福岡美容師バラバラ殺人事件 タイトル画像

0、はじめに

月刊 精神分析読者のみなさま、こんにちは編集部Aです。今回は、20年前に福岡で起きた「美容師バラバラ殺人事件(1994年03月)」を取り上げます。

タイトル画像が今回のテーマである「福岡美容師バラバラ殺人事件」の加害者:江田文子(城戸文子)さんです。メニューの横(上)にあるのが、彼女の告白本の裏表紙の写真。メニューの横(下)にあるのが、逮捕直前の写真です。ぱっとみ40前にみえないオシャレで小奇麗にしている女性。二人の子持ちにはみえない生活感の薄いオシャレな女性にみえます。逮捕直前の写真にしても胸元のネックレス、コートもオシャレアイテムという感じがします。とてもバラバラ殺人事件の加害者とは思えません。それでは以下の事件の概要からスタートです。

事件の概要

1994年3月3日午前、熊本県玉名郡南関町の九州自動車道玉名パーキングエリアのゴミ箱から、切断された人間の左腕を清掃業の女性が発見した。同日、同じ九州自動車道の福岡県山門郡山川町(現・みやま市)の山川パーキングエリアでも右腕が発見された。翌4日には熊本市のJR熊本駅のコインロッカーから黒ビニール袋にくるまれた胴体部分が別の捜査で訪れていた警察官により発見、また前日に山川パーキングエリアで警察が回収していたゴミ袋から新たに左手首が発見された。警察は特徴やDNA鑑定から、3月7日、これらの発見遺体は福岡市中央区天神町の美容室「びびっと」に勤めていた美容師の岩崎真由美(30歳)と判明した。

被害者が女だったこともあり、犯人は男で愛情関係のもつれによる犯行と思われていた。しかも、発見された胸部は乳房をえぐり取られていることから、性的異常者による犯行との見方もあった。が・・・捜査本部は、真由美の同僚の同店経理担当の江田文子(当時38歳)をマークした。3月15日、捜査本部は江田を死体遺棄容疑で逮捕。

犯人逮捕後には、自供により熊本県阿蘇郡阿蘇町(現・阿蘇市)乙姫の原野で両足が発見されているが、頭部と右手首、犯行に使用されたとみられる出刃包丁は現在も発見されていない。頭部はゴミ収集車に回収されたとみられている。

最初、未解決事件の「福岡OLバラバラ殺人事件(2010年03月)」を犯罪心理学プロファイリングの手法を切り口に語ってみようと思っていたのですが、資料を収集する過程で、「福岡美容師バラバラ殺人事件」の加害者である城戸文子(事件発生時の名前は江田文子)さんが獄中で執筆された「告白―美容師バラバラ殺人事件」(書籍)を入手しました。

月刊 精神分析シリーズでも過去、市橋達也君、加藤智大君の獄中出版本を取り上げてきました。今回、20年前に城戸文子さんが獄中で執筆された「告白―美容師バラバラ殺人事件」を読んで「ん?」と思うところも多々あり、この機に考察したいと思いました。

特に「告白―美容師バラバラ殺人事件」を読みすすめていくと、あれ?どこかで聞いた事がある話だな・・そう、秋葉原無差別殺傷事件を起こした「加藤智大」君と似たような養育史だなと思いました。20年前は現在の様なネット環境は整っていなかったので、江田文子(城戸文子)さんの養育史が多くの人によって語られる事はありませんでした。今回、この点についても触れたいと思います。

当時、私がリアルに聴いていた地元のラジオ放送局のニュース番組で以下の様な報道がされていた。

被害者の切断された手首が入ったビニール袋の結びに特徴があり、汁が漏れないように肉屋で用いられる様な方法で結ばれていた。犯人は精肉関係者か?・・・

と言うようなものであったと記憶している。実際に逮捕された加害者は被害者が勤務していた美容室の経理担当者であった江田文子さんだったわけで、マスコミの無責任な騒ぎようは今も昔も一緒だなと思った。犯罪報道のあり方に関しては、先日みた映画「白ゆき姫殺人事件(監督:中村義洋)」でも興味深く描かれていて、犯罪の容疑者像がどんどん膨らんでいく様は恐ろしく感じました。更に原作の「白ゆき姫殺人事件(集英社:湊かなえ)」を読みました。この件に関しても後述します。

2014年平成26年04月30日

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1、福岡美容師バラバラ殺人事件マップ


より大きな地図で 福岡美容師バラバラ殺人事件ドライブマップ を表示

JR博多駅:駅周辺のレンタカーを利用
事務所  :福岡市博多区大博町。内臓や肉片の入った黒いビニール袋をマンション付近のゴミ集積場に遺棄
加害者自宅:太宰府市青山4。バラバラの遺体をスーツケースで一時保管。
筑紫野IC:
植木IC :
阿蘇市乙姫:両足発見
JR熊本駅:コインロッカーより胸部と腰部発見
玉名PA :左腕(黒いビニール袋入り)発見、右手首(未発見)
山川PA :右腕、左手首発見
加害者自宅:ゴミ集積に頭部(未発見)
JR博多駅:レンタカーを返却
注意   :右手首と頭部は未だに未発見

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2、時代背景

福岡美容師バラバラ殺人事件」が起こったのは1994年平成06年の事。この事件以降、なぜかバラバラ殺人事件が続く。1994年04月には「井の頭公園バラバラ殺人事件」、1995年01月「埼玉愛犬家連続殺人事件」、1995年07月「大阪連続バラバラ殺人事件」など。

当時の経済状況はバブル崩壊の後遺症を抱えながらも、所得税減税などの政策で一部個人消費に明るい兆しが見え始めてきた。為替レートで円高が進行し100円を突破した。これにより日本人がより海外旅行に行きやすくなった。江田文子さんの勤務先の美容室も当たり前の様にスタッフの慰安旅行で海外(ハワイ)へ。

労働環境は男女雇用機会均等法(1985年制定)数年が経過し、子育てが一段落したママさんがパートなどで社会復帰し家計を手助けする事が容易な時代であった。

政治の世界では、先の(2014年1月)都知事選挙に無所属で立候補した細川護煕(ほそかわもりひろ)氏が、第79代内閣総理大臣となり非自民非共産の連立内閣を発足していた。何かしら期待感を持たせる内閣であったが、内閣不調和で一年ももたず(1993年08月09日から1994年04月28日)、悪名高い(自社さ)村山連立政権にバトンタッチする。人心の乱れは世の中に反映し、日本は、1995年(平成07年)01月17日に阪神・淡路大震災に遭遇する。

第36回輝く!日本レコード大賞(1994年)は、「innocent world」Mr.Children。我らが宇多田ヒカルのデビュー(1999年)まであと5年の歳月が必要だった。

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3、登場人物

江田文子(えだ ふみこ)(現姓城戸・事件当時38歳)

1955年5月、福岡市内で城戸家の長女として誕生。父親は公務員(明治生まれ)、母は元教師(大正生まれ)。上に兄が1人いる。幼稚園時代:オルガンとお絵かき。小学校時代:ピアノと書道。楽器部。中学から短大まで地元の名門私立の筑紫女学園中学、同高校。高校では茶道を嗜む。筑紫女学園短大卒業後はインテリア会社に就職したが1年で退職。22歳、高校3年の時に発病した甲状腺機能障害で入院。入院中に中絶手術を経験。ほどなく7歳年上のタンクローリー運転手と結婚。二人の男の子をもうける。10年ほど経った頃、専業主婦にピリオドを打ち働きに出る。アパレル会社(福岡市内のブティック)に一年間勤務した後、美容室「びびっと」に事件の5年前に事務員として入社している。ここで江田は精力的に働き、2年後にはマネジャーに昇格。

江田の生家はアパート経営もしており経済的には恵まれた環境で育った。無口で大人しい公務員の父との関係はいたって平穏なものだったが、勝気で良識にこだわる元教師の母親とは反目し合っていた。母親との確執については江田が控訴中に獄中で書いた手記『告白―美容師バラバラ殺人事件』(リヨン社)に詳しい。

江田さんは昭和30年生まれ。こんなふうに書くと誤解を招きそうだが、大東亜戦争が終了してわずか10年だ。翌年の昭和31年7月に発表された経済白書の副題は、太平洋戦争後の日本の復興が終了したことを指して「もはや『戦後』ではない」とつけられ流行語にもなった。つまり、江田さんは、もう他国からいつ爆弾を落とされるかわからない恐怖に怯える状態から完全に脱した、安心安全な国家体制のもとに新しい日本の担い手として誕生したのだ。しかし、彼女は別の不安や恐怖と戦うことを強いられた。

岩崎真由美(いわさき まゆみ)(「告白」では石山由加利と仮名で登場、事件当時30歳)

バラバラ事件の被害者。江田文子の入社から1年後に美容師として「びびっと」で働き始める。近所でも美人で腕が良く客から大評判。キャリア10年以上のベテラン。美容師の全国コンクールでも優秀な成績。仕事をすることが最高の楽しみで男に誘われても断るという性格だった。父は陶芸家。

O社長
事件の舞台となった「美容室:びびっと」を経営する有限会社「オフィス髪銘家」の代表取締役。

H(愛人)(事件当時36歳)
江田文子の二歳下の愛人。

城戸父
アパート経営をするなど資産家
無口で大人しい公務員(明治生まれ)

城戸母
勝気で良識にこだわる元教師(大正生まれ)
娘(文子)と反目し合う。

城戸兄

江田夫
1948年生まれ
タンクローリー運転手

江田義父

江田義母

江田二人の息子
事件発生当時、小学生(太宰府東小学校)

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4、江田文子(城戸文子)の生きた時代(芸能界)

昭和30年生まれの芸能人をさらっと見渡すと(敬称略)、郷ひろみ。西城秀樹。明石家さんま。元キャンディーズの伊藤蘭。所ジョージ。烏丸せつこ。ケント・デリカット。ラサール石井。松山千春。福島瑞穂。世良公則。渡辺裕之。川中美幸。坂口良子。平野文。掛布雅之。・・・所謂、昭和を一世風靡した世代である。

江田文子さんが結婚した昭和53年の日本の音楽シーンは、沢田研二、ピンクレディ、キャンディーズ、世良公則&ツイスト、アリス、山口百恵・・ここに並んだ名前を見るだけであぁ日本に勢いのあった時代の象徴だと思う。ちなみにサザンオールスターズのデビューは6月25日の『勝手にシンドバッド』。江田さんが生きた日本の時代の象徴である。

