アメリカ大陸Route66バイクで横断

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いよいよ渡米の日が近づく

2010年08月24日

福岡銀行で円ドル両替しました。
大黒屋の方が手数料が安いとききましたが、天神の大黒屋殿に行ってみたら「ドルの在庫がありません」との事。あらら。

福岡銀行本店で交換してもらいました。

行ってみたら、例)500ドルパックみたいなセットがあって旅行者が使いやすいような金種が予めセットになっている奴が用意されていました。

一生懸命、金種を考えてとりあえず20ドル紙幣に交換してもらえばいいかな?などと考えていた私の努力は徒労でございました。でも、いい経験。ドルを使う旅行なんてしたことないもんね。

幸いにして、銀行の手数料3%乗っても、88円/ドルで交換できました。時期が悪くて120円/ドルだっりすると124円/ドルというレートもある訳で、ラッキーと思いましょう。その差は◯%ではなく、4割の差もありえるんだな、これが。

自動車メーカーのSUZUKIの社長が「これでは国内で自動車部品の生産ができません!」と悲鳴をあげるのも納得です。国内で材料仕入れて、国内で生産して、国内で販売すればなんら問題ないんですけどね。

経済のグローバル化って色々問題多いですね。これからはますます雇用もおかしな事になりそうだし。私は清貧で、清く貧しく、地味に、でも、一点豪華に人生を楽しみます。

さて、これから、一点(一見)豪華な旅にでるわけですが、どうなる事やら。

でも、一人で決めて、一人で移動して、一人で楽しんで、一人でリスク負うのでお気楽です。

まだ、細かな準備をしなきゃ。

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ヘルメットも買ってない

8月28日(土)

明後日、出発なのにまだヘルメットも買ってません。そんなので大丈夫か?

昔なら、バイク用品屋とか、バイクショップとかで買うんだけど、最近は、ドンキで売ってるもんね。平気で4万とか5万のヘルメットを買っていたのは遥か昔の事。

アライとショウエイか輸入ヘルメット(シンプソン等)しかなかったもんね。

そう言えば大手バイク用品店のCORIN(こんなだっけ)相当の負債を抱えて倒産。社長は逃げて、残された従業員が組合活動をする記事がネットにあった、景気のいい時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったのに・・悲しいね。

この前も上野に寄ったけど、しょぼいバイク屋が残っているだけで、かつてのバイク街の面影はなかったね。もう、あんなにバイク中心の世の中があった事なんて嘘みたい。

今の俺にとってそんな事はどうでもいい事だけど・・・。

お気楽やな。何とかなるさ、レクレーションの一貫でございます。

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ヘルメットはこれ

8月29日(日)

ヘルメットはこれにしました。

MOMOとかかっこいいのも考えたけど、
OGKのPF4・・ビンテージ風ゴーグルがポイント。
ハーレーに似合うのではないでしょうか?

実際にかぶってみるとしっくりきていいです。
私、近眼なので、これがいいです。
メガネのツルの部分が圧迫されないし。
どうせカッコだけなんで、ショウエイやアライでなくてもいいです。

気分は浮谷東次郎。

ドンキにも安いのあるんだけど、今回のツーリングに色々アドバイス頂いた、レッドバロン福岡東の西山店長さんから買うことにしました。安くしてくれてありがとうございます。帰ってきたら、みやげ話しますよ。

実際に、顎紐の長さを調整してかぶってみると過不足なし、頭全体が覆われる圧迫感もないし、脱着が容易、重くもないし、首を振っても大丈夫。

カルフォルニア・ハイウェイ・パトロールのジョン&パンチもこんな感じのヘルメットでした。
大丈夫、大丈夫、誰の為でもない自分の為の旅なのだから、御意見無用、自分が快適なら問題なし。^^

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01日目 Fukuoka,JP-仁川国際空港-Los Angeles,CA

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8月30日(月)

いよいよ出発。必要なものは殆ど買い揃えていたものの、この後に及んで取捨選択。

機内持ち込みできるもの、しなければいけもの。
色々ありすぎて、ギリギリまで考える。
薬屋、非常食、ノートパソコンや、充電器、ヘルメット、衣類。

圧縮袋を使って頑張っても、どうしても4個になる。
ノースフェースに入れた荷物とか持ち上げる時に、よろけてしまう。

涙を飲んで、ブーツとユニクロのフード付ジャケットを置いていく。

結局、生きて走って帰宅する事がミッションなので、ファッション要素の強いものは二の次になる。薬関連は保険的意味合いが強い。

走行中、田舎で歯が痛くなったって過呼吸になったらどうするの?って不安になったら、もう、バファリンやら、ボトルに入った水歯磨、電動歯ブラシまで持っていく。人間とは追い詰められるとそうなります。

傍から見たら・・なんてどうでもよくなります。

昼過ぎ、よっぽどの事でもなければ、地下鉄で行く私がタクシー(福交の松本さん)を呼ぶ。福岡国際空港まで2100円。一時過ぎには国際空港についた。

なんと、大韓航空機のカウンターがお休み。
そんなばかなっとインフィメーションに聞いたら、16:45の搭乗なので、2時間前にしかカウンターが開かないとの事。

仕方がない、事前にレンタル予約していた、wifiポーターブル端末を受け取りにいく。これがあれば、AOLの電波が届いていれば、PCでもiphoneでも、ネット接続できます。

今、現実にこれをつかってロサンゼルスから接続できてますから大したものです。

そうこうしている内に搭乗手続き開始。
機内預けの荷物2個を先にチェックしてもらう。
席は通路側をお願い。受付のmiki aoiさんは適切に処理されていました。

55番搭乗口で待機するもののだんだん雨雲が・・とうとうひどい雨が降り出す。
お陰で出発は30分遅れに。

ハムサンド

仁川国際空港

機内食ビビンバ
おかゆセット

ロサンゼルス

時差があるので、
時計を巻き戻し30日夕方着

入国検査で1時間位またされる。

私は日本語で通過しました。^^

バスでユニオンステーションへ 7ドル

道路は日本車でいっぱい、でも、道路は片側3または4車線が普通。
それでも夕時の為か渋滞。
高校生の時みていた、白バイ野郎ジョン&パンチがよみがえる。

メトルラインでシビックセンターへ1.25ドル

すべてのものが大きめ?

宿泊先のkawada hotel発見

ネット接続5ドル/日だそうです。信じられん。

ネット接続できました。レンタルwifiでOK

ハンバーガー購入。でかい。大味。でもこれがアメリカだ。

シャワー(バスタブがありません)あびて洗濯

こんな私の英語力でも困難を克服し、一人で渡米し、ホテルに辿りつける!
君にもできる筈。

さて、明日の準備しなきゃ。

今、現地時間 8月30日23:23
今、日本時間 8月31日15:23

あと、ホテルの周辺を歩いて思った事。
アメリカは、自動販売機がありません。
缶コーヒーが買えなくて困ります。

結局、上記のブログを書いてから翌日の行動計画を立てて、悩みに悩んで、
映画バックトゥザフューチャーのロケ地を見にいく事に決めた。

前々からネット上でチェックしていて、映画そのものも私の青春の思い出だし、不慣れなロスを住所だけを頼りに行って帰ってくる為には、ナビが必要との結論に達しました。

決意したら即実行。

サイトをチェックしハートの営業所をさがす。
ちょうど、地下鉄でひと駅行ったところに、ハーツユニオンステーション営業所を見つける。これなら、早朝から動けば数カ所動けるかも?

さっそく電話で・・ありゃ、電話ないじゃん。
ハーツの予約はフリーダイヤルだけど、ホテルの電話を使うとフリーダイヤルでも電話の使用料をホテルが請求するんだって。なんかいやだな・・というわけで、

skypeのクレジットを購入してiphoneでskypeを使用して電話しました。
見事、電話がかかりました。iphoneからハーツへ・・
ところが電話オペレターは当然、アメリカ人。
Can you speak japanese?ときいても虚しくNoという返事。

腹は決まりました。俺の英語で予約する。暴挙にでました。私。
拙い英語でごめんね。
なんとか、予約番号ゲット!

そのあと、丹念にロケ地の情報をチェックしなおしたので、寝たのは現地時間で8月31日の4:00。iPhoneで3時間のタイマーかけて寝たのに・・・

うつらうつらしながらも、ホテルの前をけたたましいサイレン音を鳴らしながらパトカーが走っている。やはりロスは治安が良くないようだ。今頃、福岡の三号線の爆音兄ちゃんはやはり走っているのだろうか。

翌日に続く

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02日目 バックトゥザフューチャーロケ地探訪 Los Angeles,CA

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iPhoneで3時間のタイマーかけて寝たのに・・・結局、7:00のタイマーの目覚ましは自分でとめて、二度寝してしまったようだ。やはり、頭の中は時差ぼけ?
9:00にメッドメイキングのおねーちゃんのノックで目が覚めた。なんたる失態。まぁ誰の迷惑になることでもないさ。^^

さっさとロケ探訪の用意をして、地下鉄でひと駅向こうのユニオンステーションを目指し歩き出す。9:30にホテルをでた。手馴れた道ならさっさと移動する私なのだが、ここは異国の地ロサンゼルス。道をきいても、ネイティブな英語で返されてしまうのでイマイチわからない。人がいいのか悪いのか、適当に返事をする人もいる。5、6人の人にききまくった。結局、ハートの営業所は駅構内の目立たない場所にあり、レンタカーは駅の地下にあるのだ。いくら駅の周りを歩いても見つからない筈だ。

どうも、自分の頭に中が日本人の生活環境仕様になっている為に、ロサンゼルスの常識が想像できていない。これが、常識のずれと言うヤツだな。

さて、営業所はみつかったものの、またまた登場するのはアメリカ人。とりあえず。
I have reservation.
と話したものの、ネイティブ英語は難しい。こっちは生粋の日本人なんだからもう少し分かりやすく話せよと思うのだが、世の中には、韓国系、中国系を含めて、ネイティブ英語を話す日本人顔をしている人間は山ほどいるのだ。この時ばかりはもっと英語を勉強しようと心に深く刻む。

さて、私の英語力では下記の対応がやっとの事でした。
・予約時に誤って(たぶん俺が悪いのだろう)5日間の予約になっていたのを1日
に変更。料金も1日分を確認。
・安心保険に入りました。でました重要英語のinsurance
・ナビ「ネバーロスト」Neverlostをつけました。

これで、今日の移動の友、日産インフィニティをゲット!ナビ付き。

ところが、車にのる段階になって体調が悪くなってきた。走って営業所を探した為か、脱水症状で喉が乾く、頭がボーっとする、寝不足の為か腹痛までしてきた。渡米された方はわかると思いますが、この米国、大きな商業施設でも、フリーで入れるトイレや、自由に買える飲料の自動販売機もめちゃめちゃ少なくて(日本に比べて)、もよおした時に眼中のトイレへ・・喉が乾いたら眼中のコンビニや自動販売機へ・・的な動きがし辛いです。タバコをお吸いの方には最悪ですがタバコの自動販売機はアメリカにはないのでしょうか?現状でも日本は喫煙者天国かもしれませんよ。世界標準からすると。

体調が悪化してもう最悪、ちらっと「このまま帰ろうか?」とも思いましたが、さすがに、わざわざ一人旅できたのだから、誰に気を使うわけでもなく、いっぱい失敗をする旅なんだからと自分に言いきかせました。

それにしても最新の車って、もう、鍵が鍵の形をしていません。走りだす前にすでに???。すべてが不慣れ。走り出せば、ロスの道路事情にどぎまぎ(後日詳しく書きます)、実際、左ハンドル右側通行に慣れずに、何度他車に迷惑をかけたか?アメリカ国民のみなさん、すみません。カーナビも住所の入れかたが日本のナビとはまったく違うし。返却時に、レンタカー会社のハーツのユニオンステーション営業所がでてこなくて泣きそうになりました。だって、ナビがナビしてくれないと完全迷子ですよ。車の
返却どころか、HOTELにも戻れません。誰かに教えて欲しくても、自分の困っている内容を相手に的確に伝える事ができません。

ボクは五才と言う映画をよく思い出します。

続きはあとで。

^^今回の旅は中身濃いな。

現地時間:8月31日23:34
日本時間:9月01日15:34

朝ごはん:デニーズ レッドスキンポテト コーラ
昼ごはん:ハンバーガー屋 ハンバーガー。日本人にとってはBIGサイズのレギュラーコンボ
夜ごはん:サブウェイのサラダセット やっと生野菜を食べた。でも、一緒に買った飲料はすごい色をしていた。蛍光色の青みたいな・・味はポカリをもっと濃くした感じ。これは日本では絶対に売れないだろうなと思い、日本とアメリカの食に関する感覚の違いに驚く。そりゃ、アメリカの富裕層は寿司に走るよな。^^ 

コーラーは最初からLサイズで、お代わりを勝手にしてくれる。
アメリカ人は、高カロリーな食事を沢山とって車に乗らなくてはならない社会構造になっています。肥満になって当たり前。みんな太っているから。ノーマルな体型やスリムな人に稀少価値があると思います。

ロケ地
高校
ショッピングモール
25年前のマイケル・j・フォックスの足跡を振り返る。
1985年から2010年へ
劇中にでてくる2015年まであと5年。
マーティーは健在か?

アメリカの底力

親切に教えてくれる人の言うことが正しいと限らない
フリーウェイは恐ろしい
赤でも安全確認右折はOK

とにかくLOSは車多い。日本車多し。
アメリカは車と密接な文化がある。
トヨタが叩かれても仕方ない?

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03日目 Santa Monica San Bemadino

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昨夜は1時過ぎまで色々今日の段取りを考えていました。

今日は、バッチリ7時前に起床。
準備して、kawada hotel を7:30にチェックアウト。No Problem.
バイクを借りるハーレー傘下のEagleRiderはロサンゼルス国際空港のすぐ近く。
kawada hotel からタクシーでいくとメッチャ高くなると思い、来た時と逆の動きをして、ロサンゼルス国際空港へ。
まず徒歩で、シビックセンターへ、シビックセンターからMetroでユニオンステーション。メトロは地下鉄なんですがいまいち雰囲気が良くないです。不穏な空気があると言うか・・乗り込んだらいきなり目前にロスアンゼルス市警のおまわりさんがいました。日本で言えば鉄道公安官が福岡市営地下鉄にいるようなものです。ロスの雰囲気については別記します。良いところも悪いところも色々・・・。ユニオンステーションから FlyAway-Bus でロサンゼルス国際空港へ。一回やれば手馴れたもの。最初のスポットで降ろしてもらいました。さてここで問題、下ろされた場所にはTAXIがいません。勇気を出して、その辺の職員らしきアメリカ人に聞いてみます。一応、主語と動詞を並べて疑問形で聞いてみる?タクシーはどこ?^^あっさり答えが帰ってきました。Under State!下の階と言われダッシュで階段を駆け下りる。

ありましたイエローキャブYellow cab バイクレンタル会社の住所(行き先)をみせてハウマッチ?ときくと、15分で16dollar と。そんなもんでしょ。ドライバーはこの商売が長いのか、日本語で色々話しかけてきます。すぐに着きました。

降りるときに16ドルを渡すとミニマム(minimum)20ドルですって。チップとか入ってるんでしょうね。きっと。忘れずにレシートもらいました。

さて、いよいよバイクレンタル手続き、これも数カ月前から予約しているのでスムースにいきました。先程のタクシーのレシートでバイクレンタル会社からキャッシュバック10ドルくらい?私に貸し出されるバイクはHDのロードキングをお願いしていましたが、最初から風防がついてました。ありがたやありがたや。色は赤メタ。一度福岡のHDで試乗させてもらっているので操作に関してはNo Problem。よかった。

周りを見渡すと僕以外にも、デンマークのWild Hogsや、オーストラリアからきた3人組など10人以上いました。すべてバイクをレンタルする人。でも、一人できたのは僕一人。急に寂しさがこみ上げてくる。

最初のスタートだけオーストラリアからきた三人組に混ざってスタートした。さすがにちょっと心細かったから。^^

でも、すぐにお別れ。

ここでまたしても問題。どこへどう行っていいのかわかりません。爆笑。

最初から宿泊も予約せず、最大限自分を拘束せずに、自由に過ごそうと思ったのですが、ロサンゼルスの道路事情がそれを許しません。

普通の道でも交通量が多く、フリーウェイとの接続も頻繁で、ちょっとその辺をながしてみようと言う・・感覚で走り始めると、次から次へ、◯◯高速という表示がでてきて、的確適切に取捨選択していかないと、あっという間に、遠地へのフリーウェイに引きこまれます。当然バックどころか、停止やUターンもNG。これは、ちゃんとドライブ計画を立てないと走りだせません。何度泣きそうになった事か。

レンタルショップで貰った、Route66のMapをみるとルートの起点は、サンタモニカです。地図をみて大きな都市、フリーウェイの番号、大まかな位置関係を頭にいれます。バイクの場合、ナビはないし、地図を確認しようと思ってもいちいちバイクを停めないといけないし。これは今回のツーリングで一番苦労しそうなところです。

使うのはフリーウェイ10、それもNorth。入り口を見つけて飛び込みます。HDの重さに戸惑いながらも抑えこんでバンクさせます。当然料金所なんてないし、アクセルを煽って、交通の流れにのります。時々、スピードをチェックしていますが、結構流れ早いです。マイル表示なのでイマイチぴんときませんが、隣をみると頭白髪のおばぁちゃんまで当然のようにフリーウェイぶっとばしてます。当たり前ですが、軽自動車は走ってません。時々意味不明の表示が見えますが、考えて停まるわけにもいかず、車の流れに身を任せます。・・といっても体が剥きだして、フォースバックライディングポジションでまともに風をうけるのだから、厳しいものがあります。

荷物もちゃんとバイクにくくりつけないと。もしパスポートなどの重要書類が飛んでいったら日本に帰れません。一生不自由な英語力のまま米国でホームレスとして生活しなくてはならなくなってしまいます。大変リスキーでスリルがあります。

そうこうしているうちに、着きました。サンタモニカ。Santa Monica。日本人で私世代の人が思浮かぶのは桜田淳子のきてー♪きてー♪サンタモニカァで、なんとなくトロピカルなメージですが、行ってみたら、福岡のマリゾンとマリノアみたいなもんでした。って言うか、多分、福岡市がサンタモニカをお手本に福岡のウォータフロントを開発したのではないかと思うくらい。すみませんローカルな解釈で。^^。ちなみに写真撮りたかったのでバイクを駐車場に置いたら8ドル。そんなもんです。^^
なぜか海岸線は曇ってバイクで走ると肌寒いくらい。なんでですかね。そういう気候なのでしょうか?高原みたいに霧の様な雲がおりてて。

さて、ここで、iPhoneのGoogle mapが大活躍。ちゃんと今の位置を教えてくれます。GPSってやっぱり偉いと思います。

サンタモニカ ブルーバードの入り口で、カワサキニンジャ250に乗った、黒のライディングスーツを来た人に話しかけられました。信号待ちの間なのでほんの数分。これからNYに行くって言ったらびっくりしてました(一応英語で念のため)。

ここロサンゼルスではライダーの仲間意識が強く。頻繁に私にライダーから挨拶がきます。色々なサインで。一人旅の私には心がなごみます。ありがとうございます。

さて、私はロサンゼルスを旧Route66を使って東へ!真夏の暑さ。道路は常に渋滞、信号機で頻繁に停止。その旅にオーバーヒート気味のV型エンジンから容赦なく焼かれた熱気が昇がってきます。さっきまで寒かったのに。

