宇野常寛 タイトル画像

1、はじめに

2013年08月20日に劇場鑑賞しました。感想をアップしました。

いかがお過ごしでしょうか?毎日暑い日々が続いています。お体ご自愛下さい。月刊 精神分析 編集部Aです。さて、月刊 精神分析読者のみなさんは、宇野常寛(うのつねひろ)さんという人物を知っているだろうか?

現在、ニッポン放送の深夜番組「オールナイトニッポン0(ZERO)」の金曜深夜を担当しているパーソナリティである。

実は、私が深夜仕事をしている時にたまたま眠気防止にラジオをつけていて、2013年4月5日の第一回目の放送を聴いたのが宇野常寛さんを知るきっかけになった。彼の職業は評論家。それも「キャッチフレーズは自民党からAKBまで」「AKBと仮面ライダーの専門家」と政治からサブカルチャーと幅広い。

そもそも私は「評論家」という立場の人は無責任に時事ネタを取り上げ批評ではなく批判する人と言うイメージをもっており、あまりよい印象をもってなかった。しかしながら宇野常寛さんはラジオのパーソナリティを務めるだけあって語りが大変面白い。日頃から精神分析的視点から物事をとらえ解釈する癖のついている私が聞いても「あぁなるほどそういう解釈や意味付けができるのか」と感心し興味をひくトークについ耳を傾けてしまう。「あれ?この人はかなり心理学的な知識をもっているな」と思わせる文脈分析をきかせてくれる事もある。

過去、月刊 精神分析のバックナンバーのアクセス数を解析すると、著名人の行いを分析したり、世間の注目を集めた事件を分析した号は多大なアクセス数を獲得するのだが、ベタ(平凡)なテーマだとまったくネット界の人々から無視された様な状態になってしまう。結局、ネット上から情報を獲得する手段としてGoogleが主導権を握っているせいなのだが・・・ただ単にアクセス数が多ければいいのであれば、昨今、世間を驚かせた事件をテーマとしてとりあげればいのだが、基本、月刊 精神分析は私こと編集部Aが興味関心を持ったものを自主的にテーマにするという編集方針を貫いている。^^

ちょうど、7月26日金曜日深夜(7月27日3:00~)放送分で風立ちぬ(映画版)を通して「宮崎駿」さんを評論している部分がある。話の広がりが分析っぽくって面白いので今回、月刊 精神分析のテーマとして取り上げる。

平成25年2013年08月01日 月刊精神分析編集部A

ご意見ご感想はlacan.fukuoka@gmail.comまでお願いします。

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2、登場人物

宇野常寛近影

宇野常寛(うのつねひろ)
日本の評論家。
企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰。
批評誌『PLANETS』編集長。

1978(S.53)年 青森県八戸市中居林の自衛官の子として生まれる。
函館ラ・サール高等学校を卒業後、浪人生活を経て、立命館大学文学部へ進学。
2002(H.14)年 友人らとともにウェブサイト「惑星開発委員会」を立ち上げ。
2005(H.17)年 12月にミニコミ誌『PLANETS』を発刊。
2008(H.20)年 7月に単行本『ゼロ年代の想像力』を上梓。同書は2009年の大学読書人大賞で第三位となった。
2011(H.23)年 4月から東京大学教養学部で自治会自主ゼミ「現代文化論」を担当。
2013(H.25)年 4月よりニッポン放送オールナイトニッポン0(ZERO)金曜日のメインパーソナリティを務めている。
著書紹介:
ゼロ年代の想像力(早川書房、2008年7月)
原子爆弾とジョーカーなき世界(メディアファクトリー、2013年6月21日)

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堀越二郎近影

堀越二郎(ほりこしじろう)
(1903年6月22日 - 1982年1月11日)日本の航空技術者。
群馬県藤岡市出身。藤岡中学校、第一高等学校、東京帝国大学工学部航空学科をそれぞれ首席で卒業し、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社。
三菱九六式艦上戦闘機の設計に於いて革新的な設計を行う。零式艦上戦闘機の設計主任としても有名である。九試単座戦闘機では逆ガル翼を採用するなど革新的な設計を行い、のちの九六式艦上戦闘機の開発につながった。
戦後は木村秀政らとともにYS-11の設計に参加した。三菱重工業は戦後分割されたため、それにともない発足した中日本重工業(のちの新三菱重工業)に勤務した。新三菱重工業では参与を務めた。

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堀辰夫近影

堀辰夫(ほりたつお)
(1904年12月28日 - 1953年5月28日)昭和初期に活躍した日本の作家。
堀辰雄の結核発病は、19歳の時であった。特効薬もない時代、彼は病巣を抱えたまま学業をつづけ、文筆活動に入っていく。
『風立ちぬ』は、自ら病みつつ、より病状の重い婚約者に付添って信州のサナトリウムに入った数か月の経験をふまえて、書かれたものである。
『風立ちぬ』全章を貫くものは、あくまでも清澄なロマンである。抒情の世界である。感傷的な通俗の甘さとは異質の、日常生活に根ざした抒情なのである。 『風立ちぬ』は「序曲」から始まる。病気の予兆はあるが、まだすこやかな様子の若い女性が、熱心に絵を描く姿が映し出される。そして、まだ少女らしさの残った無心な美しさに、心ひかれる青年(私)がいた。
何もかも始まったばかりで、「何物かが生まれて来つつあるかのよう」な希望のひとときに、不意にどこからともなく、風が立ったのである。
風たちぬ、いざ生きめやも
不思議な美しさをもった詩句である。どこか不安な風のざわめきに、心をふるい立たせている繊細な魂、「さあ、何とか生きてみよう」と自分に言いきかせるような、また呼びかけるようなフレーズである。
「生きめやも」という文語的な表現は、元来は反語の意味をもつ。しかし、作者がフランス語の副題、ポール・ヴァレリイの原詩をつけているところから、「生きることを試みなければならない」という直訳の通り、意志的にとるのがよいだろう。
生きようとする意志と、その後に襲ってくる不安な状況を予覚した「いざ生きめやも」なのである。
当時の結核患者には、治療薬というものがないため、「大気、安静、栄養」療法が、回復への手引として示されていた。自分のもっている治癒力にすがるだけの、いつも死が間近にある病い―それだけに二人だけでともかくも生きようとする一筋の光の世界を、作者は描きたかったのである。
戦争末期からは症状も重くなり、戦後はほとんど作品の発表もできずに、信濃追分で闘病生活を送った。1953年5月28日、夫人にみとられながら没した。

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江藤淳近影

江藤淳(えとうじゅん)
(1932年(昭和7年)12月25日 - 1999年(平成11年)7月21日)は日本の文学評論家、文学博士(慶應義塾大学)。東京工業大学、慶應義塾大学教授等を歴任した。
戦後日本の著名な文芸評論家で、小林秀雄亡き後の文芸批評の第一人者とも評される。20代の頃から長らく文芸時評を担当し、大きな影響力を持った。20代で『奴隷の思想を排す』、『夏目漱石』を書き上げ、特に前者の『奴隷の思想を排す』は、日本の近代的自我に対する批判を描き出し、吉本隆明を始め多方面の文学者に大きな影響を与え、大江健三郎・司馬遼太郎らと共に気鋭の新人として注目され始める。
プリンストン大学への留学を通じて得た米国での経験から、巨大なアメリカ社会とどう向き合うかというテーマに生涯取り組み、戦後日本における西欧模倣の近代化を他の言論人に先駆けて鋭く批判した。
妻を癌で亡くしてからはかつてのような気力を失っていったと言われている。最後は自らを「形骸」とし、自宅で自殺した。

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宮崎駿近影

宮崎駿(みやざきはやお)
(1941年1月5日 -)日本のアニメーション作家、映画監督、漫画家。
以下監督作品
1979年 12月15日 ルパン三世 カリオストロの城
1984年 3月11日 風の谷のナウシカ
1986年 8月02日 天空の城ラピュタ
1988年 4月16日 となりのトトロ
1989年 7月29日 魔女の宅急便
1992年 7月18日 紅の豚
1997年 7月12日 もののけ姫
2001年 7月20日 千と千尋の神隠し
2004年 11月20日 ハウルの動く城
2008年 7月19日 崖の上のポニョ
2013年 7月20日 風立ちぬ
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村上春樹近影

村上春樹(むらかみはるき)
(1949年1月12日 - )は、日本の小説家、アメリカ文学翻訳家。随筆・紀行文、ノンフィクションの著作もある。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒業、ジャズ喫茶の経営を経て、1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。当時のアメリカ文学から影響を受けた文体で都会生活を描いて注目を浴び、村上龍と共に時代を代表する作家と目される。
1987年発表の『ノルウェイの森』は上下430万部を売るベストセラーとなる。これをきっかけに村上春樹ブームが起き、以後は国民的支持を集めている。その他の主な作品に『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』など。
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惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
編集部Aのスーパーバイザー 。

1951(S.26)年 埼玉県熊谷市に生まれる
1992(H.04)年 大沢精神科学研究所設立
1992(H.04)年 道越羅漢(みちおらかん)となのる
2008(H.20)年 LAKAN精神科学研究所に名称を改める
2008(H.20)年 惟能創理(いのうそうり)に改名する
著書紹介:
月刊精神分析 2009年01月号 運命は名前で決まる
月刊精神分析 2010年01月号 心的遺伝子論 産み分け法

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迎意愛近影

迎意愛(むかいあい)
精神分析家。シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)主宰。
1954年和歌山県生まれ
2011年10月より埼玉県在住。二女の母。
奈良教育大学卒業するも、教師にならず、営業職に就く。結婚、義母の介護。
物心ついた時から生きる意味を問いかけ、38歳の時、精神分析に出会う。
精神分析により、自己を知ることで、生きる意味を見出せると確信し、惟能創理氏に師事する。
女であることの素晴らしさと重要性を痛感し、自らも精神分析家(インテグレーター)となる。
自らの体験と「オールOK子育て法」を引っさげ、女たちよ賢明であれと全国を行脚するべく奮闘中。
連絡先:signifiant1@gmail.com

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安朋一実近影

安朋一実(やすともかずみ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。
1958(S.33)年4月22日生まれ。
出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。
メルマガ発行:子育てメールマガジン 育児法 引きこもり 家庭内暴力 非行 不登校
連絡先:lacan.msl@gmail.com
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編集部A(へんしゅうぶえー)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員。
ラカン精神科学研究所福岡支所
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営、飲食店の営業職、旅客運送乗務員を経た後、月刊精神分析編集部。
宗教色の強い家庭に生まれ育つ。
中学校1年生の時にクラスの数人からいじめられ転校した経験がある。
二十代の頃、原因不明の疾病に苦しむが転地療法にて完治した経験から、心の作用に興味を持つ。
ひょんな切っ掛けから「精神分析」の世界を知り、約三年半色々な書籍を読み漁る。

