秋葉原無差別殺傷事件タイトル画像

1、はじめに


仕事をしながら何げにラジオに耳を傾けた。パーソナリティは松任谷正隆氏。言わずと知れた松任谷由美:ユーミンの旦那さん。そしてゲストは東ちづるさん。後から確認すると私がたまたま聴いた番組は毎週日曜日21:00~21:55に放送中の「三菱UFJニコス presents 松任谷正隆 DEAR PARTNER」だった。私が聴いたのは2012.10.28の放送分。ちなみにアシスタントは中井美穂さん。こちらは野球評論家の古田敦也(元プロ野球ヤクルトスワローズ監督)氏の奥様である。

精神分析や心理学に関わっていると、日常的に不思議な出会いを体験する事がある。超常現象とまでは言わないが、日本文化で言うところの「縁」を感じると言うヤツだ。

東ちづる(敬称略)と言うと私の世代では「ビートたけしのTVタックル」での司会者(実質アシスタントだったかもしれないが・・・1992年 - 1998年)でハキハキと番組の進行役を務めている姿が思い起こされる。早いものであれから15~20年の歳月が流れた事になる。(Youtubeで動画を検索してみたが該当の動画が出てこない。誰か持っている人がいたらアップして欲しい。)

私は「東ちづる」さんが発する言葉に注意を奪われた。「自分の好きを信じる」「アダルトチルドレン」「カウンセリング」・・昔むかし、世間からは雑誌の読者投票で「お嫁さんにしたいタレントNO.1」に選ばれた事もある東さん。しかし東さんは日頃から言葉で表現できない生きにくさに苛(さいな)まれ1999年に実母と一緒にカウンセリングを受け、その体験を「"私"はなぜカウンセリングを受けたのか」と言う本にして出版されている(2002年)と言う。

もちろん「精神分析」と「カウンセリング」は異なるものだが、同じ心理学を基礎にした心の病を治療する対話療法である事に違いはない。

タレント(芸能人)と言えどもカウンセリングは、その人の人生(生き様)、家族、親戚など、非常に個人的でパーソナルな情報の開示をする事となる。私はどこまでの事が書いてあるのか?と思いながらAmazonで検索し本書を購入した。

今月の月刊精神分析は「東ちづるさんのカウンセリング体験」をソースに心理学を基礎とする対話療法としての「カウンセリング」と「精神分析(セラピー)」を考察します。

参考文献:"私"はなぜカウンセリングを受けたのか―「いい人、やめた!」母と娘の挑戦 東 ちづる (著), 長谷川 博一 (著)

参考:東ちづる年表.pdf

ご意見ご感想はlacan.fukuoka@gmail.comまでお願いします。

月刊精神分析 編集部A 

平成24年12月01日

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2、登場人物

東ちづる

東ちづる(あずま ちづる)
1960(S.35)年6月5日生まれ
出身:広島県因島市(現・尾道市)。
関西外国語大学短期大学部卒業。
日本の女優、タレント。
会社員生活を経て芸能界へ。テレビドラマやラジヲ出演の他、司会、講演、エッセイや絵本の執筆、着物デザインなど広い分野で活躍している。
プライベートでは、骨髄バンクやあしなが育英会、ドイツ平和村などのボランティア活動を続ける。 主な著書に「わたしたちを忘れないで ドイツ平和村より(ブックマン社)、ビビってたまるか(双葉社)、マリアンナとパルーシャ(主婦と生活社)、〈私〉はなぜカウンセリングを受けたのか 「いい人、やめた!」 母と娘の挑戦(マガジンハウス) - 長谷川博一との共著。

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長谷川博一

長谷川博一(はせがわひろかず)
1959年(s34年)5月10日生まれ
東海学院大学人間関係学部心理学科教授。
著書に『子どもたちの「かすれた声」-スクールカウンセラーが読み解く「キレる」深層心理-』日本評論社。『たましいの誕生日-迷えるインナーチャイルドの生きなおしに寄り添う-』日本評論社。『しつけ-親子がしあわせになるために-』樹花舎。
長谷川博一公式サイト




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加藤智大

加藤 智大(かとうともひろ)
1982(S.56)年生まれ
出身:青森県。
中日本自動車短大卒業。
2008年6月 東京・秋葉原で無差別殺傷事件を起こす。
2011年3月 東京地方裁判所にて死刑判決。
2012年9月 東京高等裁判所(控訴審)にて死刑判決。
著書に「」(批評社)。

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惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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迎意愛近影

迎意愛(むかいあい)
精神分析家。シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)主宰。1954年和歌山県生まれ
2011年10月より埼玉県在住。二女の母。
奈良教育大学卒業するも、教師にならず、営業職に就く。結婚、義母の介護。
物心ついた時から生きる意味を問いかけ、38歳の時、精神分析に出会う。
精神分析により、自己を知ることで、生きる意味を見出せると確信し、惟能創理氏に師事する。
女であることの素晴らしさと重要性を痛感し、自らも精神分析家(インテグレーター)となる。
自らの体験と「オールOK子育て法」を引っさげ、女たちよ賢明であれと全国を行脚するべく奮闘中。
連絡先:signifiant1@gmail.com

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安情共恵近影

安朋一実(やすともかずみ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。1958(S.33)年4月22日生まれ。
出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。
メルマガ発行:子育てメールマガジン 育児法 引きこもり 家庭内暴力 非行 不登校
連絡先:lacan.msl@gmail.com
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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
中学校1年生の時にクラスの数人からいじめられ転校した経験がある。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。

現在「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーとインテグレーター養成講座を受けている。

性格分析:自己分析、コンピューターのSE(システムエンジニア)をしてきただけあって、緻密な作業ができるA型(血液型)人間である。自分の部屋はちらかっていても許されるのだが、漫画本の1巻から・・はきちんと順番通り並んでいないと気が済まない。物事は手順を考えて、1から順番に進めていく。よって「適当にやってみて駄目でした」という事は出来ない人で、やるからには成果が出ないとかっこ悪いと感じ、失敗を恐れるタイプである。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

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3、加藤智大(秋葉原無差別殺傷事件)との共通点

当月刊精神分析では過去3回、秋葉原無差別殺傷事件をテーマとして取り上げてきた。

秋葉原無差別殺傷事件 加藤智大 月刊 精神分析 2009年09月号
秋葉原無差別殺傷事件2 加藤智大 月刊 精神分析 2011年03月号
秋葉原無差別殺傷事件3 加藤智大 月刊 精神分析 2012年10月号

私は、マスコミから漏れ伝わってくる情報を検索し、各種無差別殺傷事件に関する書籍、事件の分析本、事件の加害者本人が書いた書籍を購入し、加藤智大の心の闇を考察してきた。

今回、東ちづるさんの「"私"はなぜカウンセリングを受けたのか」を読みすすめていくうちに気がついた。この本に登場する東ちづるさんの思春期の様子と加藤智大の思春期の母子関係が酷似している。まぁ、東ちづるさんはスパルタ教育を受けたわけではないが、地元、広島県の因島ではいい子(模範生)として、小学校、中学校、高校を過ごしている。

両者の共通のキーワードは「いい子」である。それも「親からみたいい子」。

東ちづるさんは、三十代半ばに、各種心理学関係の本を読みあさり自分は「AC(アダルトチルドレン)」であると認知した。彼女は、高校時代の記憶が殆どないのだそうだ(心理学で言う「解離」と言う状態)。後日、1999年、カウンセラーと通して自分と向き合う事によって、なぜ高校時代の記憶がないのかも解き明かされるのだが・・・

一方、加藤智大は、実母に幼少の頃から県立青森高校、北海道大学工学部と言う人生のレールを敷かれ、虐待の様なスパルタ教育の方針のもと、そのレールの上を小学校、中学校と走り続けた。加藤智大は、成績優秀スポーツ万能の明るい模範生徒という評判であった。しかしながら母の望み通りせっかく入学した青森県立青森高校で学習意欲を失い、自動車整備士を養成する短大に進学卒業、以降、東日本をてんてんとする事になる。間違いなく加藤智大もACである。その後彼は、2008年に秋葉原無差別殺傷事件を起こす。

