ひきこもり

1、はじめに

ここ数ヶ月、月刊精神分析シリーズは、私、編集部Aの自己分析シリーズが続いています。

読み物としては、色々な症例を紹介した方が興味深いのですが、精神分析の性格上、その症例の殆どは一個人の心の病に根ざしたものであり、公にする事が難しいのが実情です。一部、精神分析家の先生とクライアントの間で了解を得て掲載しているものもありますが、それは、ほんの一部に過ぎません。

例外として、世間を騒がせた事件、例えば昨今の「秋葉原無差別殺傷事件」、芸能人がらみの事件「酒井法子覚せい剤所持事件」などは公に報道される事象から症例として扱う事も可能なので精神分析の解説のソースとして使わせて頂いています。

そう言う事情もあって、最近は編集部A自身の病歴や事故歴や育った家庭環境など公にできる範囲で記事にしている次第です。

惟能創理先生の精神分析(セラピー)を受けていく中で、自分が気付いた事を文章化(視覚化)する事は、言語化(音声化)する事と相似であり自己分析にもなっているのではないかと思っています。

さて、今月のテーマは「ひきこもり」です。

以前、この月刊精神分析シリーズの「2010年03月号 引きこもり 不登校少年」でも、テレビ報道された内容をもとに「ひきこもり」をテーマにした事があります。ソースはYouTubeの投稿動画でした。現在、その動画自体は著作権所有者からの申し立てによって削除されている様です。YouTubeを検索すると多様な動画を閲覧する事ができるので、ある程度「ひきこもり」と言うものがなんであるか?と言う事はわかるのですが、みなさんの関心事は「なぜ?人は、引きこもるのか?」「どうしたら?ヒッキー(引きこもり者)が社会復帰できるのか?」だと思います。

映像資料

以前、YouTubeにアップしてあった映像を再度アップロードしました。たまたま私のパソコンにオリジナルが保存してあったので。この映像をご覧になれば、ひきこもりの実情がわかると思います。



今回は、今現在も引きこもっている我が弟と私の家の家庭環境について語っていきます。先日、丁度、惟能先生のセラピーを受ける機会があり先生からの問いによって新たな気付きもありました。それについても合わせて語ってみます。

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2、登場人物プロフィール

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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宣照真理近影
宣照真理(せんしょうまり)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。1958(S.33)年4月22日生まれ。
出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。
メルマガ発行:子育てメールマガジン 育児法 引きこもり 家庭内暴力 非行 不登校
連絡先:lacan.msl@gmail.com
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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。
惟能先生の著書の特集サイトへのリンクは上記参照。

「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーを受けている。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

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3、私の悩み

人は誰しも悩みを抱えて生きていると思います。自分が生きていく進路や、親子関係、友人関係、職場の人間関係、自己の健康問題など。そして、それらは、個々の複雑な事情の上で発生しており、そんなに簡単に解決するものではありません。

私の場合。まず、家庭環境が、とある宗教に傾倒していた為に、一般家庭とは異なる価値観を植えつけられて育ちました。物ごころがついた頃から家庭と家庭外と異なった二つの異なった価値観を持つ世界を行き来する事になり、常時、辻褄(つじつま)合わせに疲れている様な生活を送っていました。

そして、そのストレスの為、思春期から数多くの原因不明の皮膚疾患を患う事になりました。皮膚疾患に関しては、自分で自己改革(後から考えれば自己分析)を施し、転地療法を行った事により随分改善しました。が・・・既存サイトの紹介。

私が独立し家を出ている間に、実家ではある事件が起こりました。私のもう一つの大きな悩み「弟のひきこもり」です。もともと、親子間で蜜にコミュニケーションをとる家ではなかったのですが、私が「実弟がひきこもりになった」と認知したのは、ずっと後の事です。

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4、僕達が育った家と家族

思い出される風景:昔の家は平屋が多かったのですが私の実家の家屋は二階建ての木造住宅で、父方の祖母の所有する家でした。当初、家族7人と数組の店子が二階に数組暮らしていた。今では有り得ない事ですが、昭和三十年代は単身者や既婚者も下宿形式で他人の家に曲がりする事は珍しい事では無かったし、そういう人たちの需要もあって地域の銭湯(共同浴場)も繁盛していました。神田川(かぐや姫:南こうせつ)の世界です。

神田川 かぐや姫
1970年代の若者文化を象徴する作品のひとつに数えられており、中野区内の末広橋近くの公園には「神田川」の歌詞碑が建てられている。なお、実際の歌の舞台はもっと下流であり、歌詞に登場する「横丁の風呂屋」のモデルは新宿区西早稲田3-1-3に所在した「安兵衛湯」という銭湯(1990年廃業)であるといわれる。


家族:祖母の再婚相手(継祖父)。祖母(父方)。父。母。私(長男)。弟(次男)。妹(長女)。

祖母:明治生まれ。地方の地主の娘であり経済的には恵まれた環境で育った筈。昔の人にしては女学校まで卒業している。典型的な自己愛者(ナルシシスト)。自分勝手で我まま。親族だろうが他人だろうが周りの人々をまるで「家来」の様に扱う。戦後、自己肯定感獲得の為に新興宗教に入信。祖母主導型の家庭であった為に、それ以降、一家諸共、新興宗教に入信させられる事になる。特に私達(孫の世代)は生まれて間もなく自動的に入信させられており「生き方の選択」と言う自己の主体を生まれながらにして奪取されてた。祖母は既に他界。

