人生脚本シナリオ

はじめに

みなさんは、日頃、心の中でこう言う独り言を呟(つぶや)いていませんか?

「分かっていたのに、また同じ過ちを繰り返してしまった」
「なんで俺ってこうなんやろ?」「なぜ私はこうなのかしら?」
「あぁもう!自分で自分が嫌になる」

上記の文脈には、あたかも「もう一人の自分」がいるかの様な印象を受けます。
そうです、あなたの中に「もう一人の自分」が存在するのです。

その「もう一人の自分の正体」はなんなのでしょうか?
実はそれこそが「無意識(コンプレックス:複合観念体)」なのです。

私も「心理学」や「精神分析」の知識を得る事によって「無意識」の存在を理解すると共に、我が身を振り返り「無意識」に操られていた自分の存在に気付き、愕然としました。

そして、この時、私は、私と言う「人間のあり方」に気付いてしまったのです。

それでは「今までの自分は、なんだったのか?」

今月の月刊 精神分析は「無意識」に刷り込まれた「人生脚本(シナリオ)」がテーマです。
どうぞお楽しみ下さい。

平成23年02月23日 月刊 精神分析 編集部A (波野I彦)

感想はこちらに:lacan.fukuoka@gmail.com:お願いします。

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登場人物プロフィール

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。
惟能先生の著書の特集サイトへのリンクは上記参照。

「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーを受けている。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

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人生脚本(シナリオ)とは?

scenario(シナリオ)を辞書で調べると以下の意味が出てきます。

以下引用---------------------------------------------------------------

【イタリア】
1、予定の計画(概要)、起こりそうな筋書
2、(映画の)脚本、シナリオ
3、(劇などの)筋書、台本
4、計画を実現するための筋道。「連立政権への―」

以上引用---------------------------------------------------------------

脚本を辞書で調べると以下の意味が出てきます。

以下引用---------------------------------------------------------------

演劇・映画・放送などの仕組・舞台装置および俳優の動作・せりふなどを記載した上演のもととなる本。台本。シナリオ。

以上引用---------------------------------------------------------------

概ね「予定」「計画」「筋書」と言っていいと思います。

これが人生脚本(シナリオ)となると、人生の筋書。人生の筋道。人生計画。と言った・・「運命」と言う言葉に置き換えられそうな言葉が並びます。

更に「運命」の意味を辞典で調べると。

以下引用---------------------------------------------------------------

1 人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。「―のなせる業」「―をたどる」
2 将来の成り行き。今後どのようになるかということ。「国家の―」

以上引用---------------------------------------------------------------

この文章を読むと「ぴん!」ときます。

人間の意思→意識・・・ならば、
人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力→無意識(コンプレックス:複合観念体)に置き換えて読む事ができます。

人は、幼い頃、自分の未来の生き方の脚本(人生シナリオ)を書くそうです。そして、それを人は「運命」と呼びます。Googleで検索したところ「人生脚本」を平易な言葉で解説した件を見つけましたので以下に引用します。

以下引用---------------------------------------------------------------

「人生脚本」とは心理学の交流分析法で有名なアメリカの心理学者エリック・バーンが提唱した理論で「幼いころ、人は無意識のうちに自分の未来の生き方の脚本を書く」と言われています。人の一生は誰でもこの人生脚本によって支配されていると言われているのです。

「そんな事あるはずない、自分の事はちゃんと自分の意志で判断して生きている」と思う方がほとんどでしょうが、信じがたいことかもしれませんがエリック・バーンによればそれはほとんど幻想であると唱えているのです。

人生脚本とは自分では気づかないうちにその方向に向かって生きようとしている生き方であり、人は幼児期に(大体7歳くらいまで)まったく無意識に自分のこれからの生き方の筋書きを作り、人生を決めていくのだと言われています。

つまり、自分の生き方の脚本は幼児期に自分で作ってしまっているのです。そして、その脚本の基盤は親から与えられたメッセージがカギを握っていることが多いのです。

親からポジティブなメッセージ(優しい言葉や愛情表現などのスキンシップ)をたくさん浴びて育った子供は「自分は愛される価値のある人間なんだ、幸せになってもいいんだ、世の中はみんなイイ人」という脚本が描かれます。