途中まではルート確認していたものの、チャイナタウンの交差点で自分が走っている道路と交差する道路にRoute66の標識を発見。このまま進めばあの忌まわしいユニオンステーションへ。ここは、重いHDの車体を無理やり方向転換して、Route66を追います。

更に道に迷って、色々な人にネイティブ英会話で道を尋ねるのですが、なんせ私の英語力では辛いものがあります。^^

フリーウェイ210の向こうに街道的なRoute66とその標識を発見。嬉しくて嬉しくて激走しました。

あ、考えたら今日、ごはんたべてない。HDの燃料メーターも半分をさしている。泊まる場所も決まってない。Route66をさがしたり、異国で初めてのレンタル手続きとかで、よっぽど緊張の連続だったのでしょうね。食事忘れてました。

Route66沿のスターバックスで簡単な食事。どうも食欲がありません。
スタバの横のガソリンスタンドで10ドル。隣で給油していたおじさんから話しかけられる。彼の兄弟もバイクに乗っている。NYは寒いからジャケットが必要とか言っていたと思います。

ガソリンがまたスムースに給油できません。悔しい日々。明日はリベンジする。

結局、日暮れて、道路沿のチェーン店以外の明かりがなくなり、心細くなる。行けども行けども、モーテルはない。これは予想外。

このまま、野宿か?それはハイリスク。泣きそうになった時に、モーテルの電光表示を発見。少々行き過ぎたのをあとすざりして入る。もう、疲れてバイクを切り返す体力がありません。ただでさえ、つま先立ちで足がツリそうになっているし。

おそるおそる受付で、Excuse me?
色々不明な単語や、やりとりの後、泊めてもらう事ができました。時間は現地時間で21時近く。

よかった。おまけに今日はバスタブがある。風呂につかれる。
ところがコップがない。電子レンジがあるのにコップがない。
せめて陶器のコップがあればお湯を沸かして、永谷園のインスタント味噌汁が飲めるのに。日本の連れ込みHOTELではないってことですね。水をのんで・・いや、口に含んでまずいと思って吐き出しました。

小学校の頃、学研の科学と学習に、外国航路の外人の船員さんが「神戸は水が美味しいから寄港が楽しみ」と言う記事があったのを今でも覚えています。やっぱり日本の水は美味しいです。
50ドルとデポジット保証金が10ドル。カードはNGで、キャッシュで払いました。

現地時間:9月01日深夜0:09(正確には9月02日)
日本時間:9月02日 16:09 日本が16時間先を走ってるって言う事ですね。

今日、口にしたもの全て:99セントスーパーでボトルジュース1本、スターバックスでアイスコーヒーとベーグル(硬くてマズイ)1個、宿泊先のモーテルの自動販売機でスプライト1本。

日本のレストランではまず「お冷」で水はタダ的な感覚があります。ところがアメリカの飲食店では水・・でてきません。それなのにコカコーラ類は定額でお替りきます。これってコカコーラの資本主義的謀略ではないでしょうか?日頃健康志向の私でさえ、渡米してから水ではなくコカ・コーラを口にする機会が増えています。蛇足ですが。

iPhoneで位置確認、ここは、フットヒルブルーバード沿のサンセットと言うモーテルです。リアルト空港、サンバーナディノ近くまで来ています。そういえば、夕方はバックミラーにうつるサンタモニカの夕焼けがきれいでした。

目の周り落ち窪んでる。

明日はちゃんと食事しよう。

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04日目 San Bemadino Apple Vally Barstow

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朝からお腹痛い。案の定水が悪いのか?
トイレに行こうとするがドアが開かない。
朝から有色人種に対する嫌がらせか?と思い受付に行く。
I can not open my restroom door open!とか間違いだらけの英語でトラブルを伝える。
管理のおじさんが、何やら長細いツールを持ってくる。
開きましたドア。どうやら何かの拍子でドアがロックされたらしい。
Thank you Thank you no problm.

痛いおなかを抱えて駆け込むと、朝から下痢。まいった。

メールチェックをするとハーツレンタカーから156ドルの請求書。はいはい、130ドルだったけど、ガソリン満タンで返してないから156ドルね。ok ok 私は知っています。日本人が、ロスで車運転して、ガス満タンで返却するのが如何に困難か?

ギャスステーションに観光客がいると黒人ホームレスがデカイ声を出してたかりにきます。とても落ち着いてギャスいれれません。

更にテレビをつけると、東海岸で台風3号4号発生のニュース。
ますます、先行きに暗雲たれこめます。

喉が渇いて、コカコーラ社の陰謀にはまり、更に1ドル飲み込まれる・・と思ったら、25セントのおつりが出てきた。朝買うとキャッシュバックですか?

まったく朝から意味不明。

今日一日どんなことが起こるだろう。
冒険の日々は続く。

現地時間:9月2日07:02 
日本時間:9月2日23:02

意外と早く、San Bemadinoに着いてしまった。さて、地図をみても、iPhoneのMapでチェックしても、これからどう走ればRoute66なのかわかりません。わからなければ、300キロのHD Road Kingを動かす事ができません。地図には北方のAppleValleyかBarstowからは明確にRoute66の赤いラインが引かれています。ここで男の決断です。FreeWayでBarstowまで行こう!だんだんFreeWayの進入にも慣れてきました。イメージはこうです。アメリカのFreeWayは、早く移動する事を目的に作られています。パーキングエリアとかありません。縦横無尽に広い国土を覆っています。奇数番号のFreeWayは南北、偶数番号のFreeWayは東西です。ですから、ある町の道路からFreeWayに進入する時は、FreeWayの番号と、行き先、北か南かを事前にチェックする事と、あと降りる所を確認しておく事が大切です。走りだしてから「どこでExit?」は辛いものがあります。

ですから、今、この時点の私の頭の中はこうです。使う道は、FreeWay215 North 降りるのはAppleValleyかBarstowです。この情報さえ押さえておけば、あとは運転に集中するのみです。

実際に、アメリカのFreeWayを走った感じたのは、バイクで巡航するのはせいぜい60mile/h(100km/h)なのですが、車はそれ以上、70mile/h(130km/h)位で平気で流れています。道の端々にバーストしたタイヤが放置状態になっており、日本の高速道路とはちょっと事情が異なる様な気もします。スポーツバイク2台が私の横をすり抜けていきましたが、100km/hで走る私がぶち抜かれるのですから、最高速アタック状態で走っていたのだと思います。放置タイヤもそうですが、端々に黒々とした長いタイヤ跡もみえます。この速度でなんかあったら終わりだなと思います。雨の日なんかどうなるんだろう?

景色は絶景です。国立公園の山の間を縫うように広々とFreeWayは伸びています。勾配や傾斜も急で、大型トラックは登り坂では辛そうです。大型トラックに傍を走ると乱れた気流をまともに受けて真っ直ぐ走れません。なるべく、ペースと集中力を乱さないように精神的持久力を試されます。

さて、必死で前方の英語表示の標識を追います。EXITの標識に「AppleValley Route66」の文字を発見!よっしゃ、次でおります!^^

GAS STATIONで休息していると都合よくPOLICE CARがやってきました。Route66を走りたいんですけど、道を教えて頂けませんか?と尋ねると(一応英語で念の為)「この前の道を向こうへ真っ直ぐに走りなさい」と優しく教えてくれました。

溺れる者は藁をも掴む・・結局、この道が、Barstowへ続く砂漠地帯を抜ける一本道でした。道路の表面に所々Route66とアスファルトに直接書かれています。間違いありません。路面は荒れ側路は砂が積もり、所々道路が波打っています。制限速度は55mile/h(90km/h)日本の感覚では高速道路の巡航速度です。私はメーター読み55mile/hで流しました。もしこんなところで何かあったら終わりです。バイクを停めて写真を撮る事さえ躊躇われました。もし、エンジンがかからなかったら?終わりです。もちろん信号機なんかありません。

時折、高速貨物輸送列車と併走しながら走りました。Route66の車窓から状態。

無事にBarstowへ到着。PALM CAFE AMERICAN CHINES FOODでお食事。約10ドルでお腹いっぱい。こんなに食べきれない。これで一日の三食分を網羅したって感じ。

今日は、早めにチェックイン。WiFiもちゃんと設備されているプール付のBest Motelに宿泊。ちきしょうGAS入れようとしてもCARDを読んでくれない。別の店で満タンにできた。
VONSと言う食料品大型チェーン店と思われるで買い物。昨日は水で苦労したので、水を購入。アイスも購入。味噌汁をつくるお湯を電子レンジで暖められる器も購入。

アメリカ人はものを大量に消費します。すべてのものを大人買い。ちょこちょこ買わないんでしょうね。アイス1個買うのに探さなきゃいけない。カップは最小500ml、アイスバーも一箱12本入り。・・旅の者はそんなに買いませんって。^^

店員さんは親切「私はホテルに泊まっています。味噌汁を温めるための器が欲しい」と英語でお願いすると、ちゃんと理解してくれて電子レンジ対応の容器を探してくれました。これがまた使い捨てで入り数が多い。^^

アメリカにはエコ的考えはまだ浸透していません。でも、これだけ国土が広いと精神的に切迫して云々ってなりにくいのは何となく理解できます。

おおらかやもんね。みんなマイペースだし、余裕があるなぁって感じを受けます。

日本人せこせこしすぎかも?でも、こんな感覚で日本に帰ったらきっと「浦島マイケル」になってしまうんだろうな。ま、それもいいでしょう。

Motelの風呂。バスタブがあるのにお湯が溜まるようになっていません。故障してそのまま状態。実にアメリカらしい。JTBに旅の友に「持っていって重宝したもの:ゴルフボール、バスタブの栓にした」というのはこの事だったのだなと納得。

私はゴルフをしません。仕方がないので自分の靴下を詰めて栓にしました。ついでにバスタブに溜まったお湯で、シャツ、パンツ、靴下、ハンカチを洗濯しました。めでたしめでたし。朝までに乾くかな。砂漠地帯で空気乾燥しているから大丈夫でしょう。

現地時間:9月02日21:58
日本時間:9月03日13:58

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05日目 Barstow FWY40 Amby Oatman Kingman

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Barstowは、かつてサンタフェ鉄道要所として栄えた町らしい。今も趣のある駅舎が残っているらしい。門司港レトロみたいなものでしょうか。^^

朝から、無理やり昨日の残りのアイスを食べたせいかお腹痛い。バイクで走りだしてからずっと下痢している様な気がする。水が合わないのだろうか?アメリカはコーラ文化なので、どこにいってもコーラを飲ませようとする。まず、水を出せ、水を!と思うものの「水と安全はタダ」と思っている日本人の非常識と思われるのに違いない。

Motelのテレビは朝からセサミストリートやってるし。^^
懐かしい。

Best Motelのおじさんはニコニコして見送ってくれた。撮ってくれた写真もちゃっかり自分のMotelをアピールしている。

今日も気合を入れて走り始めます。

さすがに内陸部の為か少しだけ風が涼しい様な気がする。 

きた道をちょっともどって Barstowの駅へ。

Barstowはレンガつくりでかつての栄華が伺われる。Route66ミュージアムもあるが朝早い為かClosed。雰囲気いいですね。人がいません。サンタフェ鉄道の博物館もあります。

駅舎を後にして、Route66を走り始めます。

張り切って走りだしてわかりました!

Route66自体がFreeway 40に侵食されてしまっています。
ところどころ寸断されているのです。

私がRoute66を見失って、立ちすくんでいると、道路の誘導員に日本語で「あっちです」と指導される。「お、この人、勉強してるやん」と思いながら、あっちへ行ってみると・・・そこはFreeway 40の入り口。

そう、Rpute66は寸断されているのだ。「なるほどな、こういう事か」無理に進んでもその先は「Closed」。

それで、できるだけRoute66を走ろうと思うものの、下道で迷うと辛いのでRout66を諦めEXITの表示で高速を降りてRoute66を走り、諦めてまたFreeway 40を走る・・そんな事を繰り返す。

下道は至る所に亀裂が入り、補修がしてあっても状態が良いとはいえない。
300キロの車体がきしむ。
せいぜい45Mile/hが関の山
状態のいい所は、スピードが出せるけど怖い。
時々道路に「DIP」と書いてある。なんの事かというと、ところどころ、大きく道路が波打っており、合わせて速度制限(例えばLIMIT 35mph)の標識もでている。
300キロに巨体が、そんなRouteを走っているのだ。やっぱりこれは冒険?
再三「こんな所で動けなくなったら終わりやな」と思う。

前を突然、ねずみみたいな動物が横切る。
あっ!と思うものの・・・
これがこう少し大きな動物だったら、衝突、転倒・・恐ろしくて考えたくもない。

Ludlowラッドローで給油 ZIP CODEの謎発生 どうしてもセルフ給油がうまくいかない。くやしい。

鉄道、Route66、Freeway 40、3本のラインが並走している。
アメリカは東西の文化だ。
北も南も高い山々でその向こうがどうなっているのかわからない。

日差しが強くて、日焼けがすごい、唇がヒリヒリしてきた。
鼻下にもバンダナ巻いて、西部劇の悪漢スタイルになる。
あの格好は、悪役の雰囲気をだすためでなく、
本当に日差しが強くて、必然のスタイルだったのだなと実感する。

適度に休息、こまめに給水しているので、体的にはついていっている。
水は命。砂漠地帯を走って実感。日本のおいしい水は誇りだ。

Route66沿にバグダッド・カフェ発見。
通り過ぎそうになる。
バグダッド・カフェ 兄ちゃん うんこする 下痢。
詳細は別記します。

Amby何にも無い ROYSで一休み。Tシャツとバッジ
デンマークのツーリンググループがいた。
だって旗たててるから、俺にもわかる。

Goffsへ向かう未舗装のRoute66を発見。
トライしてみるが無理
300キロの車体がきしむ
必死にUターンしてFreeway 40でNeedlsへ
FWYを降りてすぐのCarl's Jrで食事

Needls 食事 鳥の空揚げ ハインツのケチャップ山ほどくれる
水筒にアイスティ助かる。
フレンドリーなミシガンおばさんに、シカゴの次は私の家によりなさいと言われる。
働いているの?学生さん?と言われる。
そんなに俺って若い?

アリゾナ州に突入
サボテンが目に付く
インディアンが出てきそうな山々がそびえる。そのすぐ下の道を、くねくねと走る。山岳地帯激走。ガソリン残量が怪しくなってくる。Oatmanでガソリンいれようと心に誓い、またまた山岳地帯激走。ガードレールもない。落ちたら終わり。
Oatmanの町に入ってすぐ、ビジターセンターへ入って、ガソリンスタンドの場所をきく。なんと!ないそうです。ガソリンスタンド。仕方なく、ビジターセンターの方に私は、まだまだ走ります。ギャソリンを売ってもらえませんか?と英語でお願いする。ガソリンを分けてもらう事に成功。やっててよかった英会話。^^ 鶴の恩返し。

Kingman Motel6(チェーン店) 7時位

洗濯。
水の確保。

目が充血している。
今日も、一食しか食べてない。
走りだしてからずっと食欲もない。
目に付くメニューは全部、油物。
Barstowで買ったグレープフルーツとトマト食べる。美味しい。
やっぱ自炊がいいのか?^^

Motel6の受付のおねぇちゃんは、ウォールマートの道教えてくれるけど、行ってみたら、
ガソリンスタンドのfoodコーナーに「水」あるじゃん!この時、1ガロンは3.75リッターと初めて知る。この辺は日本のサービスはすごいね。

テレビをつけるとまだ東海岸のハリケーンの様子を伝えている。
NYは大丈夫か?

電子レンジもない、味噌汁のめない
冷蔵庫もない、冷やせない
でも無料の氷ありました。

自動販売機でボトル2本 1.5ドル?2

電波が弱くてこまる。

現地時間:9月03日23:58 間違えましたKingmanはArizona 州なので
現地時間:9月04日00:58 です。
日本時間:9月04日15:58

△TOP

06日目 Kingman Peach Springs Seligman Williams

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昨日、Amby Oatman Kingmanの山越えで相当疲れた為か、気が重い。
4日目に宿泊したBarstowのVONS(大型量販店)で買ったグレープフルーツ、トマト、りんご、青りんご、桃を冷蔵庫で冷やしていたのを思い出して食べる。これが今日の朝食。日本から持参したマイ包丁と100円ショップで購入した「下敷きまな板」が大活躍する。こう見えてもペティナイフ位は使えるのだ。

食べた感想:トマトは身が硬い、桃も硬い、グレープフルーツは身がプリッとしていてうまい。楕円形のトマトも1個買っていて初めて食べたがピーマンの様だった。メジャーな野菜でもこれだけ違うのだなと思う。また機会があればアメリカ産の野菜を在中に食べてみよう。面白い発見があるかも。いつもの様にグレープフルーツの皮を入浴剤の代わりに浴槽にいれる。

8時過ぎ(実は9時過ぎ)に出発。体が重いので、HDが余計重たく感じる。こんな状態では道を間違って、バイクの向きを変えるなんて絶対したくないのだが、そう思っていると、そういう事態がやってくる。笑。

昨日は、ネットの電波も弱く、パソコンを駆使して情報をゲットする事もできなかったので、地図を見て目分量で(そんなのでいいのか?)Grand Canyon に通じるWilliamsかFlagstaffあたりまでいければいいかなという心積もりで走りだす。

ここはすでに、California stateではなくて、Arizona stateです。地図で確認すると、昨日走ったNeedlsとOatman の間が州の境だったわけです。だからあんなに険しい山だったのかと、今頃、納得する私。手持ちの地図では地形とか高低が掴めません。

まだ、バイクの燃料管理が上手にできなくて、Oatmanでガソリンを補給しようと思っていてOatmanにはガソリンスタンドがない事が発覚。地元の方にガソリンを売って頂きました。貴重な物資なのにスミマセン。更に、日が暮れそうだったので、山岳地帯をバシバシ、ハーレーを走らせた私でした。でも、HDの挙動は素直なので、リズムを掴めば、楽しく山越えできますよ。あの重さに慣れれば・・。いかんせん、止まっている時の取り回しの悪さはどうしようもありません。今でも、駐車場所が舗装されてないと、動き出すときに随分体力を消耗します。

さて、ArizonaはCaliforniaの砂漠地帯と異なり、幾ばくか水に恵まれているのか、随分、緑が多いです。Route66の傍らには小さな向日葵の様な植物も咲いており、青い空と白い雲、緑に囲まれ、ファンタジックな草原地帯を走る旅になります。ただ、Californiaは無風地帯を熱風と照り返しにさらされながら干からびて走っていた様な感じだったのですが、Arizonaは風があって風に逆らいながら走ってます。草原地帯で虫も相当飛んでいるのでしょう。バイクのシールド(風防)に激突して潰れてしまいます。たまに、クラッチを握る指先に虫が当たって・・ん?雨?的に思ってしまう瞬間もありました。

昨日の失敗を反省して燃料計が半分になったのを見て、Peach Springsで給油するものの、7ドル分しか入りません。もともとバイクの燃料計はいい加減ですからね。

どれくらい走ったでしょうか?Seligmanの WESTSIDE LILO'S Café でランチにする。また泣きそうな位の量がでてくるのを覚悟して「Fish Sandwich」を注文する。^^
パンに挟まれた・・というか、パンとパンの間に置かれた、でっかい白身魚のフライ、ピクルス、フライドポテト、コールスローサラダ。愛想のいいおばちゃんが運んできてくれました。

案の定、私、これだけで三食分あります。お陰さまで完食。お替りアイスティは日本から持参した水筒(保冷用)に入れる。この暑さの中、冷たい飲み物は何よりの清涼。500円水筒が大変役に立ちました。

店がたて込んでないのをいいことに、ノートパソコンでlang8に写真をアップする。昨日、ネットの状態が悪く、写真がアップできなかった事のフォロー。

SeligmanもRoute66をテーマにした土産物屋などが立ち並ぶ・・宿場町といった感じでしょうか?アメリカらしくごてごて飾ってあってあまり風情を感じるものではない。そこに集っている観光客にも興味がないので、早々に走りだす。

この周辺のRoute66も時折寸断され、Freeway40に合流します。

Freeway40走行中に標識にしたがってOLD Route66 に来てみたら、なんと未舗装の道路。とてもとても300キロオーバーのHDの車体を軋ませながら走り気力はございません。ひーひー言いながら、狭い道でHDを押して方向転換する。倒しでもしたら、もう立ち直れません。^^

後続車もこの道にきて、Uターンしていました。車はいいよね。簡単に戻れて。

再度Freeway40に戻り、Williamsまできました。まだ15:00過ぎ(実は16:00過ぎ)だけど、今日はこの辺でいいでしょう。9 ARIZONA MOTOR HOTEL にチェックイン。

チェックインする時に、バスタブはある?ってきいたのに・・そりゃある、確かにあるけど、お湯を溜めるノブが壊れてます。チクショウ!風呂に入れない。そうだ!まな板下敷き栓の上に置いてお湯をだせば・・・OK。お湯がたまる。♪

電子レンジはない。あれば永谷園のインスタント味噌汁が飲めるのにね。

体と衣類を洗濯して、その辺を散策しました。結構CLOSEDの店も結構あり、アメリカ経済もあまりパッとしないのかな?と思う。日本でお馴染みのKマートがあったので、ビールとアイスとミックスナッツと水を買ってMotelに戻る。

そんで、笑ったのが、ミックスナッツの中身。

アーモンド、ピーナッツ、マーブルチョコレート、干しぶどう。・・は?って感じです。
一緒に口に入れると甘いのか辛いのか塩っぱいのか?複雑な味になるので、分けて食べました。笑。どうも、アメリカ人の味覚がわかりません。お店の棚にならんでいる飲料関係も殆ど6本セットとかの大人買い。単品でも3リッター。色は蛍光色の様などぎつい色が多く、私からみると宇宙食ですか?って感じ。今度、写真載せましょうか?

