重版出来!町山智浩

1、はじめに

月刊 精神分析をご覧の皆様、こんにちは、編集部Aです。

閲覧ありがとうございます。

「そう言う時代だったよね。」「時代だよね」・・普通に聴くフレーズである。ウィキペディアをチェックすると、時代(じだい)とは、時間の継続性の観点で特徴を持った1区切りを指す。観点によって様々な使われ方がある。・・とある。

精神分析では、クライアントの養育史、母子関係、生活環境、家族構成などなど、その人が生まれ育った環境を「精神発達論」と突き合わせて考察していく。

私自身も中年の声をきき、自分が生きて来た50有余年の歴史を振り返る事が出来る立場になった。最近、頓に感じるのは、人が生まれ落ちて心が成長していく過程では、その時代、その土地の掟(環境)が大きな影響を及ぼすと言う事だ。

日本の近代史でも、大日本帝国憲法、日本国憲法、60年安保、70年安保、高度成長期、バブル経済、バブル崩壊、平成不況(長期デフレ)時代・・などの時代の区分けがある。貴方が生きた時代はどこだろうか?

今月の月刊 精神分析では時代背景と精神分析の関わりを考察したい。

切り口はTBSドラマ「重版出来!」。

ご意見ご感想は

lacan.fukuoka@gmail.com

でお待ちしています。

2016年平成28年08月31日

月刊 精神分析 編集部A

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2、重版出来!とは?

今回は「時代」を語りたいのだが、調度良い教材でTBSのテレビドラマで「重版出来!」と言うのがありましたので紹介します。どうやら、DVDボックスが発売されるそうで、Amazom市場に出回ったり、動画配信されたりする機会もあると思いますので、鑑賞して下さい。

重版出来!基礎データ

タイトル:重版出来!
放送期間:2016年4月12日(火)~
放送時間:毎週火曜 22:00~ ※初回15分拡大スペシャル
放送局 :TBS系列
原作  :漫画「重版出来!」 著 松田奈緒子

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すみません。私重版出来!をずっと「ちょうはんでき!」て読んでました。笑。よく売れている本のアピールの新聞広告に掲載してある四文字熟語の「重版出来」の読み方がわかってませんでしたという笑い話。

重版出来!あらすじ ウィキペディアより

幼いころから柔道に打ち込んできた主人公・黒沢心。オリンピック日本代表の呼び声も高かったが、怪我がもとで選手生命を絶たれたため柔道から退き、就職を決意した。大手出版社・興都館の就職試験を受けた志望動機は、子どもの頃に柔道を扱った漫画を胸を熱くして幾度も読み返し、それがきっかけで柔道を始め、情熱を傾ける青春を送れたことが何より大きい。かつて自分がそうであったように、読者が"何か"を得るような「漫画」を作りたいと熱意を語り、採用される。入社後、週刊コミック誌「バイブス」編集部に配属され、編集者として歩き出す。

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3、町山智浩さん(TBSたまむすび)

img03.jpg私はテレビを殆ど観ない人なのだが、Youtubeで調べ物をしていると、検索結果としてネット上の「動画」もひろってしまう。その殆どはくだらないニュース動画なのだが、中には優良コンテンツも存在する。映画関連の諸情報では、町山智浩さん、宇多丸さん、高橋ヨシキさんらの語りが面白く、つい聴き入ってしまう。今回の「重版出来!」も、TBSラジオ「たまむすび」での町山智浩さんの語りがきっかけで、その存在を知った。

映画評論家の町山智浩氏の評論について・・・世代的にも私とド・ストライクで同世代。現在はアメリカ・バークレー在住で日本とアメリカを往復しながら博学ぶりを披露されている。ウィキペディアをチェックして知った事なのだが、実は、町山智浩さんには韓国で歯科医をしている叔父(父方)がいるなど・・町山さんは韓国人の父と日本人の母との間に生まれた在日韓国人で、中学生の頃に両親の離婚によって母方の籍(町山家)に入って日本に帰化した。・・と。町山氏は日本に帰化した在日韓国人なのである。しかしながら、町山さん本人によると父親はまったく家に帰らず、一緒に過ごした記憶はほとんどなく、韓国に関わる事を一切教わらなかった。

先ごろの舛添問題もそうだが、ネット上でバッシングされた人に対して、やれ中国人だ、韓国人だ、在日だと根拠の無い差別発言が展開される。和田アキ子(済州島出身者の父と、朝鮮半島出身者の母を持つ在日韓国人2世)も、松田優作(日本人の父と韓国人の母との間に非嫡出子として生まれた在日韓国人)だって帰化日本人だ。もし我々日本人が外国に対して誇るものがあるとすればそれは遺伝子配列DNAではなく「和を持って尊しの日本文化」だと思うがいかがだろう?