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5、江田文子(城戸文子)の「告白」

このサイトを作成するするにあたって1997年01月に江田文子さんが獄中出版した「告白―美容師バラバラ殺人事件 城戸文子」をAmazonで購入した。実は私はこの本が出版された当時、本屋にこの本が平積みされていたのを覚えている。若い女性が殺されてバラバラにされて遺棄される。そしてその犯人が女性であった。・・当時、かなりセンセーショナルで、テレビ、ラジオ、新聞、週刊誌がこぞって取り上げ、犯人像を想像しまくし立てた

私自身も身近で起こった猟奇事件に関心があったので、本を手にとってパラパラとめくってみたものの文字の羅列と価格が高いハードカバーの本であったので購入をためらった。当時は今ほど読書家でもなく、私の興味の対象はパソコンやソフトの分野であった。

以下にAmazonのカスタマーレビューの一つを紹介しておく

正常にして壊れた。

一読の価値あり。というのも、なかなか普段これほどの自己正当化・現実歪曲・具体的にして整合性の無い言い訳等できる人は少ないと思われるからである。もはや既に、妻の座からも母の座からも完全に降りている。なのにどう生きたかったのかも、もちろん動機ですら読み手にはわからない。本人にさえ見えていないのであろうか?あるいは見たくないのか?まさにそこが書かれてこその「告白」というものであろうと思われるが、他人の心の闇を覗いて...空虚、を知った気がした。

私の「告白」についての感想を述べます。上記のレビューの通りこの本に書き記(しる)されている事は「告白」とは言えない。事実と異なる事象もしたためてある。それも故意に嘘を書いているのか?勘違いなのか?無理やり辻褄をあわせようとしている努力の結果なのか?・・わからない。もはや、告白ドキュメントというより江田文子(城戸文子)ワールド(事件加害者の世界観)として受け取るのが正解という気すらおきてくる。

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6、江田文子(城戸文子)の養育史

登場人物紹介にも列記したが、江田文子さんは典型お嬢様である。

日本の高度成長期からバブル経済まで、資産家の父と、元教師の間に生まれ、幼少から、オルガン、お絵かき、ピアノにお習字、中学から私立のお嬢様学校で高校、短大までエスカレーター。短大卒業後、輸入家具雑貨の販売会社に就職するものの1年で退職。妊娠中絶経験の後、結婚。専業主婦となる。二人の子どもにも恵まれ、幸せに暮らしましたとさ。・・となりそうなのが、そうはならなかった。

筑紫女学園中学と高校校舎筑紫女学園中学、同高校。

世間も羨む何の不自由もなく育ったお嬢様で専業主婦であった江田文子さんの何が問題なのか?これから先は江田文子さんの「告白」から察する私の推測である。

ずばり、江田文子さんの場合「母子関係」が最悪である。江田文子さんの両親は明治生まれの厳格な父親。大正生まれの元教師の母親。父が厳しいのはともかく、母親は大いなる「愛情」で娘である文子さんを無条件に承認しなければならない。

精神発達論の中で子育て「オールOK!」は以下の様に説かれている。

「オールOK!」することは、子どもの自我を認めること、自己肯定感をつくること。まず母親に何でも受け入れてもらい、母との間に信頼関係を築くこと。

江田さんの「告白」から、母子関係を述べているところを引用する。

告白 P.48から

私の中にうっ積していたもの、それは、たとえ母であっても、人の心を操作したり、いいなりにさせることは、実の娘であっても許されないのだというものでした。私は私なのだと訴えたかったのです。母のコピーではないのです。きめつけや勝手な言葉に、もう、うんざりしていたのです。私の母は、自尊心の強い女性でした。大家の出身ということもあったでしょう。教師だったということも要因のひとつになっているかもしれません。大正という古い価値観の中で生まれ育ったことも影響を与えているでしょう。かなり厳しい人でした。私がおとなになってからの母の視線は、個人を無視したものでした。私は個人の特性に目を向けない考え方や見方がいやでたまりませんでした。ですから、こんな人を見ると、いまでも尊敬することができません。私には、私の人格があります。それを認めない姿勢や、母の好みに変えられることが、たまらなくいやだったのです。私は私なのだと、さけびたくなるのです。

「母のコピーではないのです。」と言う一節が心に突き刺さる。江田文子さんは母から自分自身を肯定・承認されるされる事なく健全な自我を発達させる事ができなかったのでしょう。

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7、江田文子(城戸文子)の結婚(選択)

結婚相手選び。これが今後の人生を左右する大きな選択となります。これを読んでいる既婚者の方は大きく頷いているはずです。家庭生活、妊娠、出産、育児、教育、冠婚葬祭・・すべてに絡んでくるので重大な選択です。

「告白」の中で江田文子さんは自身の選択(結婚)を以下の様に述べています。

告白 P.47から

昭和53年10月、私は結婚しました。希望や理想があってのことではありません。母のそばを離れたい、この家から出たいという一念からでした。夫はタンクローリーの車の運転手です。また、母が嫌うであろう人間と結婚することが、母への反感を自らの手で母にあたえるという報復的な手段へと変わったのです。(中略)案の定、私の結婚にだれもが首をかしげました。(中略)世間体にこだわる母には、夫の職業も、ヤクザ風の容貌も、言葉使いも、礼儀作法も許されないものだったのです。

こう言う結婚を「あてつけ結婚」と言います。本当は、自分自身のパートナーとしては適当でない相手をわかっていながら・・・江田文子さんの場合は「母への報復」として母が嫌がる相手をパートナーとして選択してしまいます。

中高短大をお嬢様として歩んできた女性なら、体育会系より文化系で、実家との格が釣り合った人を選択すればいいものを・・と思うのですが、江田文子さんの場合、母へのトラウマから適切でない相手と結婚してしまいます。男の子二人に恵まれるものの・・・・

告白 P.49から

また、夫との結婚生活も、いい加減な仲人言葉、給料の嘘、義父や義母の嘘が私をどんどん現実へとかりたててゆくことになりました。そして、これから派生する金銭的なトラブルと性生活の不一致がけんかの原因となっていくのです。

案の定、江田文子さんの前途には暗雲が立ち込めている。

ここで思い出すのは、秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大君の事です。加藤君は鬼母の厳しい指導により、小学校、中学校と優秀な成績を収め、母親が強く希望した進学校の青森高校に進学するものの、こりゃまた母親が希望した北海道大学への進学はせず、母へのあてつけで自動車整備士を養成する技術系の短期大学に進学します。更に、その短大で自動車整備士の資格を取得する事もせず、彼は主に派遣社員として東日本の工場で働く事を余儀なくされ、最終的に秋葉原で事件を起こす事になります。

本来は自分の将来を真剣に考え真面目に適切な進路を選択すべきなのですが、「母へのあてつけ」と言う余計な感情:コンプレックス(複合観念体)の為に、自分にとって不利な選択をする事になります。

秋葉原通り魔事件2008年(平成20年)」の加藤智大君と、「福岡美容師バラバラ殺人事件1994年(平成06年)」の江田文子さんはその人生において共通の悩みを抱えていたと言う事です。彼らは本当の自分を生きる事ができなかったのです。

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8、江田文子(城戸文子)の生活

告白」の中で江田文子さんは、夫のとの性生活(セックス)もなるべく回避したかったと言う。中絶の経験から、性行為そのものが中絶の経験を思い起こさせるものであったと言う。また、実父がなくなってからは、父の遺産をあてにする嫁ぎ先の義父・義母を嫌悪したと言う。車の免許を取得してからは、車の空間が安息の場所であったり、働きに出てからは、なるべく家に帰る時間を遅くしたりしたと言う。アパレル会社(ブティック)に就職し百貨店の売り場で働く事によって江田文子さんは自身の居場所を回復したのだ。江田文子さんの「告白」の中に、唐突に「ニューライフ」と言う単語がでてくる。

告白 P.51から

こんなことの繰り返しが、精神的に落ち着ける場所を探しにつながっていくのです。つまり、ニューライフというO社長の自宅兼用事務所のあるマンションです(原文のまま)。

O社長とは、今回の事件の舞台となった「美容室:びびっと」を経営する有限会社「オフィス髪銘家」の代表取締役。そして、ニューライフとは築年月1983年9月の「ニューライフ天神(福岡市中央区天神4-1-23)」のことである。「告白」をに目を通すと、事件当時複数あったマンションの事務所の位置関係の描写があり、「あぁ多分このマンションで間違いないだろう」と言うレベルの推察ができる。現在もニューライフ天神と言うマンションは実在し1階のテナントスペースで美容室が営業している。もちろん「びびっと」なる美容室は現在は営業してないし、20年前「びびっと」なる美容室が天神4丁目のニューライフ天神の1階に存在していたのか確認する術がない。

いづれにしても江田文子さんが「びびっと」で経理担当者として働き出すことから職場内で新しい人間関係が展開され、最終的にバラバラ殺人事件へと発展していくのだ。

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9、江田文子(城戸文子)の新生活(ニューライフ)

この事件のキーワードは「ニューライフ」である。

告白 P.63から

このニューライフというマンションの一室から生み出される、精神の自由と人間の暖かい生活の感触が、バランスよく共存していたからです。その新鮮さが、私を輝かせたと思っています。そして、そこに住む社長とのあいだには異性感が存在しないことが、よりいっそうこの場が安心できるものとなっていました(原文のまま)。

あてつけ結婚してしまった江田文子さんにとって苦痛な家庭生活より、まさしく新生活:ニューライフマンションが素晴しい輝きに満ちた生活であった事は容易に想像できます。

これ以降、平成3年には江田文子さんはマネージャーに昇格し「びびっと」の裏方業務(美容技術以外)を一手に引き受ける様になります。特別な資格を持っていたと言うような記述はありませんので、よほど社長に気に入られたのでしょう。

告白 P.65から

社長の枠のなかに入れられていく感覚がありましたが、私にとってそれは束縛されるという感覚ではなく、ニューライフという空間を得るための代償として軽く認めていました。また、雇い主でもあり、上司でもあるのですから、素直に聞くことに抵抗はありませんでした。もちろん私という人間を認めてくれていることも、そこから発する信頼がなによりも大切なものとなっていたのです。人との結びつきは肉体的なまじわりでなく、精神的なものへ自然と向かうようです。しかし、夫とは趣味の違いや、価値観の違い、お互いの中から一致するものを見出すことはできませんでした(原文のまま)。

やはり人にとって存在を「認めてくれる」事は大切で、精神分析の言葉を使えば江田文子さんは「承認欲求」を満たしてくれるニューライフ(新生活)をずっと欲していたのだと思われます。「告白」の中盤で江田文子さんはこの様な記述を残しています。