あ、あと、ひまわりの種を売っていました。あの棚の並びからすると、ビーフジャーキーの横にありましたから、きっと、酒の肴なのでしょう。私「リスの餌なんですけど」と呟きました。

テレビをつけると、ダイエット商品のコマーシャルのオンパレード。アメリカって不思議な国だなぁ。

明日は Grand Canyon バブル経済時に猫も杓子も新婚旅行で行っていたGrand Canyon さてどんなところなのか?楽しみにして寝ます。天気は大丈夫か?なるようになるさ。

現地時間:9月4日21:30 間違えましたWilliamsはArizona 州なので
現地時間:9月4日22:30 
日本時間:9月5日13:30

△TOP

07日目 Williams Grand Canyon Winslow

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朝、目が覚める。
右眼が痛い。涙が出てくる。5日目Amby Oatman Kingman で、カリフォルニア州→アリゾナ州越の時に激走したせいか目が充血。6日目(昨日)は、充血はいくらかおさまったものの、相当、目に負担がきているのかもしれない。

入浴して、身支度して出発。
今日は、とりあえずGrand Canyonに行ってみる。Rout64を北上するのみ。Williamsから一本道だ。日曜日で一般車両が観光地に集まってきて交通量が多いかもしれない。何れにしても注意して走ろう。

カナダの様な(表現的に適切かどうかは不明)、背の高い樹木が生い茂る高原をひた走る。基本、制限速度の75Mile/h(120K/h)で走るものの、次々の後続車に抜かれる。今日は、昨日にも増して風がある。感覚的にゲル状の液体を切り裂きながら走っている様な感じがする。HDの堅牢なシールド(風防)のおかげで体へのダメージは少ないが、横風が吹こうものなら、車線一本ずれそうな感じで精神的に疲れる。300キロ以上の巨体に跨って120K/hで走っていても。如何にバイクが外乱に弱い乗り物であるかがわかる。これで雨でも降ってきた日には、すべて終わりである。

さて、今日も早めに給油する。HDに乗り始めて数日経つのでだんだん感覚的なものがわかってきた。走行している状態で燃料計の針が真ん中を指したら、7ドル分の給油ができる。
量は2.1ガロン。ガロンっていわれてもピンっとこないので単位換算。1ガロン=3.8リッターです。ですから、2.1ガロンは8リッターです。7ドルは630円。・・・で計算すると、アメリカ国内のガソリンの値段は80円/リッターという事になります。(レート:1ドル=90円。HD Roadkingのタンクは6ガロン(23リッター)入ですから、燃料計の針が真ん中を指した後、残り15リッター分走る事ができます。(参考データ)

ついでに言うと、ガソリンのランクは3つで、Regular、PLUS、V-Powerです。HDには「V-Power」となってます。

Grand Canyon公園の手前のマックで朝食。お馴染みのマクドナルドサインの横でたなびく星条旗が誇らしげだ。モーニングマックのメニューは日本と変りない。ソーセージマックとドリンクはコーヒーにした。朝から甘ったらしいコークを飲まされたのではかなわない、味、値段も日本と変わらない。コーヒーのサイズはここでもBIGサイズででてくる。その時不意に目に付いたのはGrand Canyon Helicopterのパンフレット。拙い私の英語力で解読すると、Grand Canyon AirportからヘリコプターでGrand Canyon上空を遊覧飛行できるらしい。

料金は250ドル。2万円強で一時間Grand Canyonを上空から眺める事ができる。よし、これに決めた。Las VegasからGrand Canyon遊覧飛行のヘリコプターが出ていたのは知っていたが、Grand Canyonにこういうサービスがあるのは初めて知った。

Grand Canyon Airportへ直行。Grand Canyon Helicopterの受付カウンターは真正面にあった。さて、ちゃんと受付けてもらえるか?^^。いつもの様にI have no reservation.から始める。お、一応通じたらしい。一瞬、ん?って思ったのは、Carpet云々って聴こえてきて、戸惑ったのですが、足元をみると、色の違うCarpetが・・。どうやらCarpetの下にweight checkの装置が仕組まれているらしい。weight check? I'm slim.と返したら、受付嬢は笑っていたので、多分、会話になっていたのだろう。^^

どうやらHeliportは隣のスペースらしい。11:00のフライトなので、10:30までに来て下さいと英語で(念のため)言われたので早速移動。英会話できてよかった。これでGrand Canyon sightseeing helicopterに乗れそうだ。

生まれて初めてヘリコプターに乗りました。「お空の散歩」って感じで楽しかったです。一時間はあっという間に経ってしまいました。

女性機長はセービス満点。のりも良い。Route 64
3、地上からでは絶対見えない景色を見ることができます。
4、あのスケールのGrand Canyonをヘリで上空からというエンターテイメント性が素晴らしい。

写真と動画沢山撮りました。また今度ね。

さて、日曜日でもありGrand Canyon National Park は Entrance が渋滞。アメリカに来てまでも渋滞は味わいたくないので、元来たRoute64を戻る。Williamsに戻りたくないので、途中で脇道Route180に入る。まっすぐにいけばFlagstaffに行けるはず。

またまた風の中を激走。今度は、下り坂で速度制限がかかるコーナーも多数あり、300キロを超えるHDをコーナー入り口でねじ伏せ、クリッピングポイントからアクセルワークでトルクをかけながら立ち上がる。HDってこう言う走りができるんやな。走っている最中は重量の事など全く気にならない。だから、止まりたくなくなる、止まるのがイヤになる。

Flagstaffに入った所で本日二度目の給油。予定通り、燃料計の針半分で、7ドル、2ガロン強の給油。

お腹が減ったので、目についたレストランQuinn'sでお食事。中に入ってメニューをみるとRestaurantと言うより、軽食屋さんでした。Teriyaki Burger と Ice tea を注文。また、甘ったらしいのが出て来るのかと思いきや。ここのHamburgerは、今までで一番美味しかったです。Sunday は、3:00 closedって事で、早めに店を出ました。

店員のおねえちゃんにTeriyaki is Japanese.って言ったら受けてました。^^

まだ、三時過ぎ。もう少し距離を稼ごうと思いまいした。

あぁ、この考えが命取り。

大人しくFlagstaffのMotelに入っておけばいいものを・・・

例によってRoute66は寸断されていて、Freeway40に吸収されている部分が多いです。頼りないMapを頼りに走っても、試行錯誤の連続。Mapに掲載されているWinonaに辿り着いてもMotelなんてありゃしません。まだここで、Flagstaffに引き返していればいいものの、再びFreeway40を東へ激走。走りながら右をみても左をみても、何にもない大平原。「あぁーあ、最悪のケース」FreewayだからUターンもバックも停まる事もできません。走りながら覚悟を決めました。「Motelがあるところまで走る」笑。その結果、たどり着いたのはWinslow。名所のTwin arrowは通り過ぎちゃうし。


Freeway40を降りてすぐに目についたDELTA MOTELに入りました。

老夫婦二人で経営している鄙びた宿って感じです。
一応装備はちゃんとしています。入浴時、下敷きは必須ですが。笑

永谷園のインスタント味噌汁を飲みたいのでお湯を下さいと英語でお願いしたら(念のため)、ポットにお湯を入れてくれました。更に後から缶ビール2個とデザートのサービスもあってびっくりしました。営業努力されているのですね。だって、本当に周りに何にもないんですよ。おかげで雰囲気のある写真が撮れました。

何か外がザワザワすると思って窓から外をみるとPOLICEと書かれた車が・・・警察官とオーナーと別の男が話しています。テレビでいつかみた光景とそっくり。拳銃で撃ち合いが始まったらイヤだなと思っていたら事は治まった様でした。

どうも風が強く、明日以降の天気が怪しいです。

さて、これからどうなるでしょう。

気になって、Motelの外に出ていたらMotelのおじさんがやってきて、いつもの事だから心配ないと言いました。

現地時間:9月05日23:19
日本時間:9月06日14:19

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08日目 Winslow Petrified Forest Nat. Park Gallup

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朝、目が覚める。
やっぱりお腹の調子がイマイチ。
昨日、風があって心配した天気は・・晴れ。素直によかった!

入浴して身支度する。
WinslowのMotel DELTA MOTEL のオーナーご夫婦は本当に親切です。朝は朝食付きでございます。
コーヒー、オレンジジュース、シリアル+ミルク(私の子供時代はコーンフレークと言っていました:トッポジージョが宣伝していたような・・記憶違いだったらすみません)。東から登る朝日が素敵です。あとCherry Cheese Danishと言う菓子パンみたいなやつを頂きました。笑。
入浴して、身支度して出発。

DELTA MOTELのご主人に道を教わりました。
彼曰く「この前の道を、ダウンタウン方向に走ればいいよ。町の中心の信号機の手前にRoute66の大きなサインがあるよ。そのまま東に走ればFreeway40に合流さ。気をつけて行って下さい。」・・・と言われた筈。笑。

さて、出発しようと思ったら、DELTA MOTELの駐車場が砂利敷きで、苦笑。HDが方向転換できません。300キロを超える巨体に更に荷物を載せて・・。仕方なくHelp me! ちょうど、朝ちょっと話した他の宿泊客の方に手伝ってもらって方向転換。朝から筋肉痛になりました。走りだしてしまえば何の問題もないのですが、この停まっている時の取り回しの重さには頭が痛いです。私的にはHDは883位がいいかなぁと思います。

さて、DELTA MOTELのご主人の言われた通りに走ると、ダウンタウンに近づくに従って住宅、Motel、商店が増え「Winslowって意外と町じゃん」と思いました。^^

他のRoute66ガイド本に出ていたSTANDIN' ON THE CORNERのモニュメントを発見。三脚を使って、彼と一緒に写真をとる。渡米してから一週間になるが、観光地で三脚を使って撮影している所を見たことがない。三脚撮影は日本独自の文化なのだろうか?

Freeway40に合流する前に、右手にSantaFe鉄道がみえた。昨夜聞こえた汽笛もSantaFe鉄道のものだろう。

今日のmain themeは、CRYSTLAL FOREST と、Petrified Forest Nat. Park (クリスタル森 と、石化森林自然公園)です。

同公園のFreeway40の最寄のインターはHolbrookと言う町です。この区間もRoute66とFreeway40が絡み合うように走っています。簡易地図やiphoneのMapを見比べながら走行していきます。Historic 66の標識が見つかればいいのですが、いきなりFreewayに合流したり、Freeway上の標識に誘導されて、Freewayをおりた先の道は「DO NOT ENTER WHEN FLOODED」の黄色い標識。未舗装で、でこぼこで「4WDじゃないと危ないくない?」と言う感じの道。走る事を断念、引き返し再度Freeway40にのると言うような事を強いられます。

そもそも、公的には既に消滅した公道であるRoute66を走る事にどの様な意義を見出すかは各々の価値観によるところです。最初からFreewayで走れば、あっと言う間に目的地に着いてしまうのですが、敢えて、消えつつあるアメリカの青春期を支えた道を走る事にどれだけ思い馳せられるか?読者のみなさんは如何お考えでしょうか?

私の場合はRoute66オタクではありませんから、迷ったらFreeway。見つかればRoute66と方針を決めました。自分の判断で、自己責任を負い、その中で楽しむ事ができるのが一人旅の一番の利点だと思います。その代わり、リスクも一人で負わなければなりませんが。

ここで今日、一回目の給油。予想とおり5ドル分。1.724ガロン入りました。燃料計がまだ半分いってなかったので。ガソリンスタンドでは、他の旅行者やバイカーから軽く話かけられます。「はぁい、どこいくのぉ?良いバイクだね。一人?そりゃすごい。よい旅を!」こんな感じ。体の小さいアジアンがHD乗ってシカゴやNYまで行くって言うのだから珍しいのでしょう。

まるで、公道版オリエンテーリングの様な走行を繰り返しFreeway40のEXIT 285からおりてRoute180を南に下ります。ここまでくればあと一回左折すればPetrified Forest Nat. Parkは一本道。軽快にHDを飛ばします。天気はいいし、風はないし、雲は手が届きそうな高さに浮かんでいます。

Motorcycleの入場料は5ドルで、VISAカードで払う時にパスポートチェックされます。ID Check と言われます。で、私が日本人とわかると、受付のおじさんが、片言の日本語で対応してくれました。日本人多いんでしょうね。

自然公園の案内図を真剣にみて再度驚き。このPetrified Forest Nat. Parkには観光用の道が一本通っておりその先はFreeway40のEXIT 311に接続しています。地図をみていただけると如何にスケールが大きいか理解していただけると思います。この公園の存在もすごいですが、道なき道に道を作り、自然公園をそのまま、国有観光地にしてしまうスケールのデカさ。日本語で言う公園と言うニュアンスが、まったく通用しません。言葉的にParkを公園と置き換えていますが・・・この辺が、大陸と島国との決定的な違いだと思います。

Petrified Forest Nat. Parkについて詳細は述べません。ネットで山ほどテキストも写真も出てきます。そちらをどうぞ。

公園の出口の直前に、Route66のモニュメントがありました。よくみるとその先は、既に電線のなくなった電信柱が延々列をなしています。昔は、この電信柱群に沿う様に道があった筈です。

時代と共に道も、多くの変遷を経た筈で、すでに道でなくなったRoute66も数多く、長くあるのでしょう。幾多のロマンを抱えたまま。

311からFreeway40にのり、ガンガン飛ばします。Arizona州に別れを告げてNew Mexico州に入ります。Freewayの左右に真っ赤な岩肌が迫ります。日本では落石防止ネットが張られるでしょうが、アメリカはそんな事はしないようです。時おり地層層やゴツゴツした岩肌を晒した壁が迫り息を飲みます。こんな光景、映画でしかみた事ありません。

「すっげー!」「わぁー!」

今日もまたご飯食べてません。EXIT325で、ガソリン補給と一緒に食事にしました。

今度は、予想が外れ4.71ドル分。1.52ガロン入りました。Shellで入れました。
食事はSUBWAYでサラダを食べました。ちらっと他の人が注文しているのを見ていると「とてもそんな量は食べきれない」と断念。狂った様にサラダ(ハム入り)食べました。笑。

Freeway40を並走するOld Route を走ります。教会や廃墟となったガソリンステーションをカメラにおさめます。
Freewayを走っていると営業看板が見えます。で、それをcheckすれば、何番EXITでおりればMotelがあるかわかります。ま、普通に走っていても左右をみて、大草原しか見えなければ当然Motelなんかありません。最近、やっとアメリカの常識が理解できてきました。(今頃かい?)

今日は、Gallupで宿泊です。TravelodgeというMotelにしました。部屋をcheckしましたが、ここは一般のHOTEL同様の設備で、一人で泊まるのが勿体無い位です。綺麗なHotelがご希望の方におすすめ。向かいのコンビニでお買い物もできます。

入浴。
洗濯。
ビール。
スタバの缶コーヒー:甘い
日清カップヌードル:まだ食べてない

コンビニの店員さんお客さん、既にヒスパニック系です。そうです、ここはNew Mexico。州を越えたら、そこはもう異国。明日はどんな事が起こるでしょう。

現地時間:9月06日23:02
日本時間:9月07日14:02

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09日目 Gallup Acoma Sky City Albuquerque

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朝、目が覚める。
本当はもっと寝ていたかったけど、5時頃(現地時間)には目が覚めていた。
昨夜、泊まった部屋は2階だったので眼下にHDを確認して安心。もし、無くなっていたら・・そんな事考えたくもない。
今朝は朝食付きなので、さっさと一階ロビー横のホールへ向かう。

オレンジジュース、コーヒー、シリアル+ミルク、トースト、ミニカップケーキ、それと自分で焼き上げるワッフル。Hotelがワッフル焼き機とワッフルの生地を用意していて、自分で焼いて焼きたてを食べると言う仕組み。ワッフル焼けました。焼けましたけど、焼き機から外す時にボロボロに・・あら、横にスプレー式のパーム油が用意してありました。きっとこれを先にかければキレイに焼き上がるんでしょうね。知らなかった。次回はリベンジします。用意してあったリンゴとオレンジは食べきれないので部屋に持って帰る。

今日の目的地はAlbuquerque。相変わらず、目分量で測って、かつ、Motelが有りそうな規模の町を選びます。なんとなくわかってきたのは、地図上の道が入り組んでいる町は、それなりの規模であると言う事です。交通の要所・・小学校の時習った事が今頃役に立ちました。

さて、珍しく朝食をとってお腹いっぱい。出発です。朝、ネットで色々調べたところ、Gallup とAlbuquerqueの間の南側にAcoma Sky City という名所がある事がわかりました。

簡単にいうと、西部劇の背景をイメージできる様なでっかい岩山(mesaといいます)の上に暮らす、人口50人の村がある。それがAcoma Sky Cityです。

旧道Route66は、ある部分はFreeway40に吸収され、ある部分はRoute122と名前を変えて残っています。

今日は曇っていて肌寒いです。特に防寒と為の服は持ってきてないし・・あと二週間・・どうしようか?今から徐々に北上していくのに、Chicagoは寒いかな。

そうこうしているうちに、HDの風防(シールド)に水滴が・・。「やば!とうとう降ってきた!」。空を見上げると真っ黒な雨雲が。Route122を走行中に降ってきました。シールドに水滴が付きだすと前がみえません。ただでさえ読めない道路標識がもっと見えなくなってしまします。私は、ちょうどあったFreewayの袂に逃げ込みました。

荷物を丸ごと日本から持って来たごみ袋で包みます。「さて困ったな。どうしよう」。Freewayの袂から出て空を見上げました。「あれ?降ってないや」。どうやら通り雨だったようです。「ラッキー」私はまたRoute122を走り始めました。

私と同じような観光客なのでしょう・・反対車線を走り迷いながらFreewayへの進入路を選択して走っていった四輪車がいました。左座席の女性が地図を持っているのが見えました。「私も先を急がなければ」。

Freewayを走っている車は沢山いても、わざわざ旧道のRoute122を走っている車は殆どいません。右側に停車している車をみつけました。「汚い車」アメリカでは日本では考えられないくらい汚いボロボロの車が走っています。例えば、バンパーがなくなった状態でも。富裕層が住んでいる地域、貧困層が住んでいる地域、見事に分かれています。車をみればわかります。

さて、その汚い車(何度も失礼)をPASSしたはずが、私の後をついてきます。いやな予感。滅多に他車が走っていない状況で、珍しく追従してくる車がいると、あれこれ余計なことまで考えてしまいます。先にやり過ごしたいのですが、なんせFreewayと併走している一本道。路肩は砂利敷き。簡単にHDを停められません。変なトラブルはごめんだな。いつか見たアメリカのTVドラマのシーンが頭をよぎります。ピストルを持った犯罪者が汚い車から出てくるシーンを・・・。

変にドキドキしていると、Post officeで追従してきた車は停まりました。どうやら地元の車がたまたま私の後ろを走っただけの事でした。

Freeway40を西に進み「Historic66」の標識を発見してRoute122に戻りRoute66の有無を確認してトレースする作業が続きます。昨日よりはFreeway40と並走してRoute66が残っている部分が長いように感じます。

「道路工事中注意」の標識をみつけゆっくり走ります。右車線に停止している工事中のトラックをみつけました。その横を通り抜けようとした時、誘導員の方が「Stop!なんたらかんたら」と言っているのが聞こえました。身振り手振りで会話すると、どうやら今、通行できないと言っているようです。仕方なくHDの向きをかえ今来た道を戻り、Freeway40にのって西を目指します。Freewayを走りながら左側、Route122があるほうをcheckしていると、沢山の工事車両を発見しました。「やっぱり工事中だったんだな」I think so.

