そして父になる 福山雅治 タイトル画像

1、はじめに

今年も押し迫ってきました。毎日寒いですねぇ。月刊 精神分析 編集部 Aです。お風邪などお召しにならないようにご自愛くださいませ。

さて、今月号の月刊 精神分析 は、映画「そして父になる(LIKE FATHER, LIKE SON)」を取り上げます。

先の2013年07月号では「宇野常寛 風立ぬ」を取り上げました。ニッポン放送の深夜放送オールナイトニッポン0(ZERO)の金曜深夜:宇野常寛さんの分析が興味深く面白かったので、テキストを再録し、かみ砕いて精神分析的視点から解説してみました。

引き続き今月は、映画つながりですが「そして父になる 福山雅治」を取り上げます。「そして父になる」のあらすじは以下の通り。

そして父になる

学歴、仕事、家庭といった自分の望むものを自分の手で掴み取ってきたエリート会社員・良多(福山雅治)。自分は成功者だと思っていた彼のもとに、病院から連絡が入る。それは、良多とみどり(尾野真千子)との間の子が取り違えられていたというものだった。6年間愛情を注いできた息子が他人の子だったと知り、愕然とする良多とみどり。取り違えられた先の雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)ら一家と会うようになる。血のつながりか、愛情をかけ一緒に過ごしてきた時間か。良多らの心は揺らぐ......。

良多とみどりは、肉体的な遺伝子の継承をとるのか?それとも血のつながりはなくとも、親子として一緒に過ごした6年間と言う時間と、培った精神性をとるのか?・・またまた精神分析的視点で解説します。

追記:映画を一度鑑賞しただけでは、伝わっていない部分もあるのではないかと思い、小説「そして父になる LIKE FATHER, LIKE SON」 (宝島社文庫) 是枝 裕和 (著), 佐野 晶 (著)も後追いで読みました。映画の画面からは伝わらなかった事も小説で認識する事ができました。このサイトは正確には小説版を基礎として考察を進めていきます。

更なる追記

映画を観て、小説を読んで、登場人物の心の動きを追って、時系列に並び替えて検証したり、人間関係関係図を書いたり、かなりの時間を費やす事になりました。記事の掲載が遅れてすみませんでした。「そして父になる」は実際に起こった子どもの取り違え時間をモチーフにして映画化され小説化されたお話です。所詮作り話ですが、現在の世の中に広く受け入れられている作品です。さて、精神分析的視点でながめてみても、世代間連鎖や、親子関係、精神発達の話・・・語りのきっかけにするには十分すぎる内容です。今月は、オタク的に「そして父になる」を分析します。^^

2013年 平成25年11月30日 月刊 精神分析 編集部A

感想のメールは lacan.fukuoka@gmail.com までお願いします

なお本サイトは、

ラカン精神科学研究所、およびシニフィアン研究所に監修して頂いています。

△TOP

2、公式サイト特報動画(YouTube)

△TOP

3、登場人物

野々宮良多

野々宮 良多(ののみやりょうた)福山雅治 42歳
A型。身長180cm。

体重70キロ前半。モデルの様なスタイル。端整なマスク。自信たっぷり。飲酒好きの父に反発して殆ど飲酒しない(酒には強い)。魚卵鶏卵好き(兄弟共通)。卵はコレステロールが高いからと妻から止められている

P.197
生活圏の変遷:山の手から下町、武蔵野、東部、西部、南部・・・中野には幼稚園から小学校4年まで。成華学院初等部小学校に在籍。その後、夜逃げ同然に八王子に移転。

P.206
地域で一番の公立高校に進学。最高の成績を収め奨学生として、成華学院大学の建築学科入学。

良多は音感がある。学生時代に夢中になっていたギターの弾き語りはプロ並みの歌声で、付き合い始めたばかりのみどりはすっかり魅了された。学生時代に、後に弁護士となる鈴本とセッションを楽しんでいた。学生時代に愛用していたギターを保持。

現職:大手建設会社三嵜建設(さんきけんせつ)建築設計本部トップ。スーパーゼネコン日本の五大建設会社:鹿島建設、大成建設、竹中工務店、大林組と共にその一角をなす。
東京駅に近い20階建ての新社屋の19階が仕事場。職場ではプロジェクト リーダーと呼ばれている。現在は、都内の巨大ターミナル駅前の再開発プロジェクトをひっぱっている。プロジェクト構成:男性5名、女性3名。

結婚前はみどり(妻)と松下波留奈(会社の後輩)と二股交際をしていた期間があるが、みどりの妊娠によって、波留奈と別れる。妻:みどりとは交際期間をいれると10年の付き合い。


-----------------------------------------
野々宮みどり

野々宮みどり(ののみやみどり)尾野真千子 29歳
O型。

良太の妻。兄、妹がいる。田舎でごく平凡な家庭に育ち、それに満足している。しかし、夫に劣等感を持っている。問題が発生する以前は、良多に追随していれば何の問題もなかった。
y 短大卒で入社。社内恋愛の後、良多と結婚と同時に寿退社。
慶多(長男)の妊娠前に流産と大量出血の経験がある。慶多出産の後、担当医から二人目は無理と告げられる。
趣味:編み物(母に習った)。慶多と琉晴の為にマフラーを編む:バレンタインのプレゼント。

-----------------------------------------
野々宮慶多

野々宮慶多(ののみやけいた)二宮慶多 6歳

2007年7月28日(土曜日)午前9時37分誕生:2865グラム 49.2センチ。於:前橋中央総合病院
お父さんのご機嫌取りの為、毎日ピアノの練習を欠かさない。
お受験の面接の際にキャンプなんて行った事ないのに、楽しかった思い出として夏休みにお父さんとキャンプに行って凧揚げをしましたと答える。・・主体を親にうつしている お受験の答えは「大好きなのはお母さんの作ったオムライス」。本当は、「近所の肉屋の古い油で揚げた唐揚げがすごく好き」。
春休み前に大地君にいじめられる。
P.179 缶飲料の種類:ママ、カフェオレ、パパはムトー

