宇野常寛 惑星開発委員会ルーツ探訪 タイトル画像

1、はじめに、

ここ数ヶ月ハードな事件分析ものが続きましたので、今回は、フィールドワーク的な記事をお送りしたいと思います。

フィールドは「京都」。いつもは教育分析を受けるために月に一度一泊で訪れているのですが、セラピーを受けるだけで特に観光スポットに出かける事もありませんでした。

いつもは一泊なのですが、今回は二泊。9月16日(火)はフリーなのでレンタル自転車で京都の街を走ってみることにしました。

テーマは「宇野常寛 惑星開発委員会ルーツ京都探訪」。

評論家の宇野常寛さんが評論活動を開始したのは立命館大学在学中に仲間と立ち上げたサイト「惑星開発委員会」がルーツだと言う。彼の評論活動のツールの地を訪れてみたいと以前から漠然と考えていたのだが、ようやくそのチャンス(機会)がやってきた。

詳細は後述します。^^

2014年平成26年09月30日 月刊 精神分析編集部A

ご意見・ご感想はlacan.fukuoka@gmail.comまでお願いします。

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2、宇野常寛さんの事

月刊精神分析シリーズでは、過去2回「宇野常寛」さんに関するテーマを取り扱った。

2014年02月号 宇野常寛 オールナイトニッポン0 リトル・ピープルの時代
2014年07月号 宇野常寛 風立ちぬ

深夜営業中に偶然聴いた宇野常寛のオールナイトニッポン0(ZERO)(2013年4月5日~2014年3月28日):ニッポン放送/NOTTVの宇野常寛さんの語りが興味深くついつい引き込まれてしまった。精神分析的語りも多く、私の琴線に触れた。彼は私より1.5世代若く宇宙戦艦ヤマト世代の私に対してガンダム、エヴァ世代の評論家である。

参考【後編】プレ・母性のディストピア 第3回:宮崎駿(「風立ちぬ」評)【宇野常寛・連続講義】

彼の著者や語りの中に「母性のディストピア」と言う言葉が登場する。精神分析や精神発達論の世界では養育史や母子関係の重要性を説く。コンプレックス:複合観念体を語る上で「母性」は避けて通れない。「自民党から仮面ライダーまで」をキャッチコピーに現代文化にそこに根付く精神性を説く彼の語りは時として精神分析的語りになり大変興味深い。

URLは以下
http://ponsuke.pw/c3/nico.php?v=so21495104

</br>参考:地理と文化の新しい関係 : 宇野 常寛 at TEDxTokyo (日本語) でのスピーチ。

宇野常寛のオールナイトニッポン0(ZERO)(一年間の放送期間であった)が終了して半年経ち、彼の存在は私の日常から遠いものになりつつあるのだが、ここで彼の評論家としてのルーツを抑えておくのも面白いと思う。

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3、フィールドワーク(京都)


より大きな地図で 京都 を表示
私が新幹線で移動する祭に必ず立ち寄る場所は「駅ナカの書店」である。

忙しく働き、自宅と会社を往復する私は書店に出かける時間の余裕もなく必要な本は「Amazon」で検索注文し佐川急便に配達してもらう・・時事ネタ本はコンビニエンスストアの書棚で購入する生活スタイルがすっかり定着してしまった。

月に一度の京都訪問の時にしか本屋に平積みしてある本を目にする事もなくなった。

そんな私が博多駅の書店で偶然購入したのが「日本史の謎は地形で解ける 文明・文化篇」:竹村公太郎著(PHP文庫)である。竹村氏は日本の元・国土交通官僚、元・国土交通省河川局長であり、地形から日本の文化文明の謎・なぜを解き明かしている。

精神分析の世界では母子関係や養育史を重要視する。それが「人の精神の構築」に大きな影響を及ぼすからだ。広義で言えば養育環境がその人の精神構造を解明する鍵となる。

同様に、文明や文化が形成されるには、そのバックヤードである地形(環境)が大きな影響を及ぼすと言うのが竹村氏の持論である。なるほど、歴史にはそういう歴史が育まれる環境に必然性があるのだなと納得させられる。