現在「月刊精神分析」の編集に関わりながら、惟能創理先生のセラピーとインテグレーター養成講座を受けている。

性格分析:自己分析、コンピューターのSE(システムエンジニア)をしてきただけあって、緻密な作業ができるA型(血液型)人間である。自分の部屋はちらかっていても許されるのだが、漫画本の1巻から・・はきちんと順番通り並んでいないと気が済まない。物事は手順を考えて、1から順番に進めていく。よって「適当にやってみて駄目でした」という事は出来ない人で、やるからには成果が出ないとかっこ悪いと感じ、失敗を恐れるタイプである。
連絡先:lacan.fukuoka@gmail.com
再来年を目途に、精神分析家としての独立開業を画策中。
心のインテグレーター(統合者)名は、進志崇献(しんしそうけん)
・・精神分析家として活動する上でのペンネームの様なものだが、自分では自己イメージがわかなかったので惟能創理先生に命名してもらう。意味は見ての通りで「気高いものをたてまつる事を志して進む」という事。過去、常に支配され主体性を奪われ翻弄させ続けられた私が主体性を取り戻して生きていくには「いい感じの名前」だと思っている。
精神分析家としての名前は「進志崇献」。屋号は「羅漢精神分析研究所@福岡:Lacan Psychoanalysis Laboratory@Fukuoka」で検討中。ブログ名は「進志総研」を検討中。当面、活動の中心は140万都市の福岡になりそうだ。

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3、評論家について

私は今、50歳である。昭和38年生まれ。既に「戦後は終わった」といわれた日本に東京オリンピック開催と同時期に生まれた。サブカルチャーの動きをおうと、鉄腕アトムが白黒テレビで放送され、小学校時代、仮面ライダーとウルトラマンをリアルで見ていた世代である。戦後の日本が復興し、高度成長期を経験する中で多感な青春時代を過ごし、社会人としてのスタートはバブル経済に突き進んでいる最中で、まさか昭和末期に株価が暴落するとは夢には思わなかった。私自身が日本経済の成長期と破綻、低迷期をつぶさにみる事になるとは夢にも思わなかったのである。

そんな世代が評論家ときいて思い浮かぶのは、所謂、テレビの時事番組で政党や政治家を評論する「竹村健一」の顔が浮かぶ。テレビに出演し、数多くの評論本を出版する評論家・・・私の中で評論家と言えば代表的なのは竹村健一氏である。

今、ウィキペディアで「竹村健一」の記述をのぞいてみると、彼は政治評論家というカテゴリーに分類されている。

宇野常寛さんはどのカテゴリーだろうか?政治からサブカルチャーまでと守備範囲が広い。年齢は1978年生まれだから、35歳である。平成元年の時10歳。もの心がついてからずっと平成不況の中で生きて来た人だ。私より一世代もしくは二世代下の世代の語り(言葉)に力を感じたのは宇野常寛さんが初めてだ。

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4、精神分析的語り

精神分析の肝は無意識(複合観念体;コンプレックス)を扱う事である。宇野常寛さんの語りの中の随所に、各作家の無意識を分析した部分を散見する事ができる。

宇野常寛さんが取り上げているのは「堀辰夫」「江藤淳」「宮崎駿」「村上春樹」

2013年07月27日の「オールナイトニッポン0(ZERO)」から一部を引用する。7月21日に第23回参議院通常選挙(ネット選挙解禁後初の選挙)が行われた後の放送であり、選挙絡みの話題も多かった。

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5、風立ちぬの成り立ち

「風立ちぬ」のサブタイトルにこうある。

堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて。生きねば。・・・

上記の二人の基礎データは「2、登場人物」に記述してあるので参照して欲しい。

映画:風立ちぬの公式サイトの企画書の記述から抜粋する

この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公"二郎"に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。

そうなの、そう、そうなのか・・・と流してしまいそうになるが、宮崎駿監督はなぜにわざわざ実在の同じ時代を生きた二人の人物の生き様を合体しなくてはならなかったのか?この問いに関して後ほど宇野常寛さんが鋭く切り込んでいる。はーん、なるほどね。そう言うことか・・と貴方は納得することができるだろうか?

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6、「風立ちぬ」宮崎駿 注:ネタバレ

例えば、先日の「オールナイトニッポン0(ZERO)」の中で・・・

【メールアドレス】uno@allnightnippon.comで超絶リクエストをお待ちしています。【ツイッター】#ann0uno #ann0もぜひともフォローをお願いします。と紹介した後に「今週の1本」のコーナーで宮崎駿監督作っ品の「風立ちぬ」を取り上げている。「風立ちぬ」から宮崎駿、堀辰夫、江藤淳、村上春樹・・男性性の在り方にまで拡散している。宇野常寛の語りは深層心理や心理学っぽい比喩を使うので大変興味深い。

CMの後・・

東京有楽町の日本放送から全国ネット、宇野常弘のオールナイトニッポンゼロ。

はい、「今週の1本」のコーナーです。このコーナーはですね。僕がですね、その時、一番気になっている作品とかイベントとかをね1本を取り上げ10分間徹底批評しちゃうコーナーなんですけどね。

メールいっぱいもらっています。えっとですね。これはですね。

50:10

前略。聴取者メールから。

ヒロインを病弱にして主人公から遠くに逃げないようにするあたり、宇野さんがかつて批判していたセカイ系やエロゲーに近いと思いましたがいかがでしょうか?

「風立ちぬ」公開しました。宇野さんが以前語っていた、ANN0での宮崎駿論が頭の片隅にありストーリーはどうか?泣けるか?泣けないか?宮崎駿が戦争をどう描くのか云々よりも、飛ぶか飛ばないか、飛ぶとしたら何によってかに注目せざるを得ませんでした。結果は宇野さんの批評通り一笑にする内容だったと思います。女に調教されないと飛ばせられない飛ばない主人公。主人公の妹がモロ男社会である医者を目指す=女性社会?今回の公開を踏まえ、宇野さんの中で宮崎駿論は更新されましたか?

51:13

うん、そうですねぇ。まぁあの、更新されたか更新されなかった結論から言うと、多少は更新されましたかねぁ。でもね、この「風立ちぬ」ってね。非常に扱い方が難しいですよね。

中略

51:41

これはですね。まぁなんと言ったらいいんでしょうかね。観ると、一言でいうと宮崎駿はこれまで描いて来たね、結構エコ的な要素だったりあるいは「千と千尋」とかねあのへんで描いてきた「トトロ」とかで描いてきた結構、民俗学的なね、興味だったりとか、まああるいは結構「紅の豚」とか「ハウルの動く城」とかでね全面化さえれている反戦的左翼的なものは全部彼にとっては、本質的なものでもなんでもなくてタダのネタに過ぎないと言う事がよくわかると思うんです。

52:15

あの人の本質にあるのは一言で言うと「メカと美少女に対する萌え」だけと言う事がよくわかりますね。で、しかもね、メカと美少女というのも結果的にね選ばれたネタに過ぎないですね、素材に過ぎなくて、もっとその本質にあるのは、ぶっちゃけて言ってしまうと近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の結構歪んだマッチョイムズの様なものだと思いますね。

52:36

で。これね。観た人の殆どがね「飛行機作りと恋愛が噛みあってない」と言うんですよ。まぁ堀越次郎と言うゼロ戦の設計者をモデルにした主人公がひたすらこうなんかこう飛行機への憧れを実現していってまぁあのぉ奇しくも本位じゃないんだけどゼロ戦と言う戦争の道具を開発してしまうと。そしてその一方で、なんか、この運命的な出会いをした直子と言うヒロインがねいて大恋愛をして結婚するんだけど結核で早死にしちゃうと言うそういうストーリーなんですけど、このね、飛行機作りパートと次郎が一生懸命ね空への憧れ飛行機への憧れをものにしていって戦闘機をつくっていくという表のストーリーと、まぁその伏線、第二のストーリーというところの直子、奥さんとのストーリーが噛みあっていないと言う批評が凄く多いんです。でもね、僕ねこれ間違ってると思いますね。いや、この二つと言うのはねむしろ結託していますよ。深く結びついていると思います。これね。言ってしまうと、まぁこの堀越次郎=宮崎駿ですよね。ぶっちゃけ戦闘機ってアニメの事ですよ。あぁ自分の好きなものをどう追及して生きる事はどういうことなのかがこの映画のテーマだので、でね、このね堀越次郎ね、堀越次郎は戦争について無力じゃないですか。すっごく昔から飛行機が好きで、美しい飛行機を作りたいと思っているんだけど、あのぉ、彼は戦争にどうしても加担してしまうんですよね。で、戦争に対して、反戦的な気持ちをちょこっと持ってるのがほんの少し描かるんですよ「特高警察怖いな」とかね。最後にちょっと夢の中で憧れていたカプローニというね、なにかイタリアの飛行機技術者にあってね後悔していることを軽く言ってみたりね。ほんと無力ですよね。これね、実はね宮崎駿の事なんですよね。

54:15

宮崎駿がいくら震災とかねあの今の自民党政権に対して批判的な事を言ったとしてもね、あの基本的に宮崎さんの言ってる事って安倍さんや新政権対して無力だと思う。なんでかというと現実主義に根差してないからですね。さっき僕が言ったように何かこう、絵空事を言う事がむしろ左翼にとって大事なんだみたいな、そういった物語の中に彼は生きているので現実的な提案なんて殆どないじゃないですか。実行不可能な事ばかり言って、左翼のテンプレしかあの人言わないですよね。まぁ僕、クリエーターだからいくら間違った事言ってもいいと思うんですけど、基本、宮崎駿の社会的な発言はもう問題外ですよ。

結局、人間と言うのは自分の好きなものを追及するだけじゃ生きていけないんですよね。あの、どんなに自分の好きなものを追いかけて追及していってもその価値をね、やはり誰かに認めてもらわないと不安になるんですね、だから直子がいるんですよ、奥さんがいる、女の子がいるんです。心のきれいな女の子がその命まで捧げてくれているんだから価値がある。ね、このヒロインの直子と言うのは自分が結核で死にそうなのに体力的に限界を迎えているのに次郎のところにやってきて体を差し出して結婚生活をおくって、病状が悪化して体力の限界が訪れるとサナトリウムに帰っていくんですね。で、若死にしちゃうんです。つまりこう、次郎に自分の人生を捧げているんですよね。あのね、で、そして、なんか、その直子の存在に実は次郎の何か個人的な生きがいとか動機とかにね、なんら社会的な価値を帯びてない事を埋め合わせてくれていると思うんです。

