月刊 精神分析

1、はじめに

みなさん、こんにちは。月刊精神分析編集部Aです。今回のテーマは「私と月刊精神分析5」です。

過去、私と月刊精神分析シリーズは、以下の通りです。

2008年11月号 私と精神分析
2009年02月号 私と精神分析2
2009年12月号 私と精神分析3
2010年08月号 私と精神分析4

現職の精神分析家の方に登場していただき、精神分析の関わりから、
精神分析家としての開業に至るまでを語っていただきました。

今号は、私自身が「精神分析」を語ります。惟能先生のセラピーを受け始めて1年以上が経過し「精神分析」とは何か?の片鱗を感じ始めた今、私が感じている事を書き留めておきたいと思いました。

では、以下に私の稚拙な考えを披露します。^^

平成23年09月30日 月刊 精神分析 編集部A

△TOP

2、登場人物プロフィール

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

-------------------------------------------------------------------------------
安情共恵近影

安情共恵(あんじょうともえ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。1958(S.33)年4月22日生まれ。
出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。
メルマガ発行:子育てメールマガジン 育児法 引きこもり 家庭内暴力 非行 不登校
連絡先:lacan.msl@gmail.com
QR-CD






-------------------------------------------------------------------------------

編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。

現在「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーとインテグレーター養成講座を受けている。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

△TOP

3、きっかけ

精神分析・・・とあるきっかけから「精神分析」の存在を知った私。多分、今から5年前、2006年(H.18)頃。当時の私は、関東での生活に見切りを付け、故郷、九州に戻ってきていました。特に生活で切羽詰った問題があるわけでもありませんでしたが、逆に、あるテーマとか目標を持って生活をしていたわけでもありませんでした。

ただ、世の中の経済事情は20世紀末のバブル景気は影を潜め、平成不況の真っただ中。仕事もぱっとしないものの、無意識に「一人の人間としての自立」を目的に生活していたのかもしれません。

リーマンショックが世界経済を襲うのはその後、2008年(平成20年)の事でした。


リーマン・ショック(Lehman Shock)とは、2008年(平成20年)9月に米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻したことを、これが世界的な金融危機の引き金となったことに照らして呼ぶ表現。


更に深く思い起こせば、宗教色の強い実家と距離を置き、心身ともに自分を生き始めていた矢先。長年の懸案事項の住宅ローンも始末し、(今から思えば)心的ストレスが原因だった疾病から解き放たれ「束縛からの解放と自由の獲得」をテーマに生活していた様にも思えます。

読者の皆さんも何かしら縛られている事を感じていませんか?

人間関係による拘束、時間的拘束、経済的拘束、健康面からの疾病不安による拘束など。

あの時の私は、すべての拘束から解放される事を望み、更に、何か自分が探求できる次のテーマ(目標)を探していたのだと思います。事実、世の中の多くの人は「世の中に存在する物、起こる事象・・すべてに意味」があると言います。偶然や無意味に思える事でも、実は全ては必然であり、そこには意味があると。

そんな時、私が偶然知った「精神分析」。

私が「精神分析」と出会うのも偶然ではなく、実は必然だったのでしょうか?

最初、「精神分析」は、対話療法の一つで「心の病」を治療する手段として、その存在を知ったのですが、「精神分析は、なぜ対話で心の病を治療できるのか?」と言う視点で色々調べてみると、人の心・・精神分析の世界では「無意識(複合観念体)」の存在に焦点をあてている学問(科学と言い換えても可)と言うことがわかりました。

参考:月刊 精神分析 2011年05月号 無意識

ですからそこには「精神分析理論」なるものが存在するわけです。

色々な書籍に目を通すと、私が今まで心の奥底にうっすら抱えていた「生きにくさ」「漠然とした不安感」の正体がみえてきました。

「精神分析」とは「哲学(生き方)」と置き換えても可と言う事に気づきました。

今から思えば我ながら傑作なのですが、以下の理屈(フレーズ)にピン!っときたのは偉いと思いました。

「無意識を書き換えれば、心の病は治る」

参考:月刊 精神分析 2009年04月号 なぜ精神分析で心の病が治るのか?