それでは、そういう視点を持って、各メディアであのような興味深い語りをする宇野常寛氏の惑星開発委員会のルーツ京都を探訪してみようと言うのが今回のテーマである。

日本人が「京都」ときけば、「古都」「日本を代表する観光都市」、清水寺、金閣寺、銀閣寺、蓮華王院三十三間堂・・という時間軸で言うと過去のものを思い浮かべがちなのだが、実は「任天堂」「京セラ(京都セラミック)」「オムロン」「ローム」「ワコール」「島津製作所」など現代日本を代表する世界的な企業を育てた町でもあるだ。

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4、コカ・コーラ愛飲家:宇野常寛

さて、ただ単にガイドブックを頼りに京都に行っても宇野常寛氏の惑星開発委員会誕生の地を探訪した事にならない。何か情報はないかとネットで検索していると、日本コカ・コーラ社のサイトに宇野常寛氏がエッセイを掲載しており、京都時代の宇野氏のライフスタイルを紹介している件(くだり)をみつけた。サイト上から消えてしまうと困るので別項に転載しておく。資料参照。

資料1:宇野常寛の「僕とコークとコークな日常」第2話 京都、カナダドライの日々
資料2:宇野常寛の「僕とコークとコークな日常」第3話 漫画喫茶とリアルゴールド

宇野氏は、立命館大学時代、衣笠と太秦の間にある花園という地に下宿していたという。

実際に自転車で走ってみてわかったのだが、立命館大学は山の麓にあるのだ。結構な坂道を走って実感した。

Googleマップである程度場所を確認しておく。京都の街は基本碁盤の目に様に整備されていて、一条から九条(九条ネギで有名)、十条まである・・・らしい。

京都の「~条」は何条から何条まであるのですか?

一条・・・晴明神社や一条戻り橋などメジャーなものはあるが、通りは5メーターほどの狭い通り。ほとんど住宅街を貫いてます。
二条・・・元離宮二条城や朱雀副都心などでこれから発展する地区。中心部は古くからの薬街です。(漢方薬中心)
三条・・・一番長い通り(山科~嵐山)中心部は中京郵便局や文博など近代建築が並び、カフェや雑貨などお洒落な店が多い
四条・・・京都のメインストリート。大丸、高島屋などのデパートがある。東端は八坂神社。西端は松尾大社。地下には阪急線
五条・・・旧松原通を拡張した通り。戦時中は滑走路に使用していたらしい。弁慶と牛若丸の舞台。清水に通じる屈指の大通り
六条・・・極端に短く狭い。その存在を知っている人はごく僅か。昔は縁起のよくない所のよう。現在小さな商店街になってる
七条・・・お寺が多い。東端の智積院から国立博物館、三十三間堂、東本願寺、西本願寺など。京都の表玄関的通り
八条・・・京都駅の裏口。09年秋には大型ショッピングセンターもでき、賑わいそう。桂離宮へも通じる。
九条・・・東寺があり。毎月21日には弘法市で賑わう。TVでよく見る手前に五重塔、その奥に京都駅とタワーの画はここから
十条・・・郊外。治安悪い。

地方の私の感覚では、京の五条の橋の上は弁慶と牛若丸。京都駅のタワーがある方が七条。新幹線口が八条。繁華街が四条川原町。・・まぁ大雑把にこんな感覚。

今回は、とにかく宇野常寛×京都を探訪してみようと言う事で、事細かな下調べはあえて行わない事にした。
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5、レンタ自転車 京都(KCTP)

今回のフィールドワークの為に、JR京都駅近くでレンタサイクルを手配した。

例えば、JR京都駅から花園駅まで約8Km歩いて1時間半、自転車なら30分位だろうか。基本的に南北、西東に碁盤の目に整備されたコンパクトな町並みは自転車がフィットする。別項で述べる暑さは別として、気候のよい季節は気持ちよく移動できる筈だ。交通マナーも概ね博多よりはよい感じがした。

KCTP京都サイクリングツアープロジェクト
住所: 〒600-8235 京都府京都市 下京区油小路通塩小路下る東油小路町552-13
電話:075-354-3636
営業時間:9時00分~19時00分
http://www.kctp.net/
一日かりて2300円(保険代300円込)

