刻印

1、はじめに

みなさん、こんにちは。月刊 精神分析 編集部Aです。今回のテーマは「刻印」です。

ここ数ヶ月、月刊精神分析シリーズは、私、編集部Aの自己分析シリーズが続いています。読み物としては、色々な症例を紹介した方が面白いのですが、精神分析の性格上、その症例の殆どは一個人の心の病に根ざしたものであり、公にする事が難しいのが実情です。一部、精神分析家の先生とクライアントの間で了解を得て掲載しているものもありますが、それは、ほんの一部に過ぎません。そう言う事情もあって、最近は編集部A自身の病歴や事故歴や育った家庭環境など公にできる範囲で記事にしている次第です。

今月号は私が受けた精神分析(セラピー)の中でてきた「刻印」がテーマです。

平成23年07月31日 月刊 精神分析 編集部A

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2、登場人物プロフィール

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 研究所の名称を「LAKAN精神科学研究所」に名称を改める
2008(H.20)年 分析者名を惟能創理(いのうそうり)に改名する

著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。

現在「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーを受けている。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com

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3、刻印とは?

一般的に「刻印」と言うと、

以下、ネット上からデジタル大辞泉の内容を引用
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こく‐いん【刻印】 [名](スル)
1 印を彫ること。また、その印。
2 刻みつけること。「幼児期に―された心象」
3 「極印(ごくいん)2」に同じ。提供元:「デジタル大辞泉」凡例

ごくいん 0 【極印】
(1)江戸時代、品質証明あるいは偽造防止・盗難防止のため、品物や金銀貨に押した文字や印形。
(2)永久に残るしるし。いつまでも消えない証拠。刻印。
≫ (成句)極印を打つ
≫ (成句)極印を押す
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以上引用・・・とあります。

心理学や精神分析の世界で「刻印」と言うと、幼少期に心に刻まれ、簡単に消せないレッテルを意味します。

読者のみなさんの心には刻印はありませんか?無意識に深く刻まれた印・・刻印が・・。

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4、今月のセラピー

毎月、惟能先生の精神分析(セラピー)を受けている。ここ数ヶ月は睡眠中の夢をみていないので、生活上起こった錯誤行為(誤り)や、事件、事故、自分が感じた事思った事を言語化する作業を通して、自己の無意識を探る。

今月も日々起こった事をメモし、精神分析(セラピー)の時に先生に報告した。

1、相変わらず、車の運転はバックが鬼門。
2、愛用のスマートフォンiPhone3GSをズボンごと洗濯してしまう。使用不能。
3、背中に蕁麻疹(じんましん)が出来たと思って、皮膚科に行くが原因は「イエダニ」であった。
4、ラーメンを作ろうと思って、お湯を沸かすが誤ってお湯を右手の甲にかけてしまい火傷を負う。幸い水膨れなどには至らず完治する。第一度の火傷ですむ。
5、エトセトラ、etc

今回のセラピーで先生の無意識センサーに引っかかった(チェックされた)のは「火傷」。

「その火傷から貴方は何を感じますか?」・・

先生は、突っ込んでくる。

以下、私の語り。

そう言えば・・・。

僕の右手の手の甲には、もともと火傷の痕がある。

まるで炎のマークの様な3cm四方位の面積。私の記憶では保育園にあがる頃には既にあった。この火傷痕は私の父方の祖母がアイロンで私の右の手の甲につけたものだ。

さすがにその時の詳しい状況は覚えていないが、容易に想像できる。

僅か3歳位の幼児、祖母からみれば孫の私が何か祖母の気に入らない事をしたのだろう、祖母は躾(しつけ:今からすれば十分虐待であるが)と称して、孫である私の右手の甲にアイロンの先を押しあてたのだ。まさに鬼婆(オニババ)の所業である。

私は一生消えない火傷痕(刻印)を祖母から右手の甲につけられた。

この件に関して、私の母の対応もすごかった。後年、私が自身の右手の甲の火傷痕を差して母に「これは、ばぁちゃんがアイロンをあててできた痕やん」と私が言うと、母は「貴方と識別できる印をつけてもらってよかったね」と言った。

幼い私にしてみれば母の口から「あばぁちゃんから酷い事をされたね」とか「痛かったね」とか、アイロンで火傷を負わされた私に対して共感や同情する言葉を期待したのだが。期待する言葉どころか、むしろ祖母の行いを肯定する言葉を聞かされ絶句した。