出生の秘密?はともかく・・その後、町山智浩さんは編集者として物書きとしての職歴を重ねていく。

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4、重版出来!考察


町山智浩さんの重版出来!考察

漫画家さんだけじゃなくて出版にかかわる色々な職種の人達が毎回主役になるんですよ。「重版出来!」って。で、例えば2話目は、彼がなんだっけ・・坂口健太郎君がへなちょこでねぇ。マンガにあんまり興味なくって営業にも興味なくって自分が働く意味がわからなくって、本当にもう呆然としているんですね。これは一体どうしたら仕事をするって事は自分にとってどういう意味があるんだろう?自分の人生にとってなんなんだろうって?掴む話になっているんですよ。それって別に出版とかと関係ないですよね。誰にでもある事で、彼は自分の仕事っていうのは作り上げられたその商品をいか、その消費者に伝えるかってのが私の仕事だって事に気付いていくんですね。だからそれって別にどこにでも通じる事ですよね。これドラマ全体を通して、主題はマンガについてだけじゃなく、編集者とかアシスタント、営業マン、装丁するデザイナーの人ね、あと印刷所とか、書店さん、書店さんもでてきますね、ハマダマリさんのね。あれも実在の人物らしいんですけど。読者ですよ。そうなんです。あと、読者からの反応もフィードバックされてますから、今言った人達全員が力を合わせて作り上げていくのがマンガって言うものなんだって事が描かれているんですよ「重版出来!」は、

だからね、私3話めのね、かなめじゅんさんの回、めろんぬ先生と編集マンの方の関係をみていてラジオとかつくるのと一緒だなと思いました。パーソナリティとディレクターと一緒ですよね。

だからですね、連載が打ち切りになる時にですね、その担当編集者と漫画家がどういうふうにそれに立ち向かえばいいかって話ですよね。でね、雑誌が廃刊になったりするのは僕も経験あるんですけど、本当に辛いんですよ。

アレも泣けたね。やすだけんさんがねあんなふうになる切っ掛けになった雑誌の追い込まれた時とか辛かったですね。

そうなんですよ。どうやってそのぉ裏切りにならないようにまとめていくかっていうねぇ。本当、あれは辛い話。あれはヤングサンデー廃刊の時をモデルにしているんらしいんですど。

で、あそこでヤスダケンさんがマンガっていうのはそれに関わる人達みんなの家なんだって言うんですよ・・。でもあれホントそうで、雑誌ってそうなんですよ。雑誌ってつくる時は家族のつもりでやらないとできないんですよ。

で、僕もそうやってたんですけど、そうするとどうなるかというと、本当の家族をダメにしちゃう場合があるんですよね。

で、ヤスダケンさんは本当の家族がダメになったんで本当の家族をとる事にした人なんですよねその辺もすごくよくできていて、でもね、これね、ラジオ番組とか本当にそうじゃないですか。で、僕みたいにゲストで出てくる人は漫画家ですよね一種の雑誌だったら。でディレクターとかは一種の編集者ですよね。

だからね。本当にどこの職場もおんなじで、映画もそうだし、僕ね映画の内側にいた時も思ったんですけど、やっぱり家族なんですよ。音楽もそうなんですよね。CDつくったり。でもね、多分ね、家電を作るのも、自動車つくるのも、ファッションもね、食品もね、サービス業もね、農産物もそうですけど、やっぱりみんな家族みたいにして作っていると思うんですよ。そういうものは。ただの冷たいビジネス関係では人の心を掴む商品はつくれない。し・・やっぱり直接付き合っている貴方の為にやりますって言う気持ちがないとやっぱ作れないですよ。

漫画家の人には一番身近に編集者がいて、編集者への君のために描く!と言う気持ちがないと。その向こうの読者に届くものも作れないですよね。

僕はこれ、いつも話す時は山ちゃんと、赤井さんの為に話しているんですよ。

でも、そうやってさぁ。仕事を通じて本当に密接に繋がることによってその日本全体ができている。できてたと思うんですね。だって日本て、ビジネスライクな国じゃないでしょ、もともと村社会で。やっぱ、目の前にいる誰かの為に作りたいっていう、野菜と作る人だったら野菜を仕入れに来る人の為に作るっていう「貴方の為にいい大根つくったよ」と言う気持ちでつくるんだと思うんです。で、それが連鎖的に繋がっていくんです。それで、日本って世界でも有数な二番目の経済大国になっていったと思うんですよ。戦後、ただ、この「重版出来!」っていうのは、それが崩壊した後の世界をテーマにしているんだと思うんですよ。

で、何度もセリフの中で「もうバブルの頃とは違うんだよ」って言うセリフが何度も何度も出てくるんですよ。そう、バブルの頃は、あんなにみんなで温かく物を作れたのに。って言う事があって。で、例えば「コミックの初版部数が今は5000部が限界だよ、普通だよ」ってセリフが聴こえてくるんです。でもね、それだと作者に入る印税は20万円なんですよ。これ生活できないですよ。でも、今、電車に乗っても誰もマンガも本も読んでない時代だからしょうがないですよね。