長年、コンピューターのシステムエンジニア(SE)をしてきた私にとって上記のフレーズの文脈は即、こう読み替える事ができます。

「プログラムを修正(デバッグ)すれば、コンピューターの処理結果の誤りを正す事ができる」

理系の世界で生きてきた私は「心理学」など大学の教養過程で通り過ぎる一般教養的なもので、興味の対象外でした。ところが、上記のフレーズをきいて・・・

『もし、コンピューターの処理結果の誤りを正す事(デバッグ)と同様の理屈で、無意識を書き換えれば、人々が抱える「心の病」を治療する事ができるなら、それって滅茶苦茶面白い事』だと気が付きました。

そして、当時、時々、過呼吸になったり、猛烈な不安感(軽いパニック障害)が沸き起ってくる自分の心の構造を解明してやろうと思いました。

以上が私が精神分析の世界と関わるようになったきっかけです。

△TOP

4、最初に読んだ本、心的遺伝子論

最初にラカン精神科学研究所の安情共恵先生に紹介して頂いた本が、惟能先生の「心的遺伝子論 精神分析的生み分け法」でした。著:道越羅漢(みちおらかん:発刊当時の惟能先生は精神分析家名として道越羅漢と名乗っていた)氏。自費出版本ですので残念ながらAmazonで検索しても出てきません。

参考:月刊 精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 精神分析的生み分け法

副題が「精神分析的生み分け法」となっている為「男女生み分け」マニュアル本と勘違いされるかもしれないので、本書の「はじめに」の一節を以下に引用する。


私は、精神分析療法のなかで、夫婦から生まれてくる子の性は予測できていた。それは結婚前からでも可能であったし、事実はずれることなかった。...略。しかし、そこにM氏が「私、どうしても女の子が欲しいんです。医者は不整脈もあり、もう産むのは無理だというんですが、どうしても女の子が産みたいんです」と言った。...略。そんな彼女の必死の訴えから、産み分け方臨床実験が始まった。 男と女の生み分け方とは、決してHOW TOものではなく、何処か解釈としての余地を持った不充分な理論体系ではあるが、この書を通して人間の精神とは? その精神(こころ)と体の相関関係について何らかの考えをめぐらし、そこに生命とは何かの答えを自分なりに見つけ出すことの一助になればと思い、執筆したものである。


私自身は独身であり「男女生む分け」に特段の興味はなかったのだが、一読した後は、少しだけ精神分析の真髄に触れる事ができた様な気になった。本書の中に「疾病利得」など、私の琴線に触れるキーワードも存在し、私の興味を掻き立てるのに十分な内容であった。

△TOP

5、次に読んだ本、ライフサイクルの心理学

惟能先生の推薦本で、ラカン精神科学研究所の安情共恵先生に見せてもらった本が

ライフサイクルの心理学〈上〉〈下〉 (講談社学術文庫) [文庫]
ダニエル レビンソン (著), Daniel J. Levinson (原著), 南 博 (翻訳)

です。Amazonで検索してもらうと簡単にユーザーレビューを見ることができます。

(以下引用)・・・・ 


この本に興味を持ったきっかけは、自分の周囲にいる人たちの"40歳台の危機"の話が気になっていたし、自分にもそうした傾向があるように思えて、本書にそれにかかわる一般論が書かれているらしいとわかったときには、ある種の恐いもの見たさもあってもう読まずにはいられなくなった。・・・・本書の語りはまったく堅苦しくなく、読みやすく、個々の事例についての記述は週刊誌を読むような気分で読めてしまいます。 取り上げられる事例は、先進国の、労働者ー中産階級の男性という限られたもので、そこに見られる発達課題が普遍的なものであるわけではないのですが、40前後の日本の男性、であれば書かれていることは手に取るように分かるはずです。 発達課題を一面的に見過ぎないためにも、中年女性についての同様の研究にも目を通す必要がありますが、まずは嫁さんやら恋人やら愛人に読んでもらって感想を伺うというのもいいかも知れません。 百年に一度の不況の時代、社内でも微妙な位置にたたされている中年男性諸子にご一読をお薦めします。 ・・・・



(以上引用)

当時、私も40台に突入していたので「なるほど、自分の心的立ち位置はこういう状態なのだな」と納得できたのを覚えています。人間誰しも「思春期」を経験する様に、中年と言われる時が来れば、いわば「思秋期」的な経験をするのです。^^

(思秋期:岩崎宏美さんの歌に同名の曲があります。ちょっと上記の文脈とは異なる曲ですが・・・)

△TOP

6、無意識(複合観念体)