:昭和一桁生まれ。予科練出身者。「予科練では◯◯だった」を枕詞に子供達への苦言が始まる。勉強熱心な孝行息子として世間の評価は高い。私の目からみると主体性がなく、祖母追従型で精神分析用語で言うところの「母に飲み込まれた人」。

:昭和一桁生まれ。他家より嫁ぐ。祖母に搾取されて人。配偶者が頼りない為、金銭への執着が強い(母にしてみれば頼りになるのは金銭だけだったのだろう)。よく母が私に言っていた「あんたのお父さんは、おばぁちゃんのリモコンよ」と。

長男:私。昭和三十年代生まれ。科学万能の高度経済成長期に生まれ育つものの、一家の主体は宗教であり、そのギャップに違和感を感じていた。結局、私は家の中と家の外と別々の顔を持つようになる(精神分析的な表現をすればペルソナの保持)。思春期より多数の皮膚疾患を患う。バブル経済崩壊を機に自分自身をリストラする。実家を離れた途端、皮膚疾患の多くは完治する。これにより、自分は実家での生活で過度のストレスを受けていたものと理解する。近年は「精神分析」的視点を獲得し、今の自分の有り様を再考察中。

次男:弟。昭和四十年代生まれ。私と同様、宗教中心主義の家庭に生まれる。大学を2回留年し6年間通うものの、中退。一時アルバイトをするものの結局ひきこもり生活を始め現在に至る。

長女:妹。昭和四十年代生まれ。馬鹿な両兄をみていた為か、賢く就業し、他家に嫁ぎ、宗教中心主義の実家から離れ、現在は母となる。

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5、引きこもりの兆候

あれは20年以上前の事。私や弟が就学を終え、就職する頃の世の中の経済情勢は、所謂バブル経済の最中で、殆どの学生は選り好みしなければ名の通った企業になんなく就職できた時代であった。それは、今思えば行き過ぎた活況を呈であり「企業による一般学生の青田買い」等と言う今では考えられない事が問題としてテレビニュースで取り上げられていた。

以下蛇足:その後、バブル経済は崩壊、日本は平成不況に突入し、以降一度も好景気を迎える事はなく、土砂降りの就職氷河期が続いている。一時期「ロストゼネレーション失われた10年」と言う言葉がよくきかれたが、現状では「失われた10年」どころか既に「失われた20年」が経ってしまった。今の三十代半ばの世代から「派遣社員」や「フリーター」と言う言葉が使われ始めた。私達の世代では「部活」と言う言葉はあっても「就活」と言う言葉は無かった。最近では働いても生活が一向によくならない状態から「ワーキングプアー(working poor)」なる言葉まで・・。以上蛇足。

そんな華やいだ時代背景であったにも関わらず、弟は世の中に出る事を拒否した。

当時、私は既に就職して実家を出ていたし、幸福である事が当たり前の宗教中心主義の実家の両親はネガティブな弟の状態を積極的に私に伝える事もしなかった。よって以下に記述する事項は、後年、母からきいた話である。

この話を母から聞いた時は、俄かに信じられなかった。

弟は、ごく普通の県立学校に入学卒業。その後、四年制大学に通っていたのだが、卒業式当日「単位が足りなかったから卒業できなかった」と言い帰宅。更に翌年の卒業式当日、再び「また単位が足りず卒業できなかった」と言い帰宅したと言う。

「計6年大学に通いながら結局は大学中退」と母は嘆いた。母の場合、金銭への執着から投資した学費が無駄になったと言う切り口で語られる。

普通の家庭に育ち、普通に大学に通っている筈の息子(私からみれば弟)が、2年も続けて単位未修得で大学を卒業できないなんて・・・当時は、私自身に精神分析や心理学の知識もなかったので、その状況がなんであるのかまったく理解できなかった。

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6、不思議な実家

ここまで読んだ読者の方々はもう既に私の実家の家庭環境に多くの疑問が発生したものと思う。

まず、卒業式に云々以前に、家族間で「卒業したら就職先は◯◯で将来の展望は◯◯」と言う会話がある筈なのだが、そこが欠落している。ついぞ私の耳には弟が就職活動をして「◯◯会社から内定をもらった」とか「本人の志望は◯◯だった」等と言う件が一切ない。「将来はどう言う方向に進む」だの、「業界動向はどうの」だの、世間で普通に親子間で語られる「会話」や「コミュニケーション」が欠落しているのだ。

なぜ?これは兄の私にはよくわかる。実家は宗教中心主義なので、両親が「主体」を持っておらず、子どもが親に生き方を問ても、帰ってくる言葉は「宗教新聞を読みなさい」や「宗教組織の幹部の指導を受けなさい」なのだ。そして、子どもが失敗すれば「お経を唱える時間が短い」だの「宗教に取り組む姿勢が悪い」と言われる。

こう云う関係が続くとどうなるか?子供も馬鹿ではないので、親に「生き方」を問うのを諦めるのである。我が実家の場合、主体は宗教にある。

子供達も親のしている宗教に迎合できれば問題ないのだろうが、子どもが「宗教を根本とした生き方」を選択しなかった場合、親子間の会話が存在しない不思議な家が誕生する。

いくら親が「話しなさい」と命令しても、子供は話さない。いや、話せない。何故なら子どもが期待した言葉のキャッチボールができないからである。

月刊精神分析シリーズで既刊の秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大被告の育った環境を分析した。私は、彼の行動や考えに共感する事が多かった。加藤被告は母親のスパルタ教育(目的は母親自身の欲望である有名四年制大学への進学)によって主体を奪われた。私たち兄弟は、望みもしない生き方を親から強要され主体を奪われた。主体の奪取と言う養育環境としては同一である。ちなみに、加藤智大被告の実弟も約5年間のひきこもり生活を経験している。