告白 P.112から

社長が、私をのけ者にすることなど、いままで一度もなかったことでした。このO社長の心境の変化が、恐ろしいものへと変わりつつありました(原文のまま)。

まるで子どもが母から見捨てられそうな心境を語っているようです。やはり、母から承認されて健全な自我を内在させる。乳児から幼児にかけて本来母から与えらる筈の承認を与えられなかった江田文子さんは、それを自分が母となった後に「ニューライフ」に求めてしまったのでしょう。

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10、江田文子(城戸文子)の歯車の狂い

税理士のH氏が「美容室 びびっと」に出入りする様になって、江田文子さんの新生活:ニューライフに変化が生じます。ニューライフマンションとO社長の存在が自分が自分でいられる居場所であったり唯一の自分を承認してくれる人であったりしたわけですが、そこへ介入してきたH氏と職場の関係者の記述が延々と続きます。

江田文子さんは、この「告白」を出版するに至った経緯をこう説明しています。

告白 あとがきから

この手記ですべてをさらけ出すきっかけとなったのは、私の身のまわりにいた関係者の証言や供述書に接したからです。事実と違うといったいきどおりが、私を突き動かしたのです。

告白」の中の「第3章:東京旅行」、「第4章:レイプ」、「第5章:疑惑」と多くの頁を割いてH氏、O社長、美容室スタッフとの関係を延々と述べている。H氏と私的に交際し、肉体関係を持つようになった経緯、被害者となった岩崎真由美さんとH氏の関係を疑い興信所に調査を依頼したり・・。

「供述書」と「告白」を読み解いていくものの・・AをBと読み替えても、岩崎真由美さんが殺されてバラバラにされた事実が覆される事はないし、他人と一緒に海外旅行に行って、ハワイのモロカイ島のコンドミニアムに二人きりで宿泊した時にレイプされたと訴えても、世の多くの人は「そんな状況で性交渉を持たない方が不自然」と思うに違いありません。江田文子さんの行動をいわゆる世間サマは「家庭のある主婦が働きに出て浮気して、殺人事件を起こして、世間を騒がせて、非難されて当然」と思うでしょうし、評論家は「バブル経済の余韻の中、家庭の主婦が働きに出て自分を見失った挙句、他人を邪推し感情を爆発させて起こした殺人事件」と言うでしょう。

いづれにしても、税理士「H氏」と美容師「岩崎真由美さん」の登場を縁(えん)として、江田文子(城戸文子)の「ニューライフ」の歯車は大きく狂いだすのです。

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11、バラバラにされた美容師:岩崎真由美さん

江田文子さんは被害者の岩崎真由美さんに対して「告白」の中で一貫して評価を下げる記述しかしておらず、

告白 あとがき

最後に、被害者の石山由加利さんの死に対して衷心よりご冥福をお祈りいたします。

と言うたった一言で結んで終わっている。それは、岩崎真由美さん個人に対しての謝罪ではなく、「一般論としての死」に対して冥福を表しているにしか過ぎない。死人に鞭を打つ人は少ないと思うが、被害者の岩崎真由美さんの事件後の評価は

近所でも美人で腕が良く客から大評判。キャリア10年以上のベテラン。美容師の全国コンクールでも優秀な成績。仕事をすることが最高の楽しみで男に誘われても断るという性格だった。

とされていて、江田文子さんが語る岩崎真由美さんと世間が語る岩崎真由美さんの評価が真逆なのが恐ろしく感じる。

もっとも「告白」の中で江田文子さんは、岩崎真由美さんを殺害した事を認めていないので、当然の事ながら文中にただの一言も謝罪の言葉はないのである。要するに自分の罪は冤罪(えんざい)で真犯人は別にいると言いたいのだ。

現実に昭和41年の起こった「袴田事件」の様に45年経った今になって再審開始となるレアなケースも実在するのだが「福岡美容師バラバラ殺人事件」に関して言えば、共犯者の存在はひょっとしてたらあったかもしれないと思えるのだが、江田さん以外に犯人がいるとは到底思えない。

事件後、裁判で認定された事件の動機とされる「愛人H氏と岩崎真由美さんとの関係を邪推して」と言う感情面での圧力を織り込んでも、果たして「刺殺され、乳房をえぐられバラバラにされて各地のゴミ箱に捨てられる」程の事を岩崎真由美さんが江田さんにしたのか?と考えてしまう。

心理学的視点で考察すると、どこの職場にも上手くいかない人間関係はごまんと存在しており、その関係の精算にいちいち猟奇的殺人事件がおこるわけでもない。ただ、本件の場合は、江田文子さんは相当なコンプレックス(複合観念体)を内在させており、それを岩崎真由美さんに投影した結果であると言わざるを得ない。無意識とは縁にふれてとんでもない事件を巻き起こすのだ。

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12、江田文子(城戸文子)は、統合失調症?

告白」を読み進めていくと、だんだんフィクション小説の様な記述になっていくのに違和感を感じる。ネット上の他の資料には確認できない記述が多数みられるのだ。

告白 P.119から

平成5年09月18日(土)ニューライフの事務所でくつろいでいると石山由加利から電話があって、自宅に忘れたバリカンをとりにいかされたと言う。石山由加利のアパートは大きな道路からひとつ入った司法書士事務所の斜め前にあります。・・部屋の中に入ると黒い影、男です。二人。・・タオルで口をふさがれ意識を失った。約2時間半後に目を覚ますと、男の姿はなかった。私の衣類には多少の乱れはありましたが、さほど気になるものではありませんでした。バックの中の現金4万円も無事でした。

通常、こんな事件に遭遇したら警察に連絡するでしょ?結局、この件は、他に真犯人がいると主張する為の伏線になるのですが・・。

告白 P.156から

H氏の供述調書から・・江田さんに石山さんとの仲を否定し続けましたが、江田さんはどうしてもそれを信用してくれませんでした、それと共に江田さんは11月に入ると、尾行されているとか、無言電話がかかってくるというようなことをいい出しはじめました。だから密会場所のアークヒルズで江田さんと会うことはしなかったのです。

このアークヒルズマンション(仮名)は愛人のHと江田文子さんの密会場所として契約したものらしいが、なんと契約者は江田文子、保証人の欄のサインはH氏の筆跡で江田文子さんの夫の名前を記入したという。つまりお金の支払いはH氏だが、実際の契約者は江田文子さんで保証人は江田(旦那)なのだ。愛人との密会場所の契約の保証人に夫の名前を無断使用するのも大胆で、常軌を逸している。

さて、いよいよバラバラにされた石山(岩崎真由美)さんとのトラブルの件だが、

告白 P.213から

2月25日午前11時半頃、石山は、サンシティの事務所にタクシーでやってきました。大きな黒のスポーツバックを抱えていました、バックの中には社長から借りた・・・(中略)・・・こんな話をしてる時、男たちが入ってきたのです。・・・(中略)・・・この時、男は皮のジャンパーの前を開け、中からビデオテープを出すとテレビにセットしました。・・(中略)・・・そのビデオテープには私の出勤する姿と共に、以前、私がバリカンをとりに行ったときの石山の部屋で起こったことも映っていました。・・(中略)・・・本物の脅迫、恐喝となったのです。

それこそ、寸劇の様な裏ビデオ用の脚本のような話が続く。「告白」の中には、他にも、モロカイ島のコンドミニアで本人曰くレイプされた時の様子が盗聴(録音)されていて、無言電話のバックで盗聴音が聞こえるとか、H氏からの電話の後ろから盗聴された音声が聴こえてくる・・・。などと言う訴えが散見する。

これって既に、妄想、幻覚、幻聴の類で、現実には周囲の評判のよい岩崎真由美と言う人物が、やっとニューライフマンションに安住の地を獲得した江田文子からみると何としてでも排除しなくてはならない異物のように思えたのではないだろうか?

きっと「告白」を購入した読者は、加害者と被害者の間には本当は何があったのか?本当に女性一人が人間一人を刺殺し3時間余りでバラバラにしてビニール袋やスーツケースに入れて遺棄できるのか?と言うところの「告白」を期待したのだが、その部分は見事に裏切られ「私はやってません!」と言う江田文子(城戸文子)さんの釈明を延々と読まされるのでした。

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13、事件後の周囲の人々反応と対応


告白 P.242から

3月15日福岡県警の捜査本部に死体遺棄容疑で任意同行を求められました。わが家を出るときにあびせられた多くのフラッシュは、いままでの恐怖心をさらに倍加させました。私は、福岡中央署に連行され、午前10時半、逮捕状を執行されました。(中略)接見禁止という状態におくことで、すべての絆を切らせる、いわゆる孤立状態におかれることがなによりも不安感を増大させます。(中略)・・私の身柄が福岡中央署の留置所から福岡拘置所に移されたのは4月18日です。4月26日の起訴後、やっと接見禁止がとかれました。

江田(夫):身内では最初の面会者となりものの、愛人H氏との関係の真偽を確認しただけで事件そのものについては不問。即、離婚手続きとなり、面会時間の10分が余ってしまった。

城戸(実母):5月10日やっとの事で母からの手紙が届く。実の母なれど、「大変な事をしでかしましたね。(中略)4月4日から脳梗塞で入院中。被害者の兄も大変な事になっていて、職も追われ、最悪の場合は離婚もやむを得ないと言っています。別の親戚からは脅迫電話がかかってくるのでこれ以上かかわりたくない、きてくれるなということで、お母さんもただひとりになってしまいました、もう死にたいくらいです」と娘に窮状を訴えている。その後、江田さんが離婚し城戸性に戻る事に大反対し、裁判が始まるまでに江田姓に戻るように・・・

城戸(実兄):第一審の日程がきまったのを聞きつけ、兄が面会に来る。面会を断る。翌日、母を連れて再度面会へ。この面会も断る。実兄としては、犯罪者:江田文子が城戸文子になる事で、自分はもちろんの事、妻や子どもまで世間からひどい仕打ちを受けるが故に母と同様に城戸性に戻ることだけは避けて欲しいと訴える。

告白 P.260から

この手紙の内容と同じようなことが、私の息子たちにもありました。兄たちより、もっともっと多いマスコミが・・・。私は 、母や兄の手紙から、私の考え、思いがまったく入っていないことを悲しく思いました。寂しく思いました。私が反対の立場ならば、ほんとうなのか、と自分の耳で真実の声を聴くまで信じませんが・・・。