雨には降られるは、汚い車に追われてドキドキするは、道は工事中で後戻りするは、今日はなんだかついていません。「たまには、こんな日もあるさ」。そんな事を入っているとFreewayを降りて右折したときに反対車線に入ってしまったり。今日はついてない。

Milanの手前で給油と食事にしました。

FreewayのEXITそばのガソリンスタンドは必ずといっていいほど、スタンドとコンビニとレストランがセットになっているようです。

ガソリンは5ドル分入れようとしたのですが、4ドル強しか入りませんでした。給油中にまた外人から(あなた以外みんな外人よ。ここでは)話かけられました。「日本からかい?NYまでいくの?すげーなぁ。気をつけて、よい旅を!」たぶんこんなことを言っているはずです。

私はチキンサラダを食べました。肉がやわらかく大変おいしかったです。テーブルで地図やノートパソコンを広げRouteのcheckをさせてもらいました。会計時に「チップはどうしますか?」と聞かれたので、「カードでお願いします」と言いました。こっちにきてチップを催促されたのは初めてのような気がします。日本ではチップの習慣ありません。あ、でも、一度だけ飲食店でホールの仕事をしていた時に、外人のお客さんから\1000チップをもらった事があります。

Freewayを走っているとAcoma Sky Cityは次のEXITという標識があるので、何回かFreewayを降りてアプローチするのですが、何かうまくいきません。道が工事中だったり、間違ったり。「今日はついてないなぁ」。道に座り込んでiPhoneでMapを確認しているとAre you ok?と地元のトラックのおじさんが話しかけてきました。Where is the Sky City?とたずねると、この道を真っ直ぐ!と教えてくれて、曲がり角のところまで誘導してくれました。親切なおじさんありがとうございます。

Indn Service Route 38でAcoma Sky Cityに向かいます。途中やり過ごした車は、警察車両でした。

ここから先は、西部劇の背景を思い出してください。そう、あの場面です。赤茶けた土。切り立った岩山。アパッチ砦を駆け下りる馬のようにHDは急な坂を駆け下りていきます。
Acoma Sky Cityについては、ちょっとひっかかる事があってここで沢山の感想は述べません。私はその存在を確認し、すぐ、Indn Service Route 22でFreeway40に戻りました。

念のため更に給油。4ドル分。1.29ガロン。

もう大分疲れたのでFreeway40でAlbuquerqueに直行したいのですが「まだまだRoute66はあるんだよ」って感じでHistric66 EXIT 126の標識がみえてきます。

一旦、Freewayを降りて、道が分岐する前にiPhonのmapで道を確認します。大分、要領がよくなってきました。この付近のRoute66は、西にのびる分は残っていますが、東へ向かう分は途中で途切れて、すでに地図上ではRoute66の表示すらありません。どうなっているのか見に行ってみます。

やっぱりそうでした。曲がり角の店舗は「Open」の看板を出したまま朽ちており、道も荒れ放題、傍らには木が生えています。

だいぶん日が傾いてきました。先を急ぎましょう。Freewayに戻りEXIT140で降ります。地図上はこの付近はもうALBUQUERQUEの筈です。Freeway 40と併走するCentral Ave. NM(North West)をひたはしり、Motelを探しました。

なかなかぱっとしたMotelがみつかりません、ダウンタウンを通過してしまったのでUターン。HDでUターンは怖い。夕方のラッシュの車を掻き分けて進みます。こういうときに事故が起きやすいから要注意。

やっとの事でみつけました。SANDIA PEAK Inn。メキシカンなおじさんが受付してくれました。ここで違和感があったのが、フロントとゲストの間が透明のプラスティックの壁で仕切られていたこと。日本でこういう光景は、テレビの刑事ものの刑務所の面会シーンくらいですよね。ただ、あとで出かけた向かいのコンビにも同様。「あんまり治安がよくなさげ」。やっぱ日本的の「水と安全はただ」は非常識なのだろうか?おまけにコンビニにビールないし。「この辺の店にはどこもビールは置いてないですよ」と言われました。

この付近の雰囲気にはどうも馴染めません。コンビニで買った「マルちゃんのカップラーメン」を部屋ですすりました。

ここはNew Mexico Albuquerque。

サイトをcheckすると夜景がきれいだとか色々な話がでてくるのですが、とても夜間一人で外出する気にもなれず。入浴、洗濯、薄味のカップめんを食べて就寝するのでした。

今日は、午前中、通り雨が降ったりしましたが、昼以降は気温もあがり楽しく走れました。たぶんのこの旅行で一生分、走るんだろうな。^^

現地時間:9月07日23:28
日本時間:9月08日14:28

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10日目 Albuquerque Santa Fe Las Vegas

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朝方、右足がつりました。
久しぶり。過激な運動をした翌朝に攣る事はあったのですが、久しぶりです。「いてててて」大丈夫かな?不穏な雰囲気が漂います。

今日のMotel SANDIA PEAK Innは朝食付き。標準的な、コーヒー、オレンジジュース、トースト、シリアル+牛乳、バナナ。バナナにはCaliforniaブランドのシールが貼ってありました。「日本ならPhilippinだよな」と思いながら食べてみましたが、味の差は有りませんでした。美味しく頂きました。「ごちそうさま」。

Motelの奥さんは「このMotelは1500件のMotelの中で人気投票No.1になったのよ」と思いっきり自慢話をされていました。^^。機嫌がよさそうなので「Santa Fe」までの道を聞いたら「このMotelの前の道を真っ直ぐ走って、4つ目の交差点を左よ」と教えてくれました。

入浴して身支度して9時前にMotelを出発。

その4つ目の交差点にガソリンスタンドをみつけました。Pumpの前にHDを停めると、女性店員がやってきました。ここは珍しくセルフでないガソリンスタンドのようです。目鼻立ちがしっかりした(外人はみんなそう)方で、「そう、日本からきたの、私はブラジルから来たの」とポップな感じで会話が弾みました。^^

4.05ドル:2.959ガロンしか入りませんでした。
ガス欠の恐怖は先般経験しているので、燃料計の針が真ん中辺りを指したら、4~7ドル分給油しています。日に2回給油体制で頑張っています。
このガソリンスタンドは支払いはキャッシュでお願いしますとの事で、ズボンのポケットに溜まった小銭を差し出して、硬貨の分の支払いをしました。そうしないと、延々小銭が蓄積されていきます。じゃらじゃら。硬貨の単位はセントで、25セント(クォーター)とか日本にはない金額の硬貨があります。

さて、今日は「Santa Feに北上して、あわよくば、Santa Rosaまでいければいいかな」と言う感じで。相変わらずaboutです。^^

もしかして寒かったらイヤだなと思いUNIQLOのシルキードライシャツを三枚重ねしてその上にトレーナーを着込んだのですが、今日は、気温が高く、肌寒いと言う感じはしませんでした。

iPhoneでしつこくMapを確認しながら進みます。Freeway25を敢えて使わず、隣のRoute313を使います。真横をSantaFe鉄道の線路が走っています。
北を上にすると、向かって左から、Route313、SantaFe鉄道、Freeway25の三本の線が、北に並走しています。

お写真をお見せできないのが残念ですが、傍らに大きな木が立ち並んだり、アメリカっぽくっていい感じです。アライグマが道の真中で死んでいました。多分、夜半にはねられたのでしょう。日本だったら、犬か猫かイタチですね。途中で、Freeway25の方向を示す標識がでてきました。構わずRoute313を北上・・ところが「Dead end 」行き止まりの表示が・・あぁ、なるほどね。さっきのFreeway25の標識のところまで戻って、North Freeway25のエントランスに飛び込みました。

道中道を確認していると「Are you OK?」とHDに乗ったおじさんがやってきました。「SantaFeに行こうと思っているんです」と言うと。丁寧に、道をご教授頂きました。みなさん親切で人懐っこいですね。^^、HDにご自身のお名前をかかれていました。Bobby Bearさんです。今後、宜しくお願いします。

SantaFeに着きました。かなり交通量の多い道路沿いのMcDonaldでフィレオフィッシュとアイス珈琲を飲みました。店員さんに「ここはSantaFe?僕は小さな町を想像していたんだけど」と言うと、店員さんは「観光地になっている美術館がある場所はもっと向こうなんです」と教えて頂きました。(知らない内に結構、英会話ができている私)。

SantaFeってネットとかで情報をゲットすると、歴史から取り残された町・・みたいな取り上げられ方をされているのですが、観光地からちょっと離れると、三車線道路に車はいっぱい。Freewayは走っているし、ショッピングセンターや外食産業の店が建て込み、その風景は日本と変わりません。自分の勝手な思い込みで朽ち果てた家々をイメージしていたので「もしかしてここは別のSantaFe?」と真剣に悩んだ程です。

さて、気を取り直してHDを走らせます。美術館がある観光ダウンタウンは観光客がいっぱい。とてもHDを片隅に停めて、その辺を散策できる空気ではありません。町はお洒落な感じで、女性が買い物でもしたら喜ばれるのではないでしょうか?

私は運良く「PRE-1937 HISTRIC New Mexico U.S. ROUTE 66」の標識を見つけられたので記念撮影。で、「ROUTE 66はどっちに続いているの?こっちは一方通行だし・・」と思案していると、交通指導員のおじさんにみつかって「ここは黄色のサインの駐車禁止場所だ」と怒られました。「私は日本人です。ROUTE 66の旅行者です。道を探していました。」って言ったら事無きを得ました。ここに長居は無用。一方通行多いし、SantaFe脱出を決断しました。

iPhoneのMapで位置を確認しながら進みます。面倒ですが、Freewayの入り口を間違うと、とんでもない事になるので。ここは慎重に。Freewayにのる前に行き先と降り口を確認。Los Angelesでえらい目にあったので。^^

Freeway25を使って南下します。時折、Historic spotは抑えていきます。

この時間だとSanta Rosaは無理なので、Las Vegasにします。California州ではなく、New Mexico州のLas Vegasです。Google Mapで探してみて下さい。

途中雲行きが怪しくなって雨が降ってくる。でも、何故か日も差している。天気雨。広い空を見上げると、黒い雨雲と太陽が一緒にみえる。「そっか、あの雲の下だけ雨なんやな。なら、速く雨雲の下を走り去ればいい!」アクセル全開で突き進む。メーターの針は75Mile/h(120km/h)。切り裂く空気の壁はゼリーの様に背中を這う。山を越え、ごつごつした岩肌が後方にびっとぶ。EXITのサインを追いながら、集中力を切らさぬ様に気合を入れる。

途中、何回か常識に従って旧道を走る。道の両脇には色々な様式の人家が立ち並ぶ。緑が多く。日本の住宅の様に戸建ての家がすぐ側に窮屈そうに立ち並ぶ光景は皆無だ。

PHILLIPS 66のサインが見えたので、今日2回目の給油をする。早め早めの給油をおねがします。5ドル:1.583ガロン入りました。

17:00、Las Vegasに着きました。ちょうどあちらこちらで道路工事をしています。雨が余計降ってきました。路面は濡れています。ぱっとしたMotelが視界に入ってきません。「もう少し走って別のMotelにしようか?でも雨降ってきたし」。その時、EL CAMINO MOTELのサインが目に入ってきました。いい感じです。今日の宿はここにします。HONDA のGLも泊まっているし。

Motelのオーナーは「私はINDIANだよ」って誇らしげにいいました。
隣の宿泊客のおじさんはミニトレラー付きのHONDA GL1800に乗っています。しばしバイク談義に花が咲きました。

入浴。洗濯。

夕食は、Motelの向かい側のケンタッキーフライドチキンにしました。なんか、この2ピースのコンボもコーラも日本のレギュラーより遥かにでかいような・・・ま、いいか。
後から、近郊のコンビニ(ALLPUP'Sと看板が出ていました)にビールを買いに行きました。
ここでも、日本では信じられない光景が・・・。その話は今度。
さて、明日は天気は大丈夫か?
どこまで走れるか。
放浪の度は続くのでした。

夕焼けがキレイで沢山写真を撮りました。

現地時間:9月08日21:40
日本時間:9月09日12:40

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11日目 Las Vegas Santa Rosa Tucumcari

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昨日、隣に宿泊されたHONDA GL1800のオーナーの方は、早々に、多分7時頃に出発されました。

昨日の夕方の夕立が嘘の様に日本晴れのNew Mexico州Las Vegasの朝です。

Gallupで宿泊した時の朝食で出たリンゴとオレンジをもらってきていたのでフレッシュ朝食にする。朝から、メキシコ料理とか食べたくないし。^^
りんごもオレンジも小ぶりだけど、味もそれなり。リンゴは硬かったです。多分、日本のリンゴとは品種が違うんでしょうね。
ちょっと遅めに朝9時頃出発する。
地図を見てもらえばわかるのですが、Route66へ戻るにはかなり南下しなければなりません。色々検討してRoute84で南下する事にしました。一旦、South Freeway25で昨日来た道をもどって、Route84に乗り換えて南下します。このポイントをcheckできないと、Freeway迷子になってしまいます。時間とガソリンを浪費してしまいますので間違わないようにしないといけません。

今日は、気温もいい感じです。風もありません。気持よく走れています。
ありました!Route84への接続はFreeway25のEXIT 339です!
Freewayは入口、進む方向、出口させ間違わなければ実に快適に飛ばせます。
今の時代はNavigationと言う便利なものがあるのですが、motorcycle の場合、走りながら運転者の目前に地図を表示するなんて事はまだ難しいですから。

EXIT 339でFreeway25をおりて、ガソリンをPHILLIPS 66で給油して、ついでに隣接するSUB WAYでサラダを食べました。
本日1回目の給油、4ドル:1.266ガロン

今日は何故か朝から食欲があります。だいぶんアメリカを走る生活に慣れてきた為でしょうか?

Route84は片側1車線のFreewayです。当然、信号機はありません。まるで北海道の一直線に伸びる道が、永遠に続くようです。途中、「PRE-1937 HISTRIC New Mexico U.S. ROUTE 66」の標識がありました。傍らには朽ち果てた教会、辛うじて営業している?飲食店。対面には、既に営業をやめているお見せがありました。

こっちに来て実際にアメリカを走ってわかった事は、アメリカは車社会であり、車を持っている事が当たり前の世の中だと言うことです。更に、その車が走る道は、社会と密接に関係しており、その道の変遷がアメリカの時代を現していると言う事です。

アメリカ全土に、Route66はどれくらいあるのでしょうか?昨日、みたように道そのものが朽ち果てたような道もあります。地図の上では行き止まりの道になっています。

Freeway40にたどり着き、今度は、EASTを目指します。
Freewayのたもとに今にも落ちそうな巨石があります。だれかがでっかく落書きをしています。^^
旧道のサインを見つけましたので、敢えて旧道を走ってみます。傍らには普通の人家があります。
旧道を走るHDが珍しいのでしょうか?知らないオジサンが手を振ってくれました。

Santa Rosaに着きました。おなじみMcDonaldでお食事です。飲み物のカップの大きさのスケールが異なる事以外はあまり日本のそれと変りないのですが、店の外に星条旗がはためいているのが、ここがアメリカ合衆国である事を主張しています。

そして、不思議に思った事があともう一つ。利用者に高齢者が多いです。ここSanta Rosaは若者が少ない街なのでしょうか?よくわかりません。アメリカと言う国はご存知の通り移民の国です。建国して高々200年余りの歴史しかありません。今、McDonaldで食事をしている高齢者の父か祖父が祖国を離れてアメリカに移住し、色々な歴史的変遷があって今のアメリカと言う国が出来上がったのです。日本からアメリカに移住した人達も少なからずいます。今、私の目前で、食事をされているご夫婦はどのような人生を送られたのでしょうか?もっと私に英語力があれば色々なお話をきけたかもしれません

Tucumcari(トゥクムケアリ)に着きました。今日の宿泊はここにします。

Freewayをおりてランプに入って下道に合流する時にstopの標識が!結構スピードがでていて慌ててフルブレーキング。HDでフルブレーキしたのは初めてでした。ちゃんと停まれたんでよかった。交差する車もきてなかったし。Freewayを走った後はスピード感覚麻痺するので注意しないとイケないですね。かなり反省。

ここでまず驚いたのは、Freewayをおりて最初にでっかいShellのサインが見えたので、給油しようかと思ってスピードを落として、よくよくみると、大規模なガソリンスタンドが丸ごと閉鎖していました。隣接するレストランごと。やっぱりアメリカ経済あんまりよくないみたいです。

Tucumcariのdowntownで今日2回目の給油。7ドル:2.357ガロン入りました。
丁度、HONDA GL1800軍団が給油でスタンドに居ましたので「これHONDAでしょ?私は日本人です」と話しかけました。そしたら、GL1800の老夫婦は「そうだよ、素晴らしいモーターサイクルだ。私たちがHONDAに乗って、日本人がHDにのっているとは、おもしろいね」といわれました。^^。「私もそう思います」と応えました。ご婦人が「おいでお
いで」をするので何かな?と思ったら「一緒に記念撮影をしましょう」と言う事でした。

ハイポーズ!