Googleで「加藤智大 アダルトチルドレン」で検索するとあるブログがみつかった。

秋葉原通り魔事件~機能不全家族~アダルト・チルドレン

この様に「毒になる親」と言う本を読んで、私と同様に加藤智大はACであると考えた方もおられる様だ。

今回取り上げた、東ちづるさんの本「私はなぜカウンセリングを受けたのか」を何かの拍子に、加藤智大が読んで、自分は「ACなんだ」と認知し、自分の心の闇と対峙すれば、ひょっとしたら秋葉原無差別殺傷事件は起こらなかったかもしれない。

誰もが、自分の心の闇に向き合うチャンスが得られるわけではない・・非常に残念な事だ。

我が身を省みれば、私は、宗教色の強い家庭に生まれ育ち、少年時代から宗教組織の一員として生活した。冠婚葬祭だけの葬式宗教ならまだしも、社会変革を声高に叫ぶ宗教組織だった為、否応無しに日常から宗教信徒としての仮面(ペルソナ)を被ることとなる。宗教組織でもいい子、学校でもいい子を演じる事に相当負担があった事に起因し、私は、大学受験の前日に原因不明の皮膚病を発症する。病状は常に一進一退を繰り返した。私は35歳で実家を離れるまでこの病に苛(さいな)まれる事となった。私の場合は、ACは原因不明の疾病として身体的症状として現れたのである。

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4、時代背景

私は1963年(昭和38年)生まれなので、ちょうど東さんより3つ下である。私が中学生の時、東さんは高校生。私が高校生の時、東さんは大学生。私が社会人になりたての頃、東さんは3つ上の社会人の先輩という立場の人と言う事になる。

そんな東さんの自伝とも言える「"私"はなぜカウンセリングを受けたのか」を読んでいると私自身も当時の時代背景を思い起こす。

私が社会人となった1985年。当時、男女雇用均等法が施行され、基本的に会社内での男女差が法的には撤廃された年にあたる。それまでは求人票にも給与面でもあからさまに男女の差別、区別がなされていた。今から約30年前の事である。

社会的な考え方として「女性は高校や短大、四年制の大学を卒業して社会人になっても、数年したら寿退社をして家庭に入って出産育児、子育てに専念するもの」と言うのが一般的で、よもや女性が一生独身で男性と同等のキャリアを積み社会進出をするなんて考えられなかった時代である。

私が学生時代に郵便局で年賀状の配達のアルバイトをした時。男性は自転車やバイクに乗って配達:外勤。女性はポストに投函された年賀状の局内での仕分け:内勤。・・と最初から職種や待遇にも男女の区別があって当然の時代だった。

逆に言えば、この年から、女性も社会進出を期待され、男性と同じ権利を獲得するのと同時に責任と義務を(も)負う事となったのである。

私は男であるが、果たして現代は女性にとって生きやすくなった時代なのだろうか?時々疑問に思う時がある。いくら女性の社会進出が期待されたと言っても、女性の精神構造や体の構造は「女性」のままである。逆立ちしても男性は妊娠出産はできない。女性の体はその成長過程において、妊娠出産する事を前提としている。

昨今、ピンクリボン運動なるものが目に付く。「ピンクリボン(Pink ribbon)とは、乳がんの正しい知識を広め、乳がん検診の早期受診を推進すること、などを目的として行われる世界規模の啓発キャンペーン、もしくはそのシンボル。日本人女性のうち、乳がんを発症する割合は約20人に1人と言われており、また、乳がんで死亡する女性の数は年間約1万人弱とされ、そのキャンペーンは年を増すごとに拡大している。」

乳がんの増加の一因として「晩婚化」が取り上げられる。女性が妊娠出産適齢期に独身のままである為、ホルモンバランスが崩れ、乳がんが発生してしまうと言う説がある。

いくら社会構造が変化しても、女性は子孫を残す為に妊娠出産する様にできている。乳がん発生の増加は、日本の社会構造の変化のせいでは?という話である。

話が横道に逸れたが、東さんの本の中の東さんは、私からすると会社の3つ上の女性先輩の話を聞かされている様だった。

日本の社会構造が変化する中で、前例のない「女性の生き方」が求められていた時代。しかしながら時代はバブル経済の最中。誰もが毎年給料は上がっていくもの・・と同時に物価も上がっていくのが常識の時代で、モノを買い急ぐ時代(今とは真逆のインフレ)でもあった。

誰もが世の中の常識の変化やバブル経済に翻弄されていた時代である。

私自身、自分の過去を「過ぎ去った時代」と形容し、昔として語っている事に自身の加齢を悟り、少々嫌悪感を感じているのだが、こればかりは仕方がない。たしかに私も歳をとった事を認めなくてはならない。若い若いと言っていても来年50歳のオジサンなのだから。

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5、誰も知らなかった東さんの悩み

かつて、雑誌の読者投票「お嫁さんにしたいタレントNO.1」に選ばれた事もある東さんは悩んでいた。

"私"はなぜカウンセリングを受けたのか P.9

以下引用
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私の眠れぬ夜の壁。
それは、不眠に陥るだけではない。
答えを持たないことや、些細なトラブルにいたずらに悩み、落ち込む。自責の念に苛(さいな)まれ自己嫌悪に陥る。ため息がもれ、みやみに涙する。大声で叫びたくなる・・・。そして、自分が嫌いでしょうがなく、私なんかに生きる価値があるのだろうかとシラける。
それはベッドの中で、バスタブの中で、タクシーの中でと、ひとりの時のつかの間のことではあるが。
しかし、そんな私を誰ひとりとして知らないのである。家族はもちろん、恋人も友人も、私はだいたいにおいて、元気で明るく振る舞っていたし、仕事もスポーツも頑張る前向きな人でいたから、「悩みのないのが悩みじゃないの」「ちいちゃんといるとパワーを分けてもらえる」と言われることもしばしばだった。
そういう私が全て嘘という訳ではない。それも私、寂しくて孤独な心の闇に苦しんでいるのも私。
・・・どうして私はこうなんだろう。そう考え始めたのは、いつ頃からだったのだろうか。社会人になり、個人として生きる責任を感じ始めた頃からだろうか。
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以上引用

そんな東さんが、ある偶然から手にした本「眠れぬ夜の壁 佳里 富美 (著) 」をきっかけに自分はアダルト・チルドレンである事を知る。

アダルト・チルドレン
以下引用
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アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ、という考え方、現象、または人のことを指す。Adult Childrenの頭文字を取り、単にACともいう。学術的な言葉ではないため、論者により定義が異なる場合がある。また、社会状況、家庭状況の変化にともない、意味が微妙に変化し続けている。

一般には、「親からの虐待」「アルコール依存症の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷として残っている人をいう。破滅的であったり、完璧主義であったり、対人関係が苦手であるといった、いくつかの特徴がある。成人後も無意識裏に実生活や人間関係の構築に、深刻な悪影響を及ぼしている。
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以上引用

東さんの場合は「母娘関係」が問題であったと自己分析され、親子カウンセリングと継っていく。

ここで登場するカウンセラーは長谷川博一氏。長谷川さんと東さんの出会いは、東さんが司会を務めていたNHKの番組「週刊ボランティア」のゲストとして長谷川さんが出演されたのが縁との事。

その時のエピソードも面白いのだが、ここでは割愛させていただく。

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6、カウンセリングとは?

以下引用
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カウンセリング(英: counseling)とは、依頼者の抱える問題・悩みなどに対し、専門的な知識や技術を用いて行われる相談援助のことである。カウンセリングを行う者をカウンセラー(counselor)、相談員などと呼び、カウンセリングを受ける者をクライエント(client)、カウンセリー(counselee)、相談者などと呼ぶ。
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以上引用

欧米の映画の中にはカウンセリングのシーンが普通に出てきて、相談者が自身の悩みをカウンセラーにあからさまに語る様子が散見される。

日本社会において、自身の悩み事を他人のカウンセラーに赤裸々に語る事はまだまだ一般的ではない。・・・「体が熱っぽくて関節が痛いの。風邪をひいたみたい。ちょっと近所の病院に行って薬を出してもらって来る」・・・こんな感覚で「最近、悩み事が多くて眠れないの。近所のカウンセラーにところに行って話をきいてもらって来る」・・なんてシーンは想像し難い。あっても、相当体に変調がきた段階で診療内科に通院して診断書を書いてもらい、会社に提出する位が関の山なのではないのだろうか?