精神分析に関わって(セラピーを受けて)いると、今まで自分がうすらぼんやり思っていた事が明確になってきます。それは時に、自分が避けていた事、無かった事にしておきたかった事、見なかった事にしておきたかった事なのですが・・実はこれらの正体が無意識(複合観念体)なのです。

自分の意識に留めておくには都合が悪い事、嫌な事なので、人は「意識」の背後の「無意識領域」に無意識(複合観念体)として隠し、蓋をするわけです。

ところがこの「無意識」は、無意識故、普段は意識されないものの、実際は、私たちの発言や行動に大きな影響を及ぼします(それどころか精神分析家は「人は無意識に操られている」と断言します)。表に出てこないのに「大きな働き」や時として「悪さ」をします。この辺が無意識のタチの悪いところです。

コンピューターの世界に例えれば、ハードウェア(肉体)に必須機能としてプリインストールされているOS基本ソフトウェアに問題(バグ)があるようなもので、どんなに素晴らしいアプリをダウンロードしても、Windowsやandroid(無意識)に問題があるのと一緒で、表出(意識できる)したアプリケーションプログラムの問題の解決は簡単にはいきません。

で、話を私事に戻します。

ここ数ヶ月(アメリカ大陸横断の旅から帰国してから)は、私が惟能先生の精神分析(セラピー)を受ける事によって気がついた事を「自己分析シリーズ」としてお届けしてきました。

「読み物としては、色々な症例を紹介した方が面白いのですが、精神分析の性格上、その症例の殆どは一個人の心の病に根ざしたものであり、公にする事が難しいのが実情です。一部、精神分析家の先生とクライアントの間で了解を得て掲載しているものもありますが、それは、ほんの一部に過ぎません。そう言う事情もあって、最近は編集部A自身の病歴や事故歴や育った家庭環境など公にできる範囲で記事にしている次第です。」

・・・と言う能書きを「はじめに」のページに記載させていただきました。

では、次の頁から、私が無意識を意識化した事をまとめて行きます。

△TOP

7、精神分析・・心のお片付け

私にとって無意識とは、この世に母の子どもとして誕生してから・・自分が避けていた事、無かった事にしておきたかった事、見なかった事にしておきたかった事の蓄積。

私の心の奥底深くに沈殿していた様な感じがする。常にうすらぼんやり不快なものと意識しながらも、それを「思ったり、考えたりしても仕方ない」と、触らずに、ずっと心の裏側に隠匿してきたもの。毎月の精神分析(セラピー)で、その沈殿物を心の深層からすくい上げ、ゴミの処理の様に分別し、片付けて行く。

生まれてから長きに渡って沈殿し蓄積してきた無意識は膨大な量である。だからと言って放置していたは溜る一方で、私の意識をも圧迫してしまう。面倒で時間がかかる作業だが「心のお片付け」はいつかするしかない。

△TOP

8、私の気づき・・無意識の意識化

精神分析(セラピー)を受けると、自分の無意識を意識化できます。

例えば、日頃、意識していない何かモヤモヤしたイライラ感の原因がわかってスッキリします。「あぁそうか」と言う感じ。ただ、意識化できた時は納得できてスッキリ感はあるのですが、イライラ感がキレイさっぱり解消されるわけではありません。

キレイさっぱり解消するには、何度も無意識を意識化する必要があります。

パソコンのプログラムの様に簡単な操作でプログラムを修正する様に、人の無意識の買い替えもできればいいのですが、生身の人の心の無意識の書き換えは簡単にはいかない様です。

では以下に具体例を述べます。

私のプロフィールには「宗教色の強い家庭に生まれ育つ」などと書いているが、精神分析(セラピー)の結果、明確になったのは父方の祖母による一族の「支配」である。

支配者による支配は「被支配者の主体の喪失」を意味するので重要なポイントである。

惟能先生とのセラピーで、私は親戚の人々を「祖母の影響下にあった人々」と表現した。自分で自分の無意識を言語化したのだが、先生は鋭く突っ込んできた。

「それは"影響下"ではなく"支配"です」と。

私は「あぁそうか、確かに"支配されていた"と言っていい状況であった」と、意識上、納得したのも束の間、次の瞬間、私は再度「祖母の影響下」と言ってしまっていた。(笑)