-----------------------------------------
斎木雄大

斎木雄大(さいきゆうだい)リリー・フランキー 46歳

斎木ゆかりの婿。斎木家の家業のつたや商店にて「でんきのドクター」を勤める。
関西訛りでしゃべる。
滋賀県出身。名古屋の専門学校に進学。
自動車整備工として勤務した後、ペットショップ勤務。
料理屋(沖縄料理の店?)を開くも業績不振で借金を抱える。
流れて群馬県へ。
電気メーターの検針員をしている時に妻と出会い。斎木家に婿入り。
離婚経験あり。
子ども時代から機械いじりが好きだった。
P.165 お土産は決まって「旅がらす」

-----------------------------------------
斎木ゆかり

斎木ゆかり(さいきゆかり)真木よう子 32歳

斎木雄大の妻。地元でも有名な美人で、高校時代には彼女が乗るC前橋大島駅発、午前8時の電車だけがゆかり目当てで乗り込む男子学生で異様に混むという前代未聞の事態を起こした。ゆかりは少々グレ気味だったにもかかわらず、"両毛線の君"という典雅(てんが)な通称で近隣に知られる。
保育士の資格を保有。前橋市内の印刷会社に勤務の後結婚。
現在は近所の弁当屋(元々肉屋から弁当屋に発展)でパート(基本:土日以外)接客とレジを担当。
中学校時代から「ちゅうじ」という犬を飼っていた。
ものを捨てられない性格。
慶多が来る日のメニュー。昼:マグロのカルパッチョ。夜:餃子。
子どもは、琉晴(長男)、大和(次男)、美結(長女)の三人。
P.190喫煙者

-----------------------------------------
斎木琉晴

斎木琉晴(さいきりゅうせい)黄升炫 6歳

斎木夫妻の長男。本当は野々宮夫妻の長男なのだが、取違により斎木夫妻の長男として育つ。




-----------------------------------------
野々宮良輔

野々宮良輔(ののみやりょうすけ)夏八木勲 70歳

野々宮良多の実父。
身長は170cm以上強権的でマッチョな性格。鋭い目で、美形の面影が残る。
音感あり。酔って良多とピアノの連弾の経験あり。
三回目の脳梗塞。高血圧による合併症で腎臓を患う。右足に動脈瘤あり。
生活環境:金子第二アパート:キッチンと六畳の和室のアパートで、のぶ子(後妻)と生活。風呂はなく銭湯通い。
現在は、三ノ輪でビルの管理人。
株式投資・競馬好き。根っからのギャンブラー。若い頃は証券会社勤務の経験あり。個人投資家
P.210
「いいか?血だ。人も馬もおんなじで、血が大事なんだ。これから、どんどんその子はお前に似てくるぞ。お前の子は逆にどんどん相手の親に似ていくんだ」

-----------------------------------------
野々宮大輔

野々宮大輔(ののみやだいすけ)高橋和也 ?歳

P.196 良多の実兄。良多は父親似。兄の大輔は母親似。良多より背が低く容姿も劣る。 埼玉の私鉄沿線に住み近所の不動産屋に勤務。 二年ぶりに兄弟の再会。 幼少は裕福であった為、成華学院初等部小学校に通う。 高卒で、地元の小さな不動産屋に就職。 子どもは、中学校2年の娘(長女)。小学校6年の娘(次女)。父親から跡継ぎ(息子)を作れと言われている。 魚卵鶏卵好き(兄弟共通)。イクラが好き。しかし、痛風もちで、尿酸値が高いため卵系をひかえている。 妻は愛美(まなみ)42歳パッチワークが趣味。

-----------------------------------------
野々宮のぶ子

野々宮のぶ子(ののみやのぶこ)風吹ジュン 59歳

野々宮良輔後妻となって30年以上連れ添う。
P.198 しかし、未だに30年間良多はのぶ子を「母さん」と呼ばない。
現在はパート勤務。
P.212
「血なんてつながってなくたって、大丈夫よ。一緒に暮らしてたら情は湧くし、似てくるし・・・夫婦でもそういうところあるじゃない?親子ならなおさらそうなんじゃない?」 良多は返事をしなかった。 前を歩く父親の背中を見つめている。 「私はそういうつもりで、あなたたちを育てたんだけどな~」

-----------------------------------------
石関里子

石関里子(いしぜきさとこ)樹木希林 67歳

野々宮みどりの実母。群馬県前橋市在住。
数年前に夫を亡くす。
P.163 里子は、慶多と琉晴の交換に反対している。
さばさばした性格で率直な物言いをする性格。
和菓子が好き。
編み物教室を開いている。

-----------------------------------------
宮崎祥子

宮崎祥子(みやざきしょうこ)中村ゆり 32歳

野々宮慶多と斎木琉晴をすり替えた張本人。前橋中央総合病院の看護師。
2004年の4月から2006年の8月までの二年間 専業主婦 P.185 長い黒髪が印象的
当時、再婚のストレスから赤ちゃんをすり替える。
P.184
家族:学生服姿の坊主頭の少年(長男)。小学校高学年の少女(長女)。ずんぐりとした大柄な体型の中年男(主人)。
P.186 再婚したばかりで、子育てに悩んでいて・・・。イライラを他人の赤ちゃんにぶつけてしまいました。野々宮さんはお金があって一番高い病室でしたし、旦那さんは一流企業に勤めていて、喜んでくれる家族もそばにいて・・・
P.293
生活環境:築40年の古いマンション。五階建てエレベータなし。204号室。

-----------------------------------------

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

-----------------------------------------
迎意愛近影

迎意愛(むかいあい)
精神分析家。シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)主宰。1954年和歌山県生まれ
2011年10月より埼玉県在住。二女の母。
奈良教育大学卒業するも、教師にならず、営業職に就く。結婚、義母の介護。
物心ついた時から生きる意味を問いかけ、38歳の時、精神分析に出会う。
精神分析により、自己を知ることで、生きる意味を見出せると確信し、惟能創理氏に師事する。
女であることの素晴らしさと重要性を痛感し、自らも精神分析家(インテグレーター)となる。
自らの体験と「オールOK子育て法」を引っさげ、女たちよ賢明であれと全国を行脚するべく奮闘中。
連絡先:signifiant1@gmail.com