過去、月刊 精神分析でも
2011年01月号:ツレがうつになりまして。
2012年10月号:ツレがうつになりまして。2
の特集を組んだ事があるが、心の病で通院するなんて、日本の社会では相当追い詰められたられた状況なのである。

ちょっとサロンに行って来ます。ちょっと美容院へ行ってきます。・・的な感覚で、お近くのセラピールームへという感覚には程遠い。

これは私の持論であるが、古来、日本人は農耕民族であり集団で集落社会で生活してきた。よって、集落や村社会で農作業や団体生活をするのが基本であり、大昔はその小社会のもとで祭り事を司る祭司、宗教が起こった後は寺院の僧侶、寺の和尚さんが村組織や村人の相談役であり悩みを抱えた人の相談相手になっていたのではないだろうか。

江戸時代は寺請制度があり、村人はどこかの寺に所属していた筈で、寺は今でいうところの住民台帳の管理をしていた。

ところが、先の大東亜戦争で敗戦を迎えた後、日本社会は基本的人権を有し、言論の自由、宗教の自由を叫んだ。誰でも思想の自由を得たものの、不幸なことに焼け野原の日本社会は産業の復興と経済の成長を優先させ、人口は都市に流失。人々は心のケアを忘れ経済活動を優先させた。日本は目覚しい経済成長を成し遂げるもののバブル経済崩壊を持って、日本国の経済成長は終わりを告げた。

ここで、日本社会は置き忘れた「心の問題」に直面する。今まで経済成長に目を奪われ見て見ぬふりをしてきた「心」と「精神」に対峙しなくてはならなくなったのだ。

多様化する価値観の中で、個人としていかに「心の闇」に向き合うか。

東ちづるさんの「"私"はなぜカウンセリングを受けたのか―「いい人、やめた!」母と娘の挑戦」はそのカウンセリング体験記に他ならない。

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7、東ちづるさんの周辺の登場人物

父:東智登志(あずまちとし)
19歳で家を出て、溶接の専門学校に入学。
卒業後、大きな造船所に勤務し一家の大黒柱となる。
バブル経済華やかな日本造船業の一翼を因島で担う。
6人兄弟の長男。
娘二人が家を出た後、酒量が増え、47歳で吐血する(静脈瘤破裂)。
その後、アルコール依存症から肝硬変。
57歳で妻と一緒に因島から上京。62歳で永眠。
破れたセーターのまま外出、頭ぼさぼさでも人前にでる。つっかけが左右逆でも平気なところがあった。口癖は「まあ、ええよ」。「男は腕力と経済力」。

母:東英子(あずまひでこ)
母の母が42歳の時の子供
母から溺愛される。
母の母がすぐ学校を休ませるなど過保護傾向にあった。
体が弱かった為。中学校の皆勤賞がすごく嬉しかった
小学校6年盆踊りの帰りに父の背におわれた事を覚えている。
姉妹が彼女につけたニックネームは「後悔の女」。
夫が倒れた際は、ストレスにより過食症になる。

妹:美香子(みかこ)
東京の短大に通っている頃は姉・ちづると同居生活。
卒業後はひとり暮らしを始める。
結婚後、大阪で暮らしていたものの、その後、離婚。
二人の子どもと上京し、両親と同居。
東京で母と同居時代はショップの店長。
現在は、再婚し三男一女の母。

母の母:おてんとさんが、世間様が・・・の人
母の母からみると母は末っ子である。
母の母は母の事を「英子ちゃん」と呼び可愛がる。。

母の姉:綺麗で呑気な人。

堀川恭資さん:東ちづるの夫
期待されてない人として育つ。
諸事情により、幼少の時から両親と別居し、父方の祖父母に育てられる。
19歳の時、父と再会。今を大切に生きる人。
座右之銘:Don't woyyr. be happy.
48歳の時、ジストニア痙性斜頸(けいせいしゃけい)発病。

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8、東ちづるさんが本の出版に至る経緯

秋葉原無差別殺傷事件の加害者:加藤智大、芸能界で活躍する東ちづるさん、そして私自身も、過度な親の期待に応えようと頑張りすぎた子ども時代を過ごした。いい子を演じる事に疲弊した。

親の支配下で衣食住を与えられて過ごす子ども時代。

東ちづるさんの場合、偶然、眠れぬ夜の壁 佳里 富美 (著) を読んだ事により、自分の心の病が「アダルト・チルドレン」であり、その原因として、母:英子さんとの母子関係が問題であったと気がついた。

当初、東ちづるさんは、母娘関係を見直そうと、自分の抱える悩みを母に訴えるものの、60歳に手が届きそうな母親にしてみれば、今更、三十半ばの娘に「子供の頃から連綿と続いた母娘関係の見直し」を求められても、今までの母の立場を全否定された様なもので、なかなか上手く行かなかったと言う。

その後、東ちづるさんは紆余曲折を経て、岐阜県在住の長谷川 博一先生に親子セラピーを依頼する事になる。

その過程は、東ちづるさんの著書:"私"はなぜカウンセリングを受けたのか に記述してあり興味深い。

本の構成は、数回に及ぶクライアントである東ちづるさんと、母:英子さんとカウンセラー:長谷川博一さんとのやり取りを掲載し、その後に東ちづるさんが自分の思いを綴る。最後に「カウンセリングのあとで」と言う項をカウンセラー:長谷川先生が記述し、東ちづるさんが「おわりに」で締めている。

長谷川先生が書いている「カウンセリングのあとで」と言う項に目を通すと、このカウンセリング自体が本にして出版する事を前提にしてなされた事を明かされている。

カウンセリングが、その内容が出版されて公にされる事を前提してなされていいのか?と言う疑問が浮かぶが、長谷川先生はクライアントが東ちづると言う誰もが知っている「公人」なので可能と判断されて様だ。ただし、東ちづるさんは公人かもしれないが、彼女の家族や親戚は私人であるので、出版公開されるまでは紆余曲折があったものと想像できる。実際、カウンセリングが行われてから本の出版に至るまで2年の期間を有している。

しかしながら、こう言う少し特異な本が出版されたお陰で、本当は公にされる事のないカウンセリング中のカウンセラーとクライエントのやり取りを克明に知る事ができる。東ちづるさんは、公人としてのリスクを背負いながら個人情報を公開し、この本を出版する事に意義や意味を見出されたと言う事だろう。実際に、この本は出版されて10年の歳月を経て私の手元にやってきて、一人の女性が自分が日頃感じている「生きにくさ」は、アダルトチルドレンに由来するものなんだと認知・認識し、母娘関係の改善、自身の生き直しに至るまでの経緯・経過を私に教えてくれる。

私にしてみれば、テレビ画面の向こう側にいた人が発した10年前のメッセージを受け取っているわけで不思議な「縁」を感じるのである。

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9、本の内容

本稿を書いている時点では、"私"はなぜカウンセリングを受けたのか―「いい人、やめた!」母と娘の挑戦はAmazonで注文可能であるし、重版されているので古書を買い求める事もできる。

自分自身がACであったり、家族関係で悩んでいたり、カウンセリングに興味がある人は一読される事をお勧めします。東ちづるさんの自身の悩みへの対峙を通して、何かしらのヒントを獲得できるでしょう。

さて、本の内容ですが、東ちづるさんは公人であっても、カウンセリングの中に登場するご家族や親戚は私人であり、細かな内容までを本稿で記述する事は躊躇(ためら)われました。