54:15

だから、なんかここでは、個人的なロマン、言ってしまえば文学みたいなもの、社会的な価値、まあ政治ですよね。政治と文学は分裂しているんですよね。普通これは納得できないんですよ。でも直子がいるから次郎は生きていけるんです。普通、自分がこんなに一生懸命やったことが、社会的に認められなかったらつらいんです。でも、次郎はあまりつらくないんです。あんまり劇中でも葛藤とか描かれてないんです。自分が戦争に加担したのに。なんでかと言うと直子に支えられているからです。

でもね、これね、実は宮崎駿の問題なんかじゃなくて、言ってしまうと、もう日本ってずっとそうなんですよ。近代日本はずっとそうなんです。特に戦後はそうなんです。江藤淳から村上春樹まで同じですね。

昔ね、あの江藤淳っていうのはね。結構、今回のね、原作の元ネタになっている「風立ちぬ」の元ネタになっている堀辰夫の同名の小説があるんですよね。いわゆるサナトリウム物の典型になったような、テンプレになったような小説なんですけど。それを批判する事で、暗に村上春樹を批判したと言われているんです。

大塚英志さん(物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ――構造しかない日本)とか、小谷野敦さんとかいろんな評論家が指摘しているんですけど。

江藤淳っていうのは、だからこう何て言ったらいいのかな、あのそういった、堀辰夫みたいな病気の女の子に萌える事で、自分より弱い女の子を所有する事で自分に自信を持とうと言う作家を凄く批判したわけですよね。でも、その江藤淳も実は陰で妻を殴っていたんですよ。こう、アメリカ留学とかして日本人の自分はちょっと恥ずかしいと思い、日本もやっぱ立派な近代国家にならなきゃみたいな事をずっと言ってた人ですよね。その江藤淳も凄く奥さんに依存していて奥さんに甘えるし、奥さんも殴るしみたいな、実は結構、自分より弱い女性を所有する事、自分より弱い女性に支えられて生きていたんですね。自分より弱い女性の人生を収奪する事によって自分を支えている人だったんですね。現に奥さんが亡くなったらそれを追う様に自殺しちゃうんですね。

で、春樹も実は一緒なんですね。村上春樹の小説を読んでいると、特にオウム真理教の地下鉄サリン事件以降というのは、まぁ、もっと社会にコミットメントしろよと、昔、村上春樹っていうのは、なんかこう、全共闘とか連合赤軍とかの挫折を受けて、もう無理に社会にコミットメントしようとするのはよくないんだと、マルクス主義とかみんな忘れようぜと言っていた人なのに、オウム真理教以降はマルクス主義とは別の方法で社会にコミットするのが大事だって、でも、最近の村上春樹の小説を読むと主人公は何もしなくて、主人公の事が大好きな恋人とか奥さんとか、そういった人がかわりに手を汚して、社会にコミットする。で、コミットすると暴力をふるったり、何か、決定しなきゃいけない、そうすると、必ずどこかで誤っちゃう、間違った事をしちゃう可能性がある。どんなに正義の戦争でも暴力は暴力じゃないですか。絶対そこには罪が発生する。その罪の責任をとってだいたい奥さんとか恋人は死んじゃうんですよね。これは一緒なんですよ。

だから、結局、堀辰夫から江藤淳から村上春樹までまぁ日本人男性のマッチョイムズと言うのは常に自分より弱い女の人にねその責任をとらせるとか自分より弱い女の人に奉仕させる事で成り立っていた。で、結局社会は変えられないけどそれでOKみたいな感じでね。自分を納得させてきたんですよね。

58:50

これね、でもね、一言で言うと、でも、堀辰夫とか江藤淳とか宮崎駿は、もともとそう言う奴なんです。問題はむしろ春樹ですよね。春樹ってそういったなんか戦中派とか戦後派とか60年安保世代って超うざいって俺なんて左翼じゃないからニュータイプの自意識を描けるぜと言ったのが春樹なんですけど、春樹が先行世代を殺せなかった問題ですね。だって村上春樹ってやっぱ。戦後的なアイロニーなんてもう関係ない、後進国のコンプレックスなんて関係ない。自分はね、世界的な左翼の敗北、高度資本主義の中で個人は世界とどう向き合うかという、普遍的な問題を扱っている。だからグローバルだ、俺様はグローバルな作家だぜ。っていうふうに言ってきた作家なんですよ。でもね、肝心の春樹はね堀辰夫も江藤淳も宮崎駿も超えられてないんですね。やっぱ60年安保以前の世代は殺せてないんですよ。まぁ、だからね宮崎駿でいうとむしろそういった日本の伝統的な男性性の在り方、日本人男性の自信の持ち方を自分を掘り下げる事によって表現したのがまぁこの「風立ちぬ」なんですよね。だからはっきり言ってしまうとものすごく保守的でものすごくマッチョですよ。

僕はもう1ミリも共感できないですね。1ミリも共感できないけれど、まぁ日本は保守的ですからね、選挙をやれば未だに自民党と共産党が勝っちゃうような国ですから。まぁこれに感動できる人の方がマジョリティだと思いますよ。残念ながらね、でもね、ただね。プロジェクトXやオールウェイズと違ってこの作品は結構深いですよ。プロジェクトXやオールウェイズって表面的ですからね。あの頃はなんとなくよかった。60年代の日本というのはちょっと元気でよかったよねと言うノスタルジーに対して、宮崎駿はね、やはりね、戦後日本どころか、下手したら近代日本の日本人の男性のナルシシズムの表現の仕方の本質的なところまで切り込んでいっているから、これを殺すのは難しいですね。本当にね、半世紀以上培ってきた日本人男性の自分語りの作法の結晶なんでね。だから結論から言うと、僕はこの作品に1ミリも共感できないけれど、まぁ日本人の自画像としてはかなり究極のところまでいってますよ。だから結構、作品のクオリティーは認めますね。ただ、僕はああいったものは、大嫌いと言うかまったくなんか女の子を救えとか思って生きてないしそういったものを倒さないといけないと言う思想をもっているので。まぁ結論から言うと、俺も頑張ろうって事ですかね。宮崎駿を殺す、倒す為めにね。と言う事で、「今週の1本」に僕が選んだ作品は絶賛公開中の宮崎駿さんの「風立ちぬ」でした。

1:05:50

そういう意味で言うと、僕ね、宮崎駿は今回一個だけ嘘ついたと思う。今日ネタバレ全開なんで僕、容赦なくじゃべりますけど、結末でねぇ、なんか次郎さんがね、自分の憧れているカプローネさんにね、なんか夢であうんですよね。そして、何か、自分がゼロ戦と言う戦争の道具を作っちゃった事をプチ反省みたいな事を言うんですよね。で、政治と文学の分裂の葛藤に直面しちゃうわけですよね。そこに直子さんの亡霊がでてきて「次郎さん生きて」「生きねば」終わるんですよね。

これは嘘ですよね。

「崖の上のポニョ」あるじゃないですか。2008年の。あん時に、やはり宮崎駿っていうのは同じように、こうあの、女の子に保障された偉大なる母性、ポニョの「お母さん」のお腹の中でだけ安全な冒険をして、そして自分の、プライドを満たすね、少年を描くわけですよね。あの、本当に予め結果が保障されている冒険、飛んでいるんだど、お母さんのお腹の中だけしか飛んでいないという安全な冒険を描いたのがポニョなんですよ。

その点、崖の上のポニョの世界って半分死の国として描かれているわけじゃないですか。明らかに対象人物でふくそうした人物とか出てきたり、明らかに死んでいるんですよね。老人ホームのおばぁちゃん達がみな車いすなのになぜか二本足で立って歩ける様になっていたりとか、だから宮崎駿っていうのは、何か自分の後ろ向きさというのか、自分の好きな世界とか、自分の描いている何か、何か女性性をね収奪し続ける女の子の女性のお腹の中でのみ都合よく自分のプライドを満たすことが出来る男のプライドの持ち方とかね。男のアイデンティティの持ち方とか未来がない事を知っているんですね。そこには成長もなければ何もない事を知っているんですよ。だから露悪的に崖の上のポニョは半分黄泉の国として描いたんですよ。だからそこに「生きねば」みたいな事が言われるわけないんですよ。直子さん幽霊じゃないですか。幽霊だから本当は次郎さんは早死にした奥さんの幽霊に誘われて死んじゃうべきなんですよ。で、それを「生きて」と嘘をつかせてるんですよ。だから宮崎駿は本当は自分の描く男性性の在り方に何も発展性がない事を知っていてむしろ「風立ちぬ」って廃退の美学とかね。滅びの美学とかそういったものに近い筈なのに無理やりポジティブな作品にしちゃってるんですね。その嘘が作品を魅力的にしているともいえるだろうし、僕は、でも、宮崎駿の露悪的でダークで真っ黒なところが全開になっているポニョの方が好きだなと思いましたね。なんか宮崎駿についていっぱいしゃべってしまいますね。僕ね、なんだかんだ言っても宮崎駿さん好きなんだと思いますよ。ぜんぜん僕は、宇野は宮崎駿嫌いなんだなとツイッターに書いている人もいるんですけど、逆ですね。僕、宮崎駿についていっぱい評論も書いていますしね。ネットで検索してもでてきますしね。宮崎駿が本当に嫌いだったら触れもしないだろうし。

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7、批評の批評

先に述べた様に私は50歳。宇野常寛さんは35歳。1.5世代も離れた彼が論じるサブカルチャー論を理解するには辛い立場であるが、世の父親母親と呼ばれる人たちが幼い子どもと一緒に宮崎駿作品を鑑賞したらどんな気持ちを抱くのか?宮崎駿さんが描く物語の根底に流れる思想やテーマはなんなのか?宇野常寛さんの言葉を通して考えてみようと思う。

宮崎駿と言えばブレークしたのは私が21歳の時の「風の谷のナウシカ(映画)1984年03月11日公開」である。宇野常寛さんが6歳の時に公開された作品である。それから30年、数々の宮崎駿監督作品が発表され多くの観衆が彼の作品を鑑賞してきた。なぜ、多くの人々が彼の作品に引き付けれるのか?