逆にネガティブなメッセージ(愛情のない無関心な態度や虐待)を受けて育った子供は「自分は望まれてない子供だったんだ、何をやっても駄目な人間なんだ、誰からも愛されないし、幸せになんて絶対なれない」という人生脚本を持っていたとしたら、それを証明するかのように不幸せな人生を歩むことになるのです。

以上引用---------------------------------------------------------------

参考:Wikipediaより人生脚本(交流分析)

上記の解説を鵜呑みにすれば、子供の運命は、子供が幼少の頃、親から与えられたメッセージによって決定されると言う事になります。なんとも恐ろしい話です。

それでは、次項から、我が人生を振り返って「人生脚本(シナリオ)」を検証してみたいと思います。

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私の人生脚本(シナリオ)の背景

私は、精神分析や心理学の知識を得て、子供時代の生活環境や、家族構成、親との関わりなどを出来るだけ思い出しました。精神分析の世界では、子供時代の養育環境を重要視するからです。

バブル経済が崩壊し、世の中の経済状況がおかしくなりかけた頃、今の自分の有り様(ありよう)を保つのに限界を感じました。「何かがおかしい」「一生懸命働いてきたのに」「他人に迷惑をかけわけでもない」「人並みに大学を出て、名の知れた会社に入社して、結婚して、マンションを購入して」今から考えれば、世間から何ら後ろ指を指される事も無かった筈なのに「確かに何かがおかしい」・・そう感じていました。

35歳のある日。とうとうそれまでの人生をリセットする日がやってきました。今、振り返ればそれが私の人生脚本(シナリオ)が破綻した時だったのです。

ここ数ヶ月、月刊精神分析は、

2011年01月号 家系図 自分のルーツをさぐる
2010年12月号 皮膚と自我
2010年11月号 事故と精神分析
2010年10月号 アメリカ大陸横断と精神分析

・・・・等の、私の自己分析シリーズを展開してきました。今号では、私自身の人生の脚本(シナリオ)を分析する事によって、人生脚本と言うテーマを掘り下げたいと思います。

私の生まれた家(生家)は、父方の祖母の王政(女王政?)が布かれており、祖母に権力が集中している家庭であった。

私の父は祖母の言いなりで「一家の長」と言う立場ではなかった。そんな家に嫁いできた私の実母は、公務員として働きながらも常に祖母に搾取される立場にあり、長年、嫁姑問題が続いた。事実、晩年祖母は母に復讐されている。

そして、更に、私の人生脚本(シナリオ)をネガティブにする状況があった。

私が生まれる以前に、自己愛者的な性格の独裁者:祖母が戦後、誕生した新興宗教に入信したのである。まるで、織田信長が錦の御旗を獲得したかの様に、宗教的威光を我が物として、同居する家族に対して圧政を施していた。

独裁者がローマ法王の威光を得た様なもので、まさしく政教一致の弊害のオンパレードの様な家庭であった。

そんな環境下で生まれ育った私の人生脚本(シナリオ)はどのような台本になったのだろうか?

参考:私の家庭環境についてはこちらに詳しく記述しています。

私に培われた性格やこれまでの人生を振り返り、脚本を読み解いてみる事にしよう。

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私の人生脚本(シナリオ)の3つのキーワード

宗教的思想で呪縛された家庭は私の人生脚本(シナリオ)に大いに影響を与えた。

第1のキーワードは「因果応報(因果応報)」

参考::Wikipediaより:因果応報

さすがに、新興宗教だけあって、日本の仏教的思想を十分に私にインプットしていただきました。

因果応報の意味は、

以下引用---------------------------------------------------------------

因果応報とは、「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」とする考え方、信仰である。

「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」といった考え方自体は、仏教に限ったものではなく、世界に広く見られる。ただし、仏教では、過去生や来世(未来生)で起きたこと、起きることも視野に入れつつこのような表現を用いているところに特徴がある。

以上引用---------------------------------------------------------------

第2のキーワードは「絶対正しい宗教:正義の宗教」

戦後勃興した新興宗教の背景には、日本の戦後の「価値観の混乱」や大衆を悩ませた「貧困」や「病気」があります。神国日本が戦争に負けた・・それに取って代わる新しい価値観を担う役目が新興宗教にあったのです。そこで登場する文言が「絶対正しい宗教:正義の宗教」です。