-----------------------------------------
安情共恵近影

安朋一実(やすともかずみ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。1958(S.33)年4月22日生まれ。
出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。
メルマガ発行:子育てメールマガジン 育児法 引きこもり 家庭内暴力 非行 不登校
連絡先:lacan.msl@gmail.com
QR-CD






-----------------------------------------

編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。

△TOP

4、野々宮良多の精神分析

そして父になるの野々宮良多(福山雅治)は、今の言葉で言うと勝ち組のエリートサラリーマンとして登場する。一流企業の花形部署のリーダー。都心のタワーマンションの上階に住み、小学校にあがる長男にピアノを習わせ、私立の小学校のお受験塾に通わせる。妻は、一回り年下の従順な異性を社内恋愛で射止めたという設定である。

1980年代のバブル期ならそう珍しい話でもなかったのかもしれないが、名の通った一流と言われる企業でも不採算部門は切り捨てられ、余剰人員は早期退職を迫られたり、リストラされたりするのが当たり前の昨今では、野々宮良多の様な立場の人物は稀有な存在と言えよう。

そんな稀有な存在の野々宮良多氏に降ってわいた子供の取違い事件が発生する。

物語が佳境に差し掛かるまで、良多氏の生活環境や職場環境、乗っている車からも、その養育史の影は連想できないのだが、良多が実兄と共に実父のアパートを訪問するところから様子が一変する。

現在、実父と一緒に生活しているのは、後妻ののぶ子と言う設定で、更に、実父の生活環境は風呂もついてない老朽化したアパート暮らしであり、昔の羽振りの良かった頃の話は遠い昔話・・・なのである。

長男の慶多がお受験する私立の小学校に、かつて良多も小4の頃まで通っていた事がある。しかし、実父の良輔が投資に失敗。一家は夜逃げ同然に八王子へ移り住むとある。更に、その前に、良多の父(良輔)は、正妻と離婚、のぶ子が後妻に入ってきて、良多は継母を母と認める事ができず、実父と決定的な軋轢が生じ、高校進学と同時に家を出て、父への復讐同然に、良多はバブル経済崩壊の直前、かつて自分が父の仕事の失敗により追われた成華学院グループの成華学院大学の建築学科入学に入学。その後、大手建設会社三嵜建設に入社。必死の努力を積み重ね、勝ち組のエリートサラリーマンの地位を手に入れた。

したがって、彼の精神構造の裏側には・・幼き日の両親の離婚、継母問題、実父との確執、私学の小学校から追われると言う屈辱感・・・などの多くのトラウマが隠されているのである。

△TOP

5、映画と小説の違い 消えたキャラ:松下波留奈

映画鑑賞の後に、小説を読んでいると「ん?」と思う事がままある。小説には明記してあるエピソードやシーンが欠落しているのだ。例えば、小説版で登場する「松下波留奈」である。映画のシーンでは、三嵜建設の建築設計本部でプレゼンの準備で大忙しのオフィスでリーダー格の女性が「みんな、リーダーの奢りで夕食頼むけど、何にする?ピザか釜飯」とメンバーに呼びかけるシーンがある。この女性が小説の中でサブリーダーとして登場する松下波留奈なのである。

小説の中の設定では、松下波留奈のプロフィールは以下の通り。

松下波留奈

36歳。プロジェクトサブリーダー(野々宮良多の直属)。良多が結婚前に社内恋愛していた相手が松下波留奈である。松下波留奈から野々宮良多をみると「元カレ」と言う事になる。また、ある期間、良多は、松下波留奈と現在の妻:みどりと二股をかけていた事になっており、更にみどりは流産の経験があると記されている。

かいつまんで言うと、野々宮良多(福山雅治)は社内恋愛で二人の女性を二股かけ、一方の女性を妊娠させた挙句、流産させたという設定と読める。責任をとって流産させた女性とは結婚したものの、修羅場を交えた元カノと良多は大切なプロジェクトのリーダーとサブリーダーを務めている事になる。通常、この様な男女問題はすぐ社内情報として総務や人事の知ることになり、問題を起こした男女は当該部署から移動になるのが普通である。

小説から引用すると松下波留奈は、恋人(良多)を寝取られたみどり(会社の後輩)をよく思っていない。小説の中では、良多に「私は母親にしてもらえませんでしたからね、私は・・」と嫌みを言ったり、OL時代のみどり(良多の妻)に、給湯室で「あんたみたいにならないように生きてきたの」と言い放つ。

物語の終盤で、良多は左遷の憂き目にあうのだが、その経緯においてもキーパーソンを務めており、本当は映画版でも登場すべきキャラなのだが、映画における尺の制限からか、映画版では割愛された存在となっている。

△TOP

6、「読んでから見るか、見てから読むか?」リリー・フランキー

私が中学生の頃だったと思う。角川書店の映画「犬上家の一族」のキャンペーンの宣伝コピーに「読んでから見るか、見てから読むか?」と言うのがあった。

映画は是枝裕和監督によるものなのだが、小説の作者は、是枝裕和氏と佐野晶氏とお二人の名前が並んでいる。

私が思うに、小説と映画のキャスティング・・撮影はある程度同時進行で進んだのではないか?と思える。つまり、小説(原作)がベストセラーになって映画化の話が持ち上がったのではなく、映画化と小説化の企画がある程度、同時に進んでいるたのではないか?