「老夫婦がHONDA GL1800でツーリング、アメリカは余裕だな」と思いました。

今日のMotelは、Gallupで宿泊した時に使ったTravelodgeというMotelです。
他にも色々、潰れかけた様なmotelも沢山あったのですが、迷った時は、以前、使ったことがある店になっちゃいますね。

サークルKでビール買って、部屋でシャワー(バスタブがない)、洗濯。

明日は、Amarillo Texas州までいけるかな。

Motelの隣のRestaurantで食事する。こっちにきて初めてのメキシコ料理。コメを久しぶりに口にしました。ちょっと日本のコメとは違うかな。豆、シーチキンみたいにした牛肉が入っているブリトーみたいなのとか皿に載っていました。今日はよく食べたな。もともと、食べる事にあまり執着しない人なんで、^^

朝:SUBWAY ハムサラダ
昼:McDonald コンボ
夜:Restaurant メキシコ料理

現地時間:9月09日19:51
日本時間:9月10日10:51

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12日目 Tucumcanari Clnton

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さて、今日は何処まで走れるだろうか?
このMotelも朝食付きなので、美味しくいただく。
・・と言っても定番の、ホットコーヒー、オレンジジュース、シリアル+ミルク。トースト+ジャム。
朝、8時過ぎに出発する。

今日もFreeway40を東へひた走ります。
今日1回目の給油。ここでは「クレジットカードを先に預けて、満タンにして、その金額を支払う」と言うシステムであった。ここでは、ガソリンを満タンにできる。ありがたや、ありがたや。

場所は後から確認

6.16ドル:1.989ガロン入りました。

丁度、隣で給油している黒人さんのトレーラーに引かれていたのはHONDA CIVIC。これは私の好きな車の一つだ。黒人さんに話しかけてみた「これHONDAだね。僕、日本人、僕、HONDA好きだよ」すると黒人さんはいいました「これはCIVICだよ。いい車さ。何処までいくの?シカゴ?そりゃすごいね」で、「写真を撮っていい?」と聞くと。お気に入りの帽子をかぶってポーズをとってくれました。^^

ChicagoとLos Angelesの中間地点に到達。記念写真を撮る。
すぐ横のMidPointCAFEで再度、朝食。(だんだん食欲でてきたね)。
このMidPointCAFE洒落た雰囲気で古くから営業されていたのでしょう、昔の写真も飾ってあります。ウェイトレスの方に「写真撮っていい?」てきいたら、気軽にOKしてくれました。客あしらいも手馴れたもんです。Route66沿の名物カフェはどこも家族経営の様な雰囲気がします。
ソーセージをチョイスしたら、ハンバーク状の朝食がでてきた。
そうか、日本人が想像するソーセージと違うのだな。
ベーコンの方が良かったかも。
Mazuda3に乗った女性二人組のテーブルには、ホットケーキが運ばれていた。
分厚くってでかいホットケーキが三枚重ね。・・そりゃ太るわな。笑。

Glenrioと町が州の境で、既にTexas州に突入したもよう。またまた
こちらの現地時間が1時間早くなりました。

VEGA通過


Freeway40を東へ移動していきます。時々、Route66のEXIT標識がみえますので、その度に下道におりてRoute66をcheckすると言う感じです。

私は予習もなにもしていないので「あ、なんかの本で見た建物だ」と思える名所に遭遇する事もあれば、たんにFreeway40と並走する旧道を走る事になる場合もあります。

300キロを超える車重のHDをUターンさせるのは面倒なので、ただ単に名所の前でHDに跨ったままカメラのシャッターを切ったりします。

Route66はアメリカの歴史そのもので、Route66に纏わる人、物、建築物、食べ物・・・それこそ無数のモノがあります。そんな中な、みなさん色々嗜好があるわけで、何をみてどう感じるか?はみなさんの感性次第という事になります。

僕は、ファッションとか、貴金属にあんまり興味がないので、インディアンの作った土産物を並べられても、放生会の夜店で並べられたそれと変りないです。豚に真珠とはこの事ですね。

にもかかわらず、廃業してしまったガソリンスタンドが朽ち果てるままに放置してあるのをみると何となく停まって見入ってしまいます。

既にTexas州に入っています。
Texas州は穀倉地帯なのでしょうか?旧道沿に沢山の穀物倉庫をみる事ができます。


Freeway40を爆走していると右手に、あれを発見。アレです。アレ。なんとかと言う芸術家が10台のキャデラックを大地に突き刺して芸術作品にしたと言うアレっです。

みなさんも一度は雑誌か何かでみた事があるでしょう?

自分は勝手に砂漠地帯にあるものだと思ったら、なんとFreeway40から見える位置にありました。他のツーリンググループの人達も見物にけいています。
ふいに「貴方もスプレーかけてみる?」、スプレー缶を持った女性が言いました。「はい、ありがとう」と言って「写真を撮って頂けますか?」とお願いしたら「もちろん」と言う返事。スプレーで「JAPAN」と書いている所を撮ってもらいました。

芸術とはなかなか理解し辛いものですが、人を引きつける何かがあるのでしょう。

車の周りには沢山の缶スプレーの缶が散乱していました。彼らはきっとこう言うでしょう「これでいいのだ」と。

そろそろAmarilloが近くなってきました。

Amarilloを通過する時に目に入ってきたRestaurant名、HAYASHI、KABUKI、日本系料理屋さんも頑張っているようです。そして本に紹介されているステーキ屋さんも通りすぎて行きました。なんせ反対車線の向こう側に見える店舗にわざわざ入ろうと言う気力が出てきません。こっちは85Mile/h(140Km/h)で爆走中なもので。笑。

こちらのFreewayの流れにも慣れてきたので、急な坂でまごついているトレーラーをがんがん抜きながら走っています。慣れとは恐ろしいものです。日本では高速走ってもまず、100 Km/hは出さない人なんですけどね。Amarilloは交通量が多く、周りに立ち並ぶ建物の規模をみても、そえなりに大きな街のようです。

OLD ROUTE 66に誘われて、時折、一面(麦?田んぼではないので)畑の旧道を走ります。これがエイカー(acre)単位の広さなのでしょう。水平線の向こうまで畑です。


ROUTE 66で穀物倉庫を見上げているとSCOOL BUSがやってきて、運転手が話しかけてきました。私が見た限りでは米国のSCOOL BUSはどれも同じ形と色(黄色)で、統一されています。ということは連邦政府が管理しているのでしょうか?
運転手と思った人は実は先生でした。先生がBUSを運転して生徒を迎にいっているのいでしょうか?笑。ここでも記念撮影を・・。でもみんあ人なつっこいなぁ。体の小さなアジア人がHDに山ほど荷物積んで移動しているのは珍しいと言えば珍しいのでしょうね。きっと。

Alanreedで本日2回目の給油
5ドル分:1.597ガロン
このガソリンスタンドはAlanreedの旅行センターも兼ねています。気合の入ってお店ですが、お店を守っていたのは、おバァちゃん。ここでも記念撮影をしました。

Big Vern's STEAKHOUSEと言う看板がみえたのでここで昼食兼夕食にする。お手軽な、BBQサンドウィッチを注文しました。相変わらず量が多い。牛肉をシーチキン状にしたものをバンズで挟んで・・これは日本で言うハンバーガー。笑。フライドポテトも山ほど。これも美味しかった。世は満足じゃ。ここでも隣のテーブルの人から「日本人かい?どこまでいくの?」と話しかけられる。嫌でも英会話鍛えられるなぁ。笑。

この辺から土の色が真っ赤に変わります。なんか栄養たっぷりの様な感じがします。うまい芋が沢山とれそうな感じがします。

ここでTexas州をぶち抜いて、Oklahoma州に突入です。
今日はよく走りました。

宿泊は、Clinton の Mid-Town Travel Inn 外見はぱっとしませんが、部屋は標準でした。冷蔵庫は欲しかったな。ちゃんとバスタブあるし、あ、ここでも下敷きまな板が大活躍。

洗濯。
入浴。
ビール。笑。

夜、三日月がキレイでした。日本でみるそれとは微妙に形が違うような気がしました。

明日も激走するかな。笑。

現地時間:9月10日22:51(1時間早くなりました:アメリカは4つ時間を持っています)
日本時間:9月11日12:51

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13日目 Clnton Miami

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宿泊したMotel、Clinton の Mid-Town Travel Innなんですが・・・私も過去、サービス業に従事していた事があるのですが、朝食NGでした。

7時から9時と言っておきながら、8時にいってもロビーの鍵すら開いてない。昨日の受付のあばちゃんの息子らしい人がでてきてなんか言ってますがよくわかりません。当然コーヒーは湧いてないし。大笑。おいおい。日本だったら、旅ログかなんかにハチャメチャに書かれて店誰も来なくなってるよ。

この旅を始めて10件以上のMotelに泊まりましたが、今、アメリカのMotelは二極化しています。昔ながらの日本で言う連れ込みHotel形式のMotelが第一の極。もう一つの極がチェーン店化しているMotel群です。日本で言えばサンルートチェーンとかあんな感じですね。

そして、更に、第一の極にタイプが2つあります。Aタイプは、かつての栄光をなんとか留めながら、Route66にアイコン的立場で観光客が好んで泊まるMotel。そしてBタイプは、残念ながら、Route66のアイコンにもならずに、消え行く運命のMotelです。

今回、泊まったClinton のMid-Town Travel Innは第一極のBタイプのMotelだったと言うことです。好んで再度泊まろうとは思いません。だって朝ごはん抜きになりますから。笑。

朝、笑ったのは看板には、POOL OPENとか書いてるのに、プールには水すら入っていません。なんとも気合の入ってない消え行く運命のMotelです。

さて、そんなMotelに長いは無用です。
近くのガソリンスタンドでガソリンを入れます。

本日1回目の給油:7ドル:2.398ガロン入りました。

Freeway40をEASTに爆走します。

というか、今朝はどんより曇り空で気温も上がらず、いつ雨が降ってきてもおかしくない状況なんです。今回の旅行は長距離と言う事もあってあんまり余裕はないんです。帰国する期日は決まっているし、飛行機の搭乗日の朝、HDをChicagoのお店に返却しなくてはいけません。となると、あんまりガチンコの計画は組めないのですが、いかんせん、初めての大陸横断なので、今までは比較的、堅実な行動計画になっていました。

昨日、Los AngelesとChicagoのThe half way pointも過ぎましたので、ちょっとピッチをあげて後半余裕を持ちたいのが本音です。で、今朝みたいに雨かも?と思わせる天候だとより一層、アクセル開度が大きくなります。

朝食は、Carl's Jrのハンバーガー。Weatherford(ウェザーフォード)です。SABWAYの看板につられてFreewayおりても肝心のSABWAYは見つからず、仕方なく別の店に入るケースも多々あります。さがす時間が惜しいので。

今日は北風が強く、ハンドルをしっかり握ってHDの車体を抑えつけないと簡単に一車線分くらい流されそうです。そんなに簡単にひき肉になりたくないいので、真剣勝負です。Freewayを走る難しさは、一旦走り始めたらとまれないって事です。当然、車の流れもありますから、スピードも出さないと危険です。そんな中で、JCTもやってくるので、的確に車線変更をしていかないといけません。爆風に耐えながら集中力を切らさず、各種情報を集めながら走るのは結構つかれます。

Oklahoma Cityに入りました。Freeway を走っているのですが、複雑にEXITや接続する幹線道路のJCTがこれでもってくらい続きます。

予め地図でcheckしたのですが、一旦、Freeway35 NORTHを経由して、Freeway40からFreeway44 EASTに乗り換えます。大きな都市なので交通量もものすごいです。こんな時にJCTに対応するのは本当に疲れます。

「あれ?Freeway44 WEST?まちがったかな?」丁度、次のEXITで慌ててFreewayをおりてiPhoneのMapで確認「よかった、あってるじゃん」ついでに給油します。

Oklahoma Cityにて、本日2回目の給油:7ドル:2.374ガロン入りました。

今日は、結構走ってます。

更に走ります。
「あれ?今度は行き過ぎてる。戻らなきゃ」ちゃんとcheckしていたはずが、Freeway35 NORTHからFreeway44 EASTへの乗り換えを見落としたようです。よかった早めに気がついて。やっぱナビがないと辛いなぁ。

更に爆走は続く。


途中、Chandlerと言う町に立ち寄りました。Russell's School of Karateと書いてある空手教室の看板も見つけました。記念にパチリ。壁画で町の歴史を解説してあったり色々面白いものをみる事ができました。

Sapulpaにて、本日3回目の給油:5ドル:1.684ガロン入りました。

Freeway44 EAST上に珍しくRoute66の標識があったので下道におりてみます。バーガーキングでワッパーを美味しく頂きました。日本でもバーガーキングを利用したとはありませんでしたので、初めて食べた事になります。ここでもオバチャマやオカァチャマに歓迎されました。「まぁ大変、気をつけていきなさいよ。本当に・・・」こんな感じで話されていたはずです。御婦人方の井戸端会議の雰囲気は日本もアメリカも変わりません。彼女たちが話している英語をそのまま日本語に吹き替えてもなんら違和感はありません。

VINITA(バイニータ)にて、本日4回目の給油:6ドル:2.120ガロン入りました。

ここは、マクドナルの店舗がFreewayにかかる橋の様な感じであります。見晴らしはよいですよ。

さて、17時過ぎましたので、今日の宿泊場所はここにします。
Miamiです。昨日のMotelがひどかったので。今日のMotelはチェーン店系にしました。
今日は、結構走った筈です。
Googleマップでみてみて下さい。

もう少しでミズーリ州です。

現地時間:9月11日21:41
日本時間:9月12日11:41

今日はあの日から9年が経ちましたので、テレビでは式典の様子を報道しています。

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14日目 Miami Sullivan

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Super8で朝食。朝日を撮ろうとMotelの前にでると車がいっぱい。朝食を食べに来る家族連れも・・チェーン店系のMotelは、それなりの価格と安心感で浸透していると言う感じがします。
日本でも、格安ビジネスホテルと温泉旅館が支持を集める構図と似ているのかもしれません。

ここに用意してあったアイスレモンティ美味しかったです。朝から得した気分。
朝食:ホットコーヒー、オレンジジュース、レモンティー、トースト、ドーナッツ、シリアル+牛乳。

iPhoneかってにローミング接続事件

部屋に戻って、身支度していた時の事。
iPhoneを操作していた時に、勝手に、Verizon、AT&Tにつながり、メールチェックが始まりました。「おいおいローミングされたら高額なパケット代請求されるのに!」ドキドキしながら、とりあえずiPhoneの電源を切りました。「でも、iPhone使えなきゃ、Mapみれないか動き取れなくなるじゃん」誰かに何かをきこうにも、ここはアメリカ。アメリカから日本のヘルプデスクへ電話する勇気も出ません。^^

持参していたノートパソコンで対策を調べる。モードを機内モードにする事とSIMカードを抜く対策方法がありました。

iPhoneを立ち上げチェックします。「確かにローミングはOFFになっているのに・・・詐欺かよ?」そんな事を思いながらも、今、この時点で深く考えても仕方ないので、機内モードをONにしました。更に、SIMカードの引き抜き。その時、日本からもってきた文具が役に立ちました。シャープペンシルの芯。意外と強いので針金の代わりになりました。無事、トレーごとSIMカードの引き抜きができました。これで、電話会社の詐欺ともおさらばです。

朝からこんな事で時間を使わせないで欲しい。

気をとりなおして身支度、出発。今日は、いきなり、ミズーリ州(Missouri, MO)に突入です。Freeway44をEASTに爆走!すぐミズーリ州のビジターセンターの案内サインが目に入って来ました。

案内係のおばさんに「日本から来ました」と言うと大歓迎。至れり尽くせりで沢山地図をもらいました。なんとも決め細やかな対応でございます。で「外国から来て頂いている人にはこの世界地図のホームタウンにピンをさしてもらっているの、いいかしら?」といわれるので、しっかり日本の福岡にピンをさして来ました。他には東京に2本ささっていました。世界地図をみると、やはりヨーロッパからの来訪が圧倒的に多かったです。

がんばれ日本!

Duerweg のCASEY'Sで1回目の給油:5ドル:1.938ガロン

SEBWAYでサラダ食べる。
このサラダ、ピクルスがやたら辛くて死ぬかと思いました。

Mt Vemon という町に入ってRoute35がRoute66に接続しているのを確認して、動き出すも、でっかい教会のような建物がある広場の様な場所にでてしまってI'm lost状態になる。困って、その辺を歩いていたカップルに道をきくと「僕たちもドイツからこっちにきて未だ日があさいんだ」との返事。でも、女性の方が「ちょっとまってて」で、立ち去って・・数分経つと・・なんと、地元のパトカーがやってきました。

なんとパトカー呼んでくるなんて!

まちがいありません、だってVemon Policeって書いてありますもん。事の次第を説明すると、警察官は「じゃ、道がわかるところまで案内してあげるからついておいで」と言われました。

まさかさかのパトカー先導でHD運転。アメリカに来て面白い体験ばかりします。^^

ありがとうございます。無事、Route66に辿りつきました。

この町ではRoute66はRoute96と名前をかえています。ところどころに「HISTORIC MISSOURI US 66 BYWAY」のサインがあります。

カウンティーロード2062と言うところで、書籍でみたことがある、Route66の名所の昔のガソリンスタンドと橋をみつけました。いい雰囲気です。ガソリンスタンドの裏の方でオーナーの方でしょうか?手をふるのがみえました。

Missouri州のRoute66はアップダウンが激しく、まるでジェットコースターのようだと言うのは本当でした。目線の高いバイクでもこうですから四輪車はもっと怖いかもしれません。

Springfieldを目指して走ります。

途中、沿道に日産フィアレィデーZの昔のヤツが停まっていました。写真を撮りました。アメリカでもまだ乗っている人がいるんだと思うと嬉しくなりました。

CASEY'Sで、本日2回目の給油:4.87ドル:1.897ガロン
この店でチェリーパイとPIZZAを買いました。美味しかったです。

Springfieldで道に迷います。iPhoneの現在位置確認機能がうまく働かないと大変こまります。いろいろ悩んでも仕方ないので、Freeway44に戻りました。とにかくEASTを使えば、東には進んでいますから間違いありません。

85Mile/h(140Km/h)で爆走します。最近はFreeway走行にも慣れてきて、上り坂ではトレーラーをぶち抜いていきます。神風ファイター状態。笑。

でも、結構、酷使しているんですがHDは85Mile/h(140Km/h)で走るのが当たり前の様な感じで逞しく走ってくれます。停止時の取り回しの悪ささえなければいいですけどね。ただ、この車重が高速走行時の安定性能につながっているのでしょうから、難しいところです。

本日3回目の給油:5ドル;1.699ガロン

だいぶん日が西に傾いて来ました。
東へ向かって走ってしますので、西から照らされた自分の影をみながら爆走します。
自分を追い抜くでっかいトレーラーの影が覆いかぶさってくるので心理的に怖いです。
日がくれない内にMotelに入る事にします。
今日もよく走りました。もう、日本にもどったら走りたくないくらい。笑。

今日もSuper8に泊まる事にします。18:30到着。

もう、疲れてあれこれMotelをさがす余力が無くなっているのが正直なところです。慣れたこところが安心というのもあります。近くにコンビニもガソリンスタンドがあって・・そんな立地のチェックはちゃんとしてますけどね。

今日は、Sullivanと言う町まで辿りつきました。セントルイス、シカゴも射程圏内です。その先はNY。^^

あとからコンビニに行ったらまるちゃんのカップYakisobaがありました。電子レンジ調理なんですが、意外と美味しかったです。米国流なのか粉末ソースではなく、塩味の粉末でした。めでたしめでたし。やはり食で満たされる部分は多いです。笑。

あと、どぎつい色のお菓子があったので試しに買ってみたのですが、これは外れ。色付ロウソクを食べている様なかんじ。悪いと思いながら捨てました。二度と買いません。

現地時間:9月13日01時54分
日本時間:9月13日15時54分(14時間の時差ですね。NY時間では13時間の時差になります。今はシカゴ時間です。)