車種は「マウンテンバイク:キャノンデールF400」自転車愛好家ならキャノンデールがアメリカのメーカーのブランドである事は知っている筈。

私自身、普段はGIANTのX-ROADとブリヂストンANCHORに乗っているので、キャノンデールの丈夫さやガッシリ感は体感できたのだが、如何せん現行車に比べて古い車体で使用感ありあり。残念ながら気分の高揚感に欠ける。「まぁレンタサイクルなんだからこんなもの」と納得したいのだが、「暗くなったら使用して下さい」と説明を受けたLEDライトは走行途中でバンドが緩んだのかハンドルアクセサリー状態で・・あらあら。まぁ実質3時間(11時から14時)中に暗くなる事もなく問題なし。KCTPさんは荷物の預かりサービスなどもあり、ユーザーニーズに応えようとする姿勢は評価できる・・と思う。駅周辺には自転車レンタサービスをしている他業者もあるみたいなので、次回は他社も検討してみよう。

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6、ラーメン親爺(らーめんおやじ)

不思議な事もあるもので、京都に行く前日の深夜、お客さんから博多の美味しいラーメン屋さんを教えて下さいと言われた。滋賀出身で京都在住の旅行者だと言う。

この手の依頼のアンサーは結構難しい。博多のラーメンは基本豚骨スープ(パイタン:白湯)で細麺、焼豚のトッピングが基本。店によってスープもコッテリ、アッサリ。背脂をトッピングしたり、マー油(焦がしニンニク油)を浮かせたり、胡麻をフリーでかけたり、店によって色々なバリエーションがあるのだ。私の場合、地方からのお客さんは、長浜の屋台街を紹介している。魚市場近くにラーメン屋台が十数件並ぶ。人口150万人の都市部の街角に当たり前の様に存在する博多の屋台は観光資源になっており、一時はいづれ消え去る運命であった路上屋台であるが、行政(福岡市)も営業を継続させる方向に方針転換しつつあるようだ。

長浜屋台街なら席数も沢山あるので旅行者を待たせる事が少ないし、もし豚骨スープが口に合わない場合でも、焼き鳥や他の焼き物メニューが選べる。もちろんビールの提供もしている。あえてここにお勧めの屋号は掲載しない。屋台とは偶然隣あわせた見知らぬ人と肩を寄せ合いB級グルメを堪能する場所なのだ。その雰囲気を楽しんで欲しい。

話をもとに戻す。京都在住のお客さんはこう言った。「自分が生まれてからずっと食べたラーメンで最高のラーメンは京都の花園高校近くの『ラーメン親爺』のラーメンです。機会があったら是非行ってみて下さい」と。

そんなに断言できるほど!格段にうまいラーメンがあるのか?

これは運命の出会いではないか?博多の人間が京都花園を訪れる前日に偶然出会った京都人から勧められたラーメン「ラーメン親爺」。

出来すぎた話だが、翌日、9月16日午前10時15分京都に着いた私は予定通り「KCTP京都サイクリングツアープロジェクト」で自転車を借りた。JR京都駅を京都タワーがある方に出て右のビックカメラがある方へ歩く。ハローワーク京都七条前を通り過ぎ、どんつきの並びの右手にレンタサイクル店がみえる筈。

予定通り午前11時、自転車を借りて出発。九月も中旬だと言うのに夏の日差し。スマフォのGoogle地図を頼りに自転車で軽快に北上する。京都は福岡に比べて運転マナーが良いようだ。宇野氏のエッセイに記述されていた「花園」や「妙心寺」を目標に走る。京都駅から北上していたのだが、丸太町の表記を発見して西へ走る。市バスの停留所の表記を頼りに走る。走る。円町の表記を発見する。
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円町のコロッケ屋

西京極周辺のコロッケ屋(当時は市内に数店舗あったが、今は円町店だけが営業しているようだ)で弁当とお茶を買って、西京極公園か桂川の土手で食べる。これが朝食兼、昼食だ

ふと、道路の左手に目をやるとコロッケ屋。宇野氏のエッセイに登場するコロッケ屋に違いない。早速、コロッケ2個(172円)を購入する。残念だが既に弁当は売り切れ。

京都コロッケ屋 京都市中京区西ノ京円町1-2
電話番号 075-463-5629
2014年09月16日(火)11:33

ここまで僅か30分で着た事になる。

更に西へ、妙心寺前の交差点にたどり着く。さて、ここでGoogle地図を頼りにラーメン親爺をさがす。花園会館・・・あったあった親爺。

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ラーメン親爺(らーめんおやじ)
京都府 京都市右京区 花園木辻南町 22

私が入店したのは12時前だったので、客は数人。私は迷わずラーメンを一杯注文した。私がラーメンを啜っていると昼時になったので、あっという間に満席になった。

だがしかし、残念ながら醤油味のラーメンは私の口には合いませんでした。トッピングの焼豚、ネギ、もやしはいい感じだったのですが・・・残念。店自体は長年営業されていて地元のお客さんには定着しているのでしょう。

ひょっとしたら宇野常寛さんも「ラーメン親爺」のラーメンを食されたのだろうか?宇野さんの口に合ったのだろうか?