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14、江田文子(城戸文子)が至った境地


P.261から

6月17日 いつの間にか夏がこようとしている。青葉の頃、一年中で私が一番好きな季節である。しかし、気力はダウンしている。なんにも手がつかない・・・。こんなことに焦ってくる。人と話す気もしない。この冬に起きた一連の出来事を、まっすぐ見つめる気がしない。もうすぐ裁判だというのに・・。今日も弁護人が来る。そして、私の手記を渡す。すべてが自分のまわりでないところで起こった悪夢のように、遠く、重く、誰が、どのくらい悪く、なにがどこまで現実で、どこまでが心の中のことなのかを判断するものさしが見当たらない。私がどこかへ投げ捨てたのだろうか。私は、拘置所での生活に不満はない。人としゃべることも、走り回ることも、オシャレをするもないが、ひとり静かにしていることが、ちっとも苦痛ではないのだ。自分の一生分の幸せを見、また、感じてしまったような、満足感すらある。それらのエネルギーを使い果たしてしまったように思う。花火の大輪の鮮やかな色、輝き、大きな音。四季折々の美しさ、静寂さ、人の温かさ。こんなあらゆる角度や深さを知りつくしたように・・・、生きる意欲の消滅さえ感じる。あきらめと生命の間で揺れる死を夢見ているような私。自分の一部が、まだ、あの位置にとどまっていると思う。それは影のない日常に決して戻れないように・・・

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15、江田文子(城戸文子)がマスコミを語る

ここではマスコミの犯罪報道について取り上げる

告白 P.273から

1月13日、第5回公判の記録コピーが届く。見えないものへの一点張りの私自身の答弁に、悲しいものを感じる。当時の日誌を紹介します。「コピーを精読。私の話の内容をみてガックリ、いいたいことの半分もいってない。こんなものが裁判官の判断の基準になるのだろうか、不安になる。答弁にもっと多くの時間をいただきたい。ようやく安心して話せる場に立てたというのに、これでは私自身不本意だ。あの二人組は法廷に立つ私をきっと見ている。私にも時間をあたえてほしい、こんな形で判決を出されたら間違いだ、と思う。いま、生きる力を失っている。このまま頑張って、なにが私の中に残るだろうか。いま、ニュースで愛犬家の事件が流れている。途中経過を警察はマスコミを通して流していく。私のこともこうやって流れていたのだろう。なんの意味があって、途中経過を流すのだろう。台風情報でもあるまいし・・・。単なる家族への嫌がらせに過ぎない。また、どれほどの真実が、そこに置かれているのだろうか。"世間の法廷"で、私は裁かれたくないと思う。しかし、最初に耳にしとことは、だれでも胸に残されていく。"確か""不確か"を問うことなく。私はすべてを恨む。私には、やはり耐えられない。死んだ人間は悲哀と美貌に。ならば私もそのほうを望む。あの日、あの時、なにが起こったというのだ。ほんとうに、いまもそう思う。かりに私が死んでいたなら、なにが表に出たか、それともすべて闇に葬られたか。でも、やはり"死"は取り返せない。生きてこそ、意味がある。そういう意味において、私は"生"をあたえられたのだと思う。」

以下、ネタバレ注意

先日、映画「白ゆき姫殺人事件(監督:中村義洋)」を鑑賞し、更に原作の「白ゆき姫殺人事件(集英社:湊かなえ)」を読み、犯罪報道に関しても思うところがありました。

福岡美容師バラバラ殺人事件」の時(平成6年)は、まだ今の様にインターネット環境が普及していない時代だったのですが、それでもマスコミ(テレビ、新聞、ラジオ、週刊誌)の報道によって、犯罪加害者の親戚家族は加害者の身辺取材の名目で糾弾され、世間からもはじかれてしまいました。時は流れ(平成26年)、先に公開された映画「白ゆき姫殺人事件(監督:中村義洋)」では、美人OL殺害事件の容疑者として城野美姫(しろのみき:井上真央)が浮上し、憶測が憶測を呼び、ブログやツイッターでプライバシー無視の情報が拡散していく様が表現されています。ちなみにワイドショーのバカディレクター赤星雄治(あかほしゆうじ)を演じるのは綾野剛。劇中で容疑者となる城野美姫の父親(城野光三郎を演じるのはダンカンさん)は、まだ失踪中であるのにもかかわず「娘がとんでもないことを・・」と、テレビディレクターに土下座してしまいます。

告白 P.260から

この手紙の内容と同じようなことが、私の息子たちにもありました。兄たちより、もっともっと多いマスコミが・・・。私は、母や兄の手紙から、私の考え、思いがまったく入っていないことを悲しく思いました。寂しく思いました。私が反対の立場ならば、ほんとうなのか、と自分の耳で真実の声を聴くまで信じませんが・・・。

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16、福岡美容師バラバラ殺人事件の風景

私の地元の福岡市が事件の舞台なので「告白」を読み進めると自然と事件の舞台となった景色が頭に浮かんでくる。以下の情報には私の推測も含まれており未確認情報でございます。細かく追っていくと「告白」の中の記述にも矛盾したところがあり、本当は事実と異なるのでは?と疑いたくもなる部分もあるのですが、それでもこの辺があの場所・・・といった情報は提供できます。なにせ20年前の事ですので確認不能なところもあります。ご了承のほどよろしくお願いいたします。

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17、テレビで放送された景色

福岡美容師バラバラ事件報道風景当時、私が見ていたテレビには事件の舞台になった風景として福岡市中央区の長浜エリアの映像が流されていた。写真は「あいれふ前交差点」から「長浜交差点」方向やや左をみている。正確には、今の大正通り(福岡県福岡市中央区の鮮魚市場正門交差点から薬院大通交差点までの1.8kmの道路)沿いの長浜エリア。「びびっと」の運営会社:有限会社「オフィス髪銘家」が所在していた為なのか真偽は不明・・・だったのだが色々調べていくと、なぜこの景色が事件の舞台として報道されたのかわかった。この件に関しては後述。

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18、有限会社「オフィス髪銘家」の事務所があった場所

美容室「びびっと」を経営する有限会社「オフィス髪銘家」の事務所は、頻繁に移動している。江田文子(城戸文子)さんの「告白」を元に以下にまとめる。

平成元年:福岡市中央区長浜。

平成3年ないし4年は事務所は2ヶ所体制となる。
江田文子(城戸文子)さんの「告白」に出てくる福岡市天神の「チサンマンション」と「ニューライフ」について。

福岡市天神にある「チサンマンション」は1件しかない。築年月1978年10月の「チサンマンション第2天神(福岡市中央区天神4-5-10)」。中央区にもう一つチサンマンションがあるのだがこちらは「大名」。最も「告白」に登場する「ニューライフ」。こちらは築年月1983年9月の「ニューライフ天神」(福岡市中央区天神4-1-23)で間違いないだろう。250mしか離れておらず、歩いても3分で移動できる。この距離なら事務所が2ヶ所体制でも全く問題ない。

チサンマンション第2天神上記がチサンマンション第2天神

ニューライフ天神上記がニューライフ天神

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19、美容室「びびっと」があった場所

殺されてバラバラにされた岩崎真由美さんが勤務していた美容室「びびっと」があった場所はどこか?

告白 P.229から

サンシティからコールしたタクシーに乗って、私は、ニューライフに行きました。しばらくすると、店から連絡が入りました。私は、社長と一緒に店に向かいました。2月27日の私の教育は1時間で終わりました。そのあとは月に一度行っている"おしゃれの日"というスタッフ同士の技術交流会となりました。これは、それぞれのスタッフのヘアーを練習台に使って技術向上をはかるものなのです。私は、久しぶりに、社長にパーマをかけてもらいました。夜8時を過ぎていました。終わったのは10時を過ぎていたと思います。私の座ったところから、真正面に見えるガーディンパレスというホテルの中から、男の人がこの店を立ってみているのが見えました。また、両方の電柱に二人の男がよりかかり。こちらの店の様子をみている姿に、気になるものを感じました。

ガーディンパレスとは福岡ホテルガーディンパレス(福岡市中央区天神4-8-15)の事でちょうど「チサンマンション」と「ニューライフ」の間にある。他に巨大掲示板の書き込みで「びびっと」は福岡ショッパーズの裏のマンションの2階にあったとの情報を見たことがある。現在「ガーディンパレス」の真向いは「JA全農ふくれんビル」と駐車場と自動販売機が設置されている並びとなっている。それとも1階にローソン(ローソン 福岡天神四丁目店:福岡市中央区天神4-4-18)が入っている吉田ビルの2階がかつて「びびっと」があったのか?私にはわからない。

更にある人(仮にU氏とする)がネット上に残しているブログを引用する。

ちょっとオカルトちっくな話 2007.05.10

いきなりですけど皆さん「福岡美容師バラバラ殺人事件」って覚えてます?僕にとっては思い出深い事件です。何故かっていうと、僕が最初に就職した楽器店の二件隣のビルが、まさにその事件の舞台となった「び○っと」って美容室が入ってたビルだったんです。事件が起こったのが3月、僕が入社したのが4月でしたから、頻繁に報道の人を見かけました。しかも、その楽器店で働いていた僕の4歳上の先輩のSさんは、その被害者の美容師さんをいつも指名して髪をカットしてもらってたらしくて、凄くショッキングでした。改めてネットで調べたんですけど、簡単にまとめると、こんな事件でした。(中略)・・なんでこんな話を思い出したかというと、最近、天神に新しい音楽スタジオが出来たって聞きましてね。っていうかDRUMのバンドリンクから福岡のバンド片っ端から掲示板に宣伝カキコがありまして。地図を見たら、僕が最初に就職した楽器店の近くだったんで、見に行ったんです。ダイエー行ったついでに。そしたら、まさに事件の舞台となった美容室が入っていた、あの場所でした。「あぁ、ここじゃ練習したくないな...」と思いました。なんとなく。幽霊とか、信じないですけどね。

U氏が最初に就職した楽器店の名前は「名曲堂」。「名曲堂」がテナントとして入っていた建物は「福岡県 モーターボート会館(福岡市中央区天神4-5-15)」U氏がかつて「びびっと」が入っていたとする建物は、 須崎公園ビル(福岡市中央区天神4-5-18)で今も2階と3階にスタジオが入っています。U氏のブログの記述に矛盾はないのですが、江田文子(城戸文子)さんの「告白」には「真正面に見えるガーディンパレス」と言う記述とあるのですが、須崎公園ビルからは真正面にガーディンパレスを見ることはできません。U氏のブログの記述と明らかに矛盾します。