すかさず、先生は突っ込んできた。「ほら書き変わってない、1分前に言ったばかりなのに、それは"支配"です」と。

こういう事が「無意識による支配」なのだなと納得した。

上記の動きを私的に解説するとこうである。

私と私の一族は祖母に支配されていた。他人の先生に指摘され「なるほどな」と意識上は納得するものの、さっきまで私は、自分の意識上は「支配」を「影響下」とオブラートに包んだ表現で言語化し「私と私の一族が"支配"されていた"という無意識」を巧妙に隠匿していたのだ。それも無意識に。

だから、先生から指摘されても「支配されていたと言う無意識」は簡単に書き換える事ができず、不意にまた「影響下」と言う言語が口からでてしまったのだ。

なんとも、無意識は恐ろしい。

無意識に書き込まれた「支配」を書き換えなければ、私は無意識上「支配」されたままなのである。書き換える為には、意識上「支配された」と認識しなければ、無意識上の「支配」を書き換える事はできない。

無意識は「支配」を書き換えたくない(無意識の恒常性)から、私の意識は再度「影響下」と表現してしまたのだ。以上が、無意識の「支配」が簡単に書き換えられていない証拠を露呈した件である。

無意識の意識化、そして、無意識の書き換えの手順は以下の通り。
例)「支配」を「支配されない」に書き換える。

1、支配されたと正しく意識上で認識する事
(私は巧「支配」を「影響下」とすり替えて言語化して隠匿していた。実に巧妙である)
2、支配された自分を、もう支配されない自分に書き換える
(簡単には無意識は書き換えられないので何度も繰りかえす)
3、無意識の「支配された自分」を「支配されない自分」への書き換え完了

他人から「それは影響下ではなく支配でしょ?」と指摘され、納得したつもりでも、無意識に書き込んだものは簡単には書き換えできない事例でした。

上記はほんの一例です。

セラピーは「意識上思っている自分と、無意識に書き込まれている自分」との差をみつけ、認識し、合致されていく作業なのではないでしょうか?無意識の自分と意識している自分の差は自分ではわかりません。なぜなら無意識は自分では意識できないから無意識なのです。

ですから、その作業には第三者の存在が必要なのです「自分を映す鏡」の存在としての精神分析家が・・そして、惟能先生が精神分析家をインテグレーターと呼称したのはそう言う意味なのだと思います。

心(無意識)の統合者(インテグレーター)が精神分析家なのだと。

△TOP

9、私の気づき・・疾病利得

リベド血管炎
若かりし私はずっとある病気に悩んでいた。

「アレルギー性血管炎」

最近、ネットを検索していると私の抱えていた病気の症状とまったく一緒の症状の病気の名前を「リベド血管炎」と称しているものがあった。

大学受験の前日、18才で発病し、実家から離れる35才まで、約18年間この病気には本当に苦しめられました。

両膝の下肢の毛細血管が破れ、その周りの皮膚が壊死、炎症、化膿して激痛を伴うと言うものでした。

大学病院に通って何度も血液検査をしても原因不明。結局、悪くなる度に、炎症を抑える薬を点滴、安静にしているしか仕方ないと言う厄介な病気でした。

この病気、私が転職で実家を離れて生活をする様になってから一度も再発していません。

先述した惟能先生の「心的遺伝子論 精神分析的生み分け法」を読むとちゃんと疾病利得(しっぺいりとく)の話もでてきます。

以下引用。


病院でこんな場面を目にした。私が診察室に入ったら、前の患者さんがまだ医師の説明を受けているところだった。医師が男性患者に一言こう言った。
「入院するしかないな」
すると患者の冴えなかった表情に一瞬喜悦が走った。彼は確かに微笑んだ。待ち望んだ吉報を聞いたかのような表情を浮かべた。そのとき私は、彼は病気を自分で創ったんだなと思った。
また、二年に一回とか定期的に入院する人がいるとか、何度も骨折する人、手術の頻回者とか、病院通いの好きな人とか、病院に見舞い行くとその種の話に事欠かず、いろいろ聞かされる。総じて入院する人は病気が好きとしかいえない様に見えてしまう。健康で休むより、病院のベットで寝ている方を選んだのである。そう私には見える。
これは心身症や精神医学では、「疾病利得」と言う言葉で定義される(後略)。


つまり、私は、祖母や宗教中心主義の実家がイヤで、自分で自分の健康を害する事によって、イヤな実家から離れたかったのだ。これが自分で意識できない無意識の働き。

自分では意識上「病気になる事は、日々の生活や業務に支障をきたし、自分の将来にも希望が持てず、本当に悩んでいた」のだが・・・実は、自分で自分の健康を害してまでも、あの実家で生活する事を拒否していたのだ。