母はよく私に「ウチは普通の家ではない」「祖母は独裁者」等と言う発言をしたが、母もまた普通ではなかったと思う。こんな祖母がいる家に嫁いでくる嫁である。常人ではつとまらない。そして、その恐ろしい祖母と母がいる環境下に産まれたのが私と私の兄弟達である。

こう言う家族関係を記述していると、あの秋葉原無差別殺傷事件の加害者:加藤智大氏とその母の関係を思い出す。詳しくは:こちら:月刊精神分析2011年03月号 秋葉原無差別殺傷事件2のサイトを参照。私が、あの様な事件を起こした加藤智大氏に感情移入してしまうのは、きっと彼のそれと似たような母子関係を培ってきたからだと思う。

「この母に何を言っても受け入れてもらえない」・・・そう子供が思ったらもう母は諦められたと思ってよい。受け入れてもらいたくて母にモノを言うのだが、その度に期待した返事はない。むしろ拒絶や否定をされる。実の母からの拒絶や否定は精神によくない。私は母としゃべるのをやめた。モノを言うのは必要になったお金を要求する時くらいだ。

母にしてみれば「手がかからない子供」と思ったかも知らないが、後年、彼女は手痛いしっぺ返しを喰らう事になる。

子供である私は、自らの言葉で自分を語らなくなった。そうさせたのは母自身である。これは仕方ない。

祖母からアイロンを手に甲に押し当てられた事から連想して次々に子供時代に受けた折檻の様子が思い出される。

そう言えば、何か些細な事がきっかけで、よく風呂敷(ふろしき)で両手を前で縛られ風呂場に閉じ込められた。

今で言えば「拘束」「監禁」である。まるでSMプレイのサイトで使用されるようなキーワードだが、現実にされたのだから仕方ない。

私が家の大人達に何をしたのか覚えていないが、自由を奪われ、かつ、それに抵抗したのを覚えている。

風呂敷で縛られた両手。拘束されたくはないので脱出を試みる。歯で風呂敷を噛み切ろうとした。拘束を解かれた後の風呂敷は私がカジッたので穴が開いていた。私は内心「ざまーみろ」と思った。「俺の自由を奪おうとするから風呂敷に穴があいたんだ」そんな感情が心の中にあった。

ちなみに秋葉原無差別殺傷事件の加害者:加藤智大氏が受けた折檻はこうだ。
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近所の主婦の証言として、雪が1メートル以上積もった極寒の日に加藤が薄着のまま数時間も外に立たされていたという話が出てくる。「もういいんじゃない」と声をかけても、母親は取り合わなかったという。親類が「もう少しおおらかに育てたらどうか」と忠告したこともあったというのだ。(サンデー毎日)
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先生は私に言った。

「こういう事を何と言うか知っていますか?」

私「なんて言うんですか?」

先生「屈辱って言うんです」

なるほどね、確かに「屈辱」である。

私の中で、「刻印」と言うと、家畜の管理番号としての「消えない印」と言うイメージがったが、今時の家畜の管理は・・「牛の出生と同時に耳に個体識別番号が書かれたタグを装着」であり、刻印なんかは流行らないらしい。

更に思い出されるのがテレビの時代劇で犯罪者(下手人)が刑事罰として施される「黒い刺青」の刻印。よく犯罪者として疑われた人の捲り上がった袖からみえる腕に「黒い刺青」がしてあって、それを見られた人がバツの悪そうな顔をしているシーンがあった。

・・・よって、一生消えない火傷の痕を付けられる事は、「家畜」や「犯罪者」と同じ扱いであり、少なくとも「人として扱われなかった証拠」である。

その後、私の人格形成が如何になされようと、祖母や両親が先に他界しようが、この私の右手の甲の火傷痕は一生消えずに私についてまわる「刻印」なのだ。

きっと大人達は忘れているが、私の手の甲の刻印は明確に語る。私は家族から「人」として大切に育てられたのであろうか?右手の甲の火傷を見る限りどうも違うようだ。

恐ろしい大人達。狂っている。

そんな親たちに育てられて私の潜在意識(無意識)はどうなっているのであろうか?ますます興味が湧いてきた。

昨今マスコミを賑わす「親から幼い子供への虐待」のニュース。それを受けて書かれる週刊誌の特集記事は、加害者の親もまた幼児期に虐待を受けていた・・などと書きたてる。

これは「虐待行為」の「世代間連鎖」である。こうなると、もう世代から世代へ虐待が止まらない。

今日も、パチンコ屋の駐車場に放置された車の中で幼い子供が死んだとのニュースが報道されていた。保護者はパチンコ、子供は車中で熱中症にかかり死亡。・・この子供の保護者もきっとその親から見放されていたに違いない。

