月刊 精神分析

1、はじめに

みなさん、こんにちは。月刊精神分析編集部Aです。

今回のテーマは「私と精神分析6 シニフィアン研究所編」です。

このシリーズは、現職の精神分析家の方に登場していただき、精神分析との関わりから、精神分析家としての開業に至るまでを語っていただいています。

さて今回はシニフィアン研究所の迎意愛先生の登場です。

迎意先生は、いかなる経緯で精神分析(セラピー)を知り、精神分析家になったのか?

期待して読み進めてみましょう。

以下、はじまりまじまり♪

平成24年04月30日 月刊 精神分析 編集部A

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ちなみに過去掲載した「私と精神分析シリーズ」は、以下の通りです。

2008年11月号 私と精神分析 東京精神療法研究所☓ラカン精神研究所
2009年02月号 私と精神分析2 東京精神療法研究所☓ラカン精神研究所
2009年12月号 私と精神分析3 東京精神療法研究所☓ラカン精神研究所
2010年08月号 私と精神分析4 竹田精神療法研究所
2011年09月号 私と精神分析5 月刊精神分析編集部A

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2、登場人物プロフィール

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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迎意愛近影

迎意愛(むかいあい)
精神分析家。シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)主宰。1954年和歌山県生まれ
連絡先:signifiant1@gmail.com




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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。

現在「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーとインテグレーター養成講座を受けている。

性格分析:自己分析、コンピューターのSE(システムエンジニア)をしてきただけあって、緻密な作業ができるA型(血液型)人間である。自分の部屋はちらかっていても許されるのだが、漫画本の1巻から・・はきちんと順番通り並んでいないと気が済まない。物事は手順を考えて、1から順番に進めていく。よって「適当にやってみて駄目でした」という事は出来ない人で、やるからには成果が出ないとかっこ悪いと感じ、失敗を恐れるタイプである。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

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3、精神分析を知ったきっかけ

編集部A:お忙しいところ今日はお時間頂戴しております。編集部Aです。宜しくお願いします。今回の月刊精神分析のテーマは「私と精神分析6」です。シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意先生にお越しいただいています。

迎意愛:宜しくお願いします。

編集部A:まず、迎意先生が「精神分析」と言うものを知ったきっかけは何だったのでしょうか?

迎意愛:和歌山県和歌山市で専業主婦をしていた時代、今から約20年前(平成3年位)に、知り合いの女性から、「毎月勉強会をしているんだけど、来ない?」と誘われたのが、精神分析との出会いです(当時、勉強会は、「やさしい心理学講座」と称していた)。当時の私は、特に、大きな悩みを抱えていたわけでもなく、日々平凡な結婚生活を送っていました。敢えて言えば、家族以外の他人が、毎日のように出入りする家で「何かにつけて忙しい」と感じているくらいでした。

編集部A:平凡な主婦だった迎意先生が嫁ぎ先で偶然、精神分析(心理学)の勉強会に誘われた事がきっかけだったのですね。

迎意愛:そうです。

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編集部注:シニフィアンとは?語学者フェルディナン・ド・ソシュールの理論で有名。難しいので簡単に紹介すると、言語はシニフィアン(聴覚表象・能記)とシニフィエ(表象内容・所記)に分かれ、それらが恣意的に結びついていると考えた。フランスの精神分析医ジャック・ラカンは、シニフィアンの優位を説き、「無意識はこのシニフィアンの連鎖によって構造化されている」と、彼独自の理論展開をした。シニフィアン研究所では、ラカンの理論を基に、クライアント固有のシニフィアンの連鎖を、精神分析という対話療法によってクライアントと共に読み解いてゆく。

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4、なぜ、精神分析を受けたのか?

編集部A:その精神分析の勉強会で、精神分析の師匠である惟能創理先生と出会う事になるわけですね。

迎意愛:はい。

編集部A:先ほど特に大きな悩みを抱えているわけではなかったと伺ったのですが、その迎意先生が、なにゆえ、精神分析(セラピー)を受けてみようと思われたのでしょうか?

迎意愛:私は物心ついたときから「これで良いのだろうか?」「生きるとは?」と自分に問いかけていたように思います。特に幼少期から、世間一般の人から「仕合せ」と思われるレールの上を歩く人生を良しと思えず、 両親との戦いと「生きる意味」との葛藤の日々を生きていました。

編集部A:随分、哲学的な事を抱えて青春期を過ごされたのですね。まぁ思春期ともなれば、誰でも親への反抗心を持ったりする時期もありますが、平凡な結婚生活にたどり着く以前には、人生の方向性を決める様な大きな出来事はなかったのでしょうか?