ちなみに、JR京都駅の東側にある「新福菜館 本店 (しんぷくさいかん)」さんの醤油ラーメンも博多ラーメンを美味しく感じる私の口には合いませんでした。その隣の「本家 第一旭 たかばし本店 (ほんけ だいいちあさひ)」の方が美味しく感じました。ちなみに天下一品(昨年、博多駅前にもチェーン展開)のラーメンは美味しいと思います。

ここでバランスを取るために、博多ラーメンが口に合わない人の話をしましょう。九州のラーメンとお言えば基本とんこつスープのラーメンです。野菜たっぷりのちゃんぽん(本場は長崎と言われています)もラーメンと同様のとんこつスープです。博多では学生街の定食屋さんでは同様のとんこつスープを使用する為、同じ店でラーメンもちゃんぽんも注文可能です。さすがに、うどんは昆布・鰹節・煮干いりこの魚種からとったスープなのでうどん店での提供となります。

定食屋さんでは店内でとんこつスープを煮出すのが当たり前で、独特の匂いが立ち込めています。あの独特の匂いが苦手に感じる方は博多ラーメンもちゃんぽんもNGかもしれません。

上京した九州人が醤油味の黒いスープのうどんに馴染めないのもよく聞く話です。

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7、宇野常寛氏、立命館大学時代の下宿を探訪

以下、宇野氏のエッセイより引用

京都時代は衣笠と太秦の間にある花園という街の下宿にずっと住んでいた。その下宿は妙心寺の南門と、吉田兼好の庵があったことで知られる双ヶ丘のあいだあたりにあって、自転車で30分あれば河原町まで出ることもできた。

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上記の写真は妙心寺の南門

西から東に目をやると、太秦(映画村で有名)、妙心寺、双ヶ丘、花園、立命館大学、金閣寺、衣笠・・Google地図で確認するとこんな感じの並びになる。多分、丸太町通界隈、山陰本線の花園駅付近に宇野常寛さんはお住まいになっていたのだろうと推測した。

下の写真は、双ヶ丘中学校の側道。

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ラーメン親爺から立命館大学のキャンパスを目指す。自転車を一生懸命こぐがゆるい坂道が続くとつらい。結構な距離を走って至徳館と以学館の入口のところにたどり着いた。後からGoogle地図で確認すると株式会社京都住宅センター学生住宅 立命前衣笠店 Homes(ほーむず)立命前衣笠店 の前の入口にたどり着いた。

立命館大学は山のすぐ側に立地していて、周りは細い道で普通の住宅地の中にあるような感じだった。

宇野さんは自転車で坂道を上り立命館大学に通い、勉学に勤しまれていたのだろう。
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公共交通機関はバス、JR山陰本線(花園駅)、坂を上っていけば立命館大学(衣笠キャンパス)。勉学に勤しむにはもってこいの環境である。宇野常寛さんが在学中に、新たな業態であるブックオフやブックカフェが京極地域に開店したのも、オタク評論家としての彼の素地の育成には良い環境をもたらしたのだろう。

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8、京都の日差しにゲンナリ

JR京都駅から花園、立命館大学への道は思ったより厳しく体力を消耗してしまった。更に、真夏のような日差しがより一層気分を萎えさせる。屋外の強い日差しの中でスマフォのGoogle地図で自分の位置を確認し、サングラスをかけ走るのは面倒だし、目に負担を感じる。更に厳しくなる日差しに耐えかねて、とうとう日差しよけに傘をさしながら自転車で走る事になった。カッコが云々などと言っていられない。早々と想定外である。9月中旬でこの日差し?(後から京都の当日の最高気温を確認すると30℃を超えていた)なんてこった。