宮崎駿作品の何が人々の心を動かすのか?精神分析的切り口で言えば、何が人々のコンプレックス(複合観念体)を刺激するのか?ここでは、宇野常寛さんの言葉を追ってみよう。

宮崎駿監督の本質にあるのは、ぶっちゃけて言ってしまうと近代日本のロマン主義の中核を成しているある種の結構歪んだマッチョイムズの様なもの

・・・・と断じている。いきなり難しい文言が登場する。

はじめにロマン主義を理解しようとする。ロマンとは・・ロマン主義の「ロマン」とは、「ローマ帝国の(支配階級、知識階級ではなく)庶民の文化に端を発する」という意味である。・・と言う事は大衆文化って事か。ウィキペディアで日本のロマン主義を調べてみると。少し長いが・・・

日本では明治中期(1890年前後)以降、西欧のロマン主義文学の影響を受け、森鴎外の『舞姫』(1890年)によってロマン主義文学が始まり、「文学界」同人の島崎藤村・北村透谷らによって推進された。透谷は『内部生命論』(1893年)で「吾人は人間の根本の生命に重きを置かんとするものなり」と主張した。また、日清戦争後の社会不安と写実主義に対する反動から、泉鏡花の観念小説や、広津柳浪の悲惨小説(深刻小説)が書かれた。日本のロマン主義文学の主な作品は、樋口一葉の短編小説『たけくらべ』(1895年)、島崎藤村の詩集『若菜集』(1897年)、国木田独歩の随筆的小説『武蔵野』(1898年)、徳冨蘆花の社会的視野を持った家庭小説『不如帰』(1899年)、泉鏡花の幻想小説『高野聖』(1900年)、与謝野晶子の歌集『みだれ髪』(1901年)、高山樗牛の評論『美的生活を論ず』(1901年)などである。国木田独歩はやがてロマン主義から自然主義的な作風に変化してゆき、島崎藤村は『破戒』(1906年)により、ロマン主義から自然主義文学に完全に移行した。日本のロマン主義文学は、西欧のそれに比べて短命であった。また、夏目漱石は「浪漫」という漢字による当て字を考案した。

・・・と言う事から考察すると・・所謂、日本国民が義務教育の教科書上で名前を知る事になる作家の作品群がロマン主義の作品とみなされ、かつ、自分の感情、欲望、個性、自然などを表現する文学運動をロマン主義と言う事らしい。

さらに「歪んだマッチョイムズ」を「歪曲した男っぽさ誇示主義」と解釈できる。

ネットで情報を集めると最新作・・つまり「風立ぬ」は監督自身が宮崎駿監督の「自伝アニメーション」と公言しているとの事。宇野さんは続ける・・・。

宮崎駿はね、やはりね、戦後日本どころか、下手したら近代日本の日本人の男性のナルシシズムの表現の仕方の本質的なところまで切り込んでいっているから、これを殺すのは難しいですね。本当にね、半世紀以上培ってきた日本人男性の自分語りの作法の結晶なんでね。

「男子とはかくあるべき」と言う事か・・。「風立ちぬ」は宮崎駿監督がアニメ一筋に生きて来た自分の生き様を「堀越二郎」と「堀辰夫」という1903年生まれの二人の男を通して描いた自伝アニメであり、その根底に流れるのは、女性を収奪する事によって成立する近代日本男性の男性性の在り方であり、かつ宮崎駿監督のナルシシズム(自己愛)の表現方法の本質、さらには半世紀以上培ってきた日本人男性の自分語りの作法の結晶だと言う。これは作品をみてみないとなんとも言えない。・・(-_-;)

逆に女性の立場で、歪んだ男女の関係を解説しているものを検索するとヒットしたのが「家族収容所―「妻」という謎 」と言う本。著者の信田 さよ子さんは、原宿カウンセリングセンター所長である。Amazonのユーザーレビューをみるとどういう内容か察しが付く。
ある女性の書に対する批判的なレビューを引用する。

女が生きやすい社会を作らなくてはいけないというのならば、ガツガツ働きたくない男もまた生きやすい社会をめざすべきであろう。
しかし現在の日本は、別の意味で女も働かざるをえない社会になってきている。
お金がなければ、家庭に入るも何も、四の五の言わず働かなくてはいけない。
この本のように、家庭に縛り付けられている不幸な女というのは、誰かが金を稼いできてくれる上でのこと。
とにかくラッキ-なことにきちんと働く夫を持ちながら「家庭に縛られて私は不幸よ」といった妻視点での話はどうしても私には受け入れがたい。
つまるところ、男も女もすべては配偶者次第だとつくづく思う。

読者の皆さんはこういう流れを追ってこられてどう思うだろうか?宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」は実は宮崎監督自身の中にある「近代日本の歪んだマッチョイムズ」の表現であり、それは男性が女性かを収奪する世界観(歪んだマッチョイムズ)を表現していると。

事実、昨今、夫から妻への暴力。男性から女性へのDVが社会問題化していて、原宿カウンセラーセンターの女性所長は「家族収容所」と言う問題啓発の著書を2003年に発刊している。

ところがである。それから10年、現代社会において、(都市部では)家庭は女性を収容する場所でもなくなってしまい・・「待機児童ゼロ」がスローガンとなっている。

女性は家庭に収容されるどころか「女性の活用」と称して、社会進出を強制され、難民化しているような気さえしてくる。まれに家族と言う名の集団内であっても父親が乳幼児を虐待死させたりする。

50年生きてきて思うのは、世の中は常に様変わりしていくと言う事である。私はたまたま戦後の日本国民として生まれた。私の父は青春期と戦争時代が重なった人である。私自身は戦後復興後の高度経済成長期に物心がつき、社会人となる1985年に男女雇用均等法が施行された。つまり私が就職する以前の日本はあからさまに男女には差別と性差による区別がある社会だったのだ。

私が就職した頃の世の中1985年頃はどうだったか?普通の新大卒の初任給は上がり続け、会社に就職する会社は終身雇用。女性は25歳までに社内で結婚相手をみつけ家庭に入って妊娠、出産、子どもが手離れしたらパートにでて家計を助ける。うまくいけば郊外に一戸建て、もしくは都心のファミリータイプのマンションを購入。サラリーマンが不動産を購入すると所得税控除されるので、上昇し続ける地価やマンション価格をチラ見しながらぼんやり甘い人生設計を漠然と描いていたのである。

1989年平成元年。消費税3%導入。バブル崩壊。日本は、物価と地価と給料は上昇して当たり前のインフレ社会からデフレ社会へ世の中は様変わりした。

時は更に流れ今は平成25年。私たちの世代の子ども達が社会へ巣立つ時がやってきた。ところが今の日本社会・・・大学を卒業しても正社員になるのは難しい。非正規雇用かフリーランスで生きていくしかない。安定した収入は望めない。とても結婚して配偶者に安定した生活環境を提供するのは無理。勢いで結婚して、妊娠しても、乳幼児を託児所に預けてパートで働くなくてはならない。乳幼児がいるのに夫婦非正規雇用で共働き。・・・これが日本社会のトレンドである。・・かと思えば、若くして親から会社や土地や資産を譲り受け、ゆるい商売をしたり、多額の不労収入を得て毎夜歓楽街に操り出しながら節税に頭を悩ませている人もいる。徴兵制もなく、明日、戦争で命を奪われる心配もない安定した治安状況である今の日本で生活しながら、自殺したりうつ状態に陥り診療内科や精神科へ通う人が増えていると言う。

たまたま持ち家や資産をもった親に生まれた子どもは治安のよい日本でエアコンの下で涼しい顔で毎日過ごしていけるのである。極端な話、親の持ち家に寄生(パラサイト)し、親の年金で生活できるのである。=引きこもり・・これが賢者の選択かもしれない。

当たり前に独立し一人で生活しようとすると、ワンルームマンションに住み、収入の半分は家賃となる。残りから食費と光熱費と通信費:携帯代・スマフォ代がひかれ、日々の楽しみ毎はその残りから支出。それでも足りない時はキャッシングと言う名の借金。これで収入が貯蓄にまわる筈はない。普通に非正規雇用で働いてもワーキングプワー。これが日本のリアルである。

宇野常寛さんが論じている「風立ちぬ」論を通して社会とか男性性・女性性を考えてみた。今後、新しい宮崎駿監督作品が劇場公開される日が来るのかどうかわからないが、平成時代になり世の中の在り様が大きく変わったにも関わらず、90年前の関東大震災、76年前の小説「風立ちぬ」や70年前の戦争における兵器開発エピソードを媒体に自己語りをした宮崎駿監督の次回作を楽しみにしたいと同時に・・・

近代日本の男性性と女性性は、どこへ向かうのだろうか?後年、もし宮崎駿を倒す表現者が登場するとしたら彼(彼女)は、宮崎駿をどの様に否定して、どの様な作品を発表するのだろうか?

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8、おわりに

今回の月刊精神分析、いかがでしたでしょうか?

私事を述べると、最近、何をするにしても「めんどくさい」感が否めない。猛暑のせいもあるかもしれないが・・・若かりし頃は、もっと目の色を変えて夢中になった事物があったと思う。たとえば車やバイクだ。それでも私自身、2010年08月から09月に現地でハーレーを借りてアメリカ大陸横断の旅を決行した。

そんな私だが、さすがに50歳と言う年齢を迎えるとライフサイクル的にも次世代へのDNAの移行は終了しているので、生き物としての存在意義は喪失している。ところが現代日本の男子の平均寿命は約80歳。あと余生は30年あって当たり前だと言う。あと30年、何して過ごそうか?・・・私は、幸か不幸か一般の人とはちょっと異なる精神分析的視点を獲得するに至った。こうやって毎月、なにかしらのテーマをもって世に対してある種の語りを展開している。

たぶん、宇野常寛さんに語れない・・・私しか語れない事がある筈である。さて、来月は何を語ろうか。

平成25年07月30日 月刊 精神分析編集部A

感想は lacan.fukuoka@gmail.com へお願いします。

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9、劇場で「風立ちぬ」を鑑賞しました。

私は50歳。学生時代に風の谷のナウシカをみている。ちょうど、世の中は家庭用VTRが普及の途につきVHSとベータが熾烈な規格競争を繰り広げている時である。当時から熱心なアニメオタクの間では「画質ならベータの方が良い」という評価があがっていたように思う。ところが規格競争そのものは録画時間で優位であったVHS陣営の勝利に終わる。それから約30年私自身は特に宮崎駿監督作品に執着する事もなく生きている。

精神分析的語りの宇野常寛さんのオールナイトニッポン0(ANN0)の中での「風立ちぬ」の評論が面白かったので映画館に足を運んだ。

放送中、宇野さんは同作品を「僕はもう1ミリも共感できないですね」と評価した。果たしてどんな作品なのか?私は目を凝らし、耳をすました。

見終わった後の感想:銀幕の上の宮崎ファンタジーは素敵だなぁーと思いました。動画も音も素晴らしいです。零戦はかっこいいし、ヒロインの里見菜穂子さんは綺麗だし、堀越二郎君は礼儀正しい仕事熱心な好青年だし。ただ、戦前戦中の物語であるのにもかかわらず、二人の再会の場がバカンスを楽しむ保養地だったりする。二人共所謂富裕層に属する立場だったのだろうと想像できる。戦争の最中の庶民の生活はもっと耐乏的で野坂昭如さんの自伝的小説をアニメ化した高畑勲監督のアニメ映画『火垂るの墓』の方がリアルだった筈。次郎君が心血注いで開発した飛行機は戦争の兵器となって戦地で殺戮の道具と化したわけだが、あえてその部分はスクリーン上で深く語られない。あの時代の黒歴史や戦争の悲惨さに関しては深く掘り下げるどころか、スルーしているのだ。