第3のキーワードは「宗教流布」

「絶対正しい宗教:正義の宗教」を実践すれば「因果応報」で正しい結果が生まれる:幸福になる。よって、その宗教を他者にも伝えなくてはならない:「宗教流布」をしなくてはならない。もし、できないなら、それは「絶対正しい宗教:正義の宗教」を実践した事にならない。

以上3つのキーワードによって私の人生脚本(シナリオ)は作成されました。

私の人生脚本(シナリオ):一生、絶対正しい宗教、正義の宗教を実践し、因果律に則って、社会に実証(正しい宗教を実践した結果、成仏したという)を示し、他者に、絶対正しい宗教を流布する事。・・。これが親から、いや、正確には父方の祖母から私に渡された私の人生脚本(シナリオ)である。

参考::Wikipediaより:成仏

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子供の頃の原風景

私の原風景はこんな感じです。

僕が生まれた翌年、昭和39年の東京オリンピックが終わり、昭和45年1970年日本万国博覧会(大阪万博)が開幕されようとしていた。鳩山一郎内閣が『経済白書』(昭和31年度版)で「もはや戦後ではない」と宣言してから十数年。日本は、戦後の混乱期から経済成長期に移行しようとしていた。

丁度、今の中華人民共和国が北京オリンピックを経て、上海万博を開催し、GNPを急成長させている様に、日本にも高度経済成長期と言う時代がありました。

状況的には、映画、ALWAYS 三丁目の夕日から約10年が経とうとしていた頃である。

授業は3時過ぎには終わっていた。私は、小学校から帰宅すると祖母が黒いペンキで塗ったランドセルを玄関に脱ぎ捨てると、自転車に乗って近くの公園に走っていった。後に県庁が移転する公園は、ブランコやシーソー等の児童向けの遊具、バラ園、そして野球が出来る広いグラウンドがあった。冬には駄菓子屋で買ってきた凧に新聞紙でアシをつけ凧揚げをした。丈夫なタコ糸は一巻20円位だっただろうか?夏は園内の池にヤゴ(トンボの幼虫)やタガメがおり虫取りをした。公園の周りの相撲部屋には、冬になると力士がやってきた。巨体の力士が公園の周りで自転車に乗っているのは不思議な感じがした。きっと、テレビではマワシ姿の力士しかみた事がなかったせいだ。

友達と駄菓子屋で買い食いをし、遊び、走り回り、夕方になると家に帰った。近所の家からはカレーや焼き魚など、料理の匂いが漂ってくる喉かな時代だった。

ある日の夕方、友達の上野君のおかあさんが「うちの子供がきていませんか?」と訪ねてきた。後から、上野君は近くの川でザリガニ取りをしていてガラスで足の裏を切ってしまって帰宅が遅くなったのだときいた。

ご飯は、インスタントラーメン、カレー、から揚げ、焼き魚やすき焼き、鍋物、てんぷら、振りかけ、漬物、メニューは今と変わらないが「コンビに弁当」や「お持ち帰り弁当」はない時代で、近所の商店街から食材を購入して主婦が家で調理していた。今は食卓から消えたが鯨肉も魚屋からブロック買いして鉄板で焼いていた。当時の日本国民にとって鯨は重要な蛋白源だった筈だ。僕は、肉の脂身がきらいで、学校給食では肉が苦手だった。当時は給食を残さず食べないと「昼休み居残り」でたべさせられていた。僕は肉が大きらいで、ある年齢になるまで、ラーメンの叉焼でさえ食べようとしなかった。学校給食も家庭料理も高価な牛肉をふんだんに使い状況でなかったのだと思う。

家族の夕食が終わる頃、新興宗教の会合が我が家で始まる。知らない人たちが沢山やってきて、お経を唱え、歌を歌い、宗教体験を語り、布教を奨励し、経典の勉強をする。なぜがテンションが高い人が多く、子供の私も「この場では元気よく振舞うのが当然なのだな」と理解していた。今風に言えば子ども心に空気を読んでいたのである。