月刊 精神分析 2009年09月号 秋葉原無差別殺傷事件 加藤智大
月刊 精神分析 2011年03月号 秋葉原無差別殺傷事件2 加藤智大

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7、モラトリアム(執行猶予)

モラトリアムとは?:学生など社会に出て一人前の人間となる事を猶予されている状態を指す。心理学者エリク・H・エリクソンによって心理学に導入された概念で、本来は、大人になるために必要で、社会的にも認められた猶予期間を指す。日本では、小此木啓吾の『モラトリアム人間の時代』(1978年)等の影響で、社会的に認められた期間を徒過したにもかかわらず猶予を求める状態を指して否定的意味で用いられることが多い。
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以上ウィキペディアより引用

弟は自分で執行猶予期間を延長したのだ、そうとしか思えない。

だから、就職活動を拒絶し、ワザと(無意識的に?)卒業に必須の単位を取得せず2年も学生生活を延長したのだ。

今、現在、厳しい雇用状況のなか、志望の企業に就職できず、大学院に進学し、社会への就職時期を延期するのと構図が似ていなくもない。

弟は悪く言えば就職(社会に出る事)から逃避した。逃げざるを得なかったのかも知れない。

両親と弟の間では、アルバイトをしながら漫画家を志望すると言う事になったらしいが、ついぞ、弟が◯◯出版社へ漫画作品を投稿したと言う話もきかず、なし崩し的に弟は実家で無職、引きこもり生活を続けている。


私は、精神分析的知識を習得する以前は、弟は「甘え」から社会に出る事を営んでいる様に思っていた。更に、「あの厳格な予科練出身の父が弟のそんな状況をよく許容しているなぁ」と思っていた。これが農家の繁忙期で一家総出で収穫作業という様な世情なら弟もひきこもっている暇もないだろうに・・等と考えていた。

私が実家に帰る度に、父は弟の事を「あれは病気」と言って諦めていた。

「如何なる病障りをなすべきや(どんな病気になる事があるだろうか?)」というキャッチフレーズの宗教を熱心に信仰している人の口から出る言葉としてはどうなんだろうか?と私は首を傾げた。

幼少の頃から長男の私は外向的、次男の弟は内向的であった。

今、思い出しても父の不用意な発言を思い出す。

私達が幼少の頃から既に実家は宗教中心主義の家であった。私は今でも覚えている。父はこう言ったのである。「◯◯(弟を指して)は、寺に出して僧侶にさせよう」と。僧侶は勤めに出る事はない。檀家からお布施を頂戴して、朝夕仏様の前でお経を唱えて生きていく立場である。今の弟の姿をみていると立派な家庭内僧侶である。

私達兄弟は幼い頃(小学校入学前)から仏壇の前にすわりお経を唱える事を当たり前にさせられた。

幼い自分にとって、毎日毎日、朝夕、仏壇の前に正座してお経を唱える事は苦痛以外の何物でもなかった。「願いとして叶わざるなし」(願いは必ず叶う)と言うキャッチフレーズがあったが、現実には常に家族間の諍いは絶えず、子供の願い「家族が仲良くなります様に」と言う願いは常に裏切られ続けた。

こう言う状況であった為、私は実家を出ると実家の宗教組織とは疎遠になったし、その開放感には素晴らしいものがあった。実家で強制的に押し付けられた価値観から逃れ、素の自分を野に放つ事ができた。

・・・とすれば、弟はどうだろう?幼き日から実家に強制された宗教行為を継続し、朝夕仏壇の前でお経を唱えながら、まるで家庭内僧侶の如く年金くらしの年老いた両親からお布施をせしめるかの様に就業せず実家にひきこもっている。

最近、私は、この行為は弟の両親に対する「復讐」なのではないかと思っている。

兄弟だから弟が感じている事は兄である私は大方理解できる。

幼い日から望みもしない宗教行為を強制された弟は、実家と言う寺から出られないのだ。もっと言えば「七人の敵」がいる外界よりも、実家と言う内界にいた方が安全でリスクがないのだ。たしかに、年金暮らしの両親がいる間は生活保障は万全である。家賃は無料。光熱費も支払わず、三食付いて、風呂も入れて、テレビまで見放題。そして、家庭内僧侶のお勤めの朝夕の読経はちゃんと欠かさず行っている。

精神分析の存在を知り「精神発達論」に目を通すと、たしかに、私の実家では、適正な精神の発達・・自我の生成は怪しいと思える。

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8、退行(たいこう)と固着(こちゃく)

退行とは、防衛機制のひとつで、精神がより未熟な過去の状態に戻ることで満足を得るという心の働きをいう。退行(たいこう)、あまり耳慣れない言葉かも知れませんね。では「赤ちゃん帰り」ではどうでしょうか。退行とは、後退すること。つまり年齢が、子どもや赤ちゃんに逆戻りしたような行動をとること、を退行と云うわけですが、本人は無意識に、そうした行為をしています。つまり現状(現実)に行き詰まり、不安になった自我は、自分の過去に救いを求めて、固着へと退行する・・・

固着とは、精神が未発達の状態にとどまることにより、古い行動の型が固定して、新しい行動の型を学習したり獲得したりすることができない現象のこと。一般的には、精神分析学のリビドー(本能エネルギー)の対象固着が挙げられる。
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以上ウィキペディアより引用