では、宮崎監督は何を言いたかったのか?作品のキャッチコピー「生きねば。」を考えてみる。

前後の文脈はどうだろうか?死んではいけません。生きねば。・・・?・・ちがうなぁ。多分、こんな解釈ではないだろうか?・・折角生まれてきたのだから、貴方の成すべきことを成しましょう。・・生まれて来た意味を追求しましょう。その為に生きなければなりません。→ 生きねば。・・と言う文脈がしっくりきます。

1985年にバブル経済の最中に社会人となった私が就職した会社では、新人教育制度としてOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング、On-the-Job Training)が採用されており、当時の役員は事あるごとに「事上練磨」と訴えていた。目前の仕事や課題に一生懸命取り組む事によって社会人として人間として成長していきましょうと言う意味だったと思う。

ラストシーンで、自身が心血を注いだ飛行機であるゼロ戦は兵器としての使命を終え死屍累々と無残な残骸をさらす。二郎は「地獄かと思いました」と言う。そして結核で早死にした菜穂子は言う「生きて」と。二郎は「ありがとう」と承認し→「生きねば。」と言うキャッチコピーとなる。

時代背景が戦時中なので、次郎は「美しい飛行機」を夢見ながら、結果、兵器としての飛行機の開発を余儀なくされる。結果、それはカッコいいゼロ戦として結実するのだが、ゼロ戦は兵器として誕生したが故に最後は無残な姿となる。地獄を見た夫に、先立つた妻は、「希望を失わないで、生きて。」とメッセージを送る。夫である次郎は承認し「ありがとう。」と返す。その先にあるのは、戦争が終わった未来であり、新しい社会で「生きねば。」と結んだ。

私の祖父が生きた時代。私の父が生きた時代。私が生きている時代。私の子ども達が生きる時代。社会の在り様は全く異なる。しかしながら、連綿とDNAが続いているのは、先達の人々が「生きねば。」とDNAを継承してきたからに他ならない。

この作品は、素直に観て「プロジェクトX」や「ALWAYS 三丁目の夕日」と同じ余韻を楽しめばよいのではないだろうか?宮崎駿監督はモチーフとして自分が敬愛する堀越二郎(ほりこしじろう)と堀辰夫(ほりたつお)を採用した・・・でいいのではないだろうか?。

(ちなみに結核を患った「風立たぬ」の作者:堀辰夫は享年49歳。ゼロ戦の開発者:堀越次郎は新三菱重工業の参与を務め、享年79歳で亡くなっている。)

話を宇野常寛さんの評論に戻そう。宮崎駿さんの風立ちぬから話が広がって、「堀辰夫」「江藤淳」「村上春樹」・・日本の近代文学評論になる。・・日本人男性の自信の持ち方=(日本人男性のマッチョイムズと言うのは常に自分より弱い女の人にねその責任をとらせるとか自分より弱い女の人に奉仕させる事で成り立っていた)と解釈するのはそれはそれで結構なのだが、だからといって作品の流れからいって、幽霊の菜穂子さんが夢の中に登場して、夢の形(美しい飛行機)が望む形で結実せず(撃墜された戦闘機となり)、むしろ「地獄の様だ」と憔悴している次郎にむかって、「さぁ私と一緒に死にましょう」と誘うラストシーンでは、スタジオ・ジブリ作成の鑑賞作品にならないのではないだろうか?

多分、「風立ちぬ」の次郎君や菜穂子さんをみて、多くの日本人はノスタルジーに浸ったり、在りし日の自分と恋人を重ねたりしてほっこりした気分になったりした筈だ。しかし、評論家:宇野常寛はあえてマイノリティとなって「1ミリも共感できないと」言う。しかし、実は彼自身は宮崎駿監督作品はクオリティも高くマジョリティの支持を受けるとわかっていながら、敢えて「ちょっと待て、私は共感できない」と発するのである。オールナイトニッポン0(ANN0)で彼が展開するAKB論も聞き応えがある。これからも、評論家:宇野常寛さんがどの様な評論を展開するのかチェックしたい。^^

月刊 精神分析 編集部A 2013年平成25年08月22日

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参考:いかにしてゼロ戦は開発され、特攻機となっていったのか?

致命的ナ欠陥アリ

ゼロ戦は2度、空中分解する事故が発生しています。

2005年に三菱重工のゼロ戦設計者、曽根嘉年が記録した十冊前後のノートが公開されました。
軍部とのやり取りが記録され、軍部は根本的な見直しは行わず、応急措置で乗り切ろうとする姿勢、更には問題先送りへの苦悩が記録されていました。

-初回空中分解事故-
1回目の空中分解事故は、1940年3月11日、海軍横須賀基地で試作機の飛行実験中、突然空中分解しました。 
急降下から反転急上昇に転じたときに事故が発生しました。

尾翼中央部の昇降舵マスバランサーが飛び散って、機全体が異常振動を起こし空中分解しました。

マスバランサーが飛び散った原因は、尾翼昇降舵バランサー中央のマスバアランサー取付腕が金属疲労で折れて飛び散り、バランサー機能が喪失して尾翼が激震を引き起こし、機体に振動が増幅され、機体強度の限界を超えて空中分解しました。

金属疲労した原因は、マスバアランサー取付腕を軽量化するのため、肉抜き穴を開けました。肉抜き穴によってバランサー強度は想定以上にもろく、結果的に金属疲労を起しました。

事故機を引き上げ調査した設計者たちは海軍への報告書のなかで、「激烈ナル振動」 「機体強度不足」などの調査報告を海軍に報告しています。

しかしながら、1940年4月5日 軍部から突きつけられた改善要求は攻撃第一とし、マスバランス部品材料を超超ジュラルミンから鋼鉄製に造り替えるもので、機体補強対策は無視した応急措置であって、人命を顧みないものでした。

この、人命を軽視した攻撃第一とする海軍の方針は、技術的な問題以外に、それからの、戦局に大きくのしかかる障害となりました。 
やがて戦局は悪化し、特攻隊を編成展開するまで米軍に追いこまれ、ゼロ戦運用に暗くて重い影を落とす前例となりました。

そして、日本は日本時間1941年12月8日未明、(ハワイ時間12月7日)第二次大戦へ突入します。

-2回目の空中分解事故-
1941年4月17日、テスト飛行中に突如バランスを崩し、空中分解事故が発生したとの知らせが曽根嘉年のもとへ届けられました。
空中分解した飛行状況は、急降下から反転して上昇しようとしたとき、突如バランスを崩し突然空中分解しました。

曽根の報告書によると、残骸の主翼表面には2本の縦ジワがあると記されています。
シワは金属板の薄い部分に顕著に起きていました。
更に、主翼にシワができる現象は前線のパイロットからも報告されていました。シワは最も力のかかる主翼の付け根部分に向かって大きくなっていました。

設計者曽根は、以前から主翼の金属板の薄さに懸念していました。1940年9月の報告書、強度試験で強度余裕が皆無であると記しています。しかし、海軍はこの問題を取り上げませんでした。

急降下して反転上昇するときに、主翼の金属板が薄いとかかる力に耐え切れず主翼はねじれます。主翼の変形により空気抵抗が増大し、異常な振動が発生して空中分解に至ったのです。

一方、現在の航空機は運用上予想される最大荷重(制限荷重)を想定して設計します。 したがって、主翼の構造は終極荷重(Ultimate load)に少なくとも3秒間は耐えられるものであることとされています。

縦ジワができた原因に話を戻します。
四角形の超超ジュラルミン板を菱形に傾けて固定します。その金属板を上下方向に力を加えるとシワが発生します。
力を弱めるとシワは解消します。
上下運動を繰り返してもシワは元の平らな状態に戻ります。
更に、強い力で上下方向にに引っ張ると、ある限界点を超えた段階で、発生したシワはもとに戻らなくなります。

飛行訓練程度の反転上昇でも、主翼には下方向にG負荷を受けて、主翼は湾曲して空気抵抗が増大します。しかし、「湾曲などのれじれ」現象は軽微なものか、シワに起因する振動発生現象は平常飛行の範囲内に収まっていたと推定できます。

この現象を事故機に当てはめてみます。
実戦モードの飛行は限界速度で急降下して反転上昇します。最大限のGは主翼の薄い金属板を容赦なくねじ曲げました。やがて薄い超超ジュラルミン板は、かかる力に耐えかねて大きなシワができました。
このシワが主翼の空気抵抗を増大させて、異常振動が機体全体に広がり、終極荷重に耐え切れず空中分解したのです。

さて、主翼に縦ジワが発生する要因を生む根本問題は、低出力エンジンを使わざるを得えず、加えて海軍の過剰な旋回性能要求を満たすため、設計段階から機体全体の軽量化を図るため、主翼の超超ジュラルミン板の厚みを1mm以下までそぎ落せざるを得なかったことと、肉抜き穴を開けざるを得なかったことです。

事故発生要因は、海軍の旋回能力、最高速度、上昇高度、航続距離、兵装の世界トップクラスを超える背伸びした要求に応えるには、実戦での高速急降下の反転上昇時のGに耐えうる機体とする設計者の要求は受け入れられず、攻撃と堅牢な機体、更には防御装置であるべきであったはずの戦闘機造りが、実に偏ったバランスを欠いた戦闘機を造ってしまったことです。

ガダルカナル島奪還への海戦と、それ以降の戦局では、グラマンF6F-3ヘルキャットは頑丈な機体に物言わせて900kmの急降下と反転上昇で一気にゼロ戦の上空に駆け登り、再び急降下で背後に回りこみ銃撃しています。ゼロ戦キラーと呼ばれ、ゼロ戦を最も多く撃ち落としています。

加えて言えば、旋回性能を発揮できるのは、敵機との距離が至近距離のときです。
そして、敵機もドッグファイトで臨んで来たときに、身軽な旋回で敵機の背後に回り込みます。

戦闘する空は限りなく広い。高速機は限りなく広がるスペースを使い、敵機の背後につくチャンスを狙い、間合いを保ちます。
ですから、高速になった戦闘では敵機との間に相当な距離があり、至近距離になるのは敵機に背後を取られた時か、すれ違いや、互いの正面から撃ち合う時のみに限られます。


結論として、
空中分解事故を引き起こした根本原因は、日本人が古い昔から共有する犠牲的精神を発揮してもらうことを前提にした精神構造が根底にあります。
この、自発的な自己犠牲の上に組織人たる海軍があぐらをかき、罪悪感を伴わないまま、人命軽視を容易に持ち出すに至り、攻撃第一主義を貫いた結果であったと思います。