狭い部屋に、正座した人達がすし詰めで集う。線香の匂いと、ロウソクが燃える匂い、そしてお供え物の匂い、畳の匂いが混ざった独特のにおいがする。

夏は扇風機、冬は灯油ストーブの匂い。

簡単に身動きできない状況が子供の自分には苦痛だった。

「仏壇の前に正座してお経を唱えなさい」と命令されるのは小学校低学年の子供にとって苦痛だし「イヤなら家からでていきなさい」と言われるのは脅迫である。

しかしながら親の支配下にある子供はそれに耐えて、言いたい事も言わず、じっと耐える、いい子を演じる。

会合に集う人々は宗教の有用性を唱えるが、同居している家族のギクシャクした関係をみていると、どうも、この人たちの言っている事は怪しいと子供心に感じていた。

どうしてもお経を唱える事は苦痛だし、足が痛いし「できるならお経を唱えなくてもいい環境で生活したい」と思っていた。しかし、自活できない子供にとってそれは遠い未来の話であった。

熱心な信者達は気分を高揚させ、宗教によって幸福になったとアピールし拍手するが、幼い自分は、ただ傍らで親に調子を合わせ「良い子」を演じている。

だんだん、物心がついてくる年齢になると、宗教に傾倒している家と、世間の価値観のズレを感じる様になる。

正しい宗教をしている筈の我が家と、宗教とは無関係の家。はて?どちらが有るべき姿なのか?外面(そとづら)ばかり体裁よく振舞って、家の中では喧嘩ばかりしている実家。

テレビのホームドラマや、特撮変身ヒーローものをみながら、家族関係や、正義の有り方を考え、どういうタイミングでこの家を離れ自由を獲得するか思案していた。

一生この家と宗教にかかわりながら、自分がしたくもない宗教を他人に勧める事は無理と思う。でも、自分が自立したイメージも持てない。

仮面ライダーの様にショッカーに改造されて、食事をしなくてもよい強靭な体がえられたらいいのにと考えていた。そしてら、こんなイヤな家に住まなくてもよくなる。

会合が終わり多くの信者が帰っていく。

さっきまで世界平和を語っていた筈の信者である家族間でつまらない諍いが始まる。なんて事だ。それでも、今夜も仏壇の前でお経を唱える。父の後ろで正座する。足が痛い。我慢できずにもぞもぞしていると、父が振り返り露骨に怖い顔をする。

幼い僕は「早く家族が仲良くなりますように」と仏様にお願いするのだが、とうとうその願いが叶う事なかった。

「願いとして叶わない事はない」と教えられたがそれは嘘。
「あぁ早く逃げ出さないと」

僕は、そういう子供時代を過ごした。

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人生脚本(シナリオ)の上演

あの宗教をしている家の子供・・を演じ続ける私。

両親から認められなければならない。

朝夕、仏壇の前に正座して、お経を唱える。計一日2時間。足が痺れる。
子供はもともと元気で、これ以上生命力を活性化させなくてもいいと思うのだが、「お経を唱えないと宗教を実践している事にはならない」「一旦、お経を唱えるのをやめると罰があたる」「頭が裂ける」・・・らしい。実際には、そんな事にはならないと思うのだが・・。絶対正しい宗教がそう言うならそうするしかないのだろう。絶対正しいものに違背すると、罰があたると教えられた。今、考えると洗脳、マインドコントロールに近い状態の様な気がする。幼い子供にこういう宗教教義を刷り込むのはどうかと思う。

学校での成績は中の上。テレビっ子でドリフターズの「8時だョ!全員集合」のコントや「仮面ライダー」「ウルトラマン」など特撮ドラマは必ずみて、学校で活発に生活していた。

中学校にはいると、だんだん、世の中と宗教中心の自分の家のギャップが疎ましく感じる様になる。やはり、したくもない事を強制されるのはイヤだし、それを他人に勧める事などできない。

中学校での成績は振るわなかった。あいかわらず、家の中は宗教中心。思春期にさしかかる僕の悩みを両親は何もわかってなかった。・・とういか、問題の解決方法に「お経を唱えなさい」とか「宗教新聞を読みなさい」とう答えが返ってくる事が嫌だった。

思春期に差し掛かった子供がかかえる問題が「お経を唱える」で解決しようとする家から早く抜け出さねば・・と更に強く感じる様になる。

高校は私立の男子校に通う事になる。この頃になると家の仕事や世襲制に悩む同級生もおり互いに悩みを語れる様になるものの、自分の苦しみを根本から理解し、共有してくれる人はいなかった。