ちなみに小説の初版は2013年09月19日。映画の公開日の経緯は以下の通り。

『そして父になる』

(そしてちちになる)は、2013年制作の日本映画。是枝裕和監督。主演の福山雅治が初の父親役を演じた。第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、2013年5月18日夜(日本時間5月19日未明)に公式上映された。上映後、約10分間のスタンディングオベーションが起こり、是枝監督や福山、尾野は号泣した。2013年5月25日(日本時間26日未明)、第66回カンヌ国際映画祭 審査員賞を受賞した。この反響は凄まじく、公開日を2013年10月5日から同年9月28日に繰り上げ、公開に先駆けて9月24日から9月27日まで全国で先行上映を行った。全国309スクリーンで公開され、2013年9月28日、29日の初日2日間で興収3億1,318万6,500円 動員25万3,370人になり映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場第1位となった。先行公開分を含む13日間で累計興収13億5,159万5,250円、累計動員は116万8,204人となり映画観客動員ランキング2週連続第1位となっている。

殆ど、同時に出版、公開されている。

映画中で「野々宮慶多」を演じている子役は「二宮慶多」君。という事は、キャスティングが決まってから小説の登場人物の名前が決まった筈。

あと、偶然にリリー・フランキーさんが登場している動画(YouTube)をみていて!?と思ったシーンがある。

<情熱大陸 リリー・フランキー 1/2>

4分あたりでこう言う「一緒にいた時間なんですよ」

・・・「そして父になる」の劇中で野々宮良多へ向かって吐くセリフとまったく一緒である。と言う事は、映画の企画が立ち上がった段階で、斎木雄大役はリリーさんで決まっていたのではないだろうか?

小説の発行、映画(キャスティング、脚本、撮影)の公開・・誰がイニシアティブをとってすすめたのだろうか?

カンヌでスピルバーグがリリーさんに大いに関心を持ったと言う話をあるラジオ番組で聞いた。小説家、音楽家、イラストレーター・・・マルチな才能をもつリリーさんから今後も目が離せない。

△TOP

7、何言ってんの。時間だよ。子供は時間

親子関係はDNAか?それとも一緒に過ごした時間か?

上記の項のリリー・フランキーのセリフは小説の中では以下の様に描写されている。

小説の中の件を引用する。

そして父になる P.721

良多が口を開こうとすると、雄大が機先を制した。
「良多さんも、俺なんかより若いんだからさ。もっと一緒の時間作った方がいいよ、子供と」
雄大は雑談のような音声で話していたが、それは苦情でもあった。琉晴との過ごし方に不満があるのだろう。だがこちらにもその何倍も不満があった。
良多は腹が立ったが、意識的に軽い調子で返した。この話は早めに切り上げてしまおう。
「まあ、いろんな親子の形があっていいんじゃないですかね」
雄大はなおも言葉を継ぐ。
「お風呂も一緒に入らないんだって?」
それはお受験のためだ、と言いかけたが、止めておいた。一人で入るようにする前にも、良多は慶多と風呂に入ったことは数回しかない。そこを突かれると痛い。
「うちは一人でなんでもできるようにって方針なんですよ」
良多の返答を聞いて雄大が笑った。良多はその笑みが気に食わなかった。
「そうか、方針か。ならしゃあないけど、でもさ・・・・・」
雄大がまたコーラをズズッと音を立てて吸ってから続けた。
「そういうとこ、面倒くさがっちゃダメだよ」
その言葉は良多の胸に突き刺さった。反発を感じたのは、反論があるからではない。良多は心の中を見透かされたような気がしたからだ。
雄大は珍しく真顔でしゃべり続ける。
「こんなことは言いたかぁないけど、俺、この半年の「交換お泊り」で。これまで良多さんが慶多を一緒にいた時間よりも、長く一緒にいるよ」
乱暴な言葉だった。これまでの6年間をずっと見てきたような一方的な偏見だ。
思わず声を荒げそうになったが、良多は少し間を置いてからいなした。
「時間だけじゃないと思いますけどね」
良多は言外(げんがい)に財力の問題を匂わせた。
「何言ってんの。時間だよ。子供は時間」
雄大は言い張った。だが良多も引かずに言い募る。
「僕にしかできないできない仕事があるんですよ」
雄大がまっすぐに良多を見つめている。良多も見つめ返した。
「父親かて取り換えのきかない仕事やろ」
諭すような声で雄大は言った。

私もバブル経済下で会社員生活を送った事がある。メーカー系のコンピュータソフトウェアの会社で、今で言えばアプリの開発に携わっていた。まだ、世の中が活況を呈したいた時代で、まだパソコンも普及の途にあった時代。コンピューターと言えば、コンピュータ専用の部屋に鎮座ましましている特別な機械だった。そんな、特別な機械の中で動くプログラムを人力で一からコンピューター専用の言語を駆使しながら作り出す仕事は毎日毎日残業残業、システムのテストは客先で休日出勤して行っていた。月の残業時間が100時間超えたとか、今月の休日出勤日数が何日になったとか・・まるで長時間仕事に関わっている事が、どこか自己犠牲を強いて社会貢献しいている誇らしい人感を自慢している様で、残業代が基本給を超えているのが当たり前で、有給休暇を消化するなんで犯罪級の行いをしているような雰囲気だった。

あの頃、後に「ワーカホリック」と揶揄される人々は、各々の家庭を顧みる事もできなかった劇中の野々宮良多と同じ立場の人たちだった筈だ。その後、バブル経済が崩壊し、日本経済が疲弊していくなか、人材の不良債権などと呼ばれリストラの対象となり、早期退職を勧められる立場に追いやられた。

ワーカホリック【workaholic】

《work(仕事)とalcoholic(アルコール中毒)との合成語》家庭や自分の健康をなおざりにしてまで、仕事をやりすぎる状態。また、その人。働きすぎの人。仕事中毒。

さて、今現在、そのワーカホリックの子ども達がニューファミリーを形成する時代に入った。新しい家族、家庭はどのような様子なのであろうか?