2011年3月11日の東日本大震災で引き起こした人災、福島原発の放射線放出事故後の東電の対応とダブって見えてきます。
福島原発の作業現場で身の危険と隣り合わせの作業員の処遇は、軽く扱われマスコミに何度も取り上げられました。
海外メディアは 「彼らは自発的に自己犠牲をして働いている。英雄的な行為だ」 と賞賛しましたが、実際の現場内部の実情は、まるで人命を軽視しているように、私には見えました。

参考に、ゼロ戦とアメリカ戦闘機の比較表とゼロ戦のエンジン開発遅々と進まずを見てください。

海軍は全面的な見直しを怠った

海軍は開戦初期で好成績を上げたドッグファイトに固執し、旋回性能を維持したいがため、応急措置で主翼表面の超超ジュラルミン板の厚さを0.5mmから0.6mmに0.1mm増やしました。
主翼表面だけ超超ジュラルミン板を0.1mm増やしても、高速急降下から反転上昇するときの、かかるGに耐える強度を補えず、結局、制限速度を650kmに抑える方針を出しました。

1943年(昭和18年)8月頃、量産型が完成した52型は主翼表面板を厚く補強して、急降下の最速は740kmになりました。
しかし、設計当初の急降下制限速度は900kmには遠く及びず、応急処置対応で済ませてしまったのです。

米軍の対ゼロ戦戦法の変更

米軍はアラスカの孤島で不時着したゼロ戦の捕獲に成功し、米本土で徹底したテスト飛行を繰り返し、以下の弱点を見い出します。

1 機体が軽く、急降下すると400Kmから430Kmで操縦桿が
  凍りついたように動かなくなる。
  482Km(300Mile)の降下速度が限界。
2 防弾装置が全く無い。

戦法の改良
1 ドッグファイトを避ける
  2機編隊で並行飛行する。
  ABの2機のうち、A機の背後にゼロ戦が付いたらA機は
  直ちに急降下して回避する。
  B機は旋回しながらゼロ戦を銃撃する角度を探る。これ
  の波状攻撃。
2 一撃離脱戦法
  ゼロ戦の2000フィート上空から急降下でゼロ戦の背後
  に回り込みながら銃撃して直ちに離脱する。
3 標的の広い両翼の燃料タンクを狙い撃つ。ゼロ戦が
  撃墜された原因の大部分が被弾による火災であった。

米軍のパイロットは【急降下するとゼロは追って来なかった】
【翼に命中すると、すぐ火を噴いた】と証言しています。

ゼロ戦のパイロット達は山本五十六元帥との対話集会で防御装置の必要性を切実に訴えています。
1943年年4月18日 山本五十六元帥以下11名を乗せた一式陸上攻撃機の一番機は、ブーゲンビル島上空で米軍のP-38と支援戦闘機の襲撃を受け、撃墜する数日前のことでした。

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参考:『風立ちぬ』V3で強し!クチコミの観客とリピーター続出の理由とは?

Movie Walker 8月6日(火)7時0分配信

『風立ちぬ』V3で強し!クチコミの観客とリピーター続出の理由とは?

『風立ちぬ』が興行ランキングで3週連続1位に!/[c]2013 二馬力・GNDHDDTK

宮崎駿監督作『風立ちぬ』(公開中)の勢いが止まらない!興行ランキングでは3週連続1位に。しかも、櫻井翔×北川景子出演の人気ドラマの映画化『謎解きはディナーのあとで』(公開中)、ジョニー・デップ出演作『ローン・レンジャー』(公開中)、仮面ライダーの新作『劇場版 仮面ライダーウィザード イン マジックランド』(公開中)という話題作を抑え、V3をマークしたのだ。メガヒットの要因は、宮崎駿のネームバリューと作品自体のクオリティー、荒井由実の主題歌「ひこうき雲」のマッチング度の高さなどが挙げられているが、クチコミ効果とリピーターを続出させる理由は他にも多数ありそうだ。

【写真を見る】瀧本美織が声をあてた菜穂子の可憐さも評判に!

そもそも、公開前の会見で、鈴木プロデューサーが、本作が宮崎監督の"遺言"だと発言したり(後に、完成会見で宮崎監督自身がやんわりと否定)、宮崎監督が「自分の作品で泣いたのは初めて」と告白したりと、これまでにない気合の入れようが、じわじわと伝わっていた。その結果、初週は土日2日間の成績だけで、動員74万7451人、興収9億6088万5850円という立派な数字は予想通り。公開3週目の16日間で、すでに累計動員350万人、累計興収43億円という、驚異的な数字をたたき出している。

ちなみに、興収で100億円超えとなるには、クチコミによる新規の観客以外に、リピーター数も多いに関わってくる。まず、映画レビューで目立つのが、主人公の声を当てた庵野秀明についての意見だ。肯定派、否定派がくっきりと分かれ、見終わった後、「庵野秀明の声はありかなしか?」を討論したくなる。豪華声優陣は、ヒロイン役の瀧本美織をはじめ、西島秀俊、西村雅彦、風間杜夫、竹下景子、志田未来、國村隼、大竹しのぶ、野村萬斎といった芸達者な俳優陣ばかりなので、庵野の独特のトーンは一層異彩を放っている。そこが一番のやり玉に挙げられているが、いずれにしても盛り上がっている証拠である。深読みすれば、『新世紀エヴァンゲリオン』ファンも、声優・庵野秀明の真価を問うべく、劇場へ足を運ぶのではないのだろうか。

また、『風立ちぬ』は、1回ではなく2回見て「確かめたい」と思わせる要素がたくさんある。本作で斬新なのは、人間の声などで効果音を作っている点だ。実は、宮崎監督はジブリ美術館で上映された短編アニメ「やどさがし」で同じ試みをしているが、長編映画で使うのは初となった。飛行機のプロペラ音から蒸気機関車の蒸気やエンジン音、関東大震災の地響きの音まで、こだわり抜いて録音されている。実際、1度見ただけでは、物語に集中していて、細部の音にまで気が行き届かないので、今度は耳をそばだてて聞いてみたくなる。音以外でも、関東大震災で人が逃げ惑うシーンなど、群衆の画では細部の人間ひとりひとりが丁寧に描かれていて、それらももう一度、じっくりと見てみたくなる。

当初は"大人ジブリ"と言われる作風のため、小さな子供のいるファミリー層の集客が心配されたが、その分、普段アニメ作品を見ない高齢者層の心を鷲づかみし、平日の動員も好調だ。レビューの評価は全般的に高く、MovieWalkerの見てよかったランキングでも2週連続1位に君臨している。

このまま行けば、宮崎監督は、アニメ映画の歴代ランキングの順位をまた自ら更新しそうである。現在の歴代1位が『千と千尋の神隠し』(01)の304億円、2位が『ハウルの動く城』(04)の196億円、『崖の上のポニョ』(08)の155億円で、この上位3位に食い込む可能性も。それにしても、宮崎駿ブランド強し!この社会現象となる勢いは、まだまだ続きそうで、今後の動向を見守っていきたい。【取材・文/山崎伸子】

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最終更新:8月6日(火)9時32分

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付録:<Playlist 7/26, 2013>

① アニメじゃない~夢を忘れた古い地球人よ~/新井正人
② Round ZERO~BLADE BRAVE Ver. RIDER CHIPS/相川七瀬
③ 上からマリコ/AKB48
④ 遊びをせんとや/吉松隆 feat. 初音ミク
(↑アナーキー・リクエスト RN:乃木坂もいいよね)
⑤ ひこうき雲/荒井由実 
⑥ Wild Flowers/RAMAR

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付録:賛否両論、タバコシーンから「風立ちぬ」を考察する

エキサイトレビュー 2013年8月2日 11時00分 (2013年8月11日 07時16分 更新)

大ヒット上映中「風立ちぬ」

映画『風立ちぬ』は、観賞しましたか? すでに映画を観た人の感想は、まさに賛否両論。恋愛映画として観ても、「一途な恋に感動した」人もいるかと思えば「主人公の冷たい性格がいや!」という人もいたりと、同じ映画を観たとは思えない意見の分かれかたです。宮崎駿監督も大好きだという、飛行機やメカに注目している人でも「飛行機の描写に感動!」派と、「戦争の描写も避けて卑怯!」派と意見は真っ二つ。友達や知り合いの感想を聞いて「ホントに同じ映画みたの?」とまったく共感できないこともありそうです。

そもそも、この映画『風立ちぬ』自体、堀越二郎の人生と堀辰雄の小説をあわせた不思議な作りの映画で、映画冒頭から夢のシーン。現実と夢の光景を行ったり来たりしながらとくに説明もないという一見難解なもの。しかし、お話としては非常にシンプルなラブストーリー仕立てになっていてこれまた不思議です。鑑賞したものの、「で、結局どう感じればいいの?」とエンディングに流れる名曲『ひこうき雲』を聞きながら頭をひねった人も多いはずです。このあたりが、これまで子どもから大人まで楽しめる国民的アニメとして親しまれている宮崎アニメと違い大人向けと言われる理由かもしれません。

■ジブリのご飯美味しそう! からタバコ旨そう! へ......

また、大人向けと言って印象に残るのは、全編を通して幾度となく描かれる喫煙シーンです。ハリウッド映画ではもうほとんど観られない喫煙シーンがこれでもかと登場し、しかも登場人物の喫煙姿が非常に旨そうというこのご時世大変勇気のある描かれ方をしています。「ジブリに出てくるご飯は美味しそう」から、突然の「喫煙シーン、えらく旨そう」ですから。

しかも、恋愛のクライマックスのひとつではヒロインの菜穂子が結核の闘病中に手をつなぎながら同じ部屋でタバコを吸い仕事をするシーンがあります。彼女の体を思いやり外で吸おうとする二郎を止めて、ここで吸ってくださいと菜穂子が言うエクスキューズがあるものの生理的に受け付けない! と言う人も多いようです。

物語の舞台になった第二次世界大戦前夜には、結核にタバコの煙は有害であるという認識がどれだけあったかはさておき、今年公開の映画でこのシーンをあえて入れ込むのは、制作側の強い意志があったはずです。実際、このシーンの是非は、観客の感想の大きな論点にもなっています。この「結核」と「タバコ」は、映画の中でどんな意味をもっているのかを考えてみることにします。

■菜穂子の病気・結核のもつ意味とは?