それでも「絶対正しい宗教をしている人」と言う立場はかわらず、僕は、家用と学校用、その他の複数のペルソナ(仮面)を持つ様になった。

尋常性乾癬

頭皮に尋常性乾癬(じんじょうせんかんせん)ができた。当時は単なるフケ症と思っていたのだが、髪の生え際の頭皮のめくれ具合を思い出せば、間違いなく乾癬である。

参考:私の皮膚病の変遷はこちらのサイトを参照下さい。

子供が悩み苦しんでいるのに、両親は子供の健康状態も把握してなかった。

この頃の自分の心の有り様(ありよう)はこうである。

頭が痒くても両親に言ってはいけない。「ちゃんと頭を洗いなさい」「お経を唱えなさい」と言われるのが関の山。親に相談しても、より一層、宗教を強制されるだけ。なんとか自分で解決しなくては・・・・。「宗教は因果応報。絶対正しい宗教をしていれば正しい結果が出る。正しくない結果がでるのは、あんたのお経が足りないから」そういう理屈で支配される。・・・そう、もう親は当てにできない。一人で生きていかなくてはいけない。

表面上は宗教の家に追従しながらも「いつか、いつかこの家から離れなくては」そう思いながら生活する事になる。まるで脱北を企てる北朝鮮人民の様に。
リベド血管炎
大学受験の前日、アレルギー性血管炎(今はリベド血管炎と言うらしい)を発症する。これもストレス性の病である。その後、大学付属病院に通院しながら、よくなったり、わるくなったりを繰り返し、結局、私はこの病気に20年も苦しめられる事になる。この病気は、僕が35歳の時、実家を離れたら治ってしまい、二度と再発しないのだから分かりやすい病気だった。

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ある日のエピソード

アレルギー性血管炎(リベド血管炎)にかかっている時の話。色々な病院へ通ってなんとかこの病気を完治させようと試みた。あちこちの大学付属病院に行って痛い思いをして種々の検査をするものの「異常ありません」との結果しか返ってこない。

何も悪くないのに、現実に足の血管は破れ、皮膚は剥がれ膿んでいる。「そんな筈はないだろ!」それが私の偽らざる心の叫びだった。

そんな時、母と一緒に宗教活動をしているKさんが不用意に「検査結果、異常がなくて良かったですね♪」と満面の笑顔を浮かべて私に言うではないか。

この時ばかりは、日頃ニコニコしている私も切れた。その後、Kさんに何と言ったかは覚えていない。ただ、Kさんが 「鳩が豆鉄砲くらったような顔」をしていたのを覚えている。

それ以来「あぁこの宗教に染まった人達は、どんな結果がでても良かったね、良かったねと、結果オーライの生き方をしているのだな」と悟った。幸福の為に宗教を実践しているのではなく。宗教をしている事が幸福なのだ。いつの間にか「目的」と「手段」が入れ替わった人達なのだ。

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その後、私は「精神分析学」を学び「疾病利得」と言う言葉を知った。そして「体は心のモニター」と言う理屈も知る。

私に精神分析とは何であるか?と明確に伝えてくれた本は、私のセラピストの惟能創理先生が書かれた「心的遺伝子論 産み分け法」と言う本。この中に「疾病利得」と言う言葉もでてくる。惟能創理先生は私に「あなたの病名はヒステリー転換症」ですと言われた。

宗教中心主義のあの家とあの両親から渡された人生脚本(シナリオ)から逃げ出したいが為に、私は自分で自分の体に病気を発症させ、文字通り「疾病利得」を獲得しようとしたのである。

「あぁ!もっとあの家から離れればよかったのに!」返す返すも後悔である。

さて、大学に進学した私。この新興宗教は政治活動にも熱心で、20歳を迎えた私に、政治活動まで要求してくる。宗教団体が支援する政党の候補者への投票、選挙遊説活動への参加、そして他者への投票依頼まで。

私には投票権はあっても選挙権(候補者を選ぶ選択権)はないのか?と思った。この政党の動きもみても、その時その時の政治状況の中で、あちらこちらの政党とくっついたり離れたり、どうも政党の都合で支援者を振り回している様な気がする。