たまに実家に帰ると、甥や姪(妹の子供達)が遊びに来ている事がある。甥や姪の相手はひきこもっている弟の役目だ。甥や姪はオジである私の弟を「おにいちゃん」と呼んでなついている。弟はまるで数ヶ月も入院生活をしていた人の様に緊張感のない童顔をしている。なんとも「ぽやん」とした気味の悪い子供の表情だ。

母はその光景をみながら「ベビーシッターじゃどうしようもない」と嘆いている。私自身も「だめだこりゃ」と絶望的な気分を味わった。

精神分析や心理学を少しでもカジッた事のある人なら、この光景をみて、こう言う筈だ・・・「退行だ」と。

惟能先生はこう言った。「貴方の弟さんは時間感覚が欠落しています、時が流れていません」と。保育園児の甥や姪と一緒に遊べるのだから、小学校低学年に退行・・たぶん、その時代に固着する何かがあった筈。

弟は、社会に出るモラトリアムを延長後、退行&固着したのだ。

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9、小学校低学年時代

惟能先生にセラピーで「小学校低学年時代の家庭環境はどうでしたか?」ときかれた。

当時の事を思い出してみた。僕達兄弟が小学校低学年だった時・・・昭和四十年代と言えばそれこそ宗教活動華やかなりし頃である。新興宗教団体が勢力を伸ばし、巨大建造物建設の資金集めに躍起になっていた頃。実家では、いよいよ子供達は無視されていたし、僕達兄弟も何かと揉め事の多い家とは距離をとり「自分の世界」を構築し始めていた。

惟能先生曰く「貴方の実家の時間はそこで止まっています」と。

あの家に居続けている弟は小学校低学年まで退行し、甥や姪と遊んでいると言う事か・・。たしかに、そうかもしれない。

惟能先生にきいてみた「同じ環境で生まれ育ちながら兄と弟の違い(兄:実家に寄り付かない。弟:実家で引きこもり)はなんですか?」と。

先生は答えた「それは、精神構造の異差です」と。

・・となると、ひきこもりの根本原因は「育て方」と言う事か。私も精神分析と言う言葉を知り、心理学に興味を持ち、ネットで調べてみるとこう言うフレーズに数多くであった・・「止まった時計を動かしましょう」「育てなおしは何時からでもできる」。

一般家庭では子どもが生まれると一家の生活様式は「子供中心」となる。女性は、結婚して「◯◯さんの奥様」と言う立場になり、妊娠出産を経て「◯◯ちゃんのお母さん」と言う立場になる。ところが私の実家は、宗教活動が家の中心であった為に、母には「宗教組織の一員」と言う立場が宛てがわれたのだ。

母は満足な子育てができただろうか?多分答えはNOだ。

例えば保育園の送り迎え・・当時、僕の両親は共働きだった。母は保育園を僕に預けて働きに出ていたのだが、保育園の送り迎えはした事がない。僕は、近所に住んでいる同じ保育園に通っている親子と一緒に登園、帰宅していた。僕以外の園児達は、帰宅時間になると母親が迎えに来る。母を待つ園児たちの表情がパッと明るくなり、嬉々として帰っていっているのを覚えている。

「母が迎えに来てくれる」・・そう言った子供の「期待感」に母が応える事によって親子の「絆」とか「信頼関係」が構築され、その先に「万能感」の獲得や更に「自我の発達」がある。

多分、僕達兄弟が獲得できなかったものはこう言った精神の成長過程(プロセス)を経ていないが故に欠落したものなのだろう。

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10、思い出したくない事を思い出して語る

上記の「保育園の送り迎え」は、ほんの一例に過ぎない。

大人になった僕が、当時の母を恨んでいるかと言うとそんな気持ちより「諦め」と「理解」の方が先に出てしまう。

以前の月刊精神分析シリーズにも書いた事があるが、私の実家は自己愛者の父方の祖母と、祖母自身の自己肯定の拠り所になった「宗教」に支配された空間であった。

そんな実家に嫁いだ母は、実家の中で一労働力であり、祖母から搾取される立場であった。事実、母が共働きで得た給料は総て祖母に巻き上げられていた。それも仏の名において。なんとも恐ろしい話であるが事実だから仕方がない。

母の配偶者である父は「祖母のリモコン(祖母のいいなり)」。配偶者に守ってもらえなかった母が未だに金銭に執着するのも理解できる。この世で頼れる(母の言う事をきく)のは金だけなのだから。そんな環境下で母が母として母性を発揮して子供に愛情を注ぐ事ができただろうか?「無理」。

そんな環境下で育った僕は、既に母に「母」を期待しなくなっていた。子供ごころに「母を諦めた」のである。「この人に母を期待しても酷だな」と悟り、「祖母に迎合して宗教活動をし、家庭内のイザコザがなるべく少なくなる様に行動した。

こう考えていくと、我が実家は「家庭」とか「家族」の体をなしていたのは、あくまで表面、外面だけで、実態は祖母に利用された宗教組織に組み込まれ「主体」奪われた者達の集まりだったのである。

私自身のコンプレックス:複合観念体:無意識を探る。

過去、私が幼い頃、私自身に起こって、私自身が、私自身の無意識に押しやった事々。

母から聞いた話。私が乳児の頃、祖母は私を乳母車に乗せて連れ出した。そして夕方、私は何処かに忘れられて放置されていた。自己中心ナルシーな祖母の事。ありそうな話である。生前、祖母は私によくこう言った。「オシメまで替えてもらってから」・・・頼んでません(笑)。