ヒロインの菜穂子は、重い結核を患っていますが、それをおして主人公・二郎のもとに行き結婚。二郎の上司の黒川宅の離れでおままごとのような結婚生活と闘病生活を送ります。

このシチュエーションは、堀越二郎の人生ではなく、堀辰雄の小説『風立ちぬ』と『菜穂子』のミックスでどちらも結核に冒されたヒロインが登場します。また、軽井沢のホテルで二郎が出会ったドイツ人カストルプが軽井沢の地をたとえた言葉が「魔の山」。これは、トーマス・マンの小説『魔の山』のことで、こちらも結核を大きな題材に扱った作品です。カストルプと言う名前も『魔の山』の主人公から採られています。

ヒロインの結核というと美人薄命や悲劇の代名詞ですが、ただ菜穂子の死を悲劇的かつロマンチックに扱うためだけにしては、過剰なほど結核を扱った作品やモチーフを扱っています。実は、これらの結核をあつかった作品群は、どれも死と直面する病を背負わされてしまった人を描きながら、人間すべての運命について考えた作品です。サナトリウム文学や結核文学とも言われるそれらは、潜伏期間には症状がなく、当時は特効薬もないまま発病者の半数が死亡し、時には一つの村の半数が死ぬという国民病・亡国病とも呼ばれた理不尽に、人間が直面する運命の理不尽を重ねて書かれたものです。映画『風立ちぬ』のヒロイン菜穂子も、ただ美人の重病人というだけでなく、死の運命をあらかじめ受け入れた人間として描かれているのです。

その証拠に、軽井沢のホテルで、二郎が一見唐突に菜穂子の父親の前でプロポーズをするシーンがありますが、それ祝ってドイツ人カストルプが披露した歌は、映画『会議は踊る』の主題歌「ただ一度だけ」。ロシア皇帝・アレクサンドル1世とウィーンに住む街の娘の一時の逢瀬を描いた作品で歌われるこの曲は、破滅するとあらかじめ分かっている恋を受け入れ飛び込む街の娘の恋を「明日には消え去っているかもしれない。人生にただ一度だけ。花の盛りはただ一度だけなのだから」という切ない内容。その歌のとおり、菜穂子は自分が見つけた皇帝・二郎への元へと命を燃やしながら迷い無く邁進していきます。この一時の愛にすべてを賭けてのめり込む姿は前述の堀辰雄の小説『菜穂子』でも登場します。

■ハイカラな紙巻きタバコと、庶民との遊離

そんな菜穂子の命をかけた恋の相手である主人公の二郎の姿で特徴的なのは、計算尺に丸めがね、そして先ほどから言っている喫煙シーンの多さです。

当時のタバコは、キセルやパイプ、葉巻での喫煙が一般的で、紙巻きタバコは明治以降に普及したもの。欧米から入ってきた紙巻きタバコはハイカラのシンボルでした。
また、明治31年からは国の財源確保の一環として専売制が順次施行されていきます。これが戦費調達のための大きな財源にもされていました。

欧米からの技術を学んで日本の航空技術の最先端を走るハイカラさ、そして貧しい国民から金を徴収しながら、甘い夢と死を生む。これは、主人公・二郎が邁進した生き様と重なります。二郎が愛煙する銘柄は紙巻きタバコ「チェリー」で、宮崎駿監督が愛したタバコと同じですが、和訳すると「桜」だというのも趣深いです。

技術者同士のディスカッション、一人での思索に重要な役割を果たしたタバコは、当時の職場はこんな環境だったという以上の意味を持ってきます。彼らの存在そのものが、日本に住む国民にとって膨大な投資を引き替えに、死を運ぶ戦闘機と、列強に並び立つという甘い夢を見せるタバコそのものなのです。

しかも、主人公・二郎は、ただ職業としてタバコという夢と毒の二面性をもっていると言うだけではありません。大学の先輩であり同僚でもある本庄は、自分たちは自分の夢を叶えるために貧しい国民から金をあつめ、戦闘機を作っていると言います。本庄は帰国後、見合いで嫁を取る、自分の仕事をしっかりするために嫁を取るのも矛盾だと自分を皮肉りながら、二郎にタバコを一本くれと頼みます。二郎は、その言葉に分かったような分からないような返答をします。

本庄が二郎にタバコをねだるシーンは他にもあり、最終的に二郎が考案した戦闘機の機構を「使わせてくれ」と頼みます。本庄は、自分の仕事を相対化して皮肉ることができ、世間体のために結婚する分別をもつがゆえに、自分の存在について相対化できない二郎に甘い夢を借りることになり、映画の画面から姿を消していきます。二郎は、幼少時代に夢の世界でカプローニに出会ってから、「美しいもの」のために迷い無く邁進していきます。美に魅入られた存在として、周りに甘い夢と死を振りまきながら。

結果、全編を通じて、関東大震災で逃げ惑う人々や、二郎の勤務する工場へと通勤する工員、戦時中に買い出しですし詰めの列車内などが詳細に描き込まれながらも、二郎はその風景とは一種切り離された超然とした立場をとり続けることになります。菜穂子と二郎は、どちらもあらかじめ運命を受け入れた人間として、そして社会的に隔絶した存在として描かれているのです。

この二人が結婚生活を営んだのが、上司黒川の離れの一室であることも象徴的です。

■魔法のような運命を受け入れた人々の物語

映画『風立ちぬ』には二郎の夢の世界に現れるカプローニと、軽井沢のホテルで出会うカストルプという印象的な外国人二人が登場します。カプローニは実在の人物ですが夢に登場し二郎との会話は実際に交わされたものではなく、カストルプは小説内の架空の人物で映画内では実存をもって登場したように見えながら去り際の描写は夢との境があいまいです。

この夢と現実の狭間に現れた二人の異人は、どちらも印象的なこちらを見透かしてくるような瞳で、二郎や菜穂子、そして観客を見つめます。ジブリ映画で主人公の運命を左右する魔法使いの位置にいるキャラクターたちの瞳とよく似たこの眼差しをうけ、二郎は航空機に、菜穂子は実ることのない恋にと、死と甘い夢の呪いにも似た運命に人生を賭けます。

こうして、運命をあらかじめ受け入れた人間として二郎と菜穂子を見ることで、問題の「菜穂子が結核の闘病中に手をつなぎながら同じ部屋でタバコを吸い仕事をする」シーンを見返すと、「結核患者の前でタバコを吸う非道い人間・二郎」という否定的な見方や、「仕事に邁進しながらも菜穂子のそばにいる二郎と、理解のある妻菜穂子」という好意的な見方のほかに、美しくもエグい運命観が見えてきます。二郎と菜穂子の迷いが無い生き方をどう感じるか、映画『風立ちぬ』を未見の人は体感し、既に観た人はもう一度見てみてはどうでしょうか?

(久保内信行)

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付録:「風立ちぬ」をどう語るかでわかる3つのクリエイタータイプ

エキサイトレビュー 2013年8月9日 11時00分 (2013年8月11日 08時11分 更新)

クリエイターは3つのタイプにわけられる。
その3タイプが『風立ちぬ』にうまく登場しているので、紹介していこう。

【二郎:夢想オタク型】

主人公の堀越二郎は、夢想オタク型だ。
ものづくりが大好きで、その世界に入ると、他が見えなくなるタイプ。
だから、呼びかけに気づかないシーンが何カ所もでてくる。
たとえば、三菱に入社して初日。ハットリ課長がのぞき込んでも気づかない。「ハットリです」と言われてもノーリアクション。ふっと顔をあげて課長の顔を見るが、なんだかまだ心はスケッチの世界にいる感じ。あわてて黒川さんが「設計課のハットリ課長だ」と大声を出して、二郎はようやくわれに変えるのだ。
この後の喫茶店では、ハットリ課長もなれてしまっている。夢中になって返事をしない二郎を黒川さんが怒ろうとしても、手をあげて制して、待つのだ。

設計に夢中になっていたり、飛行を眺めているときに幻視のように実際とは違うモノをリアルに観たり、体感するのも、夢想オタク型の典型だ。
図面に計算式を書いていると、二郎の脳内に飛行機が飛ぶ。その飛行機は自分が思い描いているのではい。思い描かされているのだ。そのため支柱が折れそうになっても、その想像を自分でコントロールすることはできない。飛行機は空中分解し、堀越は机ごと落ちていき、だぶっとしたスーツが風をはらみ、書類が宙を舞う。
プロジェクトが終った後、軽井沢で休暇をとっているシーン。ねころび、目を閉じたときに、自分の設計した飛行機が空中分解するようすを思い出す。これは、クリエイターなら誰でもすることだろう。だが、この後、二郎が目を開く。天井をながめる。その後に、格納庫に集められた残骸を見つめている自分のシーンが挿入される。二郎は目を開いても、リアルに飛行機のことを夢想しているのだ。
二郎が薄情だという感想がときどきあるのも、そのせいだろう。薄情というよりも、気づいていないのだ。夢中になると、まわりの人すら見えなくなってしまう。
自分が創ってるモノの社会的意義や、影響を考えるのが苦手なのもこのタイプだ。二郎は、かろうじて、夢の中でカプローニさんと話すときだけ、そういったことを対話するが、現実社会ではその折り合いがなかなか付けられない(現実で折り合いがつけられないからこそ夢を見るのだとも考えられる)。

【黒川:状況分析型】

歩くと髪がひょこひょこする黒川さんは、状況分析型だ。
何かに夢中になるのではなくて、状況を見て、うまくそれを組み合わせたり、前進させたりするタイプ。
夢中になってハットリ課長の呼びかけに応じない堀越を怒る役目をついつい担ってしまうのは、黒川さんがこのタイプだから。
堀越が三菱にやってきた初日、図面チェックしながらも、それに集中できずに、二郎のことをちらちらと気にしてしまうのも、状況分析型ならではだろう。
飛行テストで、時速400キロに挑んだ飛行機が空中分解した後のシーン。堀越と黒川が対称的に描かれる。
「今日 自分は深い感銘を受けました。眼の前に果てしない道がひらけたような気がします」と、ある意味ポジティブな堀越。とはいえ、大失敗した直後なので、状況的にはトンチンカンだと思われてもしょうがない言葉だ。だが、ものづくり世界の夢想に半分入り込んでいる堀越にとっては正直な言葉だろう。
いっぽう黒川さんは、「隼に2号機はない。陸軍はすでに戦闘機は他の社にすると内定している。今日はそれをひっくりかえす一回きりのチャンスだったのだ」と冷静な状況説明。
堀越の初仕事のシーン。翼の圧力をワイヤーで吸収するスケッチを見た黒川さんは、その凄さよりも前に、「それでは主翼の骨組みそのものを改変せねばならぬ」と指摘する。全体の状況分析 それどころか、失敗した場合、ちゃんと堀越がドイツにいって見聞を深めることができるように手配しているという準備のよさ。すばらしい。