△TOP

8、時間考証(父の日の不思議)

そして父になる年表(詳細版).pdf
映画や小説の中では時代考証と言う話がでてくる。例えば携帯電話の本格的な普及は20世紀末からで、それ以前は過渡期にPHS電話があったり、更にその前はポケベルがあったり、物語の時代背景として、その時代その時代の背景の描写の仕方が異なってくるのは当然の話である。

「そして父になる」の物語は、ある年の「11月の最初の土曜日」から、わずか9か月の時間軸の中で展開していく。正確には翌年の8月下旬までの話だ。もちろん、小説の中では良多の少年の頃の話や、慶多の誕生の話もでてくるのだが、映画のシーンの中で昔の回想シーンとしてセピア色の風景が描写される事はなかった。あったのは良多の少年時代の写真1枚である。

小説を読みながらエクセル表に物語の年月日と、事象、小説のページ数をエントリーしていった。

入力していくと、日付と曜日の関連から物語に登場する「11月の最初の土曜日」は2012年11月03日である事がわかる。

「十二月中旬の土曜日」(両家族が最初にショッピングセンターで交流する)の土曜日は2012年12月15日で辻褄(つじつま)があう。

2012年12月22日2回目の食事会
2013年01月12日5回目の食事会
2013年01月19日最初の交換お泊り
2013年06月08日20回目の交換お泊り
2013年06月11日前橋の裁判所

・・・とここまでは正確に日付を追えるのだが、この先、小説の中でおかしな表記がでてくる。日付けと曜日があわない。

物語の中で「父の日」に慶多が学校でバラの花を図工の時間に作成で父にプレゼントすると言う件がでてくるのだが、小説中では06月16日(金曜日)を「父の日」としている。実際には06月16日は日曜日である。法律上も06月第3日曜日が父の日とされているので、06月16日(日)を金曜日(平日)として通学させ図工の時間に父への贈り物を作成させているのは時の流れ上矛盾した設定と言える。

この「父の日」に良多は会社を早退し実兄の大輔と共に実父:良輔のアパートを訪問する。ここで、三世代に渡る確執の伏線が描写されるので、この「父の日」は大切なポイントなのだが、リアルな世の中の決まり事「06月第3日曜日が父の日」とはずれた設定となっている。

更に翌日の06月17日の小説上の土曜日に交換お泊り日がやってくる。

このエピソード以降、物語の時間軸はあやふやのものとなる。これ以降、夏休み中に交換お泊りを終了させ、新学期前に子どもを交換する事となった・・と言うように具体的な日付が語られなくなった。

P.229には、「そして、慶多が野々宮家の子供として過ごす最後の一週間が始まった。
月曜日は祝日であった。」・・とある。6月には祝日は存在しないので7月の話の筈。
海の日は7月の第3月曜日なので、海の日で確定。2013年7月15日(月曜日)

物語のフィナーレは、会社から良多が強制的に取得させられた5日間の夏休みの間に起こる(8月23日から27日)。夏休み3日目の2013年8月25日(日曜日)が物語の最終日である。

そして翌月の9月。映画が公開され、小説が発行される(5月の第66回カンヌ国際映画祭での公式上映を除く)。

大した事ではないのだが、Googleカレンダーで日付けをチェックしながら物語を追うと、物語の矛盾をみつける事もできる。

△TOP

9、世代間連鎖(不幸は世代を超えて繰り返す)

「子どもの取り違い」と言う重いテーマを扱った本作品であるが、良多の父:良輔。良多の兄:大輔。良多の息子:慶多(実は、斎木夫妻の息子)・・慶多からみると、祖父、叔父、父が登場し、三世代の物語としてとらえる事もできる。

詳しくは家族関係図を参照の事。

父の日(6月6日)に良多は兄(大輔)と一緒に、父(良輔)のアパートを訪問する事になる。実は、良多の両親も良多が幼き日に離婚し、後妻(良多からみると継母):のぶ子と一緒に生活をしている。兄(大輔)とのぶ子の関係は良好なものの、良多とのぶ子の関係はあからさまにぎくしゃくしている。後妻を迎えた父との関係も冷め切っている。

新学期を迎えると同時に、慶多と琉晴は交換されるものの、琉晴は良多の躾や良多の強いたルールに従わず問題行動を起こす。みどりは腫れ物に触るような対応を余儀なくされる。

琉晴は8月のある日、みどりが寝入った隙に、都内のマンションを抜け出し、一人で新幹線に乗って前橋に帰ってしまう。迎えに行った良多は斎木家から「琉惺と慶多を両方引きとたって全然かまわないんですから。」とカウンターパンチを食らう。本当は経済力にモノを言わせて自分の方から二人とも引き取りたいと申し出ていたにもかかわらず・・。

この日の夜。良多は幼き日に実母に会いたくて家出した体験をみどりに告白する。実父からは継母と「お母さんと呼べ」と強要され暴力をふるわれたが、絶対に義母を母と認めなかったと。

良多は幼き日の自分の姿を琉晴に重ねた。今の自分は、かつて継母をお母さんと呼べと強要した嫌悪し続けている実父と一緒なのでは?と愕然とする。

Googleで「世代間連鎖」で検索すると「虐待関連」のトピックスが沢山ヒットする。文脈はかつて親から虐待を受けていた子どもが成人し結婚、出産の後に、今度は自分が幼いわが子を虐待したり、育児放棄(ネグレスト)など。

虐待まではいかないまでも、かつて子ども時代に嫌悪していた親と同様の行為を無意識のうちに(知らず知らず)に繰り返したりするケースは決して珍しくない。

この無意識や「知らず知らず」と言うのが曲者で、精神分析(セラピー)の世界では、コンプレックス(複合観念体)ととらえ、対話療法で意識化し、世代間での不幸の再演を防ぐ治療を施している。

△TOP

10、家族のかたち(親子とは?)

この物語の謎解きは「なぜ赤ちゃんの取り違え」などと言った初歩的なミスを総合病院と言う比較的管理がしっかりした病院で起こってしまったか?である。それも、ベビーブームの頃ならまだしも、少子化がさけばれて久しい2006年に?である。

ここで登場するのが、前橋中央総合病院に勤務していた宮崎祥子である。赤ちゃんの取り違いに関する裁判に証人として出廷し「実は(赤ちゃんの)取り違えは事故ではありません。私が(故意に)やりました」と告白する。

理由は、小説から引用

P.186 再婚したばかりで、子育てに悩んでいて・・・。イライラを他人の赤ちゃんにぶつけてしまいました。野々宮さんはお金があって一番高い病室でしたし、旦那さんは一流企業に勤めていて、喜んでくれる家族もそばにいて・・・

つまり傍から見て幸せいっぱいの野々宮夫妻に嫉妬して、その幸せを壊したくて意図的に赤ちゃんの沐浴の直後、慶多と琉晴をすり替えたのだと。この場合、斎木夫妻こそ巻き添えにされた立場で、怒りの矛先は元看護師の宮崎祥子に向かうのだった。