美容室びびっと正面の黒い建物の2階に美容室「びびっと」があったのか?写真右2件隣に「名曲堂」があった建物、写真左奥に「福岡ホテルガーディンパレス」がみえる。

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20、江田文子(城戸文子)さんの自宅があった場所


告白 P.233から

この時、わが家の前の広い公園に、黒っぽい車がわが家と平行に止まっているのを見ました。タクシーを降りた時、私はこの公園の中の車に不審を覚えました。この公園の中に車が止められるのは、近所で不幸があった得ぐらいなものです。それも、入り口のポールをはずして止められることなど、いままで6年間、一度も見たことはありません。この車は、公園からわが家の玄関が見えるように止めてあったのです。

巨大掲示板の書き込みで江田文子(城戸文子)さんの自宅は太宰府市青山4丁目にあったとの情報を事前に得ていた。「告白」の上記の記述からGoogle マップやストリートビューでそれらしいお宅を探してみる。パークサイド青山(太宰府市青山4-17-3)と言う物件を見つけました。近くにストリートビューで名もない公園を見つけました。この公園の四面のうち、2面は出入口はなし。残る2面でポールがある出入口は2か所。このうち「公園からわが家の玄関が見える」家は・・「太宰府市青山4-18-13」ここしかない。車庫の存在も確認できる。が、「告白」の記述をまにうける事はできない・・当然、この家には既に江田さん一家は住んでいないだろう。

江田文子(城戸文子)自宅この建物の玄関前に公園と公園入口がある。

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21、事件の現場となったマンションの場所

さて、事件現場になったサンシティマンションはどこにあるのか?怖いもの見たさで調べたくなるのだが・・。手がかりは「サンシティ」福岡市博多区大博町にあるという記述。

告白 P.193から

これらの条件を備えたところがサンシティマンションだったのです。このマンションの301号室、ここが彼の条件にぴったりと合っていました。


告白 P.208から

ニューライフは、ショッピングにも都合がいい便利な場所にあります。5分も歩けば、大きなスーパーやデパートがありました。しかし、サンシティ-にはそれらの場所がありませんでした。


告白 P.228から

この日は日曜日、私は、銀行に行く用事もなくニューライフで仕事をしたあとでサンシティーに向かいました。途中で缶コーヒーを買って401号室に入ったのはお昼前です。この部屋はなんとなく落ち着きませんでした。


告白 P.211から

④「いま、石山さんに給料を渡しました。大博で渡しました」と、私に言ってきました。これは、ずいぶんいい加減な供述内容です。私が、事実を申し上げます。

上記の内容から推測すると、サンシティマンションは大博町にある事が推測できる。部屋番号は301か401号。「美容師殺人判決要旨」には「福岡市博多区のマンション『サンシティ博多四〇一号室』」と掲載されている。

サンシティ博多フレックス21検索してみると、博多区大博町にあるサンシティーマンションは、築年月1990年2月の「サンシティ博多フレックス21(福岡市博多区大博町7-30)」がヒットする。私の知る限り、このマンションは「フレックス21」と呼ばれている。外壁には「サンシティ」の表記はみあたらない。邪推かもしれないが、事件が起こって事故物件化したので、マンション名を「サンシティ」から「サンシティ博多フレックス21」に変更し、外壁のネームも「フレックス21」のみとしたのでは?

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22、被害者の岩崎真由美さんが住んでいたアパートの場所

被害者の岩崎真由美さんが住んでいたアパートだが・・・。ネット上にあったある人のブログを紹介しておく。

ネットから引用

身内の名前が載ったというのは、それきりだが、重大事件が近くで起こったというのは、その後もあった。ぼくが脱サラして、夫婦で福岡にいた頃だ。1994年に、「福岡美容師バラバラ殺人事件」が起き、ワイドショーが連日、騒ぎまくったことがあるが、殺された若い女性美容師が一人で住んでいたマンションが、たまたま、ぼくらのマンションの隣だった。時折、窓を開けて、洗濯物を干している女性がいて、顔までは覚えていないが、事件後、へええ、あの彼女がバラバラに、と思うと、どうもやるせなかった。まだ犯人が特定されていない頃、そのマンションの前に、全国版のテレビで良く見るワイドショーのリポーターが現れマンションの前で、リハーサルをやっているのを、よく見かけた。喉の調整をしながら、何度も下読みをやっている。目の前を通ったのだが、こちらには目もくれないで、必死でブツブツとリポートするべき内容を繰り返していた。けっこう、大変な仕事らしいと思った。その件に関しては一応、刑事も我が家にやって来た。被害者の写真を見せて「この人に関してなんですが」もう、こっちはニュースでさんざん見せられている写真である。「ああ」と苦笑するしかない。まあ、刑事としては、そういう相手の微妙な反応で、何かを感じ取ることもあるらしい。「最近、この辺で、不審者を見たことはないですか?」と聞く。「うーん、いちいち、人の顔は見てないし...」と答えると、「そうですよねえ」とあっさり帰っていった。それにしても、その刑事というのが、漫才のB&Bの太っちょの方に似てて、少しコケた。刑事といえば、高倉健みたいなのをイメージしていたのだ。まあ、こちらの勝手な思い込みだけど。

告白 P.193 P.194から

この司法書士事務所は、石山のアパートの斜め前にあります。・・・石山のアパートは、大きな国道から一本裏に入った道にあります。その道をはさんで家の前は駐車場となっており、表のバス通りからは、室内の明かりを見ることくらい簡単にできます。また、福岡市内の中心街からバスで10分くらいの所です、歩いても10分か20分、そのくらいに位置しています。ですから、警察のいうような、監視や尾行に車をレンタルする必要はないのです。バスに乗って車窓から、室内の明かりのチェックはできるのですから。

ネット上で情報を収集すると、殺されバラバラにされて遺棄された岩崎真由美さんが住んでいたのは・・

福岡市中央区舞鶴三丁目のアパート
隣はマンション
窓があるアパート(二階部分?)
大きな国道から一本裏に入った道にある。
家の前は駐車場。
斜め前に司法書士事務所がある。
バス通りから室内の明かりのチェックができる。

岩崎真由美さんのアパート以上の情報から大体特定はできるのですが、所在地の確定は、本稿の目的とは異なりますので、都市伝説っぽい状態に留めておきます。「舞鶴」は、福岡法務合同庁舎(法務局)があり、まわりに多数の司法書士事務書があるので、上記の情報から場所の確定は困難です。特に舞鶴三丁目は、大正通り、那の津通り、昭和通りの3本のバス通りで囲まれています。ただ、駐車場は福岡市消防局のまわりの駐車場と思われます。詳細は、Google地図で参照してみて下さい。

福岡美容師バラバラ殺人事件の風景」の項で、なぜ長浜エリアの風景を放映していたのかわからないとしておきましたが、あの風景は実は被害者の岩崎真由美さんが住んでいた付近の景色だったのです。色々調べて合点がいきました。

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23、告白 美容師バラバラ殺人事件の「意味」

「なぜ、事件は起きたのか?」「本当に女性一人で共犯者もなく、人一人を刺殺し、三時間あまりでバラバラに解体できるのか?」こういった興味を持って本書を読みすすめていくと、なんとも裏切られた気分になるのだが、気を取り直して、加害者である江田文子(城戸文子)さんは何が言いたかったのか?・・その意味を考えると興味深い「告白本」となる。

あとがき P.284から

こんなとき、子供たちのことが頭をよぎります。 甘い感傷よりも真実を知って欲しいという思いが優先します。 まだ、彼らには、ものごとの根本や真の意味を見きわめる物差しも、判断する能力もありません。他人の言葉が真実であったりするのです。それだけに、この一件は、彼らの人生を大きく左右することになっているはずです。だから、しっかりと受けとめて欲しいのです。他人の言葉の真偽を見きわめて欲しいのです。信念をしっかり持って生きて欲しいのです。 いまの私には、兄から叩きつけられた絶縁状によって、肉親の絆、情といったものを見失っています。そんなことで息子たちには、生きた言葉を残すことができないでいます。母親らしい言葉も残せません。 あなたたちのあの頃の姿も、思い出すことができないのです。 ごめんね。 あなたたちの生年月日でさえも思い出せないでいました。控訴審の法定で検察官におしえられました。他人におしえられたのです。こんな悲しいことはありません。 いまは、あなたたちの生年月日を、しっかりと胸の中においています。これからは、あなたちの誕生日には、そっとひとりで、ハッピー・バース・ディを歌うことにします。 ごめんね。こんなお母さんを許してください。

夫に対する気持ちも冷め、義父義母ともしっくりいかず、実の母からは見捨てられ離婚して旧姓に戻る事も拒否され、実兄からは絶縁状を叩きつけられた江田文子(城戸文子)さんに残されたのは二人の息子だけである。それも一人戸籍状態になった江田文子(城戸文子)さんには法的には子供も存在しない。それでも、「告白」の中で二人の息子に懺悔の弁を述べる。誕生日も覚えてなかった息子達に「ごめんね。」と。

この本は「蜘蛛の糸」である。彼女にとって事件の事などどうでもいいのだ、今、人と人との関係性を保てるのは可能性があるのは二人の息子だけなのだ。

それは、最後の一縷の望みをかけて地獄の中で手繰り寄せる今にも切れそうな「蜘蛛の糸」である。

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24、20年経った今

事件が起こったのは、1994年(平成06年)03月03日、江田文子(城戸文子)さんが逮捕されたのが、3月15日。裁判で刑が確定したのが、1999年(平成11年)09月03日。刑が確定してから16年の実刑として、出所予定日は2015年(平成27年)09月03日である。城戸文子さんの受刑態度が良好ならもう既に出所しているかもしれない。本人は60歳。実母は98歳。元夫は67歳。二人の息子は事件発生時に小学生だったので11歳と9歳として、現在は二人とも30歳前後の大人に成長している筈である。

秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大君はまず生きて刑務所を出る事はできないし、リンゼイ・ホーカーさん強姦殺害逃亡事件を起こした市橋達也君はひょっとしたら出所する可能性はなくはないがいつになるかわからない。ただ、城戸文子さんは確実に出所できる。

刑期を終え出所したばかりの受刑者が、行く当てもなく、金もなく、刑務所戻りたさに即再犯するケースが報道されたりするが、城戸文子さんの場合はどうなるのであろうか?

もし、ヒューマンチックな展開を期待するなら、元夫や実家の人々とは絶縁状態にあっても、二人の息子だけは実母である城戸文子さんを母として承認する展開を期待する。・・というか二人の息子しかいないのである。事件当時、城戸文子さん自身が、二人の息子の誕生日すら覚えていなかったとしてもだ。

事件当時、小学生。裁判終了時、中学生だった二人の息子がそれから15年。その間、二人の息子と城戸文子さんとの間の交流はあったのだろうか?手紙は?面会は?