自分の家の中でお経を唱える事だけならまだしも、関係ない他人を巻き込んだり、投票依頼、宗教への勧誘は絶対イヤだった。

この家とこの宗教に関わっていたら、ずっと、支持政党や生き方までも強制されてしまう。

私が、大学を卒業する頃は、世の中はバブル経済へ突入していた。大学で真面目に勉強したお陰か、たまたまタイミングがよかったのか?大手の会社の正社員となって、働く事になった。

広いマンションに住み、3ナンバーの車を乗り回し、今とは比べ物にならない労働条件の中で生活していた。

が、しかし、・・・にも関わらず何か生きている充実感がない。金には困っていないのに何かが足りない。なにか砂を噛むような感覚から抜け出せなかった。今から思えば、それは、生活する上での主体に自分がいなかったからだとわかる。

「広いマンション」や「3ナンバーの車」だって、所詮、世間に対して見栄をはっていたに過ぎない。

親から渡された人生脚本(シナリオ)を手に生活しているものの、これといった充実感は欠落したまま、世の常識に習って30前で結婚。

そうこうしている内に世の中は「バブル経済崩壊」を迎えた。

私自身は相変わらず、尋常性乾癬、アレルギー性血管炎(リベド血管炎)は治らず不健康なまま。不健康な状態を隠しながら取り組む仕事で成果があがる筈もなく、会社員としての評価はNG。結婚生活はうまく行かず、人間関係も破綻。頻尿、多汗、不眠・・診療内科に通院し「自律神経失調症」と言う病名をつけられた。私は、この時点で人生をテレビゲームの様にリセットし、新天地で新しい仕事に取り組む事になった。

離婚、転職、引越し、この時、私は35歳。これが私の人生のターニングポイント(分かれ道)となった。私は今までの自分、過去の自分を殺し、実家から離れる事によって、親から渡された人生脚本(シナリオ)とも決別。自分の主体で生きるようになったのである。

ただし、私個人のバブルの後始末(マンションローンの返済)には数年を要し、精神的、経済的に自由になるのはまだ先の事だった。

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対抗脚本(シナリオ)さがし

こうして親から渡された人生脚本(シナリオ)による私の人生の上演は終了しました。

次に私は、自分でオリジナルの人生脚本(シナリオ)をさがしはじめました。
そのオリジナルを「対抗脚本」と呼ぶそうです。以下は先ほどの引用の続きです。

以下引用---------------------------------------------------------------

人はその不幸せな脚本から逃れる為に「対抗脚本」を書くのです。それは、「人よりも努力して勉学に励もう、人から認められ必要とされる存在になろう、誰からも愛される人間になろう」という意識を持つのです。

「対抗脚本」は自分で意識しているのに対し、「人生脚本」は深層心理(無意識)の中にあって普通自分でも気づかないでいることが多いのです。

つまり表向きは、とても努力家で、勤勉で、まじめで周囲からも尊敬される人に見えるのですが、恐ろしい事に人生脚本から逃れるのは至難の業です。人生脚本は、対抗脚本よりも強い支配力を持ち、人生の重要な局面には必ずその人の行動を支配しているのです。

努力して勉学に励み社会的地位や財力を持ち、人格者と呼ばれ、誰からも尊敬され人も羨むような人生を歩んでいる人であったとしても、それでは自分が持っている不幸せの人生脚本の通りではないので次第に居心地が悪くなるのです。そしてわざと自らを転落させるような事をしでかし、不幸せな脚本通りに決められた場所に戻るのです。

以上引用---------------------------------------------------------------

事実、あの宗教支配された家から逃れても、長年染み付いた私の指向(心の方向性)はそう簡単にかわりません。オウム真理教事件の時に流行った「マインドコントロール」的なもの・・と言えば伝わるでしょうか?そう簡単に、親から渡された人生脚本(シナリオ)からは逃れられないのです。

しかし、私の「何かを変えなければ」と言う強い思いは、私と「精神分析」を引き合わせます。今まで理系人間で知りもしないのに「心理学」を敬遠にしていた私が、関連書籍を貪る様に読み始めました。

「あぁ、もっとはやく知っていれば、こんな事にはならなかったのに!」正直にそう思いました。

「無意識の書き換え」と言うフレーズも心に響きました。コンピューターのプログラムを書き換える様に、心のプログラムである無意識を書き換える事ができるなら、自分の生活や人生を、もっと充実したもの(自分が望むもの)にできる筈では!?次から次へ興味深い事がでてきて、自分の育った環境や、親子関係を思い起こし、欠けているものの大きさに愕然としました。

さて、どうやってこの無意識(コンプレックス:複合観念体)と対峙すればいいのか?