で、バブルの崩壊から26年ずーと撤退戦なんですよ出版とか映画もテレビもラジオも音楽業界も家電メーカーも26年間ずーと撤退戦を続けてギリギリで耐えてるんですよね。「クールジャパン」とか言ってるんですけど、ふざけんじゃないよバカと思いますけどね。今、日本映画でヒットしても30億円超えるのは年間に数本しか無くて通常は「15億円でヒット」って言われているんですよ。これ制作費5億円が限界ですよ。下手なテレビ以下なんですよ。日本映画って。こんな撤退戦だから余裕がなくってドンドン酷くなっていってるんですよ。制作の現場はね。かつて仕事によって心が心が密接に繋がっていく擬似家族的な関係って言うものも仕事の倫理とか言うものも本当にやせ細っていって枯れてしまっているんですよ現在。日本で。

だから僕なんて、今、編集をやってますけど、編集じゃなくて記事書いてますけど、メールのやり取りだけで一回も顔合わせた事がない編集者がいっぱいいるんですよ。で、原稿送っても、内容に関しての何のコメントもないまま、いきなり打ち切ったりね。講談社ですけどね。あと、単行本の装丁のデザインを僕にみせないまま出したりね。要するに書き手との繋がり、関係をつくれなくなっちゃてるんですね。編集者とかがね。その頃の講談社って10年以上赤字が続いて慢性的な経営危機になっていたから余裕がなかったんだと思うんですよ

そうやって、今現在、その仕事の場における人間関係って「荒野」ですよ、「砂漠」みたいになってるんですよ。ネットのせいもありますけど。そういうのって人間関係全体を家族とかすべてに向かって全体に広がっていると思うんですよ。砂漠の様な人間関係が。そこから生れてきたのが、この「重版出来!」に出てくるナガヤマケント君なんですよ。(人に関心が無いとかね)そ、彼は親から捨てられて誰とも繋がらないまま生きてきて、友達もいなくて、人間の心がまったくわからない・・まさに、そう言ったバブル崩壊後26年で生まれてきた人間なんですよ。

だから彼が描く漫画には、彼が抱えているその、圧倒的な孤独とか、恐怖感とか絶望、無力感がいっぱいなんですよね。それは多分、バブル崩壊後に生れた者にしかわからない苦しみなんですよ。でも、それを彼は上手く表現できないんですけども、彼の表現を助けたのは、そのマンガ作りの家族的な繋がりなんですよ。現場の。で、そこで、彼にはずっと家族はなかったけど、そこで家族が初めてできるじゃないですか。その力によって、その支えで彼はそのずっと抱えてきたものを表現できるんですよ。で、それで、今、滅びかけている出版というものを復活させる事ができるかもしれないと言うのが多分、今回の最終回になると思うんですね。・・と僕は勝手に考えています。

でも、講談社もイサヤマさんが復活させましたからね。進撃の巨人で講談社は立ち直りましたからね。で。多分、現場はガチャガチャになってますけど、今、現在の日本が抱えている苦しみみたいなものを表現することで、もしかしたら日本自体も再生できるかもしれないとみてますけど・・勝手にみてますが。勝手に。

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5、平成デフレ・スパイラル

今現在、50歳を超えている町山智浩さんを代表とする僕達の世代は、高度成長期、バブル期、バブル崩壊、平成デフレ期の推移を知っているので「重版出来!」で語られる時代の推移と共に生きて来た世代である。

インフレからデフレへの転換期を知っている世代・・

例えば雇用。お仕事の話をすれば「僕達の時代」「1985年就職組」は「男女雇用機会均等法」も施行され、男女ともバリバリ働くぞ!残業は当たり前!引く手数多の就職活動などなど明るく希望に満ちた新入社員で、春には数社から内定をもらい、夏には卒業旅行、翌春、入社してしまえば終身雇用で、大きな間違いをしでかさなければ、役員は無理でも課長か部長にはなれるかな?と言った今から思えば「隔世の感」があるとはこの事と言う状況だった。

1985年も派遣さんはいたが、総務部からは「ただ雇われ元が異なっているだけで、職業人としての立場は一緒なので差別や区別はしません」という派遣者尊重の空気があったのを覚えている。諸事情で正社員と言う立場での働き方をしていない人的な扱いだったと思う。まぁ当時は人手不足の時代で「一人月(いちにんげつ)30万円」なんて言葉が跋扈(ばっこ)していた。「人を一ヶ月派遣したら30万円ですよ」が相場の時代。単なる事務しかできない(ワードとエクセルを少々)人でも、派遣会社を通して来てもらうと会社は一月30万円の人件費を支払わなくてはならない・・と、人件費の高さを強調する文言であった様な気がする。これが、プログラマーとか、SEとか、ランクが上の職制の人を派遣してもらうと一人月40万とか50万になっていく。img04.jpg1990年前後の東西冷戦集結とバブル経済崩壊を境に、株や地価がガンガン下がり始め、経済が一挙に冷え込んだ。まさしく金融不安である。こうなると、すべてが悪循環を始める。負のスパイラルだ。東京での経済不振はタイムラグを経て、地方の支店経