ネグレストした親とネグレストされた子供の連鎖も続く。

以下引用
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ネグレクト(neglect)とは、本来英語で「無視すること」を意味するが、日本では主に保護者などが子供や高齢者・病人などに対して、必要な世話や配慮を怠ることを指す。児童虐待、高齢者虐待のひとつ。子どもに対するそれは育児放棄(いくじほうき)ともいう。
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5、カタルシス

私と秋葉原無差別殺傷事件の加害者:加藤智大の精神構造の違い。

惟能先生は言う。

「子供時代に人として扱われなかった人たち、例えば親から酷い扱いを受けたり(虐待を含む)見捨てられた人達は、非常に高い確率で、犯罪者になります。貴方はよく犯罪者になりませんでしたね。」

私は思った。

秋葉原事件の加藤智大被告に感情移入してしまう私の精神構造は、非常に彼のそれに似ていると思う。

加藤智大被告の心の中には「秋葉原の歩行者天国を地獄に変えるイメージ」があったに違いない。だから彼はあの様な事件を起こしたのである。

もし私が、加藤被告と同様に、家族や親しい人間から遊離し、派遣社員と言う将来の展望がみえない不安定な立場で、携帯電話の掲示板依存症となり、社会から評価されない状況(派遣切りにあう様な)で、他者から自分の存在を否定される様なひどい仕打ちをされたらどうだろう?

最後に、自分の存在を世間の多くの人間に知らしめて自分の人生の大団円(だいだんえん:演劇や小説などの最後の場面。すべてがめでたく収まる結末)を迎えようとしないだろうか?

壮大な復讐劇を演じなかっただろうか?

私のカタルシス(代償行為によって得られる満足を指す心理用語)のイメージはこうである。

以下私に内在するイメージ
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街の地下街の入り口に立つ。

この地下街は長さ600mにも及ぶ。大都市の中心地に位置し、天候に左右されず、常に多くの人達で賑わっている。地下鉄や百貨店などの大規模商業施設、多くのオフィスビルと地下通路で連絡し不特定多数の人々が歩いている。

目前に行き交う人々を黙視する私の手にはAA-12 オートマティック散弾銃 (AA-12 Fullauto Shotgun)。全長:96cm。重量4.76kg。散弾を連射できる非常に殺傷能力の高い銃器である。

今まで生きてきて屈辱にさらされた日々が走馬灯に様に私の脳裏に浮かぶ。

「よし行くぞ!」

私は予備のドラムマガジンを背負って、走りだした。・・・・

乾いた散弾の発射音が地下街に響く。
地下街の区画毎に散弾をばらまき、次の区画に走る。
その繰り替えし。
パニックになった群衆が、地下街から地上に溢れ出す。
その光景は、地下鉄サリン事件の霞が関駅の混乱を彷彿とさせる。
空になったマガジンをスペアに交換。
更に突き進んでは、散弾を撃ちまくる。
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イメージの中の私は、惨劇の後、秋葉原事件の時の加藤被告と同様に、放心状態で何かうわ言を・・・言いながら・・最後は散弾銃で自殺した。

・・・と言う様なイメージを内在しているのにもかかわらず、なぜ、私はそれを現象化しないのか?