当然、元夫からすれば悪妻に、不倫され、猟奇的事件を起こされ、犯罪者の夫と評され、挙句に、好奇の目に晒され、犯罪報道の被害者的立場だった筈で、残された息子の養育も彼自身が背負っていく中で、江田文子さんは「とんでもない妻」で裁判が始まる前に即離婚する相手だったのだから、二人の息子と元妻(城戸文子さん)との交流を望まなかった筈だ。これからの人生は「妻:江田文子は死んだ」ものとして生きていこうと決めた筈。

精神分析を学んでいく中で、いやと言う程、人の精神の発達過程での、母と子どもとの関係の重要性を説かれる。すべての物事の起源は母子関係で構築されると言っていいくらいだ。・・にも関わらず、小学生の二人の息子の誕生日すら覚えていない母とはいかなる存在だったのであろうか?20年前、小学生だった息子と、懲役16年の刑を満了して出所する母との関係はどういったものになるのであろうか?

昔の東映の任侠ヤクザ映画や北野武監督のアウトレイジシリーズでは、よくテーマにされる刑期満了出所後のストーリーである。

後述する「五月の独房にて岩井志麻子:発行日:2009年02月02日)」では、フィクションと言う形であるが、刑を終えて出所した主人公の社会復帰の様子も描かれている。事件当時には今の様に普及していなかったネット環境であるが、服役を終えた主人公が姉と一緒に新生活(ニューライフ)を開始し、ネット検索で自分が起こした事件のトピックをみつけ、ネット上での自分の扱われ方に憤慨する件が描かれている。ひょっとしたら江田文子(城戸文子)さんもこのサイトを「わかってないわね」と憤慨しながら閲覧しているかもしれない。

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25、スタンド・バイ・ミー

マクドナルド太宰府店ちょうど、マクドナルド太宰府店の後方の住宅地が江田一家が住んでいた太宰府市青山地区である。

なにせ私の地元で起こったセンセーショナルな事件であったので、私も当時色々な噂話を聴いた記憶がある。加害者の江田文子(城戸文子)さんが住んでいた太宰府市青山は当時新興住宅地(福岡市内へのベッドタウン)として発展しており国道3号線バイパス沿いには次々と大手や中小の外食産業も進出していた。

そんな中に、マクドナルド太宰府店(福岡県太宰府市梅香苑1-1-32)がある。所謂、ロードサイド店でもちろんドライブスルーが利用できる。ちなみにこの店は立地の関係か、全国のマクドナルドの店舗でも売上ワースト十指に入る店であったという(20年前の話で今もそうなのかは定かではない)。

事件当時、私の知人の知人はマクドナルド太宰府店にアルバイトで勤務しており、近くに住んでいた逮捕前の江田さんファミリーと面識があったと言う。当時、マクドナルドはクラブ制度があり、積極的にファミリー層に営業展開しており、付近の住宅地へのビラのポスティングをしていたので、事件当時の江田さんが住んでいた家も知っていたらしい。

顧客である江田さんが逮捕された事はマクドナルド太宰府店の関係者にとってもショックな出来事であったし、新興住宅地である事から付近の顧客である主婦層から色々な噂話が飛び込んできたと言う。

あくまでも噂話なのでここに書く事は差し控える。

今のご時世なら無責任な「ツイッターのつぶやき」で悪意に満ちた情報が爆発的に拡散していくのだろう。

先日、事件報道をテーマにした「白ゆき姫殺人事件(映画)」を鑑賞した。(以下ネタバレ注意)これは原作にはないシーンのだが、容疑者扱いされ孤立した城野美紀(しろのみき)に対して、実家の近くで引きこもっている幼馴染の谷村夕子(タニムラタコ)が「私はここにいるよ」とサインを送るシーンには泣けた。いくら情報過多の世の中になっても、人に必要なのは信じて寄り添う(寄り添える)人なんだと再認識させられた。全世界の人や仮想空間の住人達(ツイッターやブログのコメンター)が敵にまわっても、自分を信じて寄り添ってくれる人がただ一人いれば人は頑張れる。まさしく「スタンド・バイ・ミー」自分を承認して、認めて、応援して!

精神分析家やセラピストはそういう事をお仕事にしている人なのです。

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26、五月の独房にて 岩井志麻子

五月の独房にて(発行日:2009年02月02日)」の内容は、江田文子(城戸文子)さんが獄中出版した「告白―美容師バラバラ殺人事件」を設定のベースとして作者が構築した・・小説:女の日常に潜む狂気の沸点を描いた戦慄のホラーサスペンス・・と言う副題が表紙に踊っている。

私は実はこの本を今の時点でP.148までしか読んでいない。ちょうど半分位。主人公は岡田彩子(青山彩子)と言う名前で登場する。「福岡美容師バラバラ殺人事件」の江田文子(城戸文子)さんがモデルになっていると言えばきこえはいいが、現実には、「告白―美容師バラバラ殺人事件」の中で江田文子さんが自身の殺人と死体遺棄を認めていないので読者の期待する告白になっていない。そこで、読者が期待した「告白」とはこれでしょ!私が表現してあげるわよと岩井志麻子さんが執筆したのが本書である。

事件の舞台が福岡ではなく岡山。周辺の登場人物の性別が異なっていたりするものの、ほぼ「福岡美容師バラバラ殺人事件」そのものを描いている。作品の中で生々しい岡山弁がセリフとしてでてくる。これは作者が岡山出身の人だから。わざわざ実際の事件の舞台である福岡の博多弁を他者に「方言指導監修」してもらう必要はない。

小説家が想像力を駆使して、事件の再現ビデオのように言葉を紡いでいくとこう言う作品になるのか・・と興味深く読んだ。刑務者での女性受刑者の人間関係や、主人公の養育史の描き方など女目線でみるとこう言う事になるんだなと妙に納得しながら読みすすめた。

私もネット上で評価されている江田文子(城戸文子)像は丹念に拾って考察したのでわかるが、執筆者の岩井志麻子さんも私と同じ作業をされたようで、作品中にでてくるフレーズの出処にピンときてニヤリとする事が数回あった。

ただ、小説の評価としては、事件にヒントを得て何かを創造したと言うより、実在の事件の告白本の期待を裏切った部分を岩井志麻子と言う作家が補完した作品・・表現として的確かどうかはわからないが、コミケ(同人誌即売会)で売られている有名な作品の派生ストーリーを勝手に創造して楽しんでいる同人誌的な作品の様な気もした。

P.148は、家庭生活が上手くいかない主人公が、ブティック勤務を経て、美容院に事務員として採用されるあたりで、これから事件被害者の岩崎真由美さん:小説の中では福本美佳と出会うところだ。物語としてはいよいよ佳境に入っていくところ。読みすすめて気分がよくなる事はないし、戦慄な描写が並ぶのだろう。

美容室の女マネージャが、店の売れっ子美容師を刺殺しバラバラにするシーンがこの流れの中で表現されるのかと思うと読み進めるのに勇気がいる。ホラー映画のDVD鑑賞の時に一旦ポーズボタンを押した時のように。

もし、私が作者の岩井志麻子さんに問う事が許されるなら「なぜ事件発生から15年も経ってからわざわざあの事件を小説のモチーフとして採用したのか」伺いたい。たぶん答えはこうだと思う。「たまたまネタを探していた時に、15年前の江田文子の中にもう一人の私をみたから」。

・・ここで、最後まで読んだ時点での感想を追記します。16年の実刑をくらった主人公が刑を終え、実姉のもとに身を寄せ社会復帰してからの件は、精神構造的な「恐怖」を感じます。最後の最後まで、養育時に形成してしまった自我(無意識)に翻弄される様は、まさしく戦慄。

五月の独房にて P.355より

当然、福本美佳の遺族からは死刑を望まれた。当時の裁判の判例、そして事件の残虐さと世論から、おそらく無期懲役だろう。うちの母と姉は覚悟した。

しかし、前科前歴もなく、これまでの経歴と生活から更生も期待でき、再犯の恐れも薄いとして、有期刑が言い渡された。拘置所にいた年月を差し引かれ、実質は懲役11年。

ならば平成22年に満期で出所だと、私も関係者も皆計算していた。それが思いがけず、2年も早く仮釈放を得られる運びとなった。

上記の記述を読むと、岩井志麻子さんは、そろそろあの事件の加害者が刑期満了で出所するかもしれないタイミングで、本書を出版したのだなと理解できた。

本書は、事件そのものは実際に起こった事件を下敷きにし、事件を起こした加害者の視点で、人間の狂気を描いている。しかしながら、現実の江田文子(城戸文子)さんには面倒見のよい姉はいない。実際に存在する兄弟は早々に「絶縁状」を叩きつけてきた実兄一人で、いくら城戸家が資産家でも人つながりという面での社会復帰はそんなに簡単な事ではないような気がする。

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27、江田文子(城戸文子)の現在(刑務所にて)

ネット検索していたて江田さんの現状を伝える噂話をひろった。

ある引用

コンビニエンスストアの本棚でみかけた漫画本に獄中ものがあった。犯罪を起こして刑務所に服役した経験のある人の話をネタに、漫画で囚人の生活を描写した作品で、中には福岡で美容師を殺してバラバラにした江田文子さんの獄中の様子を伝えるものがあった。服役期間が長いためか獄中で江田受刑者は一目おかれる存在になっており、まわりの受刑者が規則に触れる事などしようものなら、刑務官のような振る舞いで細かな事までうるさく注意するという・・・

あくまで噂話の域を出ない話ではあるが、もし本当にそうなら、江田さん自身も「嫌だ嫌だ」と意識しながらも、きっちり昔の実母の言動を踏襲する人生を繰り返す(世代間連鎖)の罠(わな)にはまっているのかもしれない。無意識:コンプレックス(複合観念体)の恐ろしいところである。

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28、終わりに

今回、ひょんなきっかけから20年前に起こった「福岡美容師バラバラ殺人事件」をテーマにする事となりました。

なぜ江田文子(城戸文子)さんは、同僚の美容師を殺してバラバラにして遺棄しなければならなかったのか?そして、事件後に出版した「告白」の中でも、なぜ執拗に攻撃しなければならなかったのか?

もし、出所された城戸文子さんに会う事が許されるのなら、是非「告白」にも書くことができなかった城戸さんの養育史をききたいと思う。

経済的には裕福な資産家の家に生まれながら、中学校から筑紫女学園に通い、結婚し、二児にも恵まれ、ローンをかかえながらも戸建てのマイホームもあったのに、なぜ歯車が狂い始めたのか?