近所の図書館(右京区太秦の右京中央図書館)に向かう。そこで読み終わった本を返したあとは、天神川沿いを南下して、西京極周辺のコロッケ屋(当時は市内に数店舗あったが、今は円町店だけが営業しているようだ)で弁当とお茶を買って、西京極公園か桂川の土手で食べる。これが朝食兼、昼食だ。そのまま桂川沿いのサイクリングコースを南下して、久世橋のたもとのBOOKOFFと、国道171号沿いの古本と中古ゲームと中古フィギュアを取り扱うお店を物色する。場合によっては、そのまま171号線を南下し、向日市のトイザらスも覗く。帰り道はショッピングモールの京都ファミリーの大垣書店で新刊をチェックした後、太秦の古本市場とBOOKOFFを経由して午前中と同じ右京中央図書館にたどり着く。そこでめぼしい本を借りて、太秦のスーパーマーケットのライフで夕食を買う(たいてい御惣菜コーナーの弁当やおにぎりの、それも値崩れしているものばかりだった)。

本当は、上記の「右京中央図書館」「西京極公園」「桂川沿いのサイクリングコース」「久世橋のたもとのBOOKOFF」「向日市のトイザらス」「京都ファミリーの大垣書店」「太秦の古本市場とBOOKOFF」など、宇野常寛氏の評論家としての基礎知識を吸収したであろうスポットを巡る予定だったのだが、全てキャンセルしてJR京都駅付近の宿泊ホテルに早々にチェックインした。

レンタ自転車を返却したのは予定の19時ではなく14時(笑)。9月中旬の京都がこんなに暑いものだとは思わなかった。まぁ別に京都に限らず、今年は日本各地で異常気象が記録された。ゲリラ豪雨(広島市の被害は甚大)、季節はずれの台風、短い夏・・など。京都は盆地なので冬の冷え込み夏の暑さは顕著である。京都の観光シーズンは桜の春と紅葉の秋と決まっていてこの時期はホテルの宿泊代も跳ね上がる。もっともな理由だ。

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9、スマート珈琲店(京都)

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ここで私がおすすめの京都のお店を紹介しよう。

スマート珈琲店

住所:京都府京都市中京区寺町通三条上ル天性寺前町537
昭和7年創業、京都三条にある老舗喫茶室。外観も店内もレトロな雰囲気が満載で、地元の常連客から、モーニングや休憩を求める観光客など色々な人々でいつも賑わっている。厚切りのパンをふかふかに焼き上げて、外はカリッと食感。自家製のシロップは上品な甘さでたっぷりとかけても決してくどくない。奇をてらわない昔ながらのシンプルで素朴な味わいにほっこり和める。

以前、参考に書店で購入した京都読本に掲載されていた喫茶店が上記の「スマート珈琲店」で、私の記憶によるとこの店の「フレンチトースト」を目当てにかの美空ひばりさんも通っていたという紹介のされ方だった。ネットっで検索してみると、「ホットケーキ」を目当てに・・というテキストの散見しており???と思ったりするのだが、京都のスマート珈琲店に美空ひばりさんが通っていたのは本当なのだろう。

今回、私が紹介するのは「フレンチトースト」の方。店の入口には麻のコーヒー袋が焙煎機の横に置いてあって、まさにコーヒー豆を焙煎(ロースト)している香ばしい香りと酸味の効いたコーヒーと、甘いフレンチトーストのコンビネーションが秀逸。スタバやベローチェには期待できない満足感が得られます。地方では学生相手に盛況だった喫茶店の閉店が相次いでいる状況だけに、こういう喫茶文化も残っていってほしいと思う私。

次回はホットケーキも注文してみようか。

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10、おわりに

今号の月刊精神分析はいかがでしたでしょうか?