ところが、当の宮崎祥子の罪は既に5年の時効を超えており罪に問えないと言う。さらに、現在は連れ子との関係も良好で幸せを感じており、その為、自分のした行為が恐ろしく感じ罪の意識に苛まれ謝罪に至ったと・・。

後日、本社設計本部から宇都宮の技研に左遷された良多のもとへ鈴本弁護士が裁判の勝訴の報告にやってくる。しかし、良多はまったく喜べない。

なにしろ、交換した後の琉晴は問題行動を繰り返し、妻のみどりともしっくりいかず、家庭崩壊の危機にあった。更に、走り続けてきた筈の自分は出世街道から大きく外れ宇都宮に左遷されたのだ。病院から少々の慰謝料をとれてもまったく喜べない。更に、弁護士の鈴本は、元看護師の宮崎からせめてもの償いが入った封筒を手渡した。

こんなもの受け取れない。良多は車を自宅マンションの地下駐車場に滑り込ませた後、駅前で飲酒の後、怒りに任せて西東京の元看護師の自宅アパートを訪ねた。

せめてもの償いを突っ返した後、良多は時効を迎えた後の計算づくの謝罪だろう?元看護師に詰め寄った。

その時、元看護師(義母)を義理の息子の「輝ちゃん」が庇ったのだ。
良多が「お前には関係ないだろう!」と怒鳴ると、義理の息子は「関係ある。俺の母さんだ!」と毅然と言い返した。振り上げたコブシのやり場に困った良多は「やるじゃないか」と言いながら帰途についた。

良多は完全に中学生に凌駕された。

横暴な実父の継母を何十年も一度も「母さん」と呼ばない自分がいる。6年間も他人の子どもとして育った琉晴に自分を「お父さん」と呼ぶことを強制している自分がいる。琉晴が言う事をきかなければ斎木家の躾のせいにしている自分がいる。自分の都合の良い事は「俺の血」のおかげだと言う実父に嫌悪している自分がいる。すべて自分ではないか。

この時、良多は他人の息子(中学生の輝ちゃん)から親子関係とは単なるDNAの継承によって成立するものではない事を教えられる。

良多は自宅マンションの地下駐車場の車の中から継母ののぶ子に謝罪の電話をかけたのだった。

△TOP

11、野々宮良多スケジュール(Googleカレンダー)

小説版から推測できる野々宮良多のスケジュールを公開します。2006年07月21日から2013年08月27日をまとめています。

△TOP

12、付録:人間関係図

img13.jpg

△TOP

13、そして父になる年表(詳細版)

そして父になる年表(詳細版).pdf

△TOP

14、今月のメッセージ(2013年10月25日)

タイムリーな事に兵庫県神戸市の精神分析家の拈湧笑界(ねんゆしょうかい)氏が今月のメッセージ(2013年10月25日)で「「そして父になる」」を取り上げされているので転載して紹介する。

テーマ「そして父になる」

成長するには母親の力は、絶対不可欠である。
しかし、母親が子供に力いっぱい尽くす為には、その裏に絶大なる力の存在として父が必要なのである。
「心的遺伝子論」中にも書かれているが、〈父性とは〉の項目で人間に近い類人猿・特にゴリラの行動で例えてられる。
ゴリラのオスは新生児の世話を母親に完全に任せ、母子を保護する役割に徹している。
そして一人歩き出来る時期になると、遊び相手をしたり真似するように模範を示したりと、母親から離れるきっかけを与える。

父親の役割・父性行動とは

1.母子を外的から守りかつ食物を確保してやる。
2.家族的グループの統合の中心となり喧嘩を仲裁し、内部の和を図る。
3.遊んであげ、その種特有の行動様式を教え対等な付き合いをさせて社会化させる。
4.家族から子供を切り離し、外婚へと追い出す。この行動をとるには、知性と勇気が要る。子ども達から煙たがられ、嫌われる存在になる覚悟が必要である。

昨今テレビや映画でも、よく父の事をテーマにしたドラマストーリーが多くなりつつあるのは、現実に家族や家庭の歪みに父性・父の権威が欠けた事の気付きとしての現れではと考える。

その一つ、テーマ「そして父になる」の映画・を見るきっかけとなった。

福山雅治イケメンが演じる一人の父は一流大学卒業、大手建設会社に勤務、都心の高級マンション暮らし。
リリーフランキー演じるもう一人の父は、小さな電気屋の店主。

ふたりの父は6年間育てた子供が、生まれた病院で取り違えられたと言う事を知る。

血のつながりを優先して子供を交換するか、6年間育てた情でそのまま育て続けるかで葛藤する。

成長してきたら、親の顔に似てくる。
早い方が良いと交換決心に踏み切る。
しかしそれに伴って、子ども達は悲しみ苦しみ戸惑いを表現する。
突然に降って湧いたこの事件に、父とは・母とは・家族とは考えざるえないという内容である。
交換後の生活というと、福山父は相変わらず仕事が忙しく、家庭を省みる事無く仕事一筋、仕事人間で子供には英才教育で、躾は厳しく子供と遊ぶ時間等はまるで無い。
逆にリリー父は、子供のおもちゃの修理をしたり、子供と子供目線で遊ぶ打ち解けた関係、躾はお母ちゃんの手荒い捌き、相反する父と母と家族環境。
子ども達は戸惑いながらも新鮮な環境を味わった。
しかしやはり、もともとの慣れた生活が一番良い。
妻の気持ちも子供の事も見ていなかった事に気付かされ、息子に一生懸命詫びながら説得する父の姿は誰もが心打たれる。

 そして彼はやっと父に成った。

妻を慈しみ支援し、子供と遊び、子供を守る、それが父親の役割である。
この映画の最終シーン、二つの家族が電気屋の家に入っていく所で結末をむかえる。
何でここで終わる?最後は?どうなるの?ここからどうなるの?と見てた人はどうも疑問らしい。