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15日目 Sullivan Saint Louis, MO Dwight, IL

http://lang-8.com/124461/journals/643436/September-13th-Sullivan-Saint-Louis%2CMO-Dwight%2CIL
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場所は違っても連泊のSuper8で朝食。
今日のSuper8 in Sullivanはなんと、あの、ワッフル焼き器が登場!この前のリベンジができました。きれいに焼けましたよ。味は一緒でした。多分、生地の配合マニュアルとかあるのでしょうね。もしくは、最初から、ブレンド済の粉が売っているものと思われます。

隣でHDのTシャツを着た屈強系の男性が、ワッフルに「これでもか!」と言う位、メープルかけて食べています。色々きいてくるので適当に流してします。適当に流せる英語力があったのか?笑

さて、身支度が済んで荷物を積載する前にHDの向きを変えようと「うんこらしょ」と後ろに引っ張った時、足元に砂が浮いていて「ズリズリ」とHDが傾きます。あらら、倒れる!と思った瞬間、踏ん張りました。よかった。火事場の馬鹿力でしょうか?危うくHD倒すところでした。朝から一日の半分以上のエネルギーを消耗した様な感じがします。まったく毎日毎日付き合っても、この停車時の取り回しだけは、どうにもなりません。もう少し慣れたら楽になるのでしょうか?この停車時にHDを振り回す体力が無くなったときに、バックギア付きのトライク?でしたっけ?三輪車に移行するのでしょうね。

いつもの様に朝一番でMotelの横のガソリンスタンドで給油。
6ドル:2.145ガロン入りました。

Freeway44に絡みつくように走るRoute66を走ります。
「HISTORIC MISSOURI US 66 BYWAY」の青いサインとみつけては下道を走ってみます。この辺は名物スポットらしきものもなく、淡々と旧道が続きます。ただ、インディアン住居をモチーフにしたMotelがありましたので写真を撮りました。

緑が豊かで時折、池を見かけたりします。傍らにはボートが置いてあったりして、アメリカの普通の家並みが続きます。Route66は現在の地図上ではRoute100と名前を変えています。

旧道を突き進んで、St Louisに入りました。交通量が多いので神経を使います。赤レンガ作りの古い建物が目につきます。郊外は、ショッピングセンターや車のディーラーが沢山あり活気のある町の様に見えるのですが、Downtownは何故か荒廃した印象を受けます。放置された赤レンガの建物群が、うらぶれた印象を強く残します。HDを停めてゆっくりする気も起きず、ゲートウェイ・アーチを横目にみながらFreewayにのる。しつこいくらいiPhoneで道を確認する。ターゲットはFreeway55 North。一つのFreewayが三つの道の名前を持っている。混乱の元なのでなんとかして欲しいが、心の中で「55 North、55 North」と繰り返し、見覚えのない地名+EXITサインは総て無視してFeeway55 Northを爆走する。ウィキペディアにはアメリカ有数の犯罪都市であると紹介されていたSt Louis。やはり実際に行ってみても、あまり好ましい印象は受けませんでした。

Illinois州に突入しました。Freewayのビジターセンターで、HISTORIC ILLINOIS US 66 ROUTEのサインを写真撮影。今日は、月曜日で窓口はお休みでした。Homestead REST AREAと書いてありました。

今日はChicagoの近くまで走る予定です。いつもの様にFreewayを爆走。

Farmersvilleにて本日2回目の給油:6ドル:2.070ガロン入りました。隣接するSABWAYで食事。

6インチのサンドウィッチを注文しました。お腹ペコペコで美味しかったです。でも、考えてみたら日本ではSABWAYを利用した事は一回もありませんでした。アメリカではSABWAYなしには生きていけません。大切な生野菜の供給源です。笑。

たまたま給油の為に訪れたガソリンスタンドの傍らにRoute66のサインを発見。とろとろ走ってみる。この辺は麦畑だろうか?広大な耕地が続く。えんえん。日本では絶対にこう言う風景はお目にかかれないだろう。

実際にアメリカの耕地を眺めただけでも、日本の農業はまともに対抗できないと思う。素人の私がパッと見ただけでも圧倒的な物量の差を感じる。カリフォルニア米と言うブランド米が産出されて全米のSushi Barで消費されれば、日本農家の保護政策とか、もはや???で終了である。国家の安全保障対策として食料自給率云々でコメ生産農家に対して色々な政策をこうじるのであれば、消費も伴わなければ、需要と供給のアンバランスは永遠に続く。コメを作らせ、余らせ、税金を投入。外国から輸入した麦でパンをつくり食べる。簡単に言えば、日本の農家は非常に高価な非常食を作らせられていて、かつ、国民はその非常に高価な非常食に税金を払わされているのだ。米価云々は私が小学校の頃から教科書に載っていた。

はっきり言います。この耕地面積の違いはバカバカしくなる位、圧倒的です。

折も折、今日のネットのニュースはこうだ。

「14日の民主党代表選で菅直人首相が小沢一郎前幹事長を大差で破って再選が決まった後、15年ぶりの円高水準をつけた東京外国為替市場で一時1ドル=83円10銭近辺まで円高ドル安が進んだ。(産経新聞)」

私が小学生の頃の社会科の教科書にはこう書いてあった「日本は加工貿易国です」と。ところが、今はどうだろう。「人件費が高い」と国内製造業は海外に流失。なんと新型日産マーチは正確には国産車ではない。日本のメーカーが海外で生産した車を日本に輸入して販売しているのだ。正しくは日産マーチは安い外車になったのだ。笑。これもお笑いですな。国内では雇用不足で新卒学生の三割が定職に就けずにあえいでいる。日立の新入社員は総て海外勤務が前提だと・・。もはや日本国内でモノを作る仕事は成立しないのか?では、日本はどうやってご飯を食べていくのか?ジジババの年金で食べていくのか?誰か経済の成長ビションを見せて欲しい。

かつて英国は英国病と揶揄される位、経済が酷かった時代がある。ところが今は世界の金融センターとして復活している。日本は?今や日本は日本病と揶揄されても仕方ない様な状況なのではないのか?

アメリカを走って私はそういうふうに感じました。

EXIT178にて本日3回目の給油7ドル:2.122ガロン

またまたFreeway55 Northを爆走。Chicagoまであと100Mileを切りました。

だいぶん、日が傾いて来ました。Freewayを爆走する自分の影がみえます。こう言う絵を見たことがあります。そうだ、ルパン三世のエンディングで峰不二子がオートバイを運転するシーンだ。規則的に植えられた麦畑にラインが浮かんでは消え、浮かんでは消える。幾何学模様のようで美しい。夕日に晒され、自分の影が長く伸びる。大型トレーラーの影に飲み込まれながらも、走る走る。

Motel Super8を見かけたのですが、もう少し走ろうとPassしてしまいました。ところが、それから走っても走ってもMotelがありません。大きな橋をわたり都市部に突入したような感じです。「あらこれはヤバい」と思った私は即引き返しました。

今度は逆にFreeway55 Southを爆走します。もうすぐ日がくれます。全く知らない土地でクソ重たいHDを運転しながらMotelをさがす勇気がありません。この場合は引き返す勇気が必要だと思います。

夕日を横目に見ながら走る私は客観的にはかっこよかったでしょうが、当の本人は、ガソリンの残量などをみながらヒヤヒヤして走りました。アメリカは広大すぎるので、一つの判断ミスがこういう事態を引き起こします。日本的な「なんかあるやろ」的な感覚はNGです。でも夕焼けはキレイでした。夕日にかかる薄雲の端の方が虹色に輝いて・・なんと言う現象なのでしょうか?初めて見ました。

なんとか日が暮れる前にMotel Super8に辿りつきました。地名はDwightです。

部屋の値段をきいてびっくり80ドル超えですって「おいおい昨日まで50ドルだったんですけど」と言うと「地域によって値段は変わります」との事。当たり前ですね。もうChicagoまで100Mileもありませんから。日本だってそう。東京のHotelは高いのと一緒です。「Too expensive」言って60ドル台の部屋に変えてもらいました。^^。大げさにToo expensiveと言うのは値引き効果あり。勉強になりました。

ついでに、帰りにChicago国際空港の近くに一泊する分の部屋も、予約してもらいました。これで仕事が一つ減りました。この日記も長々と書いていますが、私の頭の中では少しづつ帰りの事も浮かんでくる様になりました。現地時間で9月24日に昼には帰りの飛行機に乗っている筈です。墜ちなきゃいいが。

ちゃんと帰って来れるかな?あと、ニューヨークとはナイアガラの滝とかもみてみたい。明日は明日の風がふく。雨だけは勘弁ね。

コンビニでまるちゃんのカップ焼きそば、チキンパウダー風味を買いました。寝てしまってまだ食べていません。考えたら今日2食しか食べてなかったんですね。夕ごはん食べるの忘れて走ってました。笑。

洗濯。入浴。就寝。

現地時間:9月14日04時25分
日本時間:9月14日18時25分

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16日目 Dwight, IN Chicago Wauseon, OH

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今日も大冒険の始まり始まり。

場所は違っても更に連泊のSuper8で朝食。
この旅はSuper8Motelが定宿状態になってしまいました。^^

さて、またもや朝からトラブル。

今回の旅の道先案内人はiPhoneのMapなんです。で、iPhoneが電池切れになると怖いので、補助電池付きのiPhoneジャケットを購入してきていたんです。が、そのジャケットの充電コネクターがすかすかに・・購入時にもあったトラブルで新品に交換してもらったのですが、再度トラブル。一年の内に3回目です。この商品は粗悪不良品です。帰国したらヨドバシ電気マルチメディア博多店にクレームつけなきゃ。いくらなんでも3回はね。まぁ、マメに電池セーブすればなんとかもつでしょ。ずっとMapを表示しっぱなしではないので。

昨日の日記で、Super8の朝食のレモンティーと書いたのですが、正しくはアップルジュースでした。アップルシュースって表示してあったのですが、日本のそれと味が違い過ぎると思いました。美味しいけどね。

朝、広い空を真っ赤にそめる朝焼けが見事で写真を撮りました。やっぱ大自然って感じがします。

●朝給油1回目:10ドル 3.185ガロン

さて本日のメインディッシュはChicago攻略でございます。

私の今回の旅でChicagoがどう言う意味を持っているかと言うと、アメリカのオールドハイウェRoute66のスタート地点がChicagoであるという事です。

Santa Monica,CA (終点)-Route66-Chicago,IN(始点)という関係です。

私の今回の旅はちょっと変則的な動きになっていまして、LA(バイク貸受)→Route66(遡り)→Chicago →NY(大陸横断)→Chicago(バイク返却)になっており、Chicagoは重要なポイントとなっています。

Chicagoでしたいことは、Route66の始点(終点)の標識の写真撮影です。Route66を旅のモチーフにしている事から、このポイントは外せません。

ところが、Chicagoは大都会、ニューヨーク(東京)、ロスアンゼルス(大阪)、シカゴ(名古屋)的な感じなのではないでしょうか。

バイクを片隅に停めて観光なんて事は、はなっから無理で、ちらっと地図をみても一方通行の嵐です。たとえ近くまでバイクで行ったとしても、Route66の始点(終点)の標識を見つけられるとは限りません。でも、いかなければなれません。

意を決して、昨日、後戻りの失態を演じたFreeway55 Northを爆走し始めました。

昨日、呆れるくらい悪路だったところは新しいアスファルトがはってあり、まだ、乾燥していないので黒々としています。Chicagoまで76Mileの表示が見えました。76Mile/hで走っても一時間かかります。車も多いでしょうし、ジャンクションも複雑に絡んでいるでしょうし・・・それでも行かなくてはなりません。

Chicago=Route66の始点(終点)という意味付けなので。

◯Freeway55 Northを疾走していると、「Route66 EXIT 267C」の標識が・・Freeway55 NorthがChicagoのDowntownまで続いているのを確認していたのですが、下道のRoute66で始点(終点)まで行けるならそれも幸いかと判断し、Freeway55をおりると、ちゃんと「HISTORIC ILLINOIS US 66 ROUTE」の標識が続きます。「これはいい感じ♪」と思ったのもつかの間、なんと私が標識に連れられて来た道は「行き止まり」。これは困りました。こう言う時に限ってiPhoneのMapの現在地表示機能もうまく動きません。無上にも「現在位置が検出できません」とメッセージが出ます。頭に来て、iPhoneを放り投げたくなります。「ちきしょう!」日本語で叫んでも、周りには誰もいない、意味不明の叫びにしか聞こえません。ふつふつと込み上げてくる絶望感。

ずって佇んでいても時間ばかり過ぎていくので、近くの人気のあるところへ移動。ホームセンターの様な店舗に車を停めていた男性にHelp me!しました。Could you tell me to the way ? To Chicago'sDowntown!

これで、意味は通じたらしく、「この道を真っ直ぐ行って、次の信号を右折、続いて左折するとFreeway55の入り口がみえるはずさ」と親切に教えていただきました。

その通りに走ると・・・ありました。Freeway55!

勇んで走るものの、今度は三車線が総て地名表示で別れています。ありゃ?どれがFreeway55 North?三択ですがNorthが表示してあった右の車線を選んだのですが、やっぱりNGで、Freewayを出てしまいました。もう、本当にイヤになります。こんな調子でChicago'sDowntownへ行けるのか?

またまたHelp me!今度はガソリンスタンドで給油中の黒人のオジサンにききました。
Could you tell me to the way ? To Chicago'sDowntown!

「そこのエントランスから高速にのって、◯◯◯を選べばいいよ」別のトラックの運転手の人も親切に教えてくれました。

言う通りに走ってFreeway55 Northに見事復帰。

やっぱ少しでも英語勉強しといてよかった♪「もう絶対間違えないぞ」と心の中で叫び、Freeway55 Northをひた走ります。

「すげー!」映画の様にFreeway55 の向こうに高層ビル群がみえてきました。あの高層ビル群の下の公園の近くにRoute66の始点(終点)の標識がある筈です。

さぁいよいよです。大都会のFreewayの交通量にもメゲズに気合を入れて走ります。

その時、また意味不明の表示。「S Lake Shore Dr」意味がわかりません。とりあえずまだFreeway55をおりないので、EXITの標識は無視して、必然的に「S Lake Shore Dr」を走っていました。

自分は一番左の車線を走っていて「あれ?」と思うと一番右の車線に小さな表示で「Freeway55 END」がみえました。「しまった!向こうの車線で下道に行けばよかったのか?」「あぁまたFreewayの悪夢が・・」そんな事思っても思わなくても無上に「S Lake Shore Dr」への道はどんどん進みます。止まる訳には行きません。Uターンも出来ません。どんどん心細くなります。

やっと導かれるままに下道へ。HDを停める事が許されそうな場所で、iPhone Mapを開いてみます。見上げる程の高層ビルが立ちならぶDowntownです。さてここはどこ?なんと奇跡的に、ちょうど、目印にしていた公園への通り(S Columbus Dr)に入れる交差点でした。

「よっしゃ!天は我に味方した!」勇んでHDに跨り、勘で走ります。この辺かな?と思ってハンドルを切ろうとしても悲しいかな一方通行の嵐。もちろん、片隅にバイクをとめられそうな場所なんてありません。無理やり停車中のタクシーの後にHDを停めて数枚写真を撮りました。「せめてChicagoの雰囲気だけでも記録しておこう」。

「さて、これでひきあげてFreeway90にのるぞ」とHDをよたよたと動かし初めた時に、「ありました!Route66 END」の標識!

「すげー!奇跡じゃん」

通りを二つくらい横切り、道路の片隅に駐車中の車の後ろにHDを停めて、さっきの標識にところまで走ります(自分の足で)。久しぶりに全力疾走しました。

ヘルメットをかぶったまま、大都会シカゴのダウンタウンをアジアンの小男が、走る走る!

やっとの事で、標識を撮影していると。気の利いたChicagoのサラリーマン風の人が、シャッターを押してくれました。よかった!諦めかけていた時に標識がみつかるなんて。

この写真も僕の宝物になります。

これで、Chicagoでの任務終了。本日宿泊予定のWauseon,OHに向かう事ができます。

次のFrerewayは EAST Frereway90。緊張してChicago脱出する。脱出はスムースに出来た。やらた駐車場が広いSuper8 Wauseon,OHをめざします。

●給油2回目:10ドル 3.426ガロン

ホットドックのような食べ物を食べました。たんぱくやな。福岡の西公園の今屋を思い出した。

●給油3回目:4.00ドル 1.167ガロン

途中、すごく眠気がきました。
気がつくと高速の路肩を走っている。マジ死ぬぞがんばれ俺!
やはり、半日の時差を引きずっているのか時々すごい眠気に襲われる。
睡魔との闘いもつらい。

コーヒーとドーナッツ食べる

やった!やらた駐車場が広いSuper8 Wauseon,OHに到着。5時くらい。
なんか収容所みたい。
ドアの入り口の段差がへん
隣のSUBWAYでリンゴまでうっている。
精神的に余裕しゃくしゃくで過ごす。昨日悲惨やったからな。
目的が達成できれば気持ち的に楽。

鵜飼さんにメールありがとうございます。
SUBWAYでサラダ買ってたべる
昨日かっていたマルちゃんのやきぞばも。

New York在住のAさんとチェットしながらNew York攻略方法相談。
*New York在住のAさんは後述

ニューヨークは9月18日に一泊にしてスカイラインHotel予約。

洗濯。入浴。就寝。

この時までは持参のノートパソコンが使えていたのでした。

ところが・・・・

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17日目 Wauseon, OH NorthEast, PA

http://lang-8.com/124461/journals/647005/September-15th-Wauseon%2COH-NorthEast%2CPA
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昨日、シカゴに行けたので、Route66の旅は終了した。
カリフォルニア、サンタモニカからシカゴ迄の旅は終了したのだ。
次の目標は、ニューヨーク、マンハッタンへ大陸横断が次の目標だ。

ここの時差もニューユーク時間か?もう境界線も気にしていない。
今日は、移動日の様なもの。

Wauseon,OHオハイオのSupeer8のおばさんにNorthEast,PAペンシルバニアの予約お願いした。自分の仕事もあるのに悪かったかな?アメリカに来る前はアメリカ人は個人主義で冷たそうと思っていたのだが、実際に私は多くのアメリカ人のお世話になっている。

朝、Super8で食事スタンドバーみたいな感じ

●朝一番給油5.00ドル 1.068ガロン

あ、昨日買ったチェリーパイとキットカットチョコを冷蔵庫の中に忘れてきた。
「あぁーあたるんできた証拠か?注意注意」
小さな失策が大きな事故を呼ぶ。切り替えて、気を引き締めて運転。

●2回目3.00ドル 0.968ガロン
HDの燃料計が半分を指したら給油する事にした。
そうすれば、5ドル分給油できるし、ちょこちょこ給油してねむけ防止にもなると思ったから。
タンドリーチキン食べる うまかった。
カメラおとす。傷がついただけでよかった。

●3回目 4.00ドル 1.343ガロン

リンゴパイ食べる。

●4回目 4.00ドル 1.380ガロン

スズキGSXライダーカナダ人二人と遭遇。
どこの国の人ともバイクの話で友達になれる。
「スズキバイク好きですか?スズキは日本のバイクです。僕日本人。なかよくしましょう」と言うと、すぐ仲良くなれる。

SUBUAY サラダ食べる貴重な生野菜供給基地。

●5回目 4.00ドル 1.343ガロン

そうすぐだ!頑張れ俺。
湖がみえた!五大湖か?!