評論家:宇野常寛さんの評論家としてのルーツ京都:花園を探訪しました。

京都が都となったのは延暦13年10月22日(794年11月18日)。桓武天皇が詔を出し、京都を平安京と名付けて住まわれた。それから1000年以上、明治天皇が詔を出す慶応4年(1868年)まで京都は都で有り続けた。

京の地で育まれた日本人の精神性を分析するのも興味深い事と思います。

ではまた来月お会いしましょう。

2014年 平成26年09月30日 月刊 精神分析 編集部A

感想のメールは lacan.fukuoka@gmail.com までお願いします。

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資料1:宇野常寛の「僕とコークとコークな日常」 第2話 京都、カナダドライの日々

宇野常寛 2013/10/29

ちょうど10年ほど前京都に住んでいた頃、たぶん半年くらい、詳しい事情は無駄にややこしいので書かないけれど僕にはほとんど「何もしていない」時期が、今思えば「人生の夏休み」のような時期があった。その後すぐに割と普通に就職してしまったし、当時は家庭の事情で月の半分くらいは実家にいたので、それほど長い時間ではなかったのだけど、今思うと、不意にもう二度と手に入らないようなまったくの空白の時間が存在したのは間違いない。

当時の生活は、本当に気楽だったと思う。僕は昔から朝型なので、朝は割と早く起きる。地元のアナウンサーが陽気に喋る他愛もないラジオを聴きながら、午前中のうちにその日のやるべきことをやってしまう。そして午前10時ごろに自転車を引っ張り出して、まず近所の図書館(右京区太秦の右京中央図書館)に向かう。そこで読み終わった本を返したあとは、天神川沿いを南下して、西京極周辺のコロッケ屋(当時は市内に数店舗あったが、今は円町店だけが営業しているようだ)で弁当とお茶を買って、西京極公園か桂川の土手で食べる。これが朝食兼、昼食だ。

そのまま桂川沿いのサイクリングコースを南下して、久世橋のたもとのBOOKOFFと、国道171号沿いの古本と中古ゲームと中古フィギュアを取り扱うお店を物色する。場合によっては、そのまま171号線を南下し、向日市のトイザらスも覗く。帰り道はショッピングモールの京都ファミリーの大垣書店で新刊をチェックした後、太秦の古本市場とBOOKOFFを経由して午前中と同じ右京中央図書館にたどり着く。そこでめぼしい本を借りて、太秦のスーパーマーケットのライフで夕食を買う(たいてい御惣菜コーナーの弁当やおにぎりの、それも値崩れしているものばかりだった)。

下宿に戻ったあとは、本を読むか、ナイターを見るか(当時僕は巨人ファンだった)、ケーブルテレビで昔の映画やドラマやアニメや特撮を観ていて、だいたい日付が変わる頃に寝てしまっていた。

今思うと、ほんとうにいい身分だったなと思うのだけれど、このとき僕は、たぶん34年の人生で唯一、お酒を飲んでいた。下宿で、たった一人で。

何をきっかけにして、そうし始めたのかは思い出せないのだけれど、この頃の僕は、いつも安い焼酎を近所のスーパーでよく売っていたカナダドライ ジンジャーエールの500ミリペットボトルで割って飲んでいた。

根っからの甘党の僕は、根本的にお酒の苦い味が好きではなかった。だけど口にしたのは、20歳を過ぎた頃に「これも大人のたしなみだ」と思って、がんばって背伸びした、というのが正直なところだ。今でも飲めなくはないけれど、正直、好きではない。しかし、この時期の僕は、ほとんど毎日、夕飯の余ったおかず(スーパーで買ったアジフライやカキフライなど、揚げ物が多かった。そんな食生活をしていてもまったく太らなかった当時の自分の身体がほんとうに惜しい)をツマミに、毎日焼酎のカナダドライ割を飲んでいた。それをちびちびやりながら、読みかけの本やテレビの画面にひとり突っ込みをいれていた。

晴耕雨読というか、いや、何も耕していないから晴読雨読というか「酒と読書の日々」みたいな生活をしている自分に酔っていたのかもしれないし、夜にいろいろ嫌なことを思い出したくなくて、脳を少しでも麻痺させたかったのかもしれない。

僕は、焼酎が切れてもそれを積極的に補給しようとはしなかった。でもカナダドライを飲みながら夜過ごす習慣はしばらく続いた。そして僕は、あるときふと、あ、"やっぱり"自分はお酒の味が根本的に好きじゃないんだな、と気づいたのだ。

ちなみに、当時の僕には、もしかしたら付き合えるかもな、とか思っていた女友達がいて、彼女にその話をしたら普通のスーパーでは売っていない美味しいジンジャーエールがある、といって1本プレゼントしてくれた。今思うと、かなり有名なブランドの商品だったと思うのだが、それはいわゆる辛口のイギリス風ジンジャーエールで、「根っからの甘党」の僕の口には合わなかった。