迎意愛:今から思い起こせば、26歳で親との戦いにも疲れ、「自分の人生はもう終わった。これからは流されて生きる。」と覚悟を決め、27歳でお見合い結婚をしました。「生きる意味への問いかけ」はこの時を最後に封印したのです。それから十余年、表面上は何の問題も感じることなく、平凡に暮らしていました。

編集部A:そうですね。私にも覚えがあります。漠然とした不安感や不信感(自分の人生これでいいの?)を抱えながらも、当時は、日本経済は成長期にあり、衣食住に特別不満があるわけでもなく、日本一億総中流意識と言われている世の中で「まぁこんなものか」と過ごしていました。

迎意愛:そうそう。そんな折、たまたま惟能創理先生に出会い、精神分析の講座を聞いた時、瞬時に「これだ!!」と痛感しました。「私の生きる意味の答えが必ず見出せる!!」と確信したのです。なぜそう感じたのかは、今もって説明できません。ただただ、そのように全身全霊で感じ取ったとしか言いようがありません。私は37歳、既に二人の娘の母親になっていました。それまで死んでいた私の心が青天の霹靂のような衝撃で揺り起こされました。 そして、すぐに「私も精神分析(セラピー)を受けます。」と惟能先生に申し出ていました。 その日から毎月、京都で分析を受け、そのまま知人の女性宅での勉強会へ、和歌山からは片道3時間ほどの道のりを、遠いとも思わず毎月欠かさず通い詰めました。

編集部A:それはそれは相当衝撃的な出来事だったようですね。物心ついた時から、漠然と心の中で求めていたものに「あぁここで出会えた!」って感じですね。迎意先生のターニングポイントはこの時だったと言っていいでしょうか。

迎意愛:はい。私にとっては「運命の出会い」だったと思います。

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5、精神分析を受けた後

編集部A:その後、熱心に精神分析の理論を勉強されて、精神分析(セラピー)を受けられる事になるわけですが、その後、課題であった「私の生きる意味」は見つかったのでしょうか?

迎意愛:当時の私を振り返ってみると「真綿が水を吸い込むように」精神分析の理論が、死んでいた私の心の隅々に染み渡ってゆくのを感じていました。だからと言って、すぐに求めている答えが見つかったわけではありません。

編集部A:へーそれ程、迎意先生にとって「精神分析」は正に求めていたものだったのですね。

迎意愛:そうです、まさに「生きている!!」と実感しました。

編集部A:ただ、その後、二人の娘さんへの対応が大変だったとお聞きしましたが・・。

迎意愛:はい。当時、娘たちは10歳と8歳でした。彼女たちは表面的には特に問題もなくすくすくと成長していましたが、「オールOKの子育て法」が人の心を育てる上でどんなに必須のことであるかを学び、早速実践し始めました。

編集部A:・・で、どうなりました?

迎意愛:それからが、大変でした。あんなに良い子だった娘たちが私に向かって「クソババア」から始まって、「アホ」「バカ」「死ね」などなど。特に長女が10年間の鬱憤(うっぷん)をすべて晴らすかのように、バラエティー豊かにあらゆる言葉と行動で表現してくれました。

編集部A:それは、世間一般では、思春期の子供が反抗期を迎え、良い子が突然豹変し、親に歯向かう様になったと理解されるのですが、精神分析で精神発達論を学ばれた迎意先生の受けとり方はちょっと違ったものだったようですね。

迎意愛:はい。私は「豹変した娘たち二人の姿」をみて、それは、私が封印した「したくてもできなかった姿だ」と思い至りました。子どもを持ち、母になることによって、封印した自分の真の姿を突きつけられたのです。

編集部A:なるほど。娘たちの姿に狼狽(ろうばい)するのではなく、それを自分のこととして受け取ることができるのは、精神分析の理論を学んでいるからこそできる事で、結果として娘の姿に「自分の姿」を見い出す事になるとは・・・。

迎意愛:そうですね。娘たちと向き合うことは、自分自身と向き合い自分を知ることだと気付いたのです。他にも、夫婦問題や10年に渡る介護(夫の母)など、盛りだくさんでした。

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編集部注:『オールOK!子育て法』とは。

子どもの要求を全てOKし、待った無しに子どもから言われた通りにすぐ動く対応法、世話行動をいう。子どもの健全な自我の育成、主体性の獲得を目的とする。精神分析学の精神発達論を基本的な考え方としている。

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6、精神分析家になると決めた理由

編集部A:その後の二人の娘さんへの対応は紆余曲折があったと思いますが、迎意先生が精神分析家になろうと決めた理由を教えて下さい。

迎意愛:「分析を受け、自分の人生を自分で書き換えられることを知ったから」です。そして、それが楽しくて、大好きだからです。だって、自分が楽しいと思うことは、誰かに伝えたくなるでしょう? 