本の構成の紹介と精神分析的視点からの補足と用語解説をしたいと思います。

1回目、2000.09.18 東ちづる(娘)単独
テーマ:母娘の絆

この章を読むと、いかに東ちづるさんが母との関係性の中で生きてきたかがわかる。立ち居振る舞い、学業に対する姿勢、服選び、進路・・・全てにおいて母の視線を意識し、母が喜ぶ自分、母に認められる自分であろうとしたかがわかる。

加藤智大は実母の欲望の延長線上で、習い事に通い、勉強し、小学校、中学校と学力優秀スポーツ万能の良い子としての立場を走った。加藤智大の場合は、見事、母の期待に応え、青森県立青森高校に進学したまでは良かったが、反抗期を迎え、母親の敷いたレールからスピンアウトしていく事になった。

東ちづるさんの場合は、高校生になっても良い子のままでいるものの、高校時代の記憶がない、所謂、解離(乖離)状態となる。

意識上は良い子を継続しているものの、成長していく精神には芳しくない状態であるので、記憶に蓋をした状態・・・精神分析的な言葉を使えば、意識上に留めておきたいくないものを、無意識に押し込め、コンプレックス(複合観念体)を形成してしまっている状態。このコンプレックスは、世に流布して言葉で置き換えると「トラウマ」でもいいかもしれない。

2回目、2000.10.04 東ちづる(娘)単独
テーマ:父を探して

東ちづるさんの語る「父」とは「ええよ」で全てを許す父と形容している。娘からみた「父」はいかなる存在だったのか?色々な表現で形容されているのでここではその全てを転記することはできないので割愛します。

ただ最後に東ちづるさんはお父さんの事を以下のように結んでいる。

以下引用 P.83
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父は私を誰とも比較しなかった。私に望んだことは健康だけだった。何が起きても私を信頼し、心の支えとなってくれた。決して自慢はせず。人を悪く言うこともなかった。そして、今も、父の事を悪く言う人は誰もいないそうだ。
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以上引用

精神分析的視点から「父」をみると、「父性」の有無とか、有様の話になるのですが、ここでは娘からみた父の肖像ですので割愛します。あ、現在の東ちづるさんの旦那さんは、お父さんに似ている人だそうですよ。やはり娘は基本的にファザコンなのでしょうか?

3回目、2000.10.17 東ちづる(娘)単独
テーマ:母と娘、そして彼

この項では、自分の心の闇に気づいた東ちづるさんが母との関係、パートナーとの関係をテーマにしています。ずっと「いい人」を演じ続けていたと言う東さん。本当の自分を生き直したいと訴えられています。

今更ながら思います。人は人との関係性において「人」となると・・。

東ちづるさんは数年「どんな人になりたいのか?」をテーマに過ごしたと言う。鏡に映る自分に問いかけたと言う。所謂、自分探しの旅である。この本の中では「今は許せる人になりたい」と語られている。

精神分析的に言うと「自己承認」と言う事になる。今のありのままの自分をOKする事。否定でなくて肯定。相手の存在も肯定し、自分の存在も肯定する事。私がラジオを聴いた時には番組中で東ちづるさんは「自分の好きを信じましょう」と何度も発言されていまいした。裏がえぜば、主体は「自分」である事を強調されていたのだと思います。

4回目、2000.10.17 東英子(母)単独
5回目、2000.11.04 東英子(母)単独
テーマ:私は母になれるのか?

この本が出版されたのは2002年で、東ちづるさんは38歳。40歳前なら高年齢出産もあったかもしれないが、現在は2012年。東ちづるさんは48歳。日本人女性の平均閉経年齢は約50歳なので、もう年齢的に子供は難しいかもしれない。

ここで言っているのは、生理学的に妊娠出産できるできないの話ではなく、心、精神的に母になる事を受け入れられるか?と言う話である。東さんの言葉を借りれば「無償の愛を注ぐ自分より愛すべき存在の出現」に恐怖すると言う話である。

ここで定義されるのが、愛された事がない人が、子供を愛す事ができるか?と言う命題である。昨今、頻繁に報道される「虐待」のニュースを読んでも、子どもを虐待した親は、実は子ども時代に親から虐待を受けていた(世代連鎖)なる報道が目に付く。

女性として生まれたからには、体の構造からしてある適齢期を迎えると妊娠・出産する様になっているのだが、果たして心は、精神は妊娠・出産・育児を迎える準備、そして覚悟は出来ているのだろうか?

育児や教育で悩む母親の多くは、当然の様に結婚し、当然の様に妊娠し「おめでた」と祝され、出産に臨み母となる。精神分析の世界では、精神発達論を基礎としての子育て方法を説いている。

結局、女性は母となった時には「私」から脱し「公」の人になると言う事である。「公」とは、昔風の表現を使えば「神」と置き換えてもいいかもしれない。

私は子供の頃から、親になるのが嫌だった。正確に言えば、祖母と母の間で板挟みになる父には常に同情し、更に、今、父を見ている私の視線をわが子から向けられる事が恐怖であった。私は父になるのが嫌だったのだ。まさに大人になれない子供。アダルト・チルドレン。私自身もACそのものでないか。今、原稿を書いている私自身も子ども時代を思い起こしている。

6回目、2000.12.10 母娘同席(初)
テーマ:母娘ふたりで

この頁では。母娘が同席して、長谷川先生のカウンセリングを受けている。母娘で一緒にいくら話してもなかなか難しかった母娘関係の見直しがカウンセラーと言う他人を介在する事で進んでいる様子が伺える。

長い人生の共有した母と娘が、あの日、あの時、どうだったか?を回想し心の闇を探っていく様子が伝わってくる。

以下引用 P.169
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初めての母娘揃ってのカウンセリング。長谷川先生がいなかったら、きっと親子げんかになっていただろうと思う。そんな内容だった。
母は母なりに懸命に自分をおさえ、葛藤していた。
無意識に自分を傷つけていたのだ。右手で左手首をつねったり、爪をたてたりしていた。顔は平静を装い、笑顔をみせたりしながら。
正直、私はヤバイ・・・と思った。母は壊れてしまうかもしれない、と。
以前にも、母は自分を傷つけたことがある。父のアルコール依存症がどうしようもなくなった頃だ。摂食障害、過食症になっていたのだ。指を口に突っ込んで吐きながら、食べてしまったいたそうだ。
摂食障害は、自己否定のあらわれ。自分の体をいじめることで救いを求めていたのだと思う。
そういえば、母は、眠っている時に辛そうな顔をしていることがよくあった。うなされていたり、眉間(みけん)に深くしわを寄せていたり・・・。いずれも自覚がないだけに深刻である。
母の不安と戸惑い、自責の念、憤り、そして変わろうとする努力。
左手首には、それらの葛藤の爪痕がこの後も数回残ることになる。
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以上引用

7回目、2000.12.12 東英子(母)単独
テーマ:「頑張る」から「自由」へ

以下引用 P.186
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骨髄バンク活動のボランティアで岩手に行った時のことである。ひとりの少年がお姉さんに連れられてやってきた。緊張ぎみに一生懸命私に訴える彼は、言語障害だった。
ぼくは、言語障害を頑張って克服したい。どうやったら乗り越えられますか?
たしかに、彼の言語は吃音(きつおん)であり明瞭ではなかった。でも、その真摯な姿勢はとても感じが良かったし、会話は十分に成立した。
「克服かあ・・・。克服しなきゃいけないの? 少し時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと伝わってるよ。よっぽど時間がない時は筆談とか工夫するのはどう? その話し方も個性なのにね。きっとまわりの人が「障害」とか「克服」とか言うんでしょう? もう十分頑張っってるんだし、その喋り方と仲良く付き合うという考え方はどうかな? ねえ、ところで他に頑張りたいことは、なあに?」
と尋ねると、彼は目を丸くして聞き直してきた。ぼくはこのままでいいのですか?と。そして、将来の夢を興奮して語り、まずはそのために頑張りたいと笑顔になった。横で心配そうに付き添っていたお姉さんは、手を口に当てて目に涙をいっぱいためていた。
生きていていい、ありのままでいい、頑張らなくていい、自由でいい、自分を責めなくていい、罪悪感を持たなくていい・・・。そう、私はわたしでいいのだ。
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以上引用