私は18年間も疾病に悩み続けた日々を悔いた。そして、もっと早く、あの家から離れればよかったと思った。

この意識と無意識のギャップ、そして、リアルな生活が如何に無意識に操られるか・・。

これは私自身の大きな気づきであった。

もし、あなたやあなたの家族に原因不明の疾病で苦しんでいる人がいたら、転地療法を試してみるのもいいかもしれません。事実、私は20年間も悩んだ原因不明の病気を転地両方で完治させました。

事実、精神分析で心の病どころか体の病が治る事もあるのです。

私の場合、病気が治った訳、正確には、疾病しなくなった理由は、実家を離れる事で健康を害してまでも獲得する利得(疾病利得)が消滅してしまったからです。私は精神分析の精神発達論を学ぶ事で上記のメカニズムを理解しました。大変素晴らしいと思い、毎日、自分の脚で歩く幸福を噛み締めています。

参考:月刊 精神分析2010年12月号 皮膚と自我

△TOP

10、これからの私

さて、数年前、ひょんなきっかけから精神分析の世界を知った私。

精神分析は、私が抱えていた疑問に「それはこうだから」とある種の答えを出してくれました。

精神分析の世界に関わった人々からは一様に「もっと早く知ればよかった」とか、逆に「知らなければよかった(冗談めかし)」と言う声がきかれます。

知った時は、自分が生まれてから関わった「母」や「父」、自分の「主体」や「自我」・・もろもろのものと対峙しなければならない。

そして、知った後は、今まで無意識(複合観念体)に操られていた自分を「肯定」もしくは「否定」(圧倒的に否定の場合が多いと思いますが)して、自分の自身の無意識を書き換えながら、自分の主体を獲得し生きていく。・・それは一つの「哲学」と言っていいでしょう。

惟能先生は言います「自分で自分が一生をかけてやりたい事、ライフワークを見つけることです」と。

日本人の平均寿命は80歳とききました。物心がついて、人が「主体」を持って生活できる様になって死ぬまで、どれくらいの時間があるのでしょうか?・・・

△TOP

11、思い出した事

先日の精神分析(セラピー)惟能先生に話した事がある。

不意に思い出した事があったから。

思春期の私はよく「姉がいてくれたら」と思っていた。宗教中心主義で主体を与えられない環境で一家の中で長男として生活していた私は何かと面倒な責任を負わされる事が多く、その辛い心情を話せる他者が必要だったのだ。それも自分と同じ立場を共有し、信頼でき、受け入れてくれる他者でなくてはならない。母が母性を発揮できない以上、その役割を負える事ができるのは「姉」と言う事になる。

坂本龍馬の姉「坂本乙女」は、龍馬のよき理解者として、相談に乗ったり励ましたりしたと言う。私は「坂本乙女」の様な人の存在を期待していたのだろう。

ある日、父が私にこう言った「今日は、あなたの姉の命日だから仏様に(冥福を)祈念しなさい」と。「私に姉がいた」なんて初耳だった私は父の回想に耳を傾けた。

実は私が生まれる数年前、母は女の子を出産した。ところが、残念な事に生まれてすぐに死んでしまい(死産というのだろうか?)、母は亡くなった子どもの顔も見ていないと言う。母にしてみれば初産であり、その誕生を心持ちにしていた筈で、周囲の期待も大きかったに違いない。

ここまでは、事の客観的事実と「意識上」の話である。

ところが、惟能先生の精神分析によって「無意識」を解説すると以下の様になる。

父方の祖母をヒラルキーの頂点とする実家に嫁いできた母は、完璧に祖母に支配されていた。彼女が頼りとすべき父は「祖母のリモコン状態」で頼りにならなかった。母は、自己を滅して(殺して)文字通り滅私奉公するしかなかったのである。

そんな彼女は自己の身代わりである「女の子」を妊娠し、その女の子は死を持って生まれて来たのである。母は女性であるから、身代わりの性別は「女子」でなくてはならない。「男子」では身代わりにならないのだ。

普通、儀式と言うと「生まれ変わりの儀式」と言う文言をきく。私の母の初産は「身代わり」の儀式。ただ、公儀でとらえれば「生まれ変わりの儀式」と言う事ができるかもしれない。