精神分析(セラピー)を受けて、二人の娘の「育てなおし」をしていく中で、今まで自分が知らなかったもう一人の自分を知りました。そうすると、過去の自分の行動の意味や数々の疑問が、面白いように解けていったのです。かつて自分で「死にたい」と考えた理由も分かりました。                  

編集部A:二人の私とは「意識している私」と、「今まで延々封印し続けた(無意識に書き込んだ)もう一人の私」ですね。

迎意愛:はい。もう一人の自分に気付くことにより、今まで「なぜ?」「どうして?」との問いかけに「なるほど、そうだったんだ」とその意味を理解し、納得できました。そして、心が活き活きと躍動するのを感じ、この時初めて、生きていて良かったとつくづく感じました。そして、「精神分析によりもっと自分を知りたい」との気持ちがどんどん加速していったのです。

少し、難しいかもしれませんが、分析的な話をすると・・・

「人は語る主体である」「主体は何を語るのか?自らの欲望を語る」とフランスの精神分析医、ジャック・ラカンは言いました。他者へと語ることで、人は自分の欲望を知ります。欲望を知るとは、もう一人の自分(無意識)からのメッセージを知ることでもあります。そして、その無意識のメッセージは、その人にとっての不都合(病気や怪我、問題など)や苦悩として表現されていると言っても過言ではないでしょう。その人固有の意味を明らかにするのが精神分析です。他者の中に自分の姿を発見する構造の中で人は生きています。自分(にとっての不都合や苦悩の意味)を知りたいと思ったなら、他者に語ることです。

自分を知りたいと思った時、その姿を等身大で歪みなく映してくれる鏡。それが精神分析家(インテグレーター)です。その精神分析家に私もなりたいと思ったのです。

だって、世の中には数十年前の私と同じように「生きる意味」を求め続けている人達が沢山いると思うのです。私が物心がついてからずっと悩み続けたように。

難しい話になりましたが、簡単に言えば何より「自分を知ること」が楽しくて大好きなんです。実は、ただこれだけなんですよね。

編集部A:なるほど。

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編集部注:インテグレーターとは。

この呼称は、精神分析家惟能創理氏により初めて命名された。氏は、日々クライアントと接する中で「クライアントは精神の統合不全に陥っている。クライアントなりに統合(インテグレート)することが必要」と痛感し、そこに関わる人と言う意味で精神分析家を≪インテグレーター≫と命名した。

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7、精神分析家になって・・・

編集部A:迎意先生は、約10年間、和歌山で精神分析の仕事をされ、平成23年10月に和歌山から埼玉県上尾市に引越しされて約半年が経過しました。新天地で新たな気持ちで精神分析家としての仕事に邁進されていると思いますが現在の状況を教えて下さい。

迎意愛:埼玉県上尾市でのセラピーやスカイプやメールでの相談はもちろんのこと、「子育て相談」「非行・虐待・暴力を考える会」「夫婦を語ろう会」そして、各種養成講座なども開催しています。また、毎月埼玉から関西方面(和歌山、大阪)へも出張しています。上尾市では知り合いがいなかったのですが、一人づつ、その輪が広がってきています。

編集部A:精神分析の醍醐味とはなんでしょう。

迎意愛:それは、「成長」です。その結果「自分を知ることの喜び」と「自分の運命を自分の思うように書き換える」そして「仕合せになる」この三つを手にすることができます。

クライアントが精神分析家に語ることで、自らの無意識に気付きます。そして、様々な悩みや苦しみの意味を知ることで、自分の無意識(運命)を書き換え、仕合せを手にすることができるのです。

編集部A:本日はお忙しい中、大変ありがとうございました。

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8、おわりに

今月の月刊精神分析いかがでしたでしょうか?

今号は、私と精神分析シリーズ6:シニフィアン研究所編をお送りしました。

精神分析家の方々が精神分析と関わった経緯は色々ですが、みなさんに共通しているのは、今まで知らなかった自分を発見し、自分の運命を書き換える事に注力されていると言う事です。

今、精神分析家として活躍されている先生方も、ひょんなきっかけから精神分析の世界の扉をノックされました。このWebマガジン「月刊精神分析」に目を通している貴方も、このサイトがきっかけで、ひょっとしたら人生を大きく変えてしまうかもしれませんね。

では、また来月お会いしましょう。^^

平成24年04月30日 月刊 精神分析 編集部A lacan.fukuoka@gmail.com

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Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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