母として、娘をどういうふうに育てようと思ったのか?何に対して頑張って娘を育てたのか?娘は母のどういう期待に応えようとして頑張ったのか?母娘で何に拘って生きてきたのか思い起こす。そして、その拘りはさして重要なものではなかったのでは?今は、もっと自分の感じる「楽しい」に素直に生きればいいのでは?と言う気づきが生まれる。

8回目、2000.12.23 母娘同席
テーマ:母子列車から降りる時

以下引用 P.211
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母は、いつから自分の欲求を見失ってしまったのだろう。着たいもの、食べたいもの、行きたいところ・・・たくさんの欲求があるはずなのに。それかを無意識に抑え込んでいることに気づかず、私の選択に同意することで安心し、幸せを感じようとしている。
こんな共依存は、親子の間ばかりではなく夫婦間でも多いらしい。「エリートの夫に可愛い妻」は「ワンマンな主人にかしずく妻」だったりする。隠れ共依存関係は、そう簡単に全貌を表すことはないようだ。共依存であることに気づかなければ、ある意味居心地がよかったりする。居心地の悪さを感じたとしても、「他に居場所はない」「それでもお互いに必要としている」、あるいは「この人には私しかいないのだから」と思い込んでいる人も多いらしい。
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以上引用

東ちづるさんは本の中で母と娘の相互依存関係を上記の様に表現しています。使っている言葉は「共依存」精神分析の世界では夫婦の共依存を夫婦共謀と呼んでいます。

Googleで「夫婦共謀」を検索すると「夢売るふたり」と言う映画作品がでてきます。この映画の中での夫婦共謀は、文字通り夫婦で共謀してよからぬ企てをすると言う意味です。精神分析の世界での夫婦共謀は,共依存と同じ意味です。

世代連鎖については以下を参考にしてください。昨今の「虐待」についても世代連鎖が指摘されています。

人は無意識に子ども時代を再現する。

以下引用
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例えば、怒られ叩かれて育った人は、配偶者との間でまたその子ども時代を繰り返す。
相手を怒らせ、自らまた叩かれるような場面を作り出す。
こういう無意識があることをほとんど人は知らない。
この無意識に気付き、本当なら避けたいはずの暴力を自ら相手から引き出しているとわかれば、この暴力を回避することは出来る。
ここに、人との間に『共謀』というものが起こる。
それは夫婦の間で顕著で、親子の間でも起こるし、ほとんどの二者関係において起こりうる。
無意識は意識できない意識であるため、それがあることさえわからない。
しかし、このあることにも気づかない無意識に人操られ生きているとしたら、何と虚しいことか。
そのために人は、なぜ自分はこんにも生き辛いのだろう、なぜ相手はいきなりキレて攻撃性を向けてくるのだろうと悩む。
まさかその悩みの原因を自分が作り出しているとは知らずに。
-----------------------------------------
以上引用

テーマ:オンリーワンの私

まるで2002年に出版した東ちづるさんの本の中に秋葉原無差別殺傷事件の発生を予言するかの様な一文があります。

以下引用 P.223
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私が解離したのは、高校生の時、16から18歳の頃だ。青春まっただ中のこの時期をほとんど記憶していない。そのせいもあって、数年前から世間を騒がせている少年犯罪がとても気になる、少年たちの多くは17歳なのだから。
ニュースやワイドショー、週刊誌で語られる10代の犯罪者たちの素顔は、ほとんどの場合、どこにでもいる普通の少年だ。ご近所さんや学校の友人、先生は、「信じられない、あの子が・・」と口を揃える。「挨拶もきちんとしていましたよ」「不良グループとの付き合いもありません」「特に問題のある生徒でもない、普通の子です」・・彼らもまた、「いい子」をやっていたのだ。その少年たちも心の奥底で叫んでいたのではないだろうか。「救われたい」「助けて」と。
犯罪に至るほどの理由が見当たらない、不可解だ、という声が多いけれど、彼らは「いい子」「普通の子」という仮面の下から何かの形で素顔を表していたのではないだろうか。そのサインに誰も気がつかなかったにせよ。
「解離」は今でいう「キレる」という言葉に置き換えられると思う。私の場合は「キレ」で無意識のうちに「解離」という選択をしたようだ。
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以上引用

今まで常に、母と私の相対関係の中で生きてきた東ちづるさん。ずっと一緒に列車に同乗したかの様に人生を歩いてきた二人。世間や親戚の目を意識し、「こう有らねばならない」と定義し、そうなる事に価値を見出してきた。これからは、評価を外に求めるのではなく、自分自身の中に生きる価値、世界でただ一人一個の人格を持つ自分をオンリーワンとして評価しましょう。

以下引用 P.234
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全ての子にそれぞれの心がある。「あなたはこの世でオンリーワン。とても大切な存在なのだ」と子どもたちに伝え続けなければならないと思う。教師も親も、もちろん私たちも。
誰もがオンリーワン。
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以上引用

9回目、2001.03.01 母娘同席
テーマ:「自分探し」の峠を越えて

短的にカウンセリングを受けての母の変わりようを以下の様に表現している。姉妹で母につけたニックネームは「後悔の女」であった。

以下引用 P.252
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母は、「自律」したのだ。「自律」の反対は「他律」。「他律」とは、自分の意思ではなく他者の命令や束縛によって行動すること。「自律」は、他からの支配や助力を受けずに自分の意思にしたがって行動すること。すなわち、それによって生じるかもしれないリスクやマイナスも自ら背負うことだ。母は「それならそれでよし」という、いい意味での開き直りができるようになったようだ。もう他者や何かのせいにはしない、と。
-----------------------------------------
以上引用

テーマ:自分の心に寄り添う

誰のためでもなく、ありのままの自分を見つめる。自分自身が発している内なる叫びに耳を傾ける。東さんは子どもの独自性をこう表現する。

以下引用 P.260
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我が子は、親にとって血を分けた分身のようなものだろう。しかし、決して親の所有物ではないのだ。子どもも、一個の人格を持ったひとりの人間、親と同じ洋服を着せようとしても、サイズも好みも違ってくる。自我の目覚めとともに、独自のアイディンティティが生まれてくるのだから。
-----------------------------------------
以上引用

テーマ:「私」らしく生きる為に

最後の章はお父さんが逝去する際の家族の葛藤を記述されている。なぜなら、父の死をどう迎えるかが「家族のありよう」に直結する話であったからだ。死は生の終焉であり、人生の総決算である。どういう死を迎えるか、この世に生まれたものはいつの日か向かい合わなければならない。東ちづるさんは実父の死を通して「私」らしく生きる事とはどういう事か深く考察されている。

長谷川先生のカウンセリングによって、母、娘は各々の「らしさ」を追求する方向に進み、今までの呪縛は解かれたようだ。これからは「私」らしさを求めていく事となった。

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10、精神分析的まとめ

以上、東ちづるさんの本を通して、母と娘(東ちづる)の親子カウンセリングをみてきました。

東さんが「自分はAC(アダルトチルドレン)だ」と認識してから、母子でカウンセリングに挑戦し、カウンセリングの過程を出版によって開示した経緯がよくわかって興味深かったです。

あのテレビお馴染みに東ちづるさんが実はこう言う悩み(心の病)に対峙してきたんだと言う事がよくわかりました。出版に相応の期間が必要だった事からも、カウンセリング内容の書籍化は、簡単でなかった筈で、東さんの苦労が忍ばれます。お疲れ様でした。そしてありがとうございます。

で、ここからが、本格的な精神分析的考察です。

残念ながら私自身は精神分析家養成講座を受講中の新参者でありますので、東ちづるさんがAC(アダルトチルドレン)であった事を我が師:惟能創理(いのうそうり)に伝え、精神分析的解釈をしていただきましたので、以下に列記します。