事実、その後、私の母は、実家が期待したであろう跡継ぎである長男の私を産み、その後にスペアである次男の弟を産み、その任を全うした後、母が欲した女の子(妹)を生んだのだ。

女性が子供を生み育てる事の意味を精神分析ではこう説く。

1、育児を通して自分を振り返るため。我が子を世話し、育てながら、きっと自分の母もこうして自分を世話し育てたのだろうと、自分の育てられた過程を想像し、自分を知る手がかりとなる。

2、自分を理想的に育てなおす為。母は100%良い母ではないため、不適切であったり、人によっては子どもを叩いたりした。子どもとして傷ついたり、不満・欠如を持って生きてきた子ども時代の自分がいる。それを今度、自分の子どもを理想的に育てる。そうすることで、自分を理想的に育てなおすことにもなる。

子供を生む意味、男の子が誕生する意味、女の子が誕生する意味はこちらを参考にして下さい。

参考:月刊 精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 精神分析的生み分け法

実家の場合、最初に女の子が死産し、次に長男(私)が生まれ、次男(弟)が生まれ、やっと長女(妹)が生まれた理由(意味)は、実は、母の無意識が決定していた事になる。上記の本の主題は、逆に精神分析(セラピー)によって、無意識を意識化し、書き換えれば、その結果、意識上、望んだ性別の子供を誕生させる事が可能になる事の解説である。

私も含め多くの人々は、本人の主体など無視された状態で性別が決定され、この世に誕生している事になる。にもかかわらず、多くの親は「我が子には、自由に人生を謳歌して欲しいと思っている」などと、実際に自分の子供に課している事と真逆な事を平気で言ってのけるのである。何と言う理不尽。

△TOP

12、思い出した事2

物心ついたある日の事。

私は、あまりの祖母の暴君ぶりに思い余って父にきいた。

家族も親戚もまるで我が「家来」の如く扱う祖母は私からみるとまるで暴君であった。

法華経の行者といいながら、なぜにあの人(祖母)は、あんなに非道な振る舞いができるのか?世界平和を切望しながら、一家で絶対正しいと標榜する宗教を実践しながら、なぜに家庭内がこんなにもめるのか?

父は答えた。

父は祖母(父から見れば実母)については語らず一言こう言った。

「この宗教がなかったら今頃一家離散している」

一言だけ父はこう言った。

今でもはっきり覚えている。

当時、私は「絶対正しい宗教を毎日毎日頑張っても、一家離散するのを食い止めているレベルなんですか?」と思った。「世界平和は夢の夢」と思った。

更に「はやく、この家を出ていかなければ・・」とまるで脱北の様な決意を新たにした。
あれから、どれくらいの時が流れたのだろう?精神分析と関わるようになってから何気ない言葉と言葉の意味について考えるようになった。所謂、シニフィアンとシニフィエである。意味はGoogle検索して下さい。

さて、あの時父が言い放った「この宗教がなかったら今頃一家離散している」と言う言葉の意味を深く考えた。

よくよく考える(分析する)と、この言葉を、今はこう捉え直す事ができる。

当時の私の家族は、祖母、父、母、私、弟、妹。一家の大黒柱の父の素行に問題はない、借金もない、不動産収入がある位の高度経済成長のさなかの日本の一般家庭である。特に宗教をしなくても、少々祖母が暴君でも別に一家離散しなくてもいいのである。

父が発した「一家離散」とは何を指していたのか?

上記の家族が構成される以前の母が嫁いでくる以前の祖母の家族構成はこうだった。

祖父、祖母、叔父1(長男)、叔父2(次男)、叔母(長女)、父(三男)。

一世代前にこの家族は既に離散している。

祖父:父が中学生の頃、心不全で急死。
叔父1:戦後、関西で独立
叔父2:戦後、関東で独立
叔母:他家へ嫁ぐ
父:祖母と同居

昔の事なので、通常なら長男が祖母と同居して老後の面倒をみるのが基本線なのだろうが、よっぽど叔父1は祖母との折り合いが悪かったのか、早々に独立している。叔父2も同様。叔母は他家へ嫁ぎ、残ったのは父(三男)という流れである。

祖父が政情不安な世の中で他界してしまったのも不幸な話であるが、結局、祖母は実家に出戻りの様な形になり、父は連れ子状態で祖母と一緒に祖母方の本家の世話になったようだ。