以下は先ほどの引用の続きです。

以下引用---------------------------------------------------------------

例えば、著名な大学教授が痴漢行為をして社会から非難されたり、学校の校長が買春行為をしたり、そのような類のニュースはよく耳にしますが、冷静に考えればそのような事件を起こせば当然、社会的地位を追われ周囲の信頼も尊敬も失うわけです。

しかし、本人もどうしてそのような行動を起こしてしまうのか理解できず、そして「自分はやっぱり駄目な人間なんだ」、このように人生脚本は成就し、居心地のよい場所に戻っていくのです。

恐ろしいのは人生脚本から脱却して本当に自由に生きている人は、人類全体の1%であると言われています。自分の人生がなぜか不幸せな方向にしか生きられないような気がする、という人はご自分の「人生脚本」に書かれているシナリオが何なのかを知り、書き換える作業も必要かもしれません。

人間は何歳になっても、過去に描いた脚本を捨てて、自分がこれから生きたい脚本に書き換える(再決断とも言います)ことができます。そして、自分がなりたい自分に軌道修正して生きていくことができ、その時にようやく本来の自分らしい人生が歩めるのです。

多くの人々はその事に気付かず、過去に書いた人生脚本にしがみついて、自分の意思でそれを書き換えようとはしていません。ですから人生に変化が起こらないのです。

【人生脚本の書き換え方】

1、幼少期に心の奥に残っている(自分でも気づかない)嫌な親子関係、または周囲の大人との関係を思い出してみてください。例:いつも両親から厳しく躾けられ、勉強しなさいと叱られてばかりいた。誉めてもらったり、優しくしてもらったことがなかった。

2、それが、本当はこうだったらよかったのにな~と思えるようなことを想像して書いてみましょう。例:頑張ったことや努力したことは素直に誉めてほしかった。もっといろんな話を聞いてほしかった。優しく抱きしめてほしかった。

3、想像したことを童話にして紙に書いてみましょう。名前などは実名でその他は童話のように書きます。例:ある所に○○ちゃんという5歳の男の子が住んでいました。○○ちゃんはパパとママといつも一緒で、笑顔で笑いの絶えない仲良し家族でした。○○ちゃんは・・・・

4、できあがったら声に出して読んでみましょう。できれば、カウンセラーなどの人に実際に聞いてもらった方が効果的です。

※これは自分でも簡単にできますが、できたら信頼のおけるカウンセラーと一緒に取り組むことが望ましいと考えられます。

どうですか、何だか自分の人生が思った通り何でもうまくいくように感じませんか。こんなことぐらいで、と思われるかもしれませんがこれは即効性のある効果的な方法なんです。興味のある方は一度試してみてくださいね。

このページをご覧になった方で「嫌な部分全否定して誤魔化すみたいで童話が書けない。」、という感想を述べていらっしゃる方がおられましたので、参考になればと思い追記しました。

多分、多くの方が「不幸な人生脚本」を描いて現実に向き合っているのだと思いますが、決して過去を否定して新たな童話を書きなさいと言っているわけではありません。

むしろ逆です。過去を否定するのではなく「全てを受け入れる」ということからスタートするのです。過去を全否定し目を塞いでいるようでは新しい人生を切り開くことはできませんし、童話もかけないと思います。

そして、「全てを受け入れる」ということは育った環境や両親との関係を素直に受け入れ許すということになるのです。

「どうせ自分は何をやっても駄目なんだから・・・」と自己否定してしまっているようでは新しいことにチャレンジする勇気も度胸も持てなくなり、結局不幸な人生脚本から脱却することもできずにそのまま年齢を重ねていくことになるんです。本当にそのままで後悔ないですか?