Super8到着。Motelに荷物おいて湖をみにいく。
これは湖ではない。海だ。日本の琵琶湖のスーパーでかい版。

ここは、すごく静かな環境で、落ち着いた町だ。

Motelの隣の八百屋さんで、ぶどう、トマトを買う。
ぶどうは甘くて美味しかった。トマトは硬い。

ニューヨークのスカイラインHotelに電話する。
まだ予約が確認できないそうです。
どうも、パソコンからの予約が確認できるのは、翌々日の朝10:00以降らしい。
チェックインは15:00からだが、その前に到着したらバイクと荷物を預かってくれるかどうか確認したいのだが・・・それも明日の朝になった。

夜、パソコンがネットにつながらなくなる。悪いことは続けてやってくる。
SSD搭載パソコンには問題有り。やっぱレッツノートにしときゃよかったのか?
いやちがう、何でも新しい事にチャレンジ、チャレンジ。
失敗してもいいのさ。
失敗しない人生なんてありえない。

俺に運気もここまでか。笑。

そして無情にも翌朝は・・・・

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18日目 NorthEast, PA Stow Binghamtom, NY

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朝、雷の音で目が覚める。豪雨じゃん。
今回の旅で初めての雨。
それも、雷つきの。

どうしよう。もう一泊するか・・・男の決断を迫られる。

9月16日 06:42 New York時間
9月16日 19:42 東京

ナイアガラキャンセルして17日にNew York州まで移動していればOKと言う決断をする。今日はゆっくりでも、とにかくニューヨーク州まで移動しよう。
最悪18日にスカイホテル,NYに泊まれればよいのだから。

結局ナイアガラキャンセルして、雨の中を突き進む事にする。

ここで一つ告白をすると今回、雨具、レインウェアは持ってきていませんでした。
迷いに迷った挙句、「雨は降りません」と心に決めたのでした。
ところが、私がいくら強固に「雨は降りません」と決めても現実に雨は降るのでした。
それも落雷付きで。笑。

「どうせ濡れるのだから」とポリエステルのジェケットの下はシャツ1枚。手袋はこっちで買った黒い軍手。「来るなら来い!」気分は片道分の燃料で旅立つ飛行機乗りの様な気分。

朝、9時にSkylineホテル(ニューヨーク)に電話すると「チェックイン時間前に到着したらバイクと荷物はベルボーイに預ければよい」という返事だった。よかった。

今日のルート検討:昨日走ったFreeway90を後戻り、よって使用するのはFreeway90 S ちょっと戻れば、Freeway86 Eにのれる。Binghamtomまで戻って、Freeway88に変わるジャンクションで、Freeway81 Nにのって、EXIT5でおりれば、Super8 Binghamtom / FRONT STREET がある筈。

iPhoneのMapをみて決定する。昨夜からPCネットに繋がらないからしょうがない。PCは「ファイルが壊れていますDSKCHKを実行して下さい」とメッセージを出す。それに従ってDSKCHKさんざんやったけどだめ。全く意味不明。HD(ハードディスク)だと多分修復できるのだろうが、SSDを搭載したこのスペシャルマシンでは勝手が違うようだ。おまけにWORDまでおかしな動きを始めた。もう、今回の旅ではパソコンは使わない。つまらない事に気を揉んでも仕方ない。忘れてバイクの走行に集中した方がいい。

走行記は手描きでメモして、日本に帰ってからアップすればいい。写真を撮っておけば沢山の事を思い出せるさ。

昨日買ったトマト、オレンジ、ぶどうとSuper8のシリアル+ミルクとコーヒーのむ。意外と冷静、焦っても雨は降るときは降る。

意を決して走り始めました。

50Mile/hで慎重に走る。他の車も紳士的に走っている。アメリカ人って意外と常識人?最初は雨も小雨で、濡れるのはひざ下だけか・・・と思いきや、本降りになって前がみえない。本降りになる前は写真を撮る余裕もあったのですが。

シールドの雨、メガネにつく雨、前の車が巻き上げる水しぶき。何が何だか・・もう勘で運転しているようなもの。

顔の鼻から下を覆うバンダナから水が染みてくる。最初は吐き出していたけど。面倒になって染みてくる雨水を飲んだ。水分補給に丁度いいか・・・。

体は意外と濡れない・・・けど、濡れる事を覚悟して軽装にしたので寒い。やばい、どうしよう。

●1回目の給油4.0ドル  1.312ガロン

あまりに寒いのでチョコミルク飲みました。
ガソリンスタンドの脇でバイクから荷物を降ろし、トレーナー着こむ。^^
だれもみてなかった。

ここのストアーの人たちはみんないい感じで、日本からきて大陸横断中って言ったら大歓迎。この辺は、でかい川があって釣りやレジャーができるみたい。田舎のいい雰囲気が残っている。

ストアーの入り口で出てきた人から「バンディッド?」ってきかれました?
バンディッドと言うのはスズキのバイクのペットネームにもなっていて山賊という意味です。
僕が、鼻の下あたりからバンダナをして、盗賊みたいなスタイルだから。

フレンドリーな人たちだ。

おちゃめなお兄さんが「スリップするから安全運転でいけ」って言ってました。でかい橋の袂の町で、名前はStowだって言ってました。無理やり町の観光パンフレットをプレゼントされる。記念に写真撮影をしました。

走りだして念の為に荷物をチェックしようとバイク右に停めたら、後続車のおじさんが心配して車を止めてくれた。「オールOK?」ってきいてきた。ありがたやありがたや。

Freeway86 Eは、九州で言えば、阿蘇とか耶馬溪をスケールでかくしたような景観で、雨さえ降らなければ本当によかったのにと思いました。

バーガーキングのサインにつられてFreewayを降りた街で偶然HDのディーラー発見。レインウェアを買いました。超ラッキー。日本円で15000円位。

得した感じ。なんてラッキーなんだろ。
店の看板はHARLEY-DAVIDSON OF JAMESTOWNとなっていました。

「サンタモニカからRoute66を通ってきました。日本人です、雨が降っています。レインウェアが欲しです」って言ったら。オーナーらしき人が店の中を案内してくれて「この店はもう35年も営業しているんだ」って言われていました。沢山の店員の方から激励の言葉を頂きました。「ありがとうHDディーラーのみなさん」。

走り始める前に右足の袋脛が痙攣した。「なんでこんな時に」。動けずにじっとしていると雨がつよくなってきた。「今日は雨にうたれる修行の日ですか?」一人つぶやく。

痛みが治まり走りだす。レインギア着ていると平気なような気分になるのが不思議。

バーガーキングでfishバーガー食べる。うまかった。

ここでガソリンいれようとおもったら「外で」って言われたから給油やめる。
相変わらずガソリンポンプのカードリーダーがカードを読んでくれないのだ。

●2回目 6.0ドル 2.191ガロン

ここも感じ良いコンビニ。日本語で「ありがとう」って店員さん。笑顔で見送ってくれました。この後、少し雨が小雨になる。きれいな景色。緑が多い。それだけ雨もふるという事だ。納得。

●3回目 3.0ドル 1.014ガロン
SUBWAYでサラダ:もう定番メニュー。
こんなに生野菜を食べれるとは思わなかった。

●4回目 4.0ドル 1.333ガロン

あまり知らないガソリンスタンドの銘柄

あと30Mileの標識があった。もう少し。

つきました。Binghamtom,NY ニューヨーク州のスーパー8
ここのSuper8Motelは大変綺麗です。
丁度、他のHDのツーリンググループが10台くらいのHDを駐車場に停めていました。

日清のカップヌードル+バドライトビール。

入浴。洗濯。明日の走行プランを確認して寝ました。
今日、一日雨の中を走って本当に疲れた。
でも、よく頑張ったね。俺。

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19日目 Binghamtom, NY Kingston, NY

http://lang-8.com/124461/journals/648015/September-17th-Binghamtom%2CNY-Kingston%2CNY
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昨夜、10台以上のHDが同宿していた。朝、HDを観に行くと、約1名HDを磨いている人がいた。軽くご挨拶「あれ、僕のバイクです。レンタルバイクです。僕は日本から来ました。明日、ニューヨークに行くんです。私の旅はサンタモニカ、ロスアンゼルスから始まりました。私はアメリカを横断します。」「それはすごいね。気をつけて、よい旅を」「写真撮っていいですか」「もちろん」と言う会話をしました。バイカーはすぐ親しく話ができる。嬉しいことだ。僕は彼らグループの出発を見送った。

Super8で朝食、お馴染みのメニューだ。ワッフル焼き器もあるが、リベンジは済んでいるので今回は見送る。

リンゴとバナナは美味しくいただきました。

今日は、Route87を南に下ります。
走り始めた時に、ヘルメットのあごひもがちゃんとついてなかった。失敗、失敗。あわてて次のEXITで一旦降りて、ちゃんと装着。よしよし。

途中から、Route17をひた走る。ローカル道路って感じで交通量もすくないが、山間部を抜けていくので景色がすばらしい。少し紅葉も。そのせいか、少し寒い。昨日買ったレインウェアを防寒用にしました。丁度よかった。

●本日1回目の給油:6.04ドル 1.973ガロン

ここの給油器は自分のカードを読んでくれた偉いね。
お陰さまで満タンにできました。
ついでにSUBWAYでサラダ、お腹いっぱい。もう、定番。

でも、お腹の調子がイマイチ。
New Yorkまであと144Mile

パーキングエリアで休んでいると色々な人が話しかけてくる。
停まる車も日本車が多い。
なんだかうれしくなる。
日本から来ました。
僕はHONDA好きです。
ありがとう!

「君は自動車のセールスマンか」って言われるくらい愛嬌をふりまく。
なぜかフツフツと湧いてくる愛国心。

州警察の人に道を聞きました。
やはりRoute17を、EXIT100でおりて。Route52に乗換です。きいてよかった。
一般道路なので、アメリカ人の生活が感じられます。
こういう道もいいなぁ。

Ellenvilleの町の交差点でチェリーパイとコーヒー

ここで、Route52から左折してRoute209にチャンジ。

アメリカの墓地もみました。

途中すごい渋滞。何かと思えば、工事で一車線交互通行。
アメリカでもこういう事があるんだ。
道路脇に「もみじ」と言うお寿司屋さんがありました。
日本人が経営しているのだろうか?こんなローカル町なのに。

沢山の市警のパトカーが沢山サイレンを鳴らして走っていました。何かあったのでしょうか?テレビ画面と音の世界が目前に広がります。これは夢かうつつか幻か。

廃線になった線路の写真を取りました。
Freeway28のジャンクションの手前で右折して、ちょっと走ると、ありました!
Super8 Motel

早めにSuper8につきました。15:00位に着きました。
昨日の雨の激走に比べれ今日はのんきな走行でした。

ビール。
洗濯、入浴。

New York攻略方法を検討。

現地時間;9月17日20:29(New York時間)
日本時間:9月18日09:29

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20日目 Kingston, NY Manhattan, NY

http://lang-8.com/124461/journals/648138/September-18th-Kingston%2CNY-Manhattan%2C-NY
写真付き英語添削サイトの私の日記はこちら↑

色々考えた後に、Google Mapが教えてくれる道をボールペンで紙に書いて、その紙をHDのタンクの上に貼り付ける事にした。持ってきてよかった、ガムテープ。ロサンゼルスやシカゴで痛い目にあっているので、こうでもしないと、またFreewayに飲み込まれてしまう。さてこれで上手く行くか?今日も挑戦。

気合をいれて走り始める。マンハッタン、ニューヨークに辿り着ければ、大陸横断と言う目標は達せられる。

●朝1番給油4.00ドル 1.290ガロン

Freeway87 Sを南下する。
土曜日の為かNew York方向の車が少ないような気がする。

EXIT15で17S・Freeway287へ有料道路らしく、お金を払わさせられる。
Freewayと呼ばれるからには総て無料かと言うとそうではなくて、例えば大きな都市へ通ずる道路や、有名な観光地へ通ずる道路は、何かにつけて料金所が設置されている様な気がする。
EXIT66で17SへFreewayの表示はすぐに消えてしまい、17の標識を追いながら走る。がんがん走る。Chicagoの時みたいに、また遠くに高層ビル群がみえた。

「あれがニューヨークの摩天楼か。すげー!」ヘルメットの中で叫んでも誰の耳に届くわけではないのだが、感激してつい声をあげてしまう。

砂漠でオアシスの様な感じ。

予定通りRoute4の標識を確認
途中、後ろの荷物(リュックサック)が中ぶらりんになったのを教えてくれた人がいました。女性のドライバーの方ありがとうございます。

Route17の途中からRoute3へ。Freeway495Eへ

●2回目給油6.41ドル 2.036ガロン 満タン給油 
ココの女性の担当者は、全く愛想なし。ニコリともしない。「だめだよそんな愛想なしでは」と思いながらも、私の英語力で日本人の感性を説いても仕方ない。ここはもうニューヨーク、人種坩堝。色々な人がいて当然。いちいち構う事もない。

長いトンネルへ

入る前に金を払う。関門トンネルみたいだ。
このトンネルを抜けると、そこは噂のマンハッタン。

福岡のローカルネタでスミマセン。マンハッタンと言われるとどうしてもフジパンの菓子パンに「マンハッタン」を思い出してしまいます。少なくとも高校時代の購買部ではマンハッタンがあって、しょっちゅう食べていました。Google画像で検索したらでてくるかな。菓子パンのマンハッタン。笑。

トンネルを出て進入口を確認していると、「ヘイ!」と誰かの声がする。警察官が道を教えてくれました。その向こう側でも別の人が道を教えてくれました。アメリカ人はみんな親切なのかな?

いよいよ、マンハッタンに突入。進入する。

意外やNew Yorkの道は大変わかりやすい。いわゆる碁盤の目である。
突然、入った道がFreewayに接続してしまう様な事もないようだ。
この街なら歩いて観光もできそう。

無事、予約していたスカイラインHotelにつきました。
日本語が通じるベルマンがいて助かりました。
ちょっと苦言を言うと、もう一人のベルマンは、まったくヤル気がない。笑顔一つない。「おいおいアンタ、花のニューヨークマンハッタンのHotelのベルマンだろ?愛想一つなくてどうする?」と思っていたら、別のベルマンは「お客様、エレベーターはこちらの奥でございます」と言う流暢な日本語会話。「日本語上手ですね」と言うと「いやぁまだまだです」と返されて「一本とられた」状態。^^
この落差は何?と思っていたら、このニューヨークという街は落差どころではなかった。

New York在住のA子さんとSkylineHotelで待ち合わせをした。
予定通り10:30A子さん到着。

早速、NY攻略作戦開始。

ちょっと話はそれるが、私の旅の考察をします。
私は、思うところがあり、ここ一年近く、セラピーを受けています。
セラピストは私にききました。
「貴方はなぜ、西から東に横断するのですか?東から西でも構わないのではないですか?」
セラピーとは、自分の潜在意識に巣くう、複合観念体(コンプレックス)を意識化する作業であり、他者(私の場合セラピスト)との会話によって意識化を試みている。更に、この場合のコンプレックスは日本社会で一般的に解釈されている所謂、劣等感とは異なるものである事を明記しておく。

そう、私の旅を日本からみての大陸横断と考えれば、福岡→ロサンゼルス→シカゴ→ニューヨークで何も不自然はない。ところが、Route66の旅にスポットを当てると、その道路の成り立ちからするとシカゴ→ロサンゼルスが正攻法の旅と言う考えが一般的なのである。そう言う観点からすると、ニューヨーク→シカゴ→Route66の旅→ロサンゼルス(大陸横断完成)という選択もあった筈なのだ。なぜ私はロサンゼルス→シカゴ→ニューヨークを選んだのか?

ここで登場する人物が浮谷東次郎である。以下の文章は、私の記憶の中にある事だけで書きます。内容をチェックしていません。更にもう20年以上の前に話なので私の記憶違いがあるかもしれません。

浮谷東次郎(うきやとうじろう):日本の自動車業界草創期に活躍したレーサー。千葉県市川市の良家の長男として生まれる。市川市長の孫。父の浮谷光次郎は初代日本ポルシェクラブの会長。母:浮谷カヅエは孫文とも交流があった実業家の娘で福岡出身。練習走行中の事故で二十代で亡くなる。彼が千葉-大阪をクライドラー(ドイツ製原チャリ)で走破した紀行文は「がむしゃら1500キロ」と言う紀行文となり筑摩文庫から発売されている。また、両国高校を中退し、横浜から宝来丸に乗ってアメリカサンフランシスコに渡り、留学、仕事をしながらバイクで移動しニューヨークに辿りつく歳に書いた日記は「俺様の宝石さ」として同社から発刊されている。

若かりし頃、浮谷東次郎の書いた本を読み、彼に共感し、いつか自分もアメリカに行ってやろうと心に誓った自分がいました。なぜ、私がそこまで、浮谷東次郎に共感したのか?

彼は言ってみればボンボンで、世間が彼をそう言う目で見ていたのを肌で感じていたのは彼自身でしょう。だから、彼は浮谷家の影響力の及ばないアメリカと言う異国に向かって行ったのだと思います。

そして、彼は、ニューヨークのロックフェラーセンタービルのスケートリンクでこう言うのでした。「がに股の小男がロックフェラーセンタービルを見上げている。その僕の清いファイトを認めて欲しい。」と・・。

そして、僕も、浮谷東次郎の後を追って、バイクでニューヨークに辿り着いたのでした。そういう意味に於いては、私の旅も、一人でアメリカ西海岸からバイクでニューヨークにたどり着く、独立自尊の旅だったと言えるでしょう。

今から、ロックフェラーセンタービルに行きます。そう、エンパイアステートビルではなく、ロックフェラーセンタービルでないとダメなんです。

アメリカ大陸バイクで単独横断と言う目標を達成した。

その達成感はあるものの、マンハッタンと言う、年から年中お祭り状態の街は、そんな私の感慨とは無関係に、喧騒の中にある。

そう、日本人である僕が、バイクでSanta Monicaからハーレーダビッドソンに乗って、独りで走ってきた・・・そんな事は、ニューヨーカーに取ってはどうでもいい事なのだ。

日本人?マンハッタンの人からみれば、単に英語を満足にしゃべれない一人の東洋人、アジア人がいるだけなのだ。アジア系の顔をして普通に英語を話す人間は山の様にいる。

数十年前、このマンハッタンを訪れた浮谷東次郎も同じ感情を持った筈だ。

ただ、彼と、そして僭越ながら私を並べれば、自分の国や育った環境を離れ、個としての存在、いや、日本人でも、浮谷家の人間でもなく、ただ、一個人としての自分の存在を確認したかったに違いない。

だから、ロックフェラーセンタービルをスケートリンクから見上げた自分の清いファイトを認めて欲しいと浮谷東次郎は綴ったのだ。そして彼は、その本の名をこう記した。

マドンナの宝石ならず・・・「俺様の宝石さ」・・・と。

The Skyline Hotelに戻り、窓の外の摩天楼を眺めながら堕ちた。

どうも自分は、こう言う華やいで人がウジャウジャいるところが苦手だ。

明日は、早々にチェックアウトして、話の種に、ジョージ・ワシントンブリッジを通って脱出する事に決めた。

こうして、僕のアメリカ横断の旅は完結する事になったのだが、今回レンタルしたハーレーダビッドソンはChicagoのHDに返却する契約になっている。

さぁ、もう一度Chicagoへ。無事、Chicagoへ辿り着き。祖国日本に戻れるだろうか?