ひとつ気になることは、江田文子(城戸文子)さんが高校三年生で「甲状腺機能亢進症」を発病している事。著書「告白」の中ではP.41あたりで、症状の苦しさと、母親の対応の酷さを訴えている。

甲状腺機能亢進症とは要するに「成長ホルモンの異常分泌」なのだが、ではなぜ成長ホルモンが過剰に分泌してしまうのか?その真の原因はウィキペディアには書かれていない。精神分析の世界では、心の訴え(ストレス)が体に出る事を「身体化」と言う。私自身も経験しているのだが、思春期にさしかかると人は自我を確立する。親と違う「私」(自我)の存在を認識する。ところが親からみると子どもは子ども。いくつになってもあたかも自分の付属品、所有物の様に扱い、親の世界観から子どもがはみ出す事を嫌い認めない。そういう親に対する子どもの反発的感情(心の働き)が時として病気として身体化する事がある。これも心理学の用語だが「疾病利得(しっぺいりとく)」として表現される事もある。

思春期の原因不明の病の多くは子どもが感じているストレスが原因・遠因ではないか?と私は思っている。そしてそれは多くは、親に面と向かって自分の要求や不満を発言できない「よいこ」「表向きは従順な息子・娘」の心の叫びなのである。不良化し問題行動に走る子どもとは異なった、それこそ体を張った表現なのである。

江田文子(城戸文子)さんは人も羨む経済環境の中で生まれ育ったかの様にみえる。中学の頃から私立のお嬢様学校に通ったようにみえる。しかしながら彼女の心の中(精神)は既に誰にも語られなかった闇が覆いはじめていたのかもしれない。

江田文子(城戸文子)さんが城戸家の中で、どれだけ人格を尊重されて「人として」扱われてきたか私の知る由もないのだが、小学生の我が子の誕生日も記憶してない母親が、子ども時代にどういう扱いを受けて来たかは大体想像がつく。少なくとも良好な母娘関係ではなかった筈だ。

そして、城戸文子さんも秋葉原通り魔事件を越した「加藤智大君」と同様に、物心(ものごころ)がつくまでは勉強のできる親に従順なよい子であったのだが、自分を生きる事ができなくて、あるきっかけで大きく人生に躓(つまづ)いた人なのではないだろうか?

故・岩崎真由美さんの冥福を心からお祈りします。

2014年平成26年04月30日 月刊 精神分析 編集部A

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付録:無限回廊より転載

福岡美容師バラバラ殺人事件

【 遺体発見 】

1994年(平成6年)3月3日、熊本県玉名(たまな)郡の九州自動車道上り線の玉名パーキングエリアにあるゴミ集積場で、黒いビニール袋にくるまれた左腕を清掃作業員が発見。1時間後、福岡県山門郡の山川パーキングエリアのゴミ集積場からも右腕が発見された。

3月4日、JR熊本駅のコインロッカーからは胸部と腰部、さらに山川パーキングエリアから左手首が発見された。

これらのバラバラ死体は同一女性のものと断定され、熊本・福岡両県警が身元確認を行った。

3月7日、被害者は福岡市中央区天神町の美容室「びびっと」に勤めていた美容師の岩崎真由美(30歳)と判明した。

被害者が女だったこともあり、犯人は男で愛情関係のもつれによる犯行と思われていた。しかも、発見された胸部は乳房をえぐり取られていることから、性的異常者による犯行との見方もあった。マスコミは、センセーショナルなネタに飛びついた。新聞、週刊誌には、<性的殺人に劇場型要素><屈折心理? 増す異常性>といった派手な見出しが並んだ。

捜査本部は、真由美の足取りを追うと同時に、身辺調査を始めた。真由美は売れっ子美容師だったが、「びびっと」を辞め、近く新しい店に移る予定であったことが分かった。さらに、真由美の自宅マンション、「びびっと」、博多区にある同店を経営している有限会社「オフィス髪銘家」の事務所などを家宅捜査した。その結果、事務所内から真由美と同じB型の血痕がルミノール反応で検出された。事務所が犯行現場であることから、仕事関係者が犯人である可能性があり、その方向で捜査を進めた捜査本部は、真由美の同僚の同店経理担当の江田文子(当時38歳)をマークした。

2ヶ所のパーキングエリアで発見された両腕、左手首と熊本駅のコインロッカーから発見された胴体は、いずれも3月2日~3日午後までの間に棄てられたものと見られた。

江田が3月2日から2日間、福岡市内のレンタカー会社から車を借りていたことや九州自動車道植木ー大宰府間の通行券4万枚の中から江田の指紋が検出されたこと、さらに、左手首を包んであった企業広告紙が江田の知人宅にも配布されていたことが判明した。Nシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)と撮影の仕組みが同じカメラとして「旅行時間提供装置」があり、これは車を撮影して移動にかかった時間をはじき出し、混雑状況を運転者に知らせるシステムだが、これによってレンタカーのナンバーを読み取ったとも言われている。

【 逮捕 】

3月15日、捜査本部は江田を死体遺棄容疑で逮捕した。江田は事件との関わりを否認し、自分も犯人から脅迫されていると訴え、その証拠として、脅迫状と真由美の腕時計、システム手帳を提出した。脅迫状には<次はお前の番だ。バラバラにされるぞ>などと書かれていて、これらは事務所のポストにあったと説明した。だが、捜査陣は簡単には信用しなかった。21日ごろから江田は逮捕容疑の核心に触れる供述を始め、24日に死体遺棄容疑について全面自供した。殺害についてはその後も否認を続けた。

加害者、被害者ともに女であるという特異なケースが世間の注目を集め、マスコミにも大きく報道された。当初、犯行の動機については、一部の新聞では、<被害者が美容室を辞めるときに自分が担当していた約200人の顧客名簿を持ち出したため、江田との間にトラブルが起きていた>などと報道された。だが、そんなことぐらいで人を殺害し、バラバラにするのか誰もが不思議に思った。報道陣の多くは、当初から複数犯説を主張し、逮捕後も<事件の翌未明、現場の部屋に男性?><交際中の男性から聴取><男性宅から血痕反応>といった記事が続いた。

4月4日ころからそれまで殺害を否認していた江田だったが、ようやく自供を始め、単独犯行という見方が強まった。

4月5日、江田は殺人容疑で再逮捕された。

4月26日、殺人と死体遺棄・損壊の罪で起訴された。

だが、その後も共犯者の噂は消えなかった。共犯者は大病院の息子で自殺。その醜聞を隠すために、医師会、地元紙、弁護士会が手を組んで、単独犯に仕立て、報道もやめさせた、というものであった。新聞の憶測記事が発端となってこうした噂が流れたようである。

【 犯行に至るまでの過程 】

1955年(昭和30年)5月5日、江田文子は福岡市内で貸家経営を行なう地方公務員の亡父と元教師の母の間に長女として生まれた。江田文子の結婚前の旧姓は「城戸」といった。市内の筑紫女学園中学、同高校へと進んだ。

1976年(昭和51年)3月、筑紫女学園短期大学を卒業したあと、市内の高級インテリア雑貨販売会社の販売員として勤務したが、学生時代からのバセドー氏病が悪化した。

1977年(昭和52年)、同社を退社し、入院。

1978年(昭和53年)、タンクローリー運転手の江田五郎(仮名)と結婚し、専業主婦となった。

1986年(昭和61年)ころ、太宰府市青山に2階建の家屋を新築し、夫の両親と同居するようになった。

1989年(平成元年)1月ころから新築家屋のローンの支払いに充てるため、福岡市内のブティックの販売員として勤務していた。だが、友人から美容室「びびっと」を経営している「オフィス髪銘家」の経理事務員の仕事を紹介され、勤務するようになった。

仕事は順調でマネージャーとしても手腕を発揮した。近所では派手好きな人という評判で、あまり生活の匂いがしないと言われていた。そのためなのか夫との夫婦仲はあまり良くなかったらしい。

「オフィス髪銘家」の経営者の知人で、秋山浩司(仮名)いう男がいた。秋山は自分の父親が経営する税理士事務所の事務員として働いており、「びびっと」の税務も担当していた。江田はこの2歳下の男に好意以上のものを感じていた。秋山も江田を気軽にドライブに誘ったりした。

1993年(平成5年)9月、「びびっと」の従業員たちが、ハワイへ慰安旅行に出かけた。秋山もこの旅行に参加した。このとき、2人は初めて関係した。秋山にも家庭はあったが、これをきっかけに2人はホテルで密会するようになった。「びびっと」では2人の関係に気づいており、公然の秘密になっていた。どちらかと言うと、江田の方が積極的で、ホテルで会うのは人目につくからと、マンションを借りようと持ちかけた。敷金72万円、家賃は管理費別で月12万円のマンションが愛の棲家となった。

被害者となった岩崎真由美が「びびっと」で働き始めたのは、江田よりも1年ほど後だった。近所でも評判の美人でキャリア10年以上のベテランだった。美容師の全国コンクールでも優秀な成績を残している。仕事をすることが最高の楽しみで男に誘われても断るという性格だった。

秋山はこの真由美のことを話題にするようになった。江田としては面白くなく、真由美を憎いと思うようになり、機会あるごとに、他の美容師に真由美の悪口を言いふらし、極端に真由美を避けるようになった。

もしかしたら、秋山と真由美は密かに会っている?!