この発言に失望と同時に、皆さんは終わりがどうなれば納得するのか。

ハッピーエンドがあると思っているのか。
それぞれの子供を交換して、親の思いを押し付けるのか。
そのままにして、本当の子供ではないと知りつつ子育てをしろと?
いずれにしろ今決める事ではなく、子供自身に認識能力が育つまで共にお互いの家を交流しながら、時期を待って選ばせれば良い。
家族全員が被害者なのだから、子ども達にもありのまま説明する。
子供たちが納得いくような育て方をしていけばよい。
それが答えであろう。
今結末を見る事は、何らかの悲劇としてみる事になる。
それが解からない大人たちが多い。
身勝手な親の思いで子育てするのではなく、子供に監視ではなく、もっと関心を持ち、よく観る・知る親であってほしい。
疑問で終わる結末に、父とは・母とは・家族とはを考えさせるきっかけになれば、この映画は成功である。

因みにラカン理論では、父になるではなく「父を持つ」である。・・・・・・

拈湧 笑界・ねんゆ しょうかい

△TOP

15、父と息子の関係

ラジオを聞いていいて、あるパーソナリティが「そして父になる」を語っていた。たしか内容は以下の通りだったと思う。

小島慶子さん・・最近は「失敗礼賛」なる本を上梓(じょうし)された・・と、男性パーソナリティ(ダイノジ大谷ノブ彦さん)が話されていた件(くだり)。

小島慶子さんは子供の出産の時の感覚としては、子どもと自分は一体化しており、出産は、一体化している自分の体から子どもが「分離」する様な感覚だったと言う。つまり、母からみて子どもは文字通り「分身」で「血肉を分けた」「お腹を痛めた」私の赤ちゃん・・・なのだ。

「そして父になる」の劇中の事件の様に新生児が他者の悪意ですり替えられると言う事が起これば別の話になるのだが、父親は誰かわからなくても母からみれば「我が子は我が子」なのである。

しかしながら、男性パーソナリティーは言った。父親から子どもを見た時に「さぁこの赤ちゃんがあなたの子どもよ」と告げられても、目の前の猿顔の赤子に対して「こ、これが、俺の子ども?」と言う気持ちしか湧いてこなかったという。

父親と母親でこれだけ最初から親子の関係性が異なるのである。

今回、取り上げた「そして父になる」の劇中では、ある日突然、DNA鑑定によって、親子関係が否定された父:野々宮良多と息子:慶多の物語が展開する。

精神分析の世界では「父と息子」関係の引き合いにだされるのが「エディプスコンプレックス」である。息子が自分にとっての最初に接する異性である「母」を愛情対象とし、自分にとっての絶対的な存在である「父」を「父-母ー息子」関係から排除したいと思う。この時、父からペニスを取られ去勢されるのではないかと去勢不安を抱き、精神的な葛藤にさいなまれる事になる。・・・これをエディプスの神話になぞらえ、「エディプスコンプレックス」と言う。

日本のサブカルチャーで父息子間の闘争を描写した作品と言えば「巨人の星」で描かれた、星一徹と星飛馬の関係が浮かぶ。父・一徹の徹底的なスパルタ指導でピッチャーとして巨人に入団する飛馬なのだが、後に一徹は、巨人の宿敵中日に入団し息子:飛馬と敵対する徹底ぶり。背番号は84。飛馬は16。戦って勝った方が相手の背番号を飲み込み100(完全)になると言うなんとも因縁じみた設定。息子は父を超越してこそ本物。「父はそんなに簡単に越えられないよ」と言う前提で物語は進む。

「そして父になる」の中で良多の父として登場するのは良輔。若かりし頃は株式投資で羽振りのいい時期もあったのだが、後妻:のぶ子を迎えて以降、良輔と良多の関係は超絶希薄(険悪)なものとなる。

良多は父と別れ、必死に努力し、現在のエリートの地位と家族とリッチな生活環境を手に入れるのだが、今まで我が子と思っていた慶多との親子関係が否定された事により、自分と実父との関係・・自分と継母との関係に対峙する事となる。

ネットで検索すると、映画鑑賞者各々の結末の解釈が沢山でてくる。

小説を読み、映画でも描かれている伏線から察する私の解釈を以下に述べる。

野々宮良輔は、会社の花形部署:設計本部から、栃木県の宇都宮の研究施設(技研)に左遷されている。通常、大きなプロジェクトを引っ張ってきたリーダー格の人物を何も落ち度がないのに閑職に追いやるのはありえないのだが、小説の中では上司の嫉妬と良多に二股かけられた元カノ(松下波留奈)が通じて良多を本社から追い出した事になっている。
もう、慶多も琉晴も私立の小学校をお受験する必要もない。

したがって、良多夫妻が都内のマンションに住み続ける必要はない。

更に、みどりの実家(群馬県前橋市)は現在、みどりの母(里子)が一人で住んでおり、部屋も余っている。

したがって、野々宮夫妻は都内のマンションを引き払い、夫婦して嫁の実家で生活すればよい。どうせ良多は車通勤ならば、群馬から都内に行くのも、宇都宮にいくのも対して変わりない。

なによりも、斎木家と野々宮家が同じ市内に住めば、適時、交流ができるので、当分の間、二重家族状態で仲良く生活すればよい。それでも、通学の問題があるので、二家族が同居の様な事はできないが、都内と前橋で別れて生活するよりは遥かに親密に生活できる筈である。

二人の父と二人の母が、良太と琉晴の主体を尊重し、良好な親子関係を維持しつつ逞しく生きていける自我を育んでいける環境を作ってやればいいのだ。ラストシーンをみていて、大人達や世の中の都合で、理不尽な形で親子関係が引き裂かれなくてよかったと思う。

思い出してほしい。物語の冒頭で、良多は会社を辞めた元部下の三村(林業復興の為、香川に帰郷)に対して無関心を態度でいるのだが、今度は、自分が会社の立場より我が子や家族の事を優先して考えなければならない立場にたたされるのだ。

かつては「一家の大黒柱」と形容された家族の精神的な「柱」や求心力の「軸」となっていた「父」が絶滅したと言われて久しい。

いくら大企業で役職について、安定的な収入があったとしても、それだけで子どもが尊敬する父にはなれないのだ。映画の中で慶多は「お父さんが喜ぶから」と、ピアノ(教室)を続けると母に語っている。6歳の子どもが父(親)に気を使ってピアノ教室に通っている。

