交通安全の啓発のためにYouTube上に公開し、公開から5日で1,000万回以上再生をされています。

その動画が下のもの。映像の最後にバイクと車の衝突映像があります。衝突後の彼の様子などは映っていませんが、ご視聴はご自身の判断でお願いします。

映像をご覧になった方は「これだけで...」という印象の方もいるのではないでしょうか。
事故は、直進するバイクと、右折するコンパクトカーによって引き起こされました。警察の調べでは、バイクは時速156kmで直進しており、右折車の飛び出しを回避することができませんでした。また、右折車のドライバーは、バイクの存在に気づいていなかったと話しています。

デイビットはバイク歴22年の上級者でしたが、危機回避を行うにはスピードを出しすぎていました。急ブレーキを掛けていれば或いは...という印象ですが、150kmを止めるには気づくのが一瞬遅かった。

また、自動車のドライバーは正面から迫ってくるバイクの「速度」が分かりづらいという点もあります。気づいていたとしても、150kmで走ってくるバイクは「一瞬で目の前に現れた」という感覚になります。

自動車、バイク共に、互いの特性を理解し、交通上での行動予測をすること。事故が起こりやすい状況を確認し、イメージしておくことがいかに重要かをこの映像は物語っています。

母親ホームズさんは、「この映像を見て交通安全についてよく考えてほしい。そして息子のような悲劇が無くなることを願っています。」と語っています。

大切な人を失う前に「自分にも他者にも安全な運転とは何であるか」、今一度考えてみてはいかがでしょうか。

私と彼との間で共通して出てきた人の名前は「阿部典史」。通称「ノリック」。生前の'90年代半の彼の戦績はネット検索してもらえばいくらでも出てくるので省略する。華々しい彼の最後がこれだ。

ウキペディアから抜粋

2007年10月7日午後6時20分頃、神奈川県川崎市川崎区大島1丁目の片側2車線の市道の右側車線を500ccスクーター型バイク(黒いヤマハ・TMAX)で北上中、左側車線から突然Uターンしてきたコンビニエンスストア(セブン-イレブン)配送用の4トントラックに衝突し、午後8時50分過ぎ、搬送先の病院にて32歳の若さで急逝。現場はUターン禁止区域だったため、このトラック運転手は起訴され、禁固1年4ヶ月(執行猶予3年)の判決を受けた。 戒名は正道院弐輪英雄典久大居士。


「伝説のライダー」阿部典史さんが事故死 川崎

7日午後6時20分ごろ、川崎市川崎区大島1丁目の市道で、川崎市幸区、レーシングライダー阿部典史(のりふみ)さん(32)のオートバイと、横浜市鶴見区東寺尾1丁目、運送会社員千野智彦さん(51)のトラックが衝突した。阿部さんは午後8時50分過ぎに死亡した。阿部さんは世界GPで過去3度優勝して「伝説のライダー」と呼ばれ、国内のオートバイファンの間で人気があった。

川崎署の調べでは、現場は片側2車線の直線道路。千野さんがUターンしようとした際に、右後方から近づいた阿部さんのオートバイ(500cc)と衝突した。千野さんは「道を間違えたので戻ろうとした」と話しているという。現場はUターン禁止だった。

〈阿部典史さん〉本人の公式ホームページなどによると、オートレーサーの父・光雄氏の影響で5歳からバイクに乗り始め、中学卒業後の91年、15歳で渡米して、技術を磨いた。帰国後の93年に全日本選手権500ccクラスを制覇した。その後、世界選手権に参戦。3度のグランプリ優勝を果たし、「ノリック」の愛称で親しまれていた。

レース界では圧倒的な速さを誇った阿部典史でさえ、一般道でUターンした4トントラックと衝突しあっけなく亡くなってしまうという事実が存在するのだ。

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8、ものぐさ精神分析と言う本

img18.jpg今回、京都に行く新幹線の車中で「ものぐさ精神分析」(著:岸田秀)と言う本を読んだ。映画監督の故・伊丹十三が傾倒した事で有名な唯幻論を展開した論が多数収録されている。

ウキペディアの伊丹十三の頁より

岸田秀の『ものぐさ精神分析』(1977年)を読み、彼の主張する唯幻論に傾倒する。『哺育器の中の大人』(1978年)は、伊丹が岸田から唯幻論についての講義を受けるというスタイルの対談である。また、岸田らを中心に取り上げた現代思想の雑誌『モノンクル』(フランス語で"僕のおじさん"の意)を1981年に創刊し、編集主幹を務めた。しかし、6号で終刊となる。伊丹の関わった記事のいくつかは、『自分たちよ!』に収録されている。

人はなぜリスクを承知で高山に登山するのか?深海へとダイブするのか?リニア新幹線は数日前の実験走行で600km/hを突破(2015/04/21)した。人はなぜバイクで無茶な高速走行するのか?