【本庄:拡大路線型】

二郎の同期、ライバルである本庄は、拡大路線型だ。
拡大拡張していくために戦略を練って進むタイプ。だから、本庄は常に列強に追いつくことを気にする。
「二郎また鯖か。マンネリズムだ。大学の講義と同じだ。列強はジェラルミンの時代になっているんだ。たまには肉豆腐でも食え」と八つ当たりするのが、かわいい。
夢想オタク型の二郎は、そんなこと気にもせず、鯖の骨を見て美しい曲線に夢中になってしまい、本庄をさらにイライラさせる。
ドイツで二人が歩きながら交わす会話も対称的だ。
「おれたちは20年先のカメを追いかけるアキレスだ。20年の差を5年で追いつくがカメは5年先にいる。俺たちは5年を1年でおいつく」と本庄。拡大路線型らしく、圧倒的な技術を見た後にすぐそれに追いつくことを考える。二郎はそれに対して「小さくてもカメになる道はないのかなぁ」と夢想するのだ。
「風立ちぬ」の感想がくっきり分かれるのは、このタイプの違いなんじゃないかと邪推してみる。

■「二郎:夢想オタク型」タイプは、もうこれは心揺さぶられずにはいられない。

感情移入しずらいキャラクターとも言われる作品だが、もう作品そのもの全体に感情移入してしまう。
とり・みきの「風立ちぬ」戦慄の1カットや一人のクリエーターによる視点からの宮崎駿監督「風立ちぬ」感想といった熱い感想がたくさん。

■「黒川:状況分析型」タイプは、批判的だったり、冷めていたり。社会的意義とかマッチョイズムという視点で観てしまい「一ミリも共感できない」という宇野常寛、「宮崎駿『風立ちぬ』を新聞・テレビ・雑誌のどこも批判できないようなら日本のマスコミもおしまいだね。宮崎駿ファシズムだ」と陰謀説まで繰り出す中森明夫など。

■「本庄:拡大路線型」タイプは、凄い!凄い(けど、ラスト盛り上げてほしかったなー)という感じか。
甘えだと怒る小飼弾のレビューや、戦禍を省略したことは残念と指摘する清水節のレビューなど。

いや、しかし、これほど観る人によって感想や意見が分かれる作品も珍しいだろう。それほどまるごと凄い映画なのだと思う。未見の人は、ぜひ! ぼくは三度目を観にいきます。
シーンやセリフは『絵コンテ風立ちぬ』を参考にしました(これ、すごい! 映画を観た人はありありと思い出せるほどに緻密です)(米光一成)

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付録:一人のクリエーターによる視点からの宮崎駿監督「風立ちぬ」感想

「浅い! 浅い! お前ら全員浅い浅い!」
「風立ちぬ」を鑑賞した俺は、ネットの海を徘徊しながらそう呻く。
ていうか、当然あるはずの感想がまだ出ていない! 出てこない!
何故だ!?
俺が聞きたかったり見たかったり読みたかったりしたいのは、
二郎がブルジョアだとか、人でなしとか、
その他細やかな「演出」に対する批評じゃなくて、
もちろん他の批評家の顔色を伺ったポジショントークでもなくて......
どうやって刺さったかだよ! この物語がお前らの胸に!
魂にこの映画を突き刺した後の取り繕わない傷口を晒して欲しいんだよ!
だから、ここで俺は俺が「風立ちぬ」をどう観たかを忌憚なく書こうと思う。
俺がどう「俺の映画」としてこの映画を受容したかを書く。
なのでここから以下はネタバレ、妄言全開になる。ご容赦願いたい。

さて、「風立ちぬ」だが。
俺にとってはもう、この映画は暫定今年ベスト映画だ。
そして人生の中でも、とても大事な一本になると思う。
ああ、まあ娯楽大作としてはそりゃあナウシカやラピュタに比べたら及ばないだろうさ

そういう期待が裏切られたから評価を下げるという人もいるのだろう。
でも、そういうもんじゃないから。比べるもんじゃないから。
これは「俺の映画」だ。
泣いた。映画館でも泣いたし、後から思い出してもじわじわ泣いた。
どこに泣いたかって言われると、菜穂子の健気さはまあ解りやすい泣かせポイントで確かにグッと来はしたのだが、
そんなことではない。
この映画は、クリエーター賛歌であり、断罪でもあるのだ。
一般化してしまうことに若干の申し訳なさもあるが、以下にクリエーターの基本精神の一部をまとめさせていただく。
クリエーターというものは、世間的には憧れの職業(素晴らしい職業)のように思われがちだが、実は生まれながらに罪を背負っている生き物なのだ。
クリエーターは作品を作る前にまず覚悟を背負う。
どんな覚悟か?
これを作ることで誰かが不幸になるかもしれない、という覚悟だ。
作中の二郎のように家族を犠牲にする、ということはもちろんだが、それ以外にも何気ない表現で人を傷付けたりするかもしれない。
あるいは、「つまらない」と言われることだって、読者の時間を浪費させているという意味で、人を不幸にしていることと同義だ。
職業クリエーターなら、もし売れない不採算作品でも作れば、取引会社にはゴミを見るような目で見られる。
そこで、自問自答が始まる。
それでもお前はやるのか?
「人でなし」と言われようが、お前は本当にそれを作るのか?
......ああ、やる! やるっきゃねえんだよ!
それでも俺は......「これ」を作らずにはいられないんだよ!
そんな利害を超えた初期衝動が、魂を突き動かして、手を突き動かす。
これがクリエーターの「業」であり、基本精神だ。
そして、いつだってあらゆる意味でとびきり「美しい」ものを作りたいのだ。
はなから駄作を作りたいクリエーターなんてただの一人もいないのだ。
作中に、クリエーターなら必ずドキッとするであろう一つのセリフがある。
カプローニおじさん(このキャラは、クリエーターにとっては「その業界に入るきっかけになった憧れのクリエーター」の象徴だ)が二郎に言う台詞だ。
「創造的人生の持ち時間は10年だ。君の10年を力を尽くして生きなさい。」
この言葉はクリエーターにとっては大きな勇気になる。
「創造的人生」というのがミソだ。
日常生活の時間は除外していいのだ。
そして、「まあ......正確には『創造的人生のピーク』ってことだろうな」、などとどんどん都合良く解釈を変えながら、クリエーター諸々は考えを巡らせる。
俺の「10年」はもう終わったのか?
いや、まだやれるはずだ。俺の創造的人生のピークなんてまだ来ちゃいないさ、などと

そして力を尽くした結果、映画の終盤でついに革新的な戦闘機を完成させることに成功した二郎の姿に、クリエーターはまず素直に感動する。
――だが。この映画が本当に恐ろしいのはここからだ。
ラストシーン。
ここで全ての世界観が転換する。
「君の10年はどうだったかね」
「最後の方はボロボロでした」
「そりゃそうさ。国を滅ぼしたんだからな」
この会話に僕はまた内蔵が裏返って口から飛び出していきそうな衝撃を受けた。
いままで「美しいものを作りたい」という二郎のひたむきさに共感していた観客は、今まで二郎が作っていたものが恐ろしい「人殺しの兵器」(敵も味方もである)だったことに気付き、ゾッとするのだ。
今まで語ってきたこれはラスボスのお話だったんですよ、という衝撃。
少し古く別ジャンルになってしまうが、僕の好きな「ライブ・ア・ライブ」というRPGにも近い演出だと思った。
二郎のクリエーター魂は、ラスボス級に人々を不幸にしたのだ。
そして、驚くことに、この映画はその過程をあえて描かない。
零戦の墓場を築くに至った、機体が「一機も帰ってこない」特攻戦にまで至った、あの壮絶な敗戦の悲劇を、あえて描かない。
ほんの数秒しか、戦闘機が実戦に投入されるカットは写らない。
正解だと思う。
宮崎監督はここをあえて省くことで、この物語を「堀越二郎」という個人の物語ではなく、クリエーター全体の話へと昇華させることに成功したのだ。
各々が「人を不幸にしてしまった」絶望を想像して補うことで、無数の「俺のための映画」が生まれることになったのだ。
この場面は、「やらずにはいられない、作らずにはいられない」ことによって、実際に人を不幸にしたクリエーターへの断罪である。二郎は妻を喪失した上に断罪される。
だから、このラストシーンで基本的に二郎の顔に笑顔はない。
零戦の墓場の丘を背に、クリエーターの業を突き付けられて――
犠牲になったものの象徴である菜穗子の口から、ついに一つの言葉が告げられる。
それは――「生きて」。
もののけ姫の時のように、命令形の「生きろ」ではない。
この映画は、クリエーターの罪を、業をなかったことにせず、十字架を背負いながら、それでも優しく「生きて」と言ってくれるのだ。
主人公がそう信じたいと思っただけであっても、欺瞞であってもいい。(どう考えても精神世界での話なので)
そのぐらい、世界は優しく作られているのだ。
その言葉に二郎は答える。「ありがとう」と。
「生きて」→「ありがとう」から、キャッチコピーの「生きねば」に繋がるのだ。
こんもの見せられたら、泣くよ。俺は、号泣するよ。
庵野秀明の声は、素人だ。だから、いいのだ。
青年期第一声の時には「ヤバイかも」と思ったが、この辺りに来ると本当に良かったと思う。
上手く演じられるような人間ではいけなかったのだ。
「風立ちぬ」。
たぶん、クリエーターの業を感じた時に、この先何度も見返す映画になると思う。*1
そして、勇気と共に「俺の10年はこれからだ」「力を尽くそう」と思うだろう。
*1:このクリエーターの業を描いたという意味では、フェデリコ・フェリーニの「8 1/2」という映画のラストシーンも近い号泣ポイントを持っているので、未見の方には是非おすすめ。

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付録:感動と反撥をもたらす美しく空しい究極の私映画的ファンタジー

空翔る夢と日常を往き来する淡々とした描写から迸る、飛行機作りと愛する女性へ捧げた男の一途な想い。零戦の生みの親にサナトリウム文学の作家の物語を融合させたとは言うが、理想や美に打ち込む二郎の人物像は、宮崎駿そのもの。彼に魂を与える庵野秀明の声が、もの作りへの偏執と秘めたる狂気を表現する。いわば偏愛と妄想の私映画的ファンタジーだ。

▼震災、不景気、貧困、軍靴の音。あの頃とよく似た今への警鐘。行き詰まった時代の空気と、それでいて牧歌的な風景と、薄幸な女性の切迫感がもたらすものは、切なく儚い。風を媒介に愛の交感を表わす場面は宮崎アニメの真骨頂。但しヒロインを美化し悲劇性を高めるあざとさは、作家の手管である。

▼二郎の手掛けた戦闘機が辿る忌わしい戦禍を省略したことは残念だ。戦闘機を愛しながら戦争を忌み嫌う自己矛盾を抱えた宮崎駿が、二面性を掘り下げる描写を回避した結果に映る。

▼本作は「今を精一杯生きるしかない」と語り掛ける。時代に抗いつつ半歩先を予見してきた作家が、この上ない空しさを語り、美しいものだけを見せる。まだ醜く酷たらしい世界を生きていく者として、この諦観に反撥を覚えないわけにはいかない。

清水 節

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Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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