私の右手の手の甲に火傷跡(多分、アイロンの先を当てられた):祖母による折檻(今ならタバコの火を押し当てる事と同様で虐待である)。

私の左手に切り傷。家から追い出されるた時に抵抗して玄関のガラス戸を素手で破った時に負った傷。深夜、近くの外科に行った記憶は残っている。

風呂敷で手を縛られ風呂場に閉じ込められる。何をしてそうなったかは覚えていない。ただ、脱走しようとして、歯で風呂敷を噛んでボロボロにした記憶がある。

仏壇の前でお経を唱えている時、父の後ろでモゾモゾしたのが父のカンに障ったらしく、平手打ちをくらう。正に仏前で暴力行為。幼い子供に仏壇の前で正座してお経を唱えさせてなにかいい事があるだろうか?子供にとっては明らかに苦痛。家を追い出されたり、家の雰囲気が悪くなるのを回避する為に、大人の宗教行為に無理やり迎合しているだけ。

小学校入学時のシンボリックな所持品:ランドセル。以前の月刊精神分析にも書いたが、私の場合、従兄弟の使い古しの赤いランドセルをペンキで黒く塗ったものを持たされた。私の場合は「ピカピカの一年生♪」とは行かなかった様だ。

上記の様な、あまり思い出したくない体験や既に忘れてしまっている体験をある種の感情と共に記憶の裏側(無意識)に押し込めたものが、コンプレックス(複合観念体)である。

例として顕著なものを書きます。これも、以前、月刊精神分析に書きましたが、再掲します。

ある日。深夜長距離バスに乗った時の事、満員の高速バスは、狭くて身動きもできない。簡単にトイレに行ったり出来無い様な状況。深夜零時を過ぎると消灯となる。ところが、私の斜め前の座席の人が、消灯時間にも関わらず、携帯電話で何かのサイトを閲覧していて、その灯りが丁度私の目に飛び込んでくる。本人は毛布で覆って他人に気遣いをしているふうなのだが、真っ暗な車内で、漏れた灯りは異様に私をイライラさせる。気になって仕方がない。そのうち、過呼吸気味になり、叫びたくなる衝動にかられた。

・・・軽いパニック傷害状態を誘発した。

これは、なんだったのだろうか?ある時、ひらめいた。

そうだ、深夜バスの中の状況は、あの時とそっくりだ。

1、身動きができない。
2、薄暗い
3、目の前に灯りがある。

仏壇の前でイヤイヤお経を唱えていた頃とそっくり。目の前の灯りは、ロウソクの灯り・・それが、深夜高速バスの中での携帯電話の液晶画面の灯りに変わった。

深夜バスの中での状況が、あの、仏壇の前の状況の再現であったのだ。

まさしく、私のコンプレックス(複合観念体)が、あの症状を引き起こしたのだ。これはほんの一例。自分の心の動き、無意識の働きとはなんなのだろうか?ひょっとしたら、私の行動や感情の表れは無意識に操られているのでは・・?

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11、クレーン車事故と無意識

ここで、無意識について興味深い話をします。

4月20日。京都で惟能先生のセラピーを受けている時に、事件・事故の話しの流れから以下のニュースが取り上げられた。

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クレーン車事故 「子供たちへ一直線」...校長の目前で悲劇

栃木県鹿沼市の国道で4月18日朝、登校中の市立北押原小の児童6人がクレーン車にはねられ死亡した事故は、通学指導をしていた倉澤敏夫校長(56)らの目の前で起きた。同日午後、記者会見した倉澤校長は「クレーン車は一直線に子供たちの列に突っ込んでいった。信じられない」と言葉を詰まらせた。
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以上引用

精神分析の世界では、事故の多くは無意識が介在していると言う。

惟能先生はこう言いました「事件の報道から推測すると、加害者は小学校時代に殺される(自己の存在が認められない)様な体験をしており、今回の事故は無意識による、その事に対する復讐劇であると・・・。この時は、何故先生はそこまで言い切れるのか?半信半疑でした。が・・・後日、4月21日次の追加報道がなされました。

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鹿沼市でクレーン車が歩道に突っ込み児童6人が死亡した事故で、逮捕された運転手の男が、3年前に同様の事故を起こしたあと、母親が「てんかんの持病があった」などと、勤務先に説明していたことがわかった。柴田容疑者が勤務していた会社社長は「本人が事故を起こして、お母さんと一緒に来まして。こういうわけなんだっていう病気がわかったので、これはもう(仕事を)辞めて当然かと思いました。(その病気はてんかん?)そうです。聞いてはいなかったですね」と話した。柴田将人容疑者は、今回の事故の3年前の2008年にも、鹿沼市の国道交差点で、登校中の当時小学5年だった男子児童をはね、重傷を負わせる事故を起こしていたことが、すでに明らかになっている。
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以上引用

このニュースをきいた私は「え?3年前にも小学生に対しても重症を負わせる事故?・・やっぱり、先生の分析は正しかったのか・・」と驚きました。

報道では「てんかんの持病」に注目が集まっていますが、普通に考えて、てんかんの症状として意識を失っている状態で、まるで標的にするかの様に、2回も小学生を死傷させる事が偶然としてあり得るのでしょうか?