小説の中から引用する。

P.236

「"やっぱり"ってどういう意味?」

あの弁護士のところからの帰り道のことか?良多とてショック状態だった。あの時の記憶は靄がかかったように朦朧としている。だが激しい言葉で罵ったような記憶はある。だが、"やっぱりそういうことか"などと言ったのだろうか?そんなことを・・・。

「あなたは慶多があなたほど優秀じゃないし、強くないのが、最初から信じられなかったんでしょ?」
図星だった。塾に通わせなければ合格できない慶多、ピアノがまったく上達しない慶多。他人と競い合うことを避ける慶多・・・。

良多は凍りついてしまったように動けなくなった。
「あの一言だけは、私、一生忘れない」
みどりが振り向いた。その顔は涙で濡れて歪んでいた。これまで見たこともないほどの憎しみにその目は燃えていた。
恐らくもう二度と狂った歯車は元には戻らない。
立ち尽くしたまま良多は家族が崩壊する音を聞いた。

暗闇の中で二人の会話を聞いている者がいた。彼はその大きな目を見開き、身動きすることもできずにベッドの上にいた。

多くの人が「そして父になる」と言う映画のタイトルの意味を考えた筈だ。「父になった」ではなく「父になる方法」でもなく「父」でもない。

そして・・とは「父になる」以前に通らなければならない前段(プロセス)を通過した後に・・・「そして・・・」父になると言う意味に読める。そう、父になるには、しなければならない事があるのだ。ただ単にDNAの鑑定書で「生物学的に親子です」と鑑定されました。「さぁ、僕は貴方のお父さんですよ」とはならないのだ。

そのプロセスの一つが、劇中でリリー・フランキーさんが語った「良多さんも、俺なんかより若いんだからさ。もっと一緒の時間作った方がいいよ、子供と」と言うセリフで表現されている。

さて、読者のみなさんは、父になれているだろうか?

△TOP

16、慶多と琉晴 どちらが好ましい養育環境か?

精神発達論から論じると以下の様に考察できる。

野々宮慶多の場合

一人っ子で専業母のみどりが傍にいるものの、お受験塾やピアノ教室通いや、自宅でのゲーム遊びは30分と決められていたり、なかなか窮屈そうな生活である。食事のマナーや箸の持ち方の徹底、入浴は一人で・・などと、家庭内で決められたルールに縛られており、本人の主体の在りかが怪しい。母:みどりが「嫌ならピアノ教室はやめちゃっていいのよ」と提案するものの、慶多は「この前の発表会はお父さんがすごく喜んでくれたし・・」と、子どもが父を思いやる発言をしている。

お受験もピアノも慶多が望んで始めた事だろうか?きっとNOだ。

本来、父の役目は「子どもの社会性を養う」「子どもに社会のルール・規律を教える」と言ったものだが、野々宮家の場合、社会性=家の決まり事として、親の都合のよい子どもと言う枠にはめ(躾と言えば聞こえはいいが)、父は仕事に逃げ子どもと正面から向き合おうとしていない。実際、お泊り交換で琉晴が野々宮家に来た時に、いきなり「紙に書いたルール」を提示し琉晴を去勢しようとするが、「なんで?」と問う琉晴を納得させる事ができなかった。

出来すぎたよい子は、適切な自我を発達させる事が難しい。思春期を迎え自己同一性を自分に問い始める時に何らかの問題が発生する危惧がある。ストレスの問題行動化もしくは身体化の懸念。

斎木琉晴の場合

映画ではのびのびと腕白(わんぱく)に育っており、ある種の羨ましさを感じる位である。しかしながら、斎木家に問題がないかと言えばそうでもない。劇中では野々宮良多と対比させる為か、斎木雄大の子煩悩な面や大らかな面が強調されていて、あたかも理想的な父親像の様に感じる。・・・が、雄大には明らかに父性(リーダーシップや家族を統率していく力)が不足し、とても3人の子どもの社会的規範になっている様には思えない。

いみじくも妻:ゆかりが「うちには4人の子どもがいて大変」と言うような発言をする件があるのだが、夫であり父の雄大がまるで子どもの様だと苦言を呈しているのである。小説の中でも斎木家の中でイニチアチブ(主導権)を持っているのは妻のゆかりであると表現されている。

更に、ゆかりは家計を助ける為にパート(弁当屋)に勤務しており、ゆかりが不在の際は、琉晴が幼い弟と妹の面倒をみているのだ(親代わり)。本来は、小学校に上がる前までは実母であるゆかりが面倒をみるべき(3歳までは24時間体制)。

上記の様な、家庭内での父と母の立場の逆転と、本来はまだまだ母の愛情を享受すべき幼い時から、下の弟妹の親代わりをしている生活環境が琉晴君の自我の発育にどのような影響を与えるのか?注視しなければならない。

△TOP

17、おわりに

今号の月刊精神分析はいかがでしたでしょうか?

精神分析と言う学問や対話治療は、非常にパーソナルな事柄を扱う為になかなか詳細な症例をサイトやブログ上で公開するのが難しいです。

今回の「そして父になる」の様に、話題の映画や小説に「家族関係」を扱ったものがあれば、精神分析的視点で解説や考察ができるので興味深い話ができます。

今回も家系図まで書いて時間かけてしまいました。

しかし、リリーさんいい味だしてるなぁ。

私は彼の事はまったく知りませんでしたが、あの「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」の作者だったのですね。

今度、アラート入れときます。^^

本当に寒くなりました。ご自愛くださいませ。

2013年平成25年11月30日 月刊 精神分析 編集部A

ご意見ご感想はlacan.fukuoka@gmail.comまでお願いします。

△TOP

18、野々宮良多通勤ロードマップ


より大きな地図で 日本栃木県宇都宮駅 jrへの運転ルート を表示

△TOP

19、Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



より大きな地図で インテグレーターマップ を表示

 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

△TOP

Copyright (C) LACAN MENTAL SCIENCE Lab. All rights reserved.
Powered by Movable Type 4.21-ja