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6、歯止め

秋葉原無差別殺傷事件が発生してからの世間の反応にこう言うのがあった。

加藤被告と同世代からは「僕も一歩間違えば加藤被告の様な事件を起こしていたのかもしれません」

加藤被告の親の世代からは「うちの子も、ひょっとしたらあんな事件を起こしていたかも」

・・そう、多くの人とその家族は、あの様な事件を起こす可能性を持ったまま生活しているのだ。

秋葉原事件に限らず、古今東西、無差別殺人事件は起こっている。ネットでちょっと検索しただけで無数に資料が出てくる。

2008年06月08日:秋葉原通り魔事件 7名死亡10名負傷
2007年12月14日:ルネサンス佐世保散弾銃乱射事件 2名殺害6名重軽傷
2007年04月16日:バージニア工科大学銃乱射事件 33名死亡
2001年06月08日:附属池田小事件 8名殺害15名負傷
1999年09月29日:下関通り魔殺人事件 5名死亡10名重軽傷
1999年04月20日:コロンバイン高校銃乱射事件 13名死亡24名重軽傷
1997年02月10日:神戸連続児童殺傷事件 2名死亡3名重軽傷
1988年08月22日:東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 4歳から7歳という低い年齢の女児3名
1966年08月01日:テキサスタワー乱射事件 16名死亡31名負傷
1963年10月18日:西口彰事件 5人殺害
1938年05月21日:津山事件 31名死亡3名重軽傷
健全な精神が育成されないと、人は切れて、何の関係もない他者を殺戮する・・それも用意周到に・・と言う事件の列記である。

上記は一線を超えてしまった例であるが、私を含め一線を超えずに踏みとどまっている多くの人の精神構造はどうなっているのだろうか?

私の場合はキーワードは「父」である。先述した様な鬼婆の祖母(父方)と、母でない母に苦悩していたのは私だけではない。父も一緒の立場である。昔は二世代、三世代同居が当たり前だったので、多かれ少なかれどこの家庭にも嫁姑問題(よめしゅうとめもんだい)があった。

細かな事象を書くのは避けるが、私の目には祖母と嫁の間に挟まった立場の父が可哀想にみえた。そして、私もこの家庭の人間として他者と結婚すれば、自動的に今の父の立場になり、今度は私自身が私の母と妻の間に挟まる事になるのである。私はその日が来るのが怖かった。

冗談ではない。ここでも不幸の連鎖である。目前のカラーテレビからはホームドラマ、ホームコメディと称し理想的な家族関係を描写した映像が流れてくる。テレビっ子と言われた私の世代の子供達は「あぁこのドラマもウルトラマンや仮面ライダーと一緒の作り物なのだ。こんな幸福な家庭なんかある筈ない」・・と思いながら過ごしていた。

「せめて自分だけでも父の味方になろう、私まで父の負担になっては父が可哀想だ」

・・・今の父の姿は未来の自分なのだ。そう言う精神構造のもと、私は父に対しては比較的従順であったのだと思う。

もし私の世間の評価が低ければ、もし私が何か問題を起こせば、・・そんな事を考える事も嫌だった。

・・・が、時折、父がすごくイヤに思う事もあった。父の精神構造もよくわからないのだが、私に「自分が如何に親孝行したか」を語り、それを私にも強制する話をする事があった。「ひょっとするとここまで祖母に対して従順な父の存在があるが故に、祖母があそこまで自己愛者的な振る舞いが出来るのではないか?」そう思う事もしばしばであった。

今から思えば、これは母子共謀ではないかと思う。

以下引用
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共謀(Collusion)心理学。一般に、共謀というと、二者が、主に悪事や不正を働くために秘密裏に協力したり協定を結んだりする ことを意味する。これは、ゲーム理論や経済学などの 用語だけれど、臨床心理学においてもCollusionという 概念がある。

意識的に、または無意識的に、好ましくない関係を持つ事、継続する事。

Collusion(共謀)は、二者間のもつ共同幻想が幻想であると分かりつつも目を瞑ってみようとしない現象だけれど、それに直面した瞬間に大きなDisillusionment(幻滅)を体験する可能性も多く、ほとんどの信頼関係においてDisillusionmentは「関係の終わり」に結びつくもので いずれ問題に向き合わねばならぬことを知りながら、 その前段階としてCollusionの関係をもつ人は多いだろう。
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以上引用終わり。

あんなに独善的で家族や他人を自分の家来の様にあつかう祖母の存在は、献身的に祖母に追従した父(祖母からみれば三男)がいたからこそ成立したのではないだろうか?