別に、物損事故で終わってもいい筈、死傷させるのは老人でもよかった筈。にも関わらず、何故に・・・こうなると、偶然ではなく、無意識に操られて、極めて意図的な行動のもと、事故と称して、小学生を死傷させる事を目的に行動しているとしか説明ができない。

そして加害者本人はこう言うのだ「記憶がありません」と。

更に恐ろしいことは、もし、この加害者が今回の事件で満足しコンプレックス(無意識)を解消してなかったとしたら・・・罪名は業務上過失致死であるから小学生を6人殺しても実刑になっても死刑は回避されるだろう。交通刑務所に数年服役しても出所した後・・・。加害者は再び、無意識に操られ、小学生を死傷させる事件・事故を起こす可能性が極めて高いと言わざるを得ない。

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12、子供部屋は精神内界

ある日の事。実家に帰った時に、ひきこもっている弟の部屋に入った事がある。兄弟で将来の事を話したかったからだ。

ところが、私が入室して一言声をかけた瞬間、弟は逆上して私に襲いかかってきた。何か叫びながら・・しかしそれは言語ではなかった。まるで、獣が威嚇して吠えている様だった。私は羽交い締めにされ、更に首を締められた。私はものの見事に部屋から追い払われた。

まさにそれは、自分のテリトリーを侵略された動物が、侵入者を排除する必死の行為だった。

その頃の自分は精神分析の知識も持っていなかった。しかし、今は、わかる。弟は自分の精神内界である、自分の部屋の領域を守った、防衛しただけなのだ。

詳しくは、こちらを参照して下さい:部屋はその人の精神内界

特にひきこもっている弟にとっては、そこ(自分の部屋)が生きていく為の最終防衛ラインなのだ。そこに立ち入る者は総て排除される。そう思うのが正解なのだ。

自分がもっと早く精神分析の知識を得る事ができていればと考えてしまう。

簡単に言えば、子供の部屋は、その子の精神内界そのものなのだ。精神状態が混沌としている子供の部屋は雑然としてるし、心が安定している子供の部屋は、スッキリしている。学生時代よくこう言うフレーズを聞いた。「服装の乱れは心の乱れ」・・・今、聞くと笑ってしまうフレーズだが、本当は逆の意味だと思う。その子供の心の表れとして服装が派手になったり、注目を浴びるような髪型をしているだけなのだ。校則で拘束して、服装を強制しても、心は矯正されない。ちょっと考えれば当たり前の事だ。

親子でちゃんとコミュニケーションが取れていて、親が温かいまなざしを子供に向け、子どもが生活に満足していれば、子供はわざわざ突飛な服装や髪型を選択する必要はない。

夜中に爆音を撒き散らし違法改造バイクで走る珍走団は「もっと俺らに目を配れ!」と訴えているのだ。だが、残念ながら言語を失った彼らの心の叫びは、誰にも伝わる事はない。

暴走族が夜中に俺はここにいるぞと言う代わりに爆音を撒き散らしている事と同様との事。

そう言えば1980年代暴走族が大人数で走っていた時に、よくマスコミに登場していた。
彼らの発言は決まってこうだった「目立ちたい」。
精神分析的に言えば幼少時によっぽど母親が手をかけなかったのだろう。
思春期になっても母親の眼差しが欲しい為に「目立ちたい」と言っているのだ。

普通に考えて、親子のコミュニケーションが活発で、欲求が満たされた子供がわざわざバイクに乗って深夜に徘徊し、爆音を撒き散らす必要はない。

暴走族の少年少女の家庭環境は・・・決まって放任主義だった様な気がする。

いくら法規制をしても、何十年経っても、目立ちたいと、珍様に二輪車を改造し、爆音を撒き散らす暴走族はいなくならないだろう。

ひきこもった私の実弟は言語も失ってしまった。次項で解説する。

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13、言語喪失

ひきこもった私の実弟は言語も失ってしまった。

私が実家に帰った時の事。私の実家は間取り上、バスルームへ行くにはリビングルームの側を通らなければならい。

弟は、ひきこもっていながらも、何故か入浴は普通にしている様だ。

ただ、入浴時、弟はワザとスリッパをパタパタ言わせて歩く。まるで「今、俺がここを歩いているからな」「俺に余計なお節介や干渉をするなよ」と言わんばかりに。

惟能先生は上記の状況を「言語を持っていない」と評された。

前項で書いた爆音を撒き散らす珍走団と一緒である。本当は言語で伝えたい事があるのにも関わらず、それを言葉で表現できない故に無意識上の行為で伝えようとする。

珍走団のキャッチフレーズはこうだ「目立ちたいから」。言い換えれば「もっと母のまなざしが欲しい」。ただ、それだけの事なのだ。

ただ、私の弟の場合。言語喪失は、退行&固着が、言語をもたない時点まで遡って固着した事を現しており、私は絶望的な気分になる。精神分析的視点でみれば、弟は言語も持っていない。自分の部屋にひきもっている。・・これでは、まるで子宮から出てこない胎児の様なものではないか。

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14、ひきこもりからの脱出

さて、どうしたら、弟はひきこもりから脱出できるのか?

これは、わかっている。「育てなおし」である。

弟は既に退行しており、その精神年齢は小学校低学年、いや言語を持っていない状態を察すると幼児以下かもしれない。その時点から育てなおすしかない。

さて、実家の両親に、精神状態が幼児以下になってしまった弟の育て直しができるであろうか?既に父は弟の状態を指して「病気」と断定している。

甚だ厳しい状況と言わざるを得ない。

今一度考えてみても、弟がああなったのも、もとはと言えば両親が弟をそう育てたからに他ならない。こう言う事を書いている私も自身に多くの欠損を感じており、言わば「外に引きこもった」状態であると認識している。

いわば、両親が無意識の内に望んだ育ちを、弟は立派に踏襲したに過ぎない。
両親は、意識上「子供達には生き生きと自分の思う通りの人生を歩んで欲しい」等と言う台詞を吐きながら、無意識に子供の主体を奪い続けたのだ。