以下、「ものぐさ精神分析」(著:岸田秀)から引用

ものぐさ精神分析 ナルシシズム(自己愛・自己陶酔) より

恋人やイデオロギーはさまざまな対象に投影される。事業や学問的業績、出世や冒険対象になる。ヨットで世界一周した者は、ナルシシズムを横のレベルで世界に拡散したのであり、困難を克服してヒマラヤに登った者は、ナルシシズムを縦の方向に八千何百メートルか高揚させたのである。彼らは、日常の枠を超えたその成果に、幻想我の実現を垣間見る。他人から見れば、そんなものがナルシシズムの対象になるのかと吹き出したくなるようなものだって、当人は心ひそかにそこに幻想我の拠りどころを見出している。吹き出す方だって、目クソ鼻クソを笑うのたぐいであって、自分のことはわからないだけのことである。隣の家にはピアノがないのに自分の家にはあるとか、親戚に偉い人がいるとか。かつて追いすがってきた男(女)を捨てたことが一度あるとか、三日競馬をつづけて30万すったとか、先祖が武士だったなどのようなことも、人によってはナルシシズムの対象となり得るが、このような馬鹿げたことでもそうなり得るということは、わえわれが、適当な対象がなければ不適当なものでもぜいたくは言っておれないほど、それを絶対不可欠に必要としていることを示している。テレビの画面では、連日連夜、幻想我の代表選手である仮面ライダーやミラーマン、あるいは水戸黄門や銭形平次が、善玉(現実我)をみじめな状態に突き落し、不当に虐待している悪玉(現実原則)をやっつけているが、十年一日のごとき同工異曲の物語が決して飽きられることがない。人々はこれほどまでに、幻想我の実現をはばんでいる現実の世界を恨んでいるのである。

フレームでエンジンを抱え込んだオートバイは、運転者が跨り走り出すと、軽量が故に凄まじい加速をしていく。しかし一旦事故に遭遇すると運転者が被るダメージは計り知れない。

当たり前の事である。

しかし、ハイリスクを承知で、バイクに乗る人は乗る。登山する人は登山する。海に潜る人潜る。なぜか?幻想我を実現する為である。

俺はこんな危険な事ができる俺なんだぜ・・自己の幻想(幻想我)を実現の為にリスクをとる。

男のロマン

男児が持つ普遍的な理想の世界、行動、思想、憧れ。つまり、ホモソーシャル丸出しなファンタジー。マッチョな世界観を前提にした自己陶酔からイデオロギーを抜き去ったもの。カッコよさの一つの定型。

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9、スピードの中で精神は肉体を超越する

img17.gif昔のバンク漫画のセリフにこういうのがあった「スピードの中で精神は肉体を超越する」。もとをただせば「アラビアのロレンス」で有名な英陸軍将校ロレンスの言葉らしい。

スピードとは、動体の事である。ゆっくりとした移動ではなく、高速移動の事をスピードと呼ぶ。少なくともこの言葉の意味はそうだ。新幹線の営業上の最高速度は270km/hであるが、果たして我々は新幹線に乗るたびに精神が肉体を超越したり、ワープ状態、トランス状態になったりしているだろうか?答えは否だ。

「精神が肉体を超越しそう」って感じる瞬間は「あぁ死ぬかもしれない」と思いながらも空気を切り裂きながら走っている瞬間だ。「こんなスピードで走っていて何かあったら死ぬな」そう思っている瞬間こそ「スピードの中で精神は肉体を超越する」と感じるのだ。

そもそも、そんなスピードで走る必要はない。日本の道路の最高速度は100km/hと決まっている。しかし、人は「速さ」を求める。

ひょっとしたら、このままの真っ直ぐな道路で、このままアクセルを開き続ければ100キロ、200キロ、300kキロ・・・

その時の精神状況はこんな感じだ。100キロってどんな感じ?200キロってどんな感じ?300キロってどんな感じ?100キロを知らない自分は死んで、100キロを知っている自分が生まれる。200キロを知らない自分は死んで、200キロを知っている自分が生まれる。300キロを知らない自分は死んで、300キロを知っている自分が生まれる。肉体的なタナトス(死の欲動)を抱えながら、生まれ変わる自分を実感できる。それがスピードに対する欲望の正体ではないか?

結局、それはバイクに興味のない他人からみれば「キチガイ沙汰」なのだが、人は本能が狂った動物なので、俺って「こんな危ない事ができる俺なんだぜ」と・・自己の幻想(幻想我)を実現の為にリスクをとる(別名:男のロマン)のである。

若かりし頃は「幻想我」を「現実我」と同一化する欲求を持っていても、社会的に責任のある立場になり、結婚し、奥さんがいて、子どもがいれば、リアルな生活の安定が優先されるので。そうそうスピードの中で精神を超越してもいられなくなるのである。

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10、萩原流行さんの自宅が黄色の件

img17.jpg
5にGoogle地図のストリートビューの萩原さんの自宅を掲載したが、エクステリアが黄色である。周りの景色からしてもずいぶん目立つし浮いている。