だから、という訳ではないけれど、そのあと彼女とはあまり会わなくなった。実家との往復が激しくなって僕の長い「夏休み」は終わって、気が付いたら毎日スーツを着て会社出勤するようになっていた。会社員生活の最初の頃は、少し背伸びして上司や先輩のお酒を付き合うことが多かった。上京して物書きになって最初の何年かも、まあ、飲めなくはないのでそれなりに付き合っていた。

僕がお酒をやめようと思ったのは、たぶん数年ぶりに仕事で京都に立ち寄ったときだ。僕から見れば京都はあの頃とまったく変わっていなくて、なんというかベタな話だけれど、あのときに、なんとなく初心に帰ろうとか、あまり無理をするのはやめよう、とか思ったのだ。

今でこそ、コカ・コーラ・ゼロ一筋になった僕はあまりジンジャーエールを飲まなくなった。けれど、時々仕事の会食の席で、僕は「お酒は飲めないので」と前置きをしながらソフトドリンク・メニューにならぶジンジャーエールをつい、頼んでしまうときがある。気の利いた店なら、辛口と甘口を両方揃えているのだけれど、僕は迷うことなく甘口を選ぶことにしている。そして、当時を思い出しながらこれまでやってきたこと、選んできたことは間違いではなかったのだと自分に言い聞かせている。

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資料2:宇野常寛の「僕とコークとコークな日常」第3話 漫画喫茶とリアルゴールド

宇野常寛 2014/01/07

前回に続いて、京都時代のことを書こうと思う。僕は大学の4年間と卒業後の3年間を京都で過ごした。僕はいわゆる転勤族の家庭に育っているので、少年時代までには同じ土地には長くて5年ほどしか住んでおらず、じつは人生でもっとも長く過ごした街はいまのところ京都になる。

京都時代は衣笠と太秦の間にある花園という街の下宿にずっと住んでいた。その下宿は妙心寺の南門と、吉田兼好の庵があったことで知られる双ヶ丘のあいだあたりにあって、自転車で30分あれば河原町まで出ることもできた。僕は観光地然とした京都の中心街にはあまり興味がもてなかったけれど、住んでいた京都西部の郊外は、なんというか肌に合っていた。そこは適度に再開発され、大型ショッピングセンターとユニクロとブックオフとマクドナルドのドライブスルーが並ぶその一方で、こうした郊外型大型店舗のすぐとなりに、平安時代から1000年続くお寺がある、といったロケーションがしばしば見られる空間だった。このハイブリッドな都市こそが僕の好きな京都であり、そしてこの京都は主に京都市の中心から外れた右京区や西京区近辺にしか成立していなかったように思う。

さて、そんな京都市右京区にも1999年ごろから漫画喫茶ができはじめた。今となっては若者向けの安価な宿泊施設や、インドア系カップルのデートコースとして、個室型漫画喫茶が基本的な都市のインフラと化した感すらあるが、当時はこの新しいサービスの「定番」の形態が完成されておらず、業者によってさまざまな形態のさまざまなサービスが行われていた。たとえば僕が大学1年生の頃によく通っていた西院(要するに四条西大路のこと)の漫画喫茶(店名は忘れてしまった)は、たしか一定の金額を払うと時間無制限に滞在することができた。現代なら、家出した未成年やホームレス客などの長時間占拠や事実上の居住を回避するためにこのようなサービスは滅多にないはずだが、この頃は漫画喫茶という業界が未成熟だったせいか、こういうアバウトなルールでやっているお店がたまにあったようだ。

当時の僕は、言論を生業にして世の中を変えよう、などとはまったく思っておらず、大半の学生がそうであるように、いかに安価で長時間を消費できる娯楽を獲得するか、が最大の関心事だった。