まず、東さんの病歴と症状から・・・

OL時代、うつが身体症状(十二指腸潰瘍)を巻き起こしている事と、わけもなく涙が溢れてくる事から、メランコリー型うつ病の仮面うつ病であると診断できます。

ちなみに、うつ病には色々な種類があって症状の出かたによって色々な病名がつきます。
1、メランコリー型うつ病
2、抑うつ型うつ病
3、強迫型うつ病・・・など。

惟能先生によると、うつの身体化・・・体にあらわれる病気の症状の例として、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、糖尿、高血圧、高脂血症・・などがあるそうです。

東ちづるさんの場合、幼少の頃から「いい子」を通してきた為に、17歳(自我が芽生える頃)には、精神的に相当なストレスが発生しており、高校時代の記憶の解離現象が起こっていました。

その後、「いい子路線を」突き進み、更に「故郷因島の教師になる」事を目標とするものの大学受験に失敗。この時、精神的に一体化していた母親から「裏切り」の言葉を発せられたのをきっかけに、東さんの無意識(複合観念体:コンプレックス)上「いい子路線」に疑問符が付きます。

さて、世の中はバブル経済の真っ只中、東さんは四年制の大学に編入する事を前提に「関西外国語大学短期大学」に進学。因島の親元をはなれ、大阪で一人暮らしを始めた東さんには何もかも珍しいものばかり。楽しい時間はあっという間に流れていきます。

しかし、執行猶予(モラトリアム:moratorium)終了間際で、東さんは、教師を諦め、大阪でソニー企業株式会社に入社。かつて心斎橋にあったソニータワーで仕事をされていた様です(裏がとれていません。ごめんなさい)。有名企業に就職した事で母は喜んだものの、東さんは、母と娘の共有の目標であった「教師」はなんだったのか?と、戸惑いもあった様です。

めでたくソニー企業の社員となり、バブル経済の最中、毎日が慌ただしく流れていきます。

そんな中、その流れに終止符を打ったのが東さんの疾病「十二指腸潰瘍」。この疾病によって、東さんは会社を退職、大阪でタレント関連の仕事やスポーツインストラクターを始めます。その後、芸能事務所からお声がかかり、東京で芸能人生活をスタートさせます。そして「ビートたけしのTVタックル」の司会者になり全国区の知名度を得ます。

超充実した生活を東京で送る東ちづるさん。しかし、バスタブにつかっている時、タクシーに乗った時、わけもなく突然涙がとめどもなく溢れ出す事があったという。

彼女の心の闇の深さはいかばかりだったのでしょうか?

東さんは自我が目覚める17歳の頃から綱渡りで過ごしてきた様に思われます。他人に気づかれず、自分自身をも騙し続けたのです。17歳で記憶を解離させ、封印。バブル経済時はイケイケで過ごすものの、破綻直前で「十二指腸潰瘍」という疾病利得を得て、会社員生活にピリオドを打ちます。もう大阪での会社員生活は限界を迎えていたのです。当時の彼女の本棚には「死のコーナー」があり、死に関連する書籍が並んでいたそうです。

総じて「仮面うつ病」と言っていいでしょう。彼女自身も気がつかない巧妙なうつ状態であったのです。

上京してからも、彼女の精神構造が変わってわけではありませんので、彼女は「彼女自身を生きていない」虚しさに苛なまれ続けます。

意を決して、カウンセリングを受けたのが東ちづるさんが38歳の時。実父の死が大きなきっかけであったのではないでしょうか?

ここで、東さんの家族に目を向けます。

東さんの実父:東智登志さんは、6人兄弟の長男。しかも、母親が相当若い頃生まれたと本に記述されていました。更に19歳で家を出て独立。溶接技術を学び、「男は腕力と経済力」をモットーに、因島で造船関係の仕事をしていた。東さんは実父が25歳、母が21歳の時に誕生した長女。二人の娘が独立した後は、飲酒量が増え47歳で吐血(静脈瘤破裂)。その後、アルコール依存症から肝硬変に掛かり62歳で永眠している。

彼の生い立ちを鑑みると、大家族の中の長男で、母親が相当若い頃に生まれた事からも、家族の中では「子ども扱い」されなかったであろうと容易に想像できます。精神発達の中で最重要な母親からの無条件の愛を受けられず、自己肯定感が得られなかったのでしょう。

結果、19歳で家を飛び出し、自己の確立を「仕事:技能」に求めます。それは日本的な言葉で言うと「この道うん十年」とか「この道一筋」とかいった職業観に現れています。しかしながら、仕事で心の隙間を埋められるのは人生のある限られた一定の期間であります。東智登志さんの場合は、二人の娘が独立した後は、満たされない心の隙間を飲酒によって埋めようとします。所謂、アルコール依存症です。

私の周りにも、優秀な技術者や技能者が、ある一定の評価を得た後、酒に依存し、肝硬変で寿命を縮める事例が散見しています。親戚は「何か飲まずにいられない事があるのでは?」と訝(いぶか)ります。東さんの親戚も同様でした。東さんの家族は「本当にお酒が好きだから仕方ない」としていた様ですが、入院しても隠れて飲酒をするのは、明らかに心の病。東さんの実父も「何かしら飲酒せずにはおれない心の闇を抱えていた筈」で、セラピーなりカウンセリングを受けていればもっと長生きされたのではないかと悔やまれます。

あと、私が気になったのは、現在の東ちづるさんの夫:堀川恭資さんの事です。ネット上で、難病に罹られているとの報道を目にしました。

東ちづる 難病の夫を支えた闘病記録

報道によると東ちづるさんの夫:堀川恭資さんは「ジストニア痙性斜頸(けいせいしゃけい)」と言う難病にかかったと言う。

東ちづるさんの本によると、夫の堀川恭資さんは、諸事情により、幼少の時から両親と別居し、父方の祖父母に育てられたとありました。更に、夫の堀川恭資さんは、実父の東智登志によく似ていると・・。心理学の世界では、男性はマザコン、女性はファザコンと言われますが、東ちづるさんも例に漏れなく父によく似た男性を夫として選ばれた様です。

堀川恭資さんが羅患した「ジストニア痙性斜頸(けいせいしゃけい)」と言う難病は、首の筋肉の異常の病気であります。

精神分析家養成講座テキスト(自己愛パーソナリティー)を紐解くと、自己愛者(ナルシシスト)が体現する病症として、無意識が知覚を妨げる行為として、「現実を見ずにそれを否定し、自分は幸福だという誇大自己」を実現する為に、・・・・局所化された形で全身に構造化されている。緊張する部位は、頭蓋骨の底部、頭と首をつなぐ筋肉にある。この領域は大脳の視聴中枢の近くにあって、視覚になにがしかの影響を与える。それは興奮が身体から頭脳に流れ込むのをせき止め、その結果として頭脳が身体感情から遮断されるのだと思われる。・・・と明記してあります。

アルコール依存にしても、ジストニア痙性斜頸にしても、詰まるところは「母親からの愛情不足」によって自己肯定感が得られす、自己愛者(ナルシシスト)となり、その歪(ひずみ)が病状として身体化しているわけです。

こうしてみていくと、東ちづるさんの父から夫へ、自己愛の問題は連綿と連鎖していっているのです。本人が意識していなくても、無意識にそうなっている。無意識の恐ろしさはそういう事にあります。

先日、ラジオに出演されていた東ちづるさんは、一生懸命「自分の好きを信じましょう」と連呼されていました。あまりにも強調されて連呼されるので、よっぽど「今の自分の好きを信じる」事を重要視されているのか?もしくは、まったく逆で「今の自分の好き」に自信がない為に「自分の好きを信じましょう」と連呼されているのではないか?と勘ぐりたくなりました。

カウンセリングも精神分析も対話によって心の病を治療する療法ですが、大きな違いは、「無意識:コンプレックス(複合観念体)」を重要視するか?否か?という違いだと思われます。

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11、おわりに

今月の月刊精神分析いかがでしたでしょうか?テーマに東ちづるさんが10年前に出版された"私"はなぜカウンセリングを受けたのかから「アダルトチルドレン」を取り上げました。

そもそもアダルトチルドレンは病名ではなく「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ、という考え方、現象、または人のことを指す」名称でありますから、人によって様々な捉えられ方がされるわけです。

もちろん、月刊精神分析では、精神分析的視点からの解釈を述べたのですが、何しろ、ソースが東さんが書かれた書籍に書かれた事と、それから想像できること、現在ネットから検索してえられる情報だけですので、果たして「真実」と断言できるものかは怪しいところがあります。人によっては「精神分析は壮大なこじつけ」と言われる方もおられます。

ただ、私自身も経験しているのですが、世の中には、データや実験の世界だけで断じる事が遥かに少ない事が多すぎます。これだけ世の中が成熟していると言われながら、原因不明の病気は山ほどあるし、治し方がわからない病気も沢山あります。

大学病院の高名な教授が首をかしげる病が、引越しをしたり、生活環境を変えるだけで治ってしまうのはなぜでしょう?人の心が体になし得る影響が如何に大きいかを物語っています。

精神分析とは、人の精神、心にスポットをあてた学問であり、フロイトによる無意識の発見は20世紀の三大発見の一つとされています。そういう意味においては「精神分析」はまだまが発展途上の学問なのかもしれません。

人の心の発達とはどういうものなのか?