弟は忠実にその線路を走ったに過ぎない。

ラカン精神科学研究所の宣照真里先生のブログから引用する。

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分析家の独り言 357 (育てなおし) 2010/05/26 (Wed)

ラカン精神科学研究所 ウェブリブログ出張所 分析家の独り言 357(育てなおし)

子どもの非行や不登校・ひきこもりの問題で、ラカン精神科学研究所へ相談や分析に来られる。

その方達は、これまでにいろいろな相談機関にも行かれていることが多い。

公的機関もあれば、私的機関もあり、それぞれがいろいろな対応法を言う。

そんな中で気になるのは、「もう子どもは18歳ですから、自分で自分の事はさせてください。突き離しなさい」、「一番してはいけないのは、母親が仕事をやめることです」などということである。

精神分析がいう発達論からいうと、どういう根拠のもとにそういうことを言われているのか。

例えば、「一番してはいけないのは、母親が仕事をやめることです」ということ。

それは、子どもに対してこれまで通りガミガミ小言を言ったりする、子どもにとってうっとうしい母親が仕事を辞めて子どもに傍にいたなら、それはマイナスだろう。

しかし私がいうのは、そういう子どもにとってうっとうしい母親だったから、子どもは非行にでも走らざるを得なかったのではないか。

そうではなく、オールOKする母親になり、子どもの傍にいて適切に世話をすること。

これを『育てなおし』という

出来ることなら、仕事を持っておられるお母さんには、仕事を辞めて子どもの傍にいてもらいたい。

初めからそれが無理でも、その方向で動かれると、子どもの状態が良くなる。

そうすることによって、子どもの自我を育て、家庭を居心地良くする。

そうすれば、わざわざ外に行って友達とつるみ、犯罪行為をすることもない。

しかしまた、ひきこもりの問題については、「親が子どもの言いなりになって、家を居心地良くするから出て行かないんだ」と言う機関もあると聞いた。

それなら居心地悪くして、追い出せというのか。

それも違うだろう。

子どもを受け入れ、理解し、子どもとの間に良好な関係を築くことである。

フロイトのいう口唇期(0~1.5歳)に、子どもが適切に世話され、愛されることによって、母親との間で基本的信頼を学ぶ。

この母への信頼を元に、他者との信頼をつくっていく。

子ども時代に母との信頼が築けなければ、その先の他者と信頼を築くことは難しい。

そうすると、ひきこもりの人達に多い、人との交流・関係を結ぶことが苦手となる。

非行で走り回る子ども達は、一見仲間がいていいかのように見えるが、その人間関係も良好かどうかはわからない。

寂しさをなめあい、おとしめ合ったり、上下や強者弱者の縦の関係が見られる。

対等で、互いを尊重する関係は、まず家庭の中で母親と学習し築くものである。

圧倒的に弱く、親の庇護を必要としてこの世に生み出された子どもには、まず親の世話と愛情が不可欠である。

先程の、「一番してはいけないのは、母親が仕事をやめることです」というのは、発達論を知らず,親の対応法を言わず、親の無意識を知らないための発言であろう。

親自身の欠損や傷つきなど、親のコンプレックス(無意識)知らずして、子どもへの対応は難しい。

子どもを変えたければ、先ず親が変わること。

そのために精神分析がある。
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以上引用

以上の文章を理解し、我が弟に当てはめてみると、更に絶望である。

あの、宗教中心主義の実家の親たちが、今までの子育て・・言い換えれば「教育方針」、究極的には「生き方」を改め、子供に「オールOK」の子育てをする事ができるだろうか?

育てなおしと言うからには、それは、今までの親子関係を否定し、再挑戦(リトライ)する事が要である。

今まで「絶対正しい」と信じ、数十年間培った生き方を否定できるのか?

これは、我が実家にとって最も困難なテーマである。

もっと言えば、疑う事さえ悪として、信じる事を貫いてきた事を否定できるのか?と言う事である。

大東亜戦争に敗北し、今の今まで神国と信じ、最後には神風が吹くと信じ、日本が勝つと信じた戦争なのに、天皇の敗戦の詔勅(玉音放送)を聴いた時のショック・・そう、価値観の大転換と同様のショックを避けられないに違いない。

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15、我が実家の特殊性

我が実家の特殊性を考えてみる。

世の中には宗教活動に熱心な家は沢山ある。しかしながら、親が熱心に宗教活動しているからと言って、総ての子どもが問題行動をとるかと言えばそうでもない。ちゃんと、親子のコミュニケーションができていて、子どもが主体を持って、自ら率先して宗教活動をするならなんの問題もないのかもしれない。

ただし、我が実家の場合、新興宗教の概念を家に持ち込んだのが、自己愛者(ナルシシスト)の父方の祖母であったのが不幸の始まりだったのだ。

祖母が自らを神格化(仏化?)する為に、自己肯定化の道具として新興宗教と迎合し、家庭内政治の法王として君臨するに至ったことが最大の不幸だと思う。

織田信長に錦の御旗を持たせた様なもので、誰も祖母に刃向(はむ)かえなくなったし、父も母も、僕達孫も総て、主体を祖母に奪われてしまった。祖母が他界して長きになるが、未だに祖母の呪縛は現実に存在するのである。

以前の、月刊 精神分析 2010年12月号 皮膚と自我 欠損の取り戻し-どろろ(百鬼丸)-にも書いたが、手塚治虫氏の「どろろ」を思い出す。どろろのあらすじはこうだ。