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21日目 Manhattan, NY Manchester, NY

マンハッタンで目覚める。
ノートPCのワードの動きがおかしい。

前にも書いたが、今回、渡米の再、持参したノートPCは、EeepcのHDをSSDに換装した特殊なPCなのだ。

ところがこのSSDはHDとは何かが違う。
OSやAPがエラーを出すのだ。
それも、いきなりではなく、だんだん・・・。

以前購入したCFDのSSDは、Windouwsが異常終了して立ち上げらなくなった。また、別の症状としてWORDがファイルを保存できなくなって、更に、既に作成しているWORDのファイルまで壊れていくのである。

今回、折角、渡米の際に持参したノートPCにも同様の症状があらわれた。
なんてこったい。

もう知らない。ネットに繋がらない、WORDがまともに動かない。今まで作った文書ファイルが壊れていく。・・・速攻で、PC封印しました。触らぬ神に祟りなし。必要なデータはSDカードに保存してあるので大丈夫。

ただ、これ以降の記録は、紙ノートに記述して、あとからPCに書きました。^^

マンハッタンにかかるジョージ ワシントン ブリッジを通ってニューヨークを脱出する事にした。

またまた、バイクのタンクに手製のルート図を書き迷子にならないようにした。

W51stからNewYork 9Aへ。更に、ワシントンブリッジへ・・と思ったのだが、これがもう大渋滞。おまけに誘導表示にはupper levelだの lower levelだのNew Jersey方面はあっているのだが・・

そうこうしていると徐々に列は動き出す。
一応、橋の上を通りたいのでupper levelへ・・なんと言う稚拙な判断。よくわからないまま橋通過。渋滞ひどすぎて感動も何も無い。

バイクのタンクに貼りつけたルート図をチェックしなから北上する。

途中、発進時に1回だけ焦ってアクセル開きすぎてHDのリアタイヤがスピンしてしまった。300キロを超える車体の後輪が地をグリップせず空転している感覚わかりますか?わぉ!あんまりいい気はしないですね。博多弁で言うと「えずい!」って感じです。後にも先にもこれ一回ですね。タイヤスピンさせたのは。

W690からE90へ乗り換える

眠気防止の為に相変わらず、ちょこちょこ給油作戦実行中。

途中のガソリンスタンドに隣接する、観光案内所のおばさんの親切な説明はうれしかった。
「僕は、カリフォルニアからNewYorkまでアメリカ横断してこれからChicagoにいく途中なんです」って言ったらビックリしていた。

是非ナイアガラの滝をみて下さいって熱心にすすめられた。
雨に祟られて、ナイアガラの滝をみれなかったのは悔しいから、北上して、ナイアガラの滝をみようかな。

次にアメリカに来れるのはいつになるかわからないし。

走り疲れて、フリーウェイを降りたところにMotel発見。
今日のMotelは、Scottish INNS。なんと、Motelの前にHD停めたら立ちゴケ。ついてない。なんで倒したんだろう?今回の旅で初めて。

近くにいた4輪バギーのおじさんが起こすのを手伝ってくれた。アメリカ人はみんな親切だなぁ。

ここは、Manchester, NYだそうです。

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22日目 Manchester, NY Niagara, NY

ニューヨーク州マンチェスターで目覚めた私。

フリーウェイ沿いのビジターセンターでナイアガラツアーの参加を進められる。
Yes, Yesと返事をしていると、100ドルのツアへ参加する事が決まったようだ。笑。
おまけにカードみせてと言われて、差し出すと、何やら申込用紙にツアー参加の旨記入され、どこかへ確認の電話までされてしまい、Welcome centerへの地図まで書いてもらった。笑。どこの国もセールスレディはやり手ですなぁ。笑。

まぁ、アメリカにきて、Route66を走ったり、アメリカ横断を達成したり、走る事ばかりが目的の旅となってしまって、観光はグランドキャニオンとニューヨーク位しかしてないし、まぁ、西のグランドキャニオン、東のナイアガラフォースと両方の観光地を制覇するのも一興と思い、ナイアガラに行く事を決める。アメリカ大陸は既に縦断したし、後はChicagoでバイクを返却するだけで、特に用事もないし。

ところが、このナイアガラツアー5時間のツアーときいて・・「はてさて、5時間も案内されるってどうなるんだろう」と思いながら、ビジターセンターで書いてもらった地図を頼りにナイアガラを目指す。

ナイアガラの近くはMotelだらけだった。これなら今夜の寝床は心配する事はないと思いながら、結局、Welcome centerと敷地を共有するEcomoLodge Motelに宿泊する事にする。これで、今夜の宿も決まって、安心してナイアガラ観光ができるって事さ。笑。

バスでガイドの方がお迎えに来られました。
ガイドの方はOver The Falls Bobだそうです。

正直言って、ネィティブで英語ガンガンしゃべられても、何の事かわからない私は途中少し眠たくなりました。いつもはHDに緊張して乗っているんですが、マイクロバスに揺られ、天気はいいし、ガイドは意味わからないし・・・そりゃ眠たくなりますよね。

ただ、ナイアガラの滝の滝壷のすぐ側までいくボートに乗った時と、ナイアガラの滝の側を雨具とサンダルで歩くパートは面白かったです。やっぱ100ドル払った価値がありました。ビジターセンターの方が勧めていただけなかったら、滝の近くまで行って「ナイアガラの滝を見た」と言う事実だけを持って帰っていた事でしょう。基本、観光地とか、ツアーとか嫌いなんですけどね。

ここで心に残った事。このツアーは日本人はもちろん私一人。他は老夫婦2カップル。プラス、父母娘3人の家族連れ。以上。ガイドを入れても10人に満たない少人数です。

当然、東洋から来た髪の毛も瞳の色も黒い異なる人種の私は大人しく着いて行くだけの人になっていたのですが、アメリカの老夫婦の旦那さんが凄く気を使っていただいて、何回も私の写真を撮ってくれました。

「ひょっとしたら、この人と、私の父の世代が、敵同士となり大東亜戦争を戦ったのではないか?」と思いながら・・つい六十年前、アメリカと日本は戦争をして、お互多くの犠牲者を出したのです。

そんな関係でありながら、私は一人で我が物顔でお上りさんして、アメリカを走り、Welcomeしてもらったわけです。この事は帰国してからも時々思い出されます。こんなスケールのでかい国と戦争して勝てるわけがない。今、私はそう実感するのでした。

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23日目 Niagara, NY Wheeling WV

昨日のナイアガラ観光で、ほぼ観るべきものはみたかな?という心境になる。
後はChicagoでHDを返却すればこの旅も終わりだ。
なんとかシカゴにたどり着かなければ。
毎日、毎日バイクで走っていると疲労蓄積の為か、走っていてもすぐ眠くなるし、なんかやばいかなと言う気になってくる。旅の終りに事故が起きやすいともきくし、注意注意。

190S、90W、以前通過したNorthEastを通ってChicagoを目指す。
79で南下する。

ここで大事件。
サービスエリアのマクドナルドで食事した後、自分のバイクが無くなったと思ってビックリ!ところがこれは勘違いで、フリーウェイの上下線が全く対象に作られているサービスエリアだったので勘違いしたのでした。

でも、本当にびっくりした。
日本大使館に電話するところだった。
私は設計者に騙された。
ピッツバーグへ
279に間違って乗ってしまう。
NorthをEXITで降りて、隣接するSouthにのって戻って、更にEXITで降りて、本来走っているフリーウェイにのり直して、今度は、間違えずに通過する。・・・という恐ろしい修正作業をしなければならない。この間、走る距離は数キロレベルではなく、十数マイルに及ぶのである。すっごい疲れます。

フリーウェイは進入路や降り口を誤ると大変な事になる。
なにしろ間違ってもスケールが違うのだ。アメリカは!笑。

朝は寒いし、昼は暑いし、体調管理が大変。
明日は、インディアナポリス。
明後日はシカゴの予定。
これで、私の旅も終了だ。

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24日目 Wheeling, WV Cincinnati, OH Shelbyville, IN

朝、テレビの天気予報をみる。
どうやら今日は確実に雨だそうだ。
覚悟して走らなければ。

生暖かい風が吹いてくる。
かと思えば、冷たい風が・・・
肌で気象の乱れを感じる。

すでに、雲行きが怪しい。
天井には暗雲が広がっているのだが、その向こうには青空も見える。
暗雲を突っ切って走れば濡れずに済む。
走る走る爆走する。

バックミラーをみると、さっきまで頭上にあった太陽に暗雲か覆いかぶさり、オレンジ色の幕がかかった様になっている。まるで、幼き日にみた火事のようだ。そして、そのオレンジ色の幕から無数の繊維上の糸が天から降っている様にみえる。なんとも不思議な光景だ。あの雲の下は、一体どうなっているのだろう?豪雨が襲っているのだろうか?

そんな雲に飲み込まれたくはない。HDのアクセルを煽り、トレーラーをぶち抜き走る。メーターは95マイルを指している。後から計算したら、150km/hだった。

途中、シャワー状の雨に降られるものの、豪雨はさけられた。雨雲は去ったものの風がすごい。

Chicagoに行く前にシンシナティに寄る。
映画、Wild Hogsの中に登場する、HDに乗った中年4人組の生活の舞台がシンシナティと言う設定だったので、どんな街かちょっとのぞいてみたかったのだ。

例によって、フリーウェイを降りると、Univ. of CincinnatiとかShort VineとかCincinnati Zooなどの標識が見えるものの、なんとなく雰囲気が怪しい。空気が重たい。ここには長くいてはいけない様な気がする。

さっさとフリーウエイに乗ろうとするのだが入り口が解らない。
iPhoneのMapも誤差が多くて、自分の今の位置がわからない。
多分、こっちかな?で移動すると袋小路に入ってしまって、300キロ以上のHDの方向転換にえらい苦労する事になる。

とくに小山を切り開いたような地形だと、道も立体的だし、iPhoneのMapでは実態をイメージする事ができないのだ。

そこに救いの神が。upsである。日本に帰国して調べたのだが「世界最大の小口貨物輸送会社でサプライチェーン・ソリューションを提供する」会社だそうだ。日本語では、無停電電源装置の方が有名だが、アメリカではしょっちゅうupsのロゴのトラックをみかける。日本ではヤマト運輸か佐川急便に該当する会社だと思われる。

upsのおじさんに「すみません!道に迷っています。高速道路の入口はどこ?」と聞くと、「その道を右に曲がって、右に入り口があるよ」とすぐに教えてくれた。

道に迷ったらウロウロせずに、道情報を持っている人に聞くことである。アメリカは危険な国。立場の弱い旅行者を狙っている人間が沢山いると思って行動する方がいいだろう。・・・

確かに、心構えはそうなのであるが、実際に私が接したアメリカ人は、みんな親切で異国からの旅行者に対して好意的であった・・これもまた事実である。ありがとうups。


遠い国から来て道に迷っている人がいたら親切に道を教えてあげてね。ヤマト運輸や佐川急便のセールスドライバーの皆様。^^

少しだけ冒険してシンシナティに寄ってみた。映画Wild Hogsの舞台に少しだけ立入れて満足だ。

さて、いよいよ目指すは最終目的Chicago。

調子よくインディアナポリスに向かっている筈が途中からDayton行きの75Nにのっている。途中で間違えたらしい。概略の位置情報すら持ってない人間が、見慣れない地名表記の標示に誘導されてバイクを転がしているのだからやむを得ないのだが、10マイルも間違って走っていたのかと思うとゾッとする。もし、間違いに気づくのがもっと遅れていらた・・・。気を撮り直して、必殺のEXIT巡りをして、進路を修正する。とりあえずの目的地はインディアナポリスだ。

車が好きな人にはお馴染みの、インディ500とか言うレースが開催されている都市である。

ところがインディアナポリスの手前で雨が降りだした。その時、タイミングよくSuper8Moteの看板が目に入ってきた。今日は、ここに泊まろう。無理は禁物。明日中にChicagoに到着すればいいのだ。焦る必要はない。

ここは、Shelbyvilleシェルビービルと言う街らしい。

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25日目 Shelbyville, IN Chicago, IN

本日でこのハーレーダビッドソン ロードキングとの旅も終了だ。
毎日、長距離を走ってくれてありがとう。
非力な私には重たくてお付き合いするのが大変だったが、その名の通りフリーウエイでは無敵の走りを披露してくれた。

このモーターサイクルは広大なアメリカの大地を制圧する為に生まれた来たバイクで、まさしく馬の延長線上にあるものと感じました。

低速域での、タッタッタと言うVツインエンジンの鼓動は、馬が走るリズムと一緒なのだろう。私は乗馬の経験はないので、推測の域は脱しない。

何せ借り物なので、大切に乗ってお返ししないといけない。

さて、今日の走行スケジュールは・・・Chicagoシカゴである。Los Angeles以上に、広いフリーウェイとひしめく車をかき分けて、なんとかハーレーのディーラーまで辿り着かなければならない。

例によって走行プランを紙に書いてタンクの上にガムテープで貼りつけた。

俺も随分ワイルドになったなぁ。

朝、水筒に入った水を一旦口に含み、HDのシールドにぶっかけてシールドに張り付いた虫を掃除するのは走行前の儀式になった。日本刀に清めの酒を吹きかける所作と一緒。ジャパンビューティーである。サングラスから下はバンダナを突き破ってやってくる紫外線ですっかり日焼けしてしまった。

終日事務机に座りパソコンのキーボードをたたいていたのは誰?って感じ。まぁ環境が変われば人も変わるって事です。

今回の旅のテーマは男とは?というものもあった様な気がする。

女々しくない。男。

予定通り、雨はあがった。

Google Mapによれば、221.6マイル(360キロ)約4時間の走行予定。
例によって走行プランを白い紙にボールペンで書き込みタンクの上に貼り付ける。

インディアナポリスもでかい都市でフリーウェイが混雑するのかと思うと気が重い。

朝食はバーガーキングにした。日本に帰れば当分ワッパーを食べることもないだろう。

予想通りインディアナポリスは車が多い。

北上するにしたがって風が強くなる。
途中、風力発電であろうか?でかい風車が数十機隣接しているのをみた。そんな発電施設がある位なのだから、常に風が強く吹くと言う事なのだろうか?

シカゴは風の街

もう少しでこの旅も終了。複雑な想いを胸に走る走る。

East Chicagoで波乱。
Google Mapの経路通り912Nを走っていると、90Nへの有料道路の標示が目に付く。ん?と思ったのは私の冴えているところ。わざわざFreewayの路肩にバイクをとめてルートを確認する。

この先に、EXITが三つある。5A、5B、5Cである。
5Bと5CのEXITが最初に見えたので無視して進路(この場合は5A含む)を進む。
ところが、メインの進路を走った筈なのに、5AEXITにでてしまった。

よって私は見知らぬEast Chicagoへ。列車の軌道がたくさんあって、なにやら怪しい雰囲気。トレーラーは通りすぎるものの、人がいない。

こんなときにかぎって、iPhoneの位置情報もあてにならない。

まわりの標識をみると。

912Sはあるものの912Nがない。Freeway90はある。あれ?なんか変だなと思いながら道に座り込んで考えていると、一人のヒスパニック系のおっさんが止まってくれた。

ヘイ!チャイニーズ!どうした?・・・こんな感じである。ちがう!俺は日本人!と言ってはみるものの、この状況では、日本人だろうが中国人だろうがどうでもいいことだ。

彼曰く「912Sにのって、折り返して912Nにのればいいだろう」と・・。なるほど、彼の言う事を頭に入れてGoogle Mapをみると・・8Bまで戻れば、リボン状のジャンクションで反転して再び912Nにのることができる。

早速、走ってみるも、結局出口は5A以外には5Bか5Cしかない。何回も8Bまで戻ってリボン状のジャンクションで反転してトライするものの一緒だ。ちきしょう。これじゃChicagoにいけないじゃん。おまけに水筒まで落としてしまった。

頭に来てFreewayを歩き始める。結局、最初に入った5Aをよくみると、ちゃんとした90Nへのコネクションがあるのにもかかわらずパイロンが置いてあって「通行止」になっているではないか。最初にこれを確認できていれば、こんなに迷う事はなかったのだ。パニックっていると視界に入っていても脳に投影されない景色があるのだ。

Google Mapは神ではない。よい教訓を得た。

ここで、パニクる前に「ん?」と思った「90Nへの有料道路の標示」が鮮明に頭に浮かぶ。そうか!だから「90Nへの有料道路の標示」があったんだ!!

もう頭の中は「90Nへの有料道路の標示」ただ一つ。

走る走る。「90Nへの有料道路の標示」を追って走ってみると、有料道のすぐ横に無料の道はこちらの標示がある?もうわけがわからない。

自分の勘では、無料道路の方が、従来の道に近い道に違いないと判断し、無料の道をチョイスする。やっと912地獄から脱する事ができた。

本当にアメリカは大雑把な国である。

大都市Chicagoが近づくとやたらと料金所が多くなる。

キャッシュはこちらの標示があるので、そのゲートに行くが人がいない。

本当にアメリカは大雑把な国である。

後ろからすでに車が来ている。ありゃ困りましたと思って、機会を眺めているとキャッシュカードの差し込み口がある。試しにVISAカードをいれたらレシートがでてきた。ゲート開いてOK。

本当にアメリカは大雑把な国である。

軽快にHDを走らせていると「ようこそChicagoへのサイン」プラス、人の名前があったような気がする。多分,市長の名前か何かが標示されていたに違いない。

どうもご丁寧にと思ったら早速料金所。

本当にアメリカは現金な国である。

ここの料金所でも一悶着。

前に停っている車が、ドアを開けてごそごそ、黒人がシートの下に頭を突っ込んでごそごそ。小銭でもさがしているのか?さっさとと料金払えよと思っていると、私の後続車は諦めて別のゲートへ。

私は300キロを越す車重のHDそんなに簡単に別のゲートへ変われません。

何やら「7ダラース云々」と言う謎の言葉を吐いて黒人がゲートを通過。

やっと私の番が来た。

料金所の黒人のおねーさんに私は言いました。

Do you know? Time is money
彼女はニッコリ笑っていいました。

Yes・・と。

気をとりなおして、走る走る。

ここはもうChicago。

交通用は半端ではない。

4車線の道路が合流して8車線のフリーウェイになる。まさしく車の洪水状態。

誰に道を聞くことも、もちろん、止まる事もできない。

今、自分が走っている車線は正しい車線なのか?

必死で読めない英単語の標識を追う。

あぁ、またみえた、Chicagoの高層ビル群。何回みてもすげー。

要塞って感じ。強固な強い意志の集合体の様な感じがする。

今からあの高層ビル群の袂に吸い寄せられる。

はっきりいって恐怖である。

恐い。

出口は、51H。死んでも忘れない51H。

あれー間違ったかな?なかなか出てこない51H。

諦めて、一番近くのEXITから降りて道を確認しようとしたその時!

ありました!Exit 51Hの標示。

地獄で仏とはこの事。

よかったぁ

無事、ハレーダビッドソンのお店に着きました。

総走行距離:3311.8マイル:約5300キロと表示されていた。
まぁそんなものかな?走ってしまった後は、そんな感じである。

福岡から東京が1200キロその4.5倍
福岡から東京を4回半走る距離そんなもんかなぁ。
アメリカは直線道路だし、トンネルないし、そんなもんなんでしょうね。笑。

初体験。済んでしまえば当たり前。

お店側から車体チェック。何も問題なし。

お店のショールームを見学した。
やはり本場のHDのディーラー規模が違う。
記念にシャツを一枚買った。

タクシーを呼んでもらう。
ナイジェリアから来た運転手がドライバーだ。
この仕事をしてまだ8ヶ月らしい。
渋滞の中、予約しておいたChicago国際空港の近くのSuper8Motelにつれて行ってもらう。車中で素敵なヒップホップを聞かせてもらった。

料金は43ドル。それはチップ込?ってきいたら。チップは別だって言ってた。
気分良かったから50ドルでいい?ってきいたら喜んでいた。

これで僕の大いなる旅も終了。
明日、Chicagoの国際空港からソウル、インチョン国際空港経由で福岡に戻る。

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