精神分析家のみなさんんが主催されている「精神分析理論講座」で勉強されるのも一興かと思われます。

では、また来月お会いしましょう。

ご意見ご感想はlacan.fukuoka@gmail.comまでお願いします。

月刊精神分析 編集部A 

平成24年12月01日

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付録:秋葉原通り魔事件~機能不全家族~アダルト・チルドレン

※ 容疑者を庇護・弁護する意図はありません
秋葉原通り魔事件
ひどい事件だ。
事件が起こったのは、6月8日。
もう、テレビでは、
この事件のことは、
ほとんど、放送されなくなったな
事件直後から、思っていた。
加藤智大が、
「毒になる親」を読んでいたら、
違う展開があったのではなかろうか
あなたの経過は、
ほんとに、
私がたどってきた経過と
そっくりだよ
あなたが抱えている怒りは、
抱えて当然なんだよ
あなたはの感じている怒りは、
感じて当然なんだよ
あなたの気持ちは、
とてもよく理解できるよ
あなたみたいな人を
AC(アダルトチルドレン)って言うんだよ
でも、人を殺しちゃいかん
ああ
人を殺める前に、
機能不全家族のことを
教えてあげていられればよかった
そしたら、
多くの人が殺されずに、
傷つけられずに済んだかもしれない
週刊現代の、
あなたの弟の告白記事を読みました。
ひどい親でしたね。
「毒になる親」にも、
かなりひどい親のことが書かれているけれど、
あなたの母親も、
「毒になる親」に載せられるくらいの親でしたね
親から毒を盛られて、
健やかな人格形成ができずに、
生きづらさを抱えるのが、アダルト・チルドレン
親のせいで人格が未熟になり、
親のせいでイケテナイ人間になり、
それは、事実なんだ
親のせいで、こんな人間になったのは。
親のせいで、
境界線を引けない人格で、
親のせいで、
自己肯定感が低くて、
親のせいで、
愛情に飢えていて、
親のせいで、
承認欲求が異常に強くて、
親のせいで、親のせいで、親のせいで
こんな、
誰からも愛されない、
誰からも相手にされない、
こんな人間になったのは、
親のせいだ
と、
思っていいんですよ
親のせいで、
こんな人間になったと、
親をうらんで、
親をにくんで、
親に怒って、
いいんですよ
でも、
そこから、先。
親は、この自分のイケテナサを
無くしてはくれないんだよな
親のせいにしてもいいけど、
親は、治してくれないんだよな
じゃ、
このイケテナサをどうするか
この課題を抱えまくった自分を
どうするか
この未熟すぎる自分を
どうするか
自分で
その課題は
克服するしか、ないんだよな
AC(アダルトチルドレン)の抑圧された怒り
その怒りの根源にある悲しみ
不幸にも奪われた
あなたに与えられるべきだった
輝かしい子ども時代
あなたの家族が、
残念なことに、
機能不全家族だったことには
同情する
世の中には、
すごく多くのAC(アダルトチルドレン)がいるらしいが、
加藤のように他人を殺めるほどの事件を起こす人間と、
そこまでしないでいられる人間の違いは、
なんだろうか
私自身も、
ついこのあいだまで、
加藤容疑者と、
なんら、変わりない感性を持っていたことを認める。
でも、他人を殺めるほどの怒り、、、は、
幸いに、遭遇しなかった、ということか
加藤容疑者は、
派遣労働者
解雇の不安
作業着がなかった
という、
最悪の、
他者からの否定・否認の現場に
不幸にも遭遇したということか
AC(アダルトチルドレン)にとって、
他者からの認められなさは、
致命的だからな
加藤智大
あなたが、自分のしたことの意味を
本当に理解し、
誠意をもって、反省・後悔するまでには、
相当の時間がかかるだろう
なぜなら、
あなたが、自分のインナーチャイルドを癒し、
自分を認めて、
自分を肯定して、
自分を愛して、
自分を大事にしてからでないと、
本当の意味で
他人を大事にすることができないからな
本当の意味で
他人を大事にすることができないうちは、
俺もどうせ死刑になるんだ
世間の幸せな奴らも、道連れにしてやったんだ
という気持ちが失せないだろうからな
ああ、
こんなAC(アダルトチルドレン)が育たないように、
親業されている方、
子どもを自分の道具、分身、代替、などに、
どうか、しないでください
条件付きの愛情を
子どもに与えないでください
ありのままの子どもを
認めてやってください
そして、メディアに訴えたい。
派遣労働の問題だの、
ネット社会の問題だの、
あーたらこーたら言っているが、
なぜに、
「機能不全家族」という概念を無視するんだね
ここに焦点を当てないと、
社会的意義が、ほんとうに皆無だと思うがな

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付録:精神分析家養成講座テキストから抜粋

自己愛論Ⅲく自己愛パーソナリティー>

自己愛と体

感情と身体

ナルシシストは、感情を否定している。感情は身体内部の出来事や運動によって生じる。それは自我や意志によってある程度コンロトールされるものではあるが、感情を作り出すことはできない。人は、それを「感じる」のみである。有機体の活動こそが生命であり自己そのものである。自我はその活動を知覚した意識のことである。だから自我は自己の一部で、自己意識の代表であり、自己に直結しているのである。ところが自己愛者は、自我を身体、自己から切り離してしまい、分裂させて別に機能させ、操作しようとしている。これが自己否定であり、感情の抑圧と否定である。

健康な人間は、感情を通して直接に身体を経験するか、身体イメージをもつか、どちらかであるが、その両者が一致している。この状態が成り立つための前提条件は「自己受容」である。愛とはエロス的交流であり、共鳴と共感による快の共有にあった。これによって自己愛は高まる。それには、正しい自己感覚が必要である。これが他者に共有され、支持されたとき、愛が生まれる。ナルシシストには、この共有がない。ただひたすら自己イメージの称賛による自己肥大(誇大自己)をし続けるだけである。ここに、自己イメージだけに把われ、そこにのみリビドーを注ぎ込むナルシシストの姿が浮かび上がる。自己感覚の遮断は、感情の否定であり、現実の否定である。身体感覚は現実を通してのみしか発生し得ないからである。故に、感情否定と現実の否定、自己否定は同義語となる。

感情の抑圧と体

感情を抑圧するには、身体感覚を遮断すればいいのだから、身体を死んだようにすればいい。そうすれば、身体内部の自発性が減少し、感じとるべき何ものも存在しないし、情動も生じない。ところが事実、生きている限りは内部運動は生じ、外部刺激に反応する身体知覚は内部にも伝えられ、感情は生じる。ナルシシストはどうのようにして感情を抑圧するのか。それは筋肉の緊張によって運動を禁止するのである。結果、身体は硬直化、部分的な死化をつくりだす。全身をビーンと起立する兵士の姿は、全身の死化である。こうして感情を殺し、殺人マシーンになっていくのである。