この童話が書けたからといって、突然人生が逆転するわけではありませんが、繰り返し繰り返しこの童話を読み返していく内に潜在意識が上書きされるように自分の中で何かが少しずつ変化していくのではないかと思います。

もちろん、童話が書けなくたってその他の方法で心のバランスを保ち、ポジティブな精神や思考を持つことだって可能なのですから、自分なりに模索しながらいい人生だったと思えるようがんばってほしいと思います。

「現在」が変われなければ、「未来」に何も変化は起こらないのです。

以上引用---------------------------------------------------------------

引用した文章を一通り読んで納得しました。やはり、精神分析(セラピー)の手法と一緒です。無意識を言語化して、その上で、更に、無意識を書き換える作業を行わなければなりません。

親から刷り込まれた、人生脚本(シナリオ)を自作のオリジナル人生脚本(シナリオ)に書き換える作業をしなければなりません。

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わたしの人生分析

親から渡された人生脚本(シナリオ)を上演する為に、自分はどんな俳優になったのか?

どう言う役作りをしたのか?・・考えてみました。

私が私に行った役作り・・それは性格形成と言っていいと思います。

1、いつもニコニコ。:正しい宗教をしてるから幸福(そう)であらねばならない。

2、他人から非難される様な事をしてはいけない。:だって正しい宗教の信仰者だから。

3、失敗しない人。:だって正しい宗教をしているのだから失敗は許されない。

4、将来は、世間が羨ましがる社会的立場と富と名声を獲得しなけらばならない。
→ だって正しい宗教をしているのだから世間から評価されないといけない。

5、健康であらねばならない。:だって正しい宗教を実践しているのだから。

6、人に弱みを見せてはいけない。:だって他人を宗教に勧誘する立場なのだから。自分はパーフェクトであらねばならない。

ざっと書き連ねてみましたが、随分、大変な課題を背負って生きて来た様に思います。ただ、正しい宗教を信仰している家に生まれただけなんですけどね。

とにかく失敗するとNGなものですから、失敗しない様に課題に取り組むわけです。ところが総てにパーフェクトにできる事はないわけで、難しい課題は避けたり、実は簡単な課題を難しく考えてしまったり、敬遠したり・・失敗すると、その課題は最初からトライしなかった事と考えたり・・。無かった事にする。などと、今から考えるとストレスを抱え込まない筈はないわけで。

おまけに、正しい宗教を他者に勧誘する立場なものですから、他者に相談もできない。正しい宗教をしているのだから、寧ろ他人の相談を受けて、その解決方法に正しい宗教を勧める立場なんです。

親から与えられた「一生、正しい宗教を実践して、それを他者に広める人」と言う人生脚本(シナリオ)を上演する俳優の役作りで、子供はこれだけの課題を背負いこむのです。

実際には出来もしない事を、無意識レベルで実践しようとして、ストレスを抱え、それを口に出して言う事(言語化)もできず、ストレスは原因不明の皮膚疾患と言う形で身体化し、長きにわたって自分自身を苦しめて来ました。

私が現実に上演した私の人生は残念ながらそう言うものであったわけです。

それに気がついた私は「正しい信仰をしている人」と言う立場を捨て、親から渡された人生脚本(シナリオ)を捨てた途端、多くの皮膚疾患は影を潜め、私は健康と言う自由を獲得し、マンションのローン(負債)を完済して、経済的自由を獲得しました。今は、精神分析(セラピー)を受けながら、今度は、心の自由を獲得しつつあります。

だんだんと、自分を拘束していた手かせ足かせを外し、深呼吸した空気が体の隅々にまで行き渡るかの様な安堵感を体感しています。

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おわりに

今号の月刊精神分析はいかがでしたでしょうか?

親から子に渡された人生脚本(シナリオ)をテーマに精神分析的視点から掘り下げてみました。

自分で自分の養育史や家庭環境、人生を振り返る作業はあまり楽しい事でない場合もありますが、新しい自分をスタートさせる為には必要な作業だと思います。

過去の自分を認識し、認め、決別すると言ったプロセスでしょうか?

日本の諺(ことわざ)にも「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」「捨てる神あれば拾う神あり」「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」と言います。

もし、あなたが今の自分の有り様(ありよう)に不満を感じているのならば、今までの自分に決別し、本当にあなたが望む生き方を選ぶ事もできるのです。

それでは、また来月お会いしましょう。

平成23年2月23日 月刊精神分析編集部 編集部A 

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