ネット上の掲示板をみると案の定「黄色は基地外(きちがい)の色」「これはメンヘラ(メンタルヘルス)の家だな 」と酷評がならぶ。

私は俳優業を営んでいる萩原さんの家が「黄色の家」ときいて、私の脳裏に浮かんだのは昭和の名作映画「幸福の黄色いハンカチ(1977年:山田洋次監督)」。

過去と罪を背負った男(高倉健と倍賞千恵子)と女が夕張の地で再会する。二人の承認のサインが「黄色いハンカチ」。ラストシーンで炭鉱住宅の一角にはためく黄色いハンカチ(複数形)が印象的だ。

家族関係がうまく結べないまま成長し、俳優業を行う上でも周りは総てライバル(競争相手)と思っていた萩原さんにとって、自分を子どもの様に無条件に承認し受け入れてくれる妻(まゆ美)さんが待っていてくれるマイホームは正しく安住の地であった筈。

沢山の黄色いハンカチがはためいているかの様な外壁が黄色の家こそ萩原流行さんのマイホームであったのだ。

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11、おわりに

今月の月刊精神分析はいかがでしたでしょうか?

ちょっと不謹慎な気がしましたが、萩原流行さんのバイク死亡事故の分析、バイク死亡事故の考察からスピードへの欲求の正体、幻想我、現実我・・と話を広げていきました。

精神分析の世界では例え人であっても動物的な自分の遺伝情報を子孫に伝えると言う本能的な寿命は45歳であってそれが生き物としての生存の意味の終焉と説く。しかしながら、織田信長の「人間五十年、下天のうちを比ぶれば」どころか日本人の平均寿命が80歳になった今、45歳以降、自分が生きながらえていく「意味」はなんなのか?

萩原流行さんの場合は、自分の血(DNA)さえ否定し、まゆ美婦人との間には子どもをもうけなかった。とすると、45歳以降62歳までの17年間の萩原さんの生存の意味はなんだったのだろうか?

まゆ美婦人を母とし、東京荒野をハーレーという鉄馬に跨って孤高の表現者としてウエスタンスタイルを纏って疾走した17年間であったのだろう。

以下に、今回の事故についてのまゆ美婦人のコメントを付加しておきます。

萩原まゆ美

「彼は本当に燃え尽きちゃったのかなと思う。1番いい時に亡くなったという感想です」「こんなことを言うのはおかしいけど、ここで終止符を打つのは彼にとってよかったと思う」

ご意見ご感想は
lacan.fukuoka@gmail.com
までお願いします。

2015年平成27年04月30日

月刊精神分析 編集部A

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12、萩原流行さん死亡直後、会見中の夫人の"突然の告白"が波紋 吉川龍(改名)→吉川流光

さて、まゆ美婦人にとっては萩原流行さんは息子であった筈なので、吉川流光氏は正しく新しい「生きがい」となるのであろう。それは流行さんを失った欠損の穴埋めなのだが・・・。

萩原まゆ美

4月22日にバイク事故で亡くなった俳優の萩原流行さん(享年62)。警察の護送車が事故の原因である疑いも浮上し、世間の注目が集まっている。その一方、会見を開くなど積極的にメディア対応している妻で元舞台女優のまゆ美さん(62)の言動も話題を呼んでいる。

まゆ美さんは25日、遺品である真っ白なテンガロンハットを手に萩原さんを荼毘に付したことを報告。その際、詰めかけた報道陣を前に「この場で言うことではない」と前置きしながらも、萩原さんが10年来かわいがってきたというある若手俳優の存在を明かした。その俳優の名は吉川龍。まゆ美さんは会見の途中で突然、吉川の話をし始め、萩原さんの芸名と本名の「光男」から一文字ずつ取り「吉川流光」に改名させ、今後は俳優活動していくと語った。

改名を決めたのは、まさにこれから萩原さんを荼毘に付そうとしている時だったといい、さらに報道陣を驚かせたのが、まゆ美さんが「私の生きがいにしていきたい。今度はこの子のために生きていこうと前向きになることができました」と宣言したこと。まゆ美さんはこの日、会見の場にも吉川が運転する車で来ていたが、会見に居合わせたメディア関係者は、「吉川はイケメンといえるほどの顔立ちではないが、まゆ美さんとのやりとりを見ていて、ふたりが親しいことはわかりました。そのため報道陣の間では、ちょっとした波紋が広がったほどです」と語る。ちなみに萩原さんの知人は、「流行さんにそんなにかわいがっている俳優がいるなんて初めて知りましたよ。今さら本人に聞くことはできませんが」と不思議がる。

萩原さんといえば、夫婦でうつ病を患っていたことを告白したことでも知られる。まゆ美さんは萩原さんよりも先にうつ病を患っており、その原因について萩原さんは自身の告白本で、萩原さんがまったく家庭を顧みずに外での女性関係が派手だったことにあると明かしている。そして萩原さんは、夫人を支えることもなく、自身も同じうつ病になってしまったことは知られている。そんな夫妻を支えてきたのは、近くに住む夫人の姉夫妻だったという。

萩原さんの意思を尊重し、通夜も葬儀もせず、いまだに遺骨の安置場所やお別れの会の開催などについても決められていないという。夫の死後数日後に、今後の生きがいとしてまゆ美さんが育成を誓った「吉川流光」。今後の活躍に期待したい。

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13、Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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