この感情抑圧の種類は、身体各部位と関連しているはずだから、それをみれば抑圧の感情が何であるか判るはずである。

例えば、顎の筋肉のこわばりは、何かに噛み付きたい衝動の抑圧であろう。それは、辛辣(しんらつ)に皮肉の中に表れる。又、それは吸い付きたいという衝動を阻止し、親密さや接触への欲望を抑圧しているのかもしれない。喉の締め付けは、人が深くすすり泣くことを不可能にし、悲しみの抑圧に手を貸す。肩の凝りは怒りへの反応の強烈さを減少させる。怒りは他者への拳の反撃であるから、いつもその手をふりあげないよう筋肉で抑えておかなければならないし、いつも殴っているような筋肉の緊張がそこにある感じ、表現と共に減少にも役立っていることにもなる。

身体全体のこわばりは呼吸に制約をくわえ、身体の自由な動きを制約することによって、身体を死んだような状態にする。そうすることで、酸素の吸入量を減少させ、新陳代謝活動を減少させ、自然発生的な運動や感情に使われるエネルギーを低下させていくのである。ある種のナルシシストに、そのような全身におよぶこわばり方を見ることができるが、そうでなく、柔軟な堅田を持つナルシシストもいる。それはなぜか。

知覚の阻止

近くは意識の機能であるから、一般には自我の統制下にある。通常我々は、自分の関心を引くものを知覚し、そうでないものは無視する。又、ある対象に注意を集中することもできる。しかし又、同じプロセスで知覚を拒否、無視等によって意識的に操作できる。これを選択的知覚といい、自己防衛のひとつである。当人はそれによって感情を否定、抑圧しているとは思わず、自分には関係ないとか、記憶にないとか、気にならない、見えないといった表現をする。これら皆、見ようとしない意識の働きの結果である。それゆえ彼らは柔軟に体をくねらせ、一見自由であるかのように見える。それを支えているが、現実を見ずにそれを否定し、自分は幸福だという誇大自己なのである。

この時点では、否定は全身のこわばりでなく、局所化された形で全身に構造化されている。緊張する部位は、頭蓋骨の底部、頭と首をつなぐ筋肉にある。この領域は大脳の視聴中枢の近くにあって、視覚になにがしかの影響を与える。それは興奮が身体から頭脳に流れ込むのをせき止め、その結果として頭脳が身体感情から遮断されるのだと思われる。

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付録:東ちづる 難病の夫を支えた闘病記録

夫・堀川恭資氏(48)が難病にかかってずっと夫婦で闘病生活をしていたそうです。
病名はジストニア痙性斜頸で首の筋肉が緊張してしまい、痙攣したり左右に傾いてしまう病気。
一時は歩けなくなり車イス生活に・・・。
しかし、夫婦の愛が病気を奇跡的に回復に向かわせたようです!

以下引用
「結婚したら、いい妻 いい母親をやらなくてはと、いままでと違う自分になって悩み始めるんじゃないかと思っていた」
かつて、結婚についてこのように語っていた東ちづる(51)。
そんな彼女をいつも近くで見守ってきたのが堀川恭資氏(48)だった。
9年に及ぶ事実婚を経て03年に入籍をした。幸せ絶頂にいたふたりに突然病魔が襲いかかる。

病名はジストニア痙性斜頸(けいせいしゃけい)。
首の筋肉が緊張したことで痙攣したりしてしまう病気だった。
発見しにくい病気で病名がわかるまで1年以上もかかった。
夫はそれまでもたまに右肩に違和感があるといっていたんです。
決定的だったのは、友人とゴルフに行った際、ゴルフのスイングが以前と変わったと言われたそうです。
最初は整形外科に行きましたが、異常なしと診断されました。
いくつか病院も行きましたが、原因がわからず、ストレスでは?と言われたり、自律神経失調症ではないかと言われたり・・・それで神経内科の医者にかかってようやく病名が発覚したんです。

この病気は、最悪の場合、顔が正面に向かずに、真っ直ぐ歩けなくなることもある。
原因はまだはっきりしておらず、完治の難しい病気とされていた。
しかし、ふたりにしてみれば、たくさんの症状を見てきた医師と出会い、病名と治療法が理解できて嬉しい気持ちの方が強かった。
堀川さんは都内で和食店を経営し、病気になる直前まで自らも接客の場に立っていた。
私生活では忙しい東に変わり、家事などもこなしていた。
しかし、発病してからは東が家事を全て請け負うことになった。
1日3甲斐の薬の服用、ボトックス注射、東洋医療、リハビリ、マッサージ・・・。
堀川さんができるのは自分の洗濯物をやっとたたむことくらいになってしまっていた。

彼は、右肩が後ろに引っ張られ首も後屈してしまって、思うように話せず、体も動きにくくなってしまったんです。
病状が悪い時は、寝ているか座っていることしかできませんでした。
一度、食事中にフォークを落としてしまったことがあったんですが、私が「今のは投げたのか、落としたのか微妙だね」と言ったら、「ストレスを発散した」って。
イライラする気持ちがふくらみ、本人の中では凄く闘いがあったんだと思います。
彼は外に出れなかったんですが、私の誕生日やクリスマスには、必ず家にプレゼントを置いてありました。
一生懸命、お店などに電話をして購入してくれたようです。
お互いを思い合う気持ちがよい効果を及ぼしたのか?
堀川さんは奇跡的な回復をしていく。

いまはもう軽い散歩をしたり、運転だってできるようになったんです。
先生もびっくりしていて、「あなたは最重症患者だった・・・」と言ってました。
病気が改善していった秘訣は、いろいろ複合的なものだと思います。
特に大切なのは、周囲と話し合うこと。
病気で制限されてしまうことは多いですから、ストレスをためないためにも。
最近では旅行に行こうと話せるぐらいよくなったそうです。

東ちづる 首の筋肉が緊張し痙攣してしまう夫の難治病を告白

4月01日16時00分
提供:NEWSポストセブン

9年に及ぶ事実婚状態を経て2003年に入籍した東ちづる(51才)と堀川恭資さん(48 才)。挙式も披露宴も指輪の交換さえしなかったふたりは、それから6年後の2009年8月、挙式代わりのウェディングパーティーを開いた。幸せの絶頂にい たふたり。しかしこのとき夫の体は病魔に蝕まれていた。

病名は「ジストニア痙性斜頸」。首の筋肉が緊張してしまい、痙攣したり左右に傾いてしまう病気だった。

発見しにくい病気であるため、病名がはっきりするまで1年以上もの時間がかかったという。その間、いろいろな病院をふたりで回り続け、病名がわかってからも葛藤は続いた。

正式な病名を知ったのは、異変を感じてから1年半もたった2010年の夏ごろだった。堀川さんの主治医、東京女子医大神経内科の大澤美貴雄准教授がこう説明する。

「痙性斜頸は筋肉の異常な緊張により姿勢異常をもたらすジストニアという病気のひとつ。首の筋肉が本人の意志とは無関係に緊張することで、首が斜めに傾い たり、回旋してしまう病気です。最悪の場合、顔が正面に向かず、真っ直ぐ歩けなくなることもあります。原因はまだはっきりしておらず、完治の難しい"難 治"の病気とされてきました。私のところに来たとき、堀川さんは歩くことが全くできず、車椅子でやっと移動できる状態でした」

現在、堀川さんは担当医も驚く回復を見せている。

東は次のように話す。

「いまはもう軽い散歩をしたり、運転だってできるようになったんです。バランスボールを使ったリハビリもやってるんですが、健康な私でもできないような複 雑な動作もできるんです(笑い)。先生もびっくりしていて『あなたは最重症患者だった...』とおっしゃっていました。こうして病気が改善していく秘訣は、も ちろんいろいろ複合的なものだとは思います。でも特に大切なのは、周囲と話し合うこと。病気で制限されてしまうことは多いですから、ストレスをためないた めにも...。最近はだいぶよくなったし、3年ぶりに温泉に行こうって話もしているんですよ」

※女性セブン2012年4月12日号

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