戦中戦後のどさくさの中、大日本帝国の敗戦、天皇の人間宣言、GHQの占領政策と言った混沌とした価値観の中で、祖母は「あなたは仏子です」「今の国民の不幸は国が誤った宗教を国民に押し付けたせいです」と一般庶民には甚だ都合のよい価値観を持った新興宗教の一つを選択したのである。

そして、祖母は嫁いできた母を入信させ、ついで父も追従して入信、後に僕たち三兄弟が宗教支配された家に生まれてくる事になったのである。

で、話をもとに戻す。

上記の流れからすると、父の発した「一家離散」と言う言葉の意味が嘘である事がわかる。家族を構成する構成員が各々、宗教を軸とした求心力によって集まっているのではない。たまたま、祖母が戦後選択した価値観が新興宗教で、絶対正しいを称する宗教に母と父が追従し、たまたま僕たち三兄弟が生まれてきただけの事である。

もし父に主体があって、父母が新興宗教に入信しなければ、ただ単に祖母が信仰している宗教に過ぎなかったかもしれない。

しかし、あの祖母の自己愛者的、暴君的性格からして、絶対正しい宗教に入信すれば、子供も孫もすべて入信させて、そのヒラルキーの頂点に君臨するのは当たり前の事である。
そして、家庭内政治と宗教は見事に融合し「私の言葉は仏の言葉」と言わんばかりの祖母独裁の一家が成立したのである。

以上の事から見えてくるのは宗教による支配の構造

祖母:宗教的権威を持って主体的に家族を支配
父 :宗教を生活規範として、祖母に迎合し祖母と共存
母 :他国から北朝鮮に嫁いだ様な立場で、祖母から仏の名のもとに支配される。
孫達:被支配的信者、家族の構成員

父の語った「一家離散」とは「宗教的支配の崩壊」の事である。

宗教によって支配されている秩序の上に成立している一家故、宗教をしなければ成り立っていないと言う事だ。

父の言葉「この宗教がなかったら今頃一家離散している」を読みかえると、
→「この宗教の支配があるからこそ、家族は一緒に生活できる」
→「この宗教の支配が嫌なら、この家から出てきなさい」となる。

以上の様に、宗教支配された家庭で育った私は、他の人とは「家」とか「家族」とかの意味(シニフィアン)が異なっているのだと思う。

多分、一般家庭では、家庭は家族同士の相互扶助や相互援助や子供の教育の場であると思うのだが、私の場合、家庭が宗教活動の場であったり、宗教組織が支援する政党の選挙支援活動の舞台となったりして、子供が子供でいられない・・まるで、主体は常に別の場所にある様な空間であった。

あのような世間一般とはズレた価値観を持つ世界と、世の中の一般常識との世界(学校や職場)と二つの空間を行き来するのは帳尻を合わせるのに多大な心的エネルギーを消費して、毎日大変だった。

今は、実家とも距離を置き、面倒な宗教組織とも関わる事はないので、今まで失っていた主体を少しでも取り戻す為に生きている様な気がする。

今更ながら「宗教」とはなんぞやと思ったりするが、先の東日本大震災の映像をYoutubeの様な動画サイトでみていると、良いも悪いも有無を言わさず津波に丸ごと飲み込まれている様はまさしく「神も仏もあるものか」と言わざるを得ない。

世の信者の方々は、あの様な状況で、お祈りを棒げお御供を唱えたのであろう。その時、どんな気持ちだったのだろうか?

エイス様と仏様は津波の中から信者さんを救い出されたのか?私の素朴な疑問である。

△TOP

13、おわりに

今月は、些細なきっかけから精神分析の世界を知り、自分の無意識と対峙し、自分が抱えていた問題の正体を知り、その問題を無意識の書き換えによって解決し、主体を持って生きようとしている私の事を書きました。

なかなか一気に変わるものではありませんが、少しづつでも時間をかけながら、無意識により呪縛を解いていくのは楽しいものですよ。

昔、ノストラダムスの予言を解読するのが流行った様に。

毎月セラピーと称して「心のエントツ掃除」をするのはいかがでしょうか?
きっと貴方もスッキリすると思いますよ。

平成23年09月30日 月刊 精神分析 編集部A

感想メールはlacan.fukuoka@gmail.comでお待ちしています。

△TOP

Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



より大きな地図で インテグレーターマップ を表示

 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

△TOP

Copyright (C) LACAN MENTAL SCIENCE Lab. All rights reserved.
Powered by Movable Type 4.21-ja