江田は2人の関係を邪推した。そして、興信所に真由美の素行調査を依頼した。だが、調査の結果はシロだった。江田は納得がいかず、変装して真由美を尾行したり、秋山や真由美の自宅に無言電話をかけたりした。やはり、交際している様子はなかった。秋山にそれとなく真由美との関係を訊いてみたが、何をバカなことを言っているんだ、と笑われてしまった。だが、江田はそれでも納得がいかなかった。秋山が本当のことを言うはずがない。そう思うと、今度は周囲の人たちから情報を集めるのに必死になった。

一方、秋山は江田の言動が気になり、これ以上、江田と関わっていたら家族に知れ渡ってしまうと思うようになり、清算しようと考えていた。そのため、秋山は江田の気持ちを知りながら、真由美と仲が良く、関係があるような素振りを見せたりした。江田の疑念は晴れるどころかますます募っていった。

1994年(平成6年)1月、江田は秋山と市内のレストランで食事をしながら、真由美との関係をそれとなく訊いてみた。だが、秋山はそのことには触れず、マンションを解約してきっぱり別れようと切り出した。

江田は秋山の気持ちが離れていった原因は真由美の存在にあると思い込んでしまった。江田は怒りの矛先を真由美に向けた。

2月25日、真由美は前年の11月に店を移りたいということを経営者に申し出ていたが、その手続きのために、江田が待つ「オフィス髪銘家」の事務所を訪れた。ここで2人は口論となった。真由美は「びびっと」の待遇についての不満や2人の美容師見習いが退職したことを自分のせいにされたことへの不満を訴えた。口論は4時間にも及んだが、この夜は2人とも言い合うだけで終わった。

2月26日、江田は秋山からマンションを解約したことを知らされた。それは決定的な別れを意味していた。

【 殺害 】

2月27日午前10時15分ころ、江田は真由美に電話をかけて「オフィス髪銘家」の事務所に呼び出した。午前11時半ごろ、真由美はやってきたが、2日前と同じように口論となった。江田の怒りは頂点に達し、2週間前にスーパーで買った出刃包丁を台所から持ち出して真由美に切りかかった。押し倒して馬乗りになり何度も首を刺して殺した。

事務所は経営者の自宅と兼用であったため、経営者が帰宅する夜までに死体を隠す必要があった。1人では運ぶことができないのでバラバラにすることにした。江田は工具箱にあったのこぎりと出刃包丁で被害者の首、両足、両腕を胴体部から切断。さらに腰部分の肉を削り取り、指紋が分かる手首部分を切り離した。それからバラバラにした遺体をスーツケースや黒いビニール袋に入れた。かかった時間は3時間20分であった。

午後3時ころ、事務所を出て、スーツケースを太宰府市の自宅へ運んだ。午後5時ごろ、再び事務所に戻って、殺害現場を雑巾で拭き、内臓や肉片の入った黒いビニール袋をマンション付近のゴミ集積場に棄て、午後7時、江田は美容室に行き、研修に出席した。

3月2日、学生時代に何度か行ったことのある阿蘇山付近の雑木林を死体の棄て場所にしようと思い、レンタカーを借りて行ってみたが、そこはすでに開発が進み、別荘が立ち並んでいた。江田はとりあえず、両足をその周辺に棄て、他の棄て場所を求めて熊本市内を走った。迷いながら車を走らせていると、熊本駅前にでた。胴体部分だけなら身元が分からないだろうと思い、駅のコインロッカーに入れた。その後、他の部分を棄てる場所を見つけることがなかなかできずにいたが、結局、玉名パーキングエリアのゴミ集積場に右手首と左腕を棄てたあと、次の山川パーキングエリアのゴミ集積場に左手首と右腕を棄て、出刃包丁は走行中に窓から棄てた。残ったのは頭部だけだった。しかし、迷ったあげく、結局、棄て場所が見つからず自宅付近まで来てしまった。江田は丁度、その日がゴミ収集日だったことに気づき、仕方なく自宅近くのゴミ集積場に棄てた。全走行距離は400キロだった。

死体遺棄後、江田は真由美の自宅に、<新しいお店での活躍を祈っています>などと書いた手紙を送った。

3月3・4日、遺体の一部が発見され、7日、バラバラ死体が真由美であることが判明し、そのことが一斉に報じられると、江田は<ニュース見たか。次はお前の番だ>などと書いた虚偽の脅迫状を作り、秋山にわざわざ見せて、「こんなものが送られて来たんだけど、一体どこの誰なのかしら」などと言って、自分も狙われていると装ったりした。

【 その後 】

5月10日、江田文子は夫と離婚し、婚姻前の旧姓の「城戸」に戻った。

7月1日、福岡地裁で初公判が開かれた。城戸はここで「殺人については無罪を主張し、死体損壊については有罪を認めます」と述べ、殺害は過失とし、正当防衛を主張した。

殺害現場となった事務所には加害者と被害者の2人しかおらず、加害者としては、殺害状況はいくらでも捏造できる。城戸の逮捕後の自供により、首を何度か刺していることは分かっている。殺意がないのにそこまでするかどうか疑わしい。また、正当防衛であるなら、虚偽の脅迫状が送られて来たなどという偽装工作をする必要もないはずである。

公判は1年以上に渡って続いた。その間、城戸は正当防衛を主張してきた。

1995年(平成7年)8月25日、福岡地裁(仲家暢彦裁判長)は「確定的殺意があったのは明らか」と述べ、犯行の計画性も認定した上で「残忍極まる手口で、被害者に対する冒とくの程度は極めて悪質。虚偽の供述を繰り返すなど反省もみられない」と検察側主張をほぼ全面的に認め、懲役17年の求刑に対し、懲役16年の判決を下した。被告側が控訴した。

判決理由で仲家裁判長は、犯行の動機について「被告は、交際中の男性と被害者とが親密な関係にあるとの疑いを強めて憎悪を抱いていた」と判断。さらに遺体には首や左手などに生前できた傷があった、との鑑定結果を採用し「凶器の性状や、傷の部位や程度などを考えると、殺意は明らか」と認定した。また、殺人罪について「被害者ともみあった際に包丁が被害者の首に刺さった偶発的事故。被害者から包丁を向けられたためで、正当防衛に当たる」とする弁護側の無罪主張に対し、判決は「被害者が包丁を向けたとの事実はなかったと認められ、正当防衛を論ずる余地はない」と退けた。さらに、判決は「被告が遺体解体を決意したのは死亡を確認してわずか5~10分後で、解体は約3時間で済ませるなど極めて巧妙。当初から遺体を解体し、スーツケースなどに入れて搬出することを計画していたと認められる」と犯行の計画性を指摘した。次いで判決は、死体損壊・遺棄に触れ「遺体を11個に切断、まれにみる凄惨な方法で損壊し、各地のごみ箱に捨てるなど極めて悪質」と厳しく批判した。

1997年(平成9年)2月3日、福岡高裁(神作良二裁判長)は「被告の自供で被害者の遺体の一部が発見されたという秘密の暴露があったことや他の客観的証拠を総合すると、1審判決に事実誤認はない」と述べて、控訴を棄却した。被告側が上告した。

1999年(平成11年)9月3日、最高裁(亀山継夫裁判長)は「被告側の主張は法令違反や事実誤認をいうもので、上告理由となる憲法違反や判例違反に当たらない」として、懲役16年とした1、2審判決を支持し、上告を棄却する判決を言い渡した。これで、城戸の懲役16年が確定した。

1994年(平成6年)は、3月3日に発覚したこの事件を始めとして、バラバラ殺人が多発し、年間を通して10件に及んだ。

城戸文子の著書に『告白 美容師バラバラ殺人事件』(リヨン社/1996)がある。

この事件からヒントを得て製作された映画に、『汚れた女(マリア)』(監督・瀬々敬久/出演・吉野晶ほか/国映/1998)がある。

参考文献・・・
『バラバラ殺人の系譜』(青弓社/龍田恵子/1995)
『隣りの殺人者たち』(宝島社/1997)
『<物語>日本近代殺人史』(春秋社/山崎哲/2000)
『産経新聞』(1995年8月26日付/1997年2月3日付/1999年9月4日付)

関連サイト・・・
ホットラインひたち → Nシステムをご存知ですか? / → Nシステムの効力を検証する

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付録:事件当時のある犯罪社会学者の分析の紹介

あるブログに事件当時に学者の分析が掲載されていたので引用・転載する。

社会病理現象に詳しい平兮元章(ヒラナモトノリ)福岡大人文学部教授(犯罪社会学)

胴体から切り取られていた部分は性に関するもの。欲望の発現形態が非常に屈折していることの表れで、性的な殺人事件の可能性が大きい。さらに殺害後、死体を切り刻んでおり、死体愛好者(ネクロフィリア)的な面もうかがえる。正しい性教育を受けないまま、性に関する情報過多に巻き込まれたのではないか。猟奇的ストーリーの性ビデオや漫画などから、自分で勝手に性的な「女性像」をつくりあげたと考えられる

趣味的で凝った犯行が見てとれるため、二十代から三十代前半で、かなり「オタク」の要素が濃い犯人像が浮かぶ。以上の点では埼玉の「幼女連続殺人事件」と似ているが、埼玉事件の容疑者が殺害後は死体を隠そうとしていたのに対して、今回の犯人は、さらに死体を見せようとしているのが大きな特徴だ。

バラバラ殺人には、小さく切って隠しやすいようにするための場合もあるが、今回は違う。高速道路PAのごみ箱なら死体は焼却される可能性もあるが、駅のコインロッカーはいつか必ず発見される。「見つけてほしい」という犯人の願望さえ見て取れる。

右腕があった山川PAで左手首が見つかったが、犯人は故意に左右逆の部分を同じ場所に捨て、捜査当局や社会になぞかけをしているとも思える。死体が次々と見つかる過程を楽しんでいるようで、「劇場型犯罪」の要素が加わった、かなり複雑な異常心理だ。(談)
「性的殺人に劇場型の要素 平兮福大教授分析」(『西日本新聞』夕刊 1994年3月5日 p. 9)

西日本新聞は福岡県で最も発行部数が多い新聞です。翌朝刊にも載ったこの分析を、犯人が目にした可能性は大だと思われます。そして、きっと犯人は、あまりの見当違いにホッとしたでしょう。

数日後、遺体を包んでいた広告の配布範囲から、岩崎真由美さんが勤めていた美容院の経理担当者が容疑者に浮かんできます。岩崎真由美さんと経理担当者の仲は以前から険悪でした。その経理担当者は、平兮教授の分析とは全く異なり、夫と子供のいる中年女性でした。

問題のパーキングエリアに向かうところをNシステムで捕らえられていたこと、通行券に彼女の指紋が付いていたこと、岩崎真由美さんの時計や手帳を隠し持っていたこと、が証拠となり、経理担当者は逮捕されました。

バラバラにした目的は、細かくすることで遺体を捨てやすくするために他ならず、人目に付く場所にも捨ててしまったのは、単なる事前計画不足でした。

決して見つかる過程を楽しんでいたわけでないことは被害者の身元がバレるのをおそれて頭部を捨てきれず自宅まで持ち帰り、燃えるゴミとして捨てたことから分かります。

死体の解体方法と見つかりにくい遺棄方法に精通していなかったことが、性的動機による猟奇犯罪に見誤られてしまうという皮肉な事件でした。

それにしても、この分析にはアニメや漫画の「オタク」への偏見があまりにも強く反映されているのではないでしょうか?

この事件が起きた1994年は、まだインターネットが普及していませんでした。2010年代の「性に関する情報過多」は、その頃とは比べようもありませんし、猟奇的ストーリーの性ビデオや漫画はネット上に溢れています。この間、性教育がそれをカバーできるほど「正し」く改善されたとはいえません。彼の理論に従えば、インターネットの普及に伴って
猟奇犯罪を行う人が激増しているはずですが、実際には違いますよね・・・

と言うわけで学者が分析する犯罪者像はあてにならないと言えます。

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