高校時代から長時間立ち読みをするスキルは磨いていたし、今はなくなってしまった京都駅前の近鉄デパートの旭屋書店で長時間「座り読み」するのも好きだった。しかし、一定の金額(値段は忘れてしまったが1500円程度だったように思う)を支払えば無制限に漫画を読むことができる西院の某店の登場は僕の日常を一変させた。月に一回は同店に「籠って」時間の許す限り漫画を読み続けた。今思うと「スラムダンク」や「頭文字D」など、「アニメなどでなんとなく内容の大半は知っているが、1巻からきちんと読んだことのない名作長編漫画」はこの時期に漫画喫茶で読み通したものが多かった。また、僕は当時下宿の部屋の鍵を紛失することが多かった。昼間なら大家さんを呼んで開けてもらうのだが、夜間はそうはいかず、そんなときはたいていあの店に駆け込んで時間を潰した。いつの間にか、店長(といってもその会社の社員ではなく、僕より少し年上のフリーター青年だった)とも仲良くなった。「カリスマ漫画喫茶店長」を目指しているという彼が店番のときは、よく雑談もした。ただ、カリスマを目指しているという割には、相対的に僕の方が大抵のジャンルの漫画には詳しく、あまり選書の参考にはならなかった。しかし、ちょっと頭をよく見せようとか思って「逆張り」したりは絶対しない彼の素直な漫画の感想を聞くのが、僕は好きだった。

当時の僕は一度入店すると体力の限界が訪れるまで粘り続けることが多かった。そりゃそうだろう。お店のシステム上、いちど1500円を払ってしまえば追い出されないのだから。そして1500円という金額は「ハードカバーの新刊本を古本屋じゃない普通の書店で買う」ことを「贅沢」だと思っていた当時の僕には、決して安くはなかった。だから入店するたびに、僕は「今日は〇時まで粘ろう」と決意して足を踏み入れていた。事前に体調を整えるという意識すらあったと思う。同店はフリードリンク&持ち込み大歓迎のルールだったので、近所のスーパーなどで安い菓子パンやお総菜コーナーのコロッケを買い込んで、僕は店のドアを潜っていた。他の店員が店番のときはともかく、例の店長のときはそんな僕の粘る気満々の入店を楽しそうに迎えてくれた。

さて、ある意味ここからが本題だ。

こうして滞在時間無制限の漫画喫茶に入店した際、基本的に僕は体力の限界に挑戦することになった。このとき重要なのはフリードリンクの選択だ。通い始めた頃、僕はドリンクバーにならぶコカ・コーラ社の製品ラインナップに色めき立ち、「これが飲み放題なんてなんてすばらしいんだ」と左から順番に一杯ずつ、全種類のドリンクを味わっていた。コカ・コーラ、ファンタ、HI-C、カナダドライ、アクエリアスetc......。

しかし、ある時期から体力維持を意識してある飲料だけを集中的に飲むようになった。

それがリアルゴールドである。

今思うと、8時間も経過するとどちらかといえば眠気が襲ってくることのほうが問題なので、おとなしくコーヒーを飲むのが正解なのだが、当時の僕はコーヒーが(飲めなくはないが)苦手だったので、その選択肢は視野になかったのだ。その結果、僕は少しでも長くこの店に滞在するためにひたすらリアルゴールドを飲むようになった。たしかにリアルゴールドを飲み続けていると胃の底から湧きあがるようなものがあるように感じたし、そもそも僕はこの種のエナジー系飲料の「味」も好きだった。僕にとって漫画喫茶とは、リアルゴールドを飲みながら体力の限界に挑戦する場所だった。

ちなみに、1年ほどたつと僕はその店にまったく通わなくなった。理由は単純で、ごく近所の、下宿から100メートルもしないパチンコ屋の2階によりリーズナブルなマンガ喫茶が誕生したからだ。

そのお店は500円払うとフリータイムで開店から夜の7時か8時ごろまで滞在することができた。24時間開店している西院のお店と違って午前11時から夜の11時ごろまでの営業だったが、コストパフォーマンスは決して引けを取らず、その上家から近くて漫画の品ぞろえも良かった。

そして薄情にも僕は事実上西院の店を捨て、例の店長とも疎遠になってしまった(と、いうかメールアドレスくらいは交換していたけれど、ほぼ店でしかコミュニケーションをとっていなかった)。

しかし習慣とは恐ろしいもので、僕はお店を近所のものにかえても、ほぼ無意識にドリンクバーではリアルゴールドをコップに注ぐようになっていた。今でも、漫画喫茶には月に一度くらい足を運んでいるが、リアルゴールドを飲んでしまう。そしてそのたびに、西院のあの店ともう名前も忘れてしまった店長のことを思い出す。彼はその後、「カリスマ漫画喫茶店長」になれたのだろうか。

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資料:Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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