以下引用
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室町時代の武士、醍醐景光(だいごかげみつ)は、、ある寺のお堂で魔物に通じる48体の魔像に天下取りを願い出て、その代償として魔物の要求の通り、間もなく生まれる自分の子を生贄として彼らに捧げることを誓う。その後誕生した赤ん坊は体の48箇所を欠損した体で生まれ、母親と引きはがし化け物としてそのまま川に流され、捨てられてしまう。医者・寿海に拾われた赤ん坊は彼の手により義手や義足を与えられた。14年後、成長した赤ん坊は百鬼丸と名乗り、不思議な声に導かれるままに自分の体を取り戻す旅に出る。
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以上引用

どろろ
『どろろ』は、手塚治虫による日本の少年漫画作品。戦国時代。妖怪から自分の体を取り返す旅をする少年・百鬼丸と、泥棒の子供・どろろ。この2人の妖怪との戦いや、乱世の時代の人々との事件を描く。

私は、この「どろろ」のストーリーが我が家に新興宗教が入ってきた構図とそっくりだと思う。父は、祖母に愛されたいと言う自分の欲望の成就の為に、自分の子供の主体性を生贄として、祖母という「主体を奪う魔物」に差し出したのだ。

その結果、主体性を奪われた私は多くの欠損を抱え、思春期以降多くの皮膚疾患を抱えた。同様、私の弟は退行しひきこもったのである。

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16、宗教と精神分析

ある意味、子供の頃から宗教教育を受けた私は、精神分析の世界を知り、その差異や共通性を発見した。ちょっと面白いので紹介します。

因果応報(いんがおうほう):親の因果が子に報い・・・縁日の見世物小屋でおなじみのフレーズ。これは仏教の世界観「因果応報」から来ています。最近、私が知った言葉に「お里が知れる」と言うのがあります。精神分析の世界では、世代間連鎖と言うのがあります。親が自分のコンプレックス(複合観念体)を子供に植えつける。その行為が世代を超えて連鎖していく様は、まさに親から子への因果応報。外からみると「この親にしてこの子あり」お里が知れる状態になるのでしょう。最近、よく言われる事例が「虐待」。虐待された子どもが、成長し親になった時に、今度は自分の子供を虐待してしまうってききます。

昔から、親が子供の与える影響の大きさは認知されていて、親から子供への因果応報的な用法が連綿と続いたのではないでしょうか?

宿命(しゅくめい):私は命に宿ると書いて「宿命」と習いました。私の解釈は、本人が望んでもいないのについてまわって避けることのできない事柄です。

例えば、望んでもないのに、ある環境に生まれてしまって、その環境から逃れられない。・・これは私の宿命なのか?と言うように使います。

精神分析は西洋文化から発祥していますので、輪廻転生の考え方はありません。ですから「生まれかわる前の行いが災いして」なんて事は精神分析ではありません。そこが、守護霊が云々と言うスピリチュアル系と、精神分析が一線を画すところです。ただ、本人が望んでもないのに、ある状態になると不安な気持ちが込み上げてくるとか、病的症状が出てくる事に関しての考察を、昔の人は「祟:たたり」とか、「悪霊」のせいとしたのを、近代西洋を発祥とするフロイトの心理学は「無意識:コンプレックス(複合観念体)」の発見によって、科学的に解明し治療しようとしたのだと思います。

どこかのサイトに書いてありましたが、フロイトの功績は「無意識の発見」と言うよりも「無意識の存在を想定し,詳述した何百人もの人の見解を綜合し、一つの理論体系に纏めあげ、20世紀人に手渡してくれた事」・・とありました。

更に、われわれが日常的に経験する「動機のわからない思いつき」や「操作のいきさつが隠されている思考の成果」、あるいは「健康者の失錯行為や夢」、患者の「精神症状とか強迫現象」などの心理的現象は、「意識にのぼらない他の作用を前提としないと説明できない」・・・と。

以下引用
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フロイトは1990年代半ば以降,かなりの批判を受けてきた。研究の手法は酷評され,結論は論理的でないと嘲笑され,理論には欠陥があるとはねつけられてきた。彼は明らかに科学者ではなかったのだ。だが,心理学者ではなく哲学者だったと考えれば,行動科学において少なくともひとつの偉大な功績を残してくれたことをありがたく思えるだろう。フロイトは,人生を筋の通った物語として理解できれば,心の健康にひじょうに役に立つということに,おそらく最初に気づき,理解した人である。フロイトのいわゆる分析の手法は,実際には統合のプロセス,つまり組み立てのプロセスだった。精神的な苦しみを抱えている患者の前に座り,彼らの心理状態の複雑さと履歴を解きほどこうと,計り知れないほどの忍耐力で話を聞いた。そして,何ヶ月か何年かのセラピーの間に,それまでばらばらになっていた患者の人生の断片ー夢や恐怖や感情や子ども時代の記憶ーを拾い上げ,患者にとって(というより,批評家が言うように,より重要なのは彼にとって)意味のある話を作り上げたのだ。患者が経験している精神的な苦しみについて,もっとも説明できるような話を。
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以上引用

検証のできない、前世の話を持ってきて、今世の不幸をお経を唱えたり、壺を購入したり、宗教団体に多額のお布施をする事によって解決しようとするのは、正しい事なのでしょうか?私には納得できません。

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17、終わりに

今回の月刊精神分析いかがでしたでしょうか?

私の弟のひきこもり状況の分析をソースに、話を展開して参りました。一部、蛇足的な話もあり、読者の皆様が読んでいて楽しい内容であったか否かはわかりませんが、感想などをお送り頂ければ幸いです。

lacan.fukuoka@gmail.com

平成23年04月28日 編集部A

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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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