そういった歪んだ家族関係は、私が産まれた後に、祖母に「貴方は仏子です」と宣(のたま)う新興宗教が実家に入ってきて更に強化された。タダでさえ独善的な祖母が、それに輪をかけた排他的な思想を持つことになった。

もうそれは「織田信長が錦の御旗を獲得した」ようなもので祖母の快進撃はとまらぬものとなった。「仏教者もヒトラーも紙一重やな」当時のわがまま放題の祖母をみて、思春期の私はそう思った。そして、その下で生活する僕の両親は宗教組織に組み込まれ、僕の兄弟も無条件に宗教的思想を書きこまれた。

まるで北朝鮮の様な「個」が存在しない実家で、私は表向きは宗教組織に従順でありながら、いつか自由になる日を待望した。そう、脱北を虎視眈々と画策する北朝鮮人民の様に。

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7、慈悲

惟能先生は、私に言った。

貴方が加藤智大にならなかった(秋葉原通り魔事件を起こさなかった)のは、お父さんに対する「慈悲」があったからですね。

私、

・・・慈悲?ですか。そうかもしれません。

なにしろ無意識の話をしているので、そうとも、違うとも確信はなかった。

慈悲の意味は、以下引用
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慈悲(skt:maitrī, pāli:mettā)とは仏教用語で、他の生命に対して自他怨親のない平等な気持ちを持つことをいう。一般的な日本語としては、目下の相手に対する「あわれみ、憐憫」(mercy)の気持ちを表現する場合に用いられる。
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以上引用終わり。

ただ、先述の様に、当時の私の家庭環境を鑑みると、支配者である祖母と、支配されている父と母と言う構図の中で生活せざるを得なかった私からみて、父の姿は「憂いある未来の自分の姿」に見えたのは事実である。

今、自分の中に「あの様な家庭環境の中で生活する事を強いられなければ、もっと違う自分がいた筈」と言う強い思いがある。

しかしながら、もう今更子供時代へは帰れないのである。ならば、残された時間の中で、少しづつ獲得できなかったものを獲得し、失ったものを取り返す作業をしなくてはならない。

私は世間が驚くような凄惨な事件を巻き起こし、自分の存在を知らしめる事によって、親に復讐しようとは思わない。そういう精神構造なのだ。・・慈悲があるが故かどうかは確信がない。

では「獲得できなかったもの」「失ったもの」とは何か?

他者によって、私の精神に刻まれた印(刻印)を消して、私は、私が思う私(主体)になるのだ。

以下続号にて。

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8、おわりに

精神分析(セラピー)とは、就寝中にみた夢や、日常の錯誤行為から、コンプレックス(複合観念体)を探り、それを言語化して、解消しようと言う試みです。

所謂(いわゆる)、中年という年齢に差し掛かると、毎日、何かしらイライラしたり、漫然とした不安感を抱えたまま生活している人が多いようです。

子供時代の私は、まわりの大人たちが何かしら機嫌悪く生活しているように感じ、常に大人たちの機嫌をうかがっていました。今、自分が大人という立場にたって、大人が常に何かしらのストレスを抱え、漫然とした不安感に苛(さいな)まれているのがわかります。

漫才の枕詞(まくらことば)で「~の一席でご機嫌を伺います」と言うのがあります。子供からみると大人は常に機嫌が悪いのです。

最近、もと阪神タイガースで活躍した伊良部秀輝さんが自殺と言うショッキングなニュースが入ってきました。

以下引用
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2011年7月27日、ロサンゼルス近郊の自宅で、首を吊った状態で死亡しているのが発見された。死後数日が経過していた模様。享年42。(略)・・などで、精神的に追い詰められていた事情が指摘されている。(略)・・野球人としての将来に不安を抱いていたとする指摘もある。
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以上引用終わり。

日本では十数年連続で、年間の自殺者が3万人を超えているそうです。

平和ボケの国ではありますが、突然、震災に見舞われたり、事件、事故に遭遇するかもしれません。食事や生活様式に気を配って健康な肉体を維持する事はもちろんですが、健康な精神を育成する事も重要な事だと思います。

私はひょんなきっかけから精神分析の世界を知りましたが、現在、毎月、精神分析(セラピー)を受ける事で、自分の精神と向き合っています。

日本の諺(ことわざ)に「病は気から」と言うのがあります。

モノが豊富で満ち足りだ世の中でありますが、精神や心が等閑(なおざり)になっているような気がします。心のジムに通うつもりで精神分析(セラピー)はいかがでしょうか?

平成23年07月31日 月刊 精神分析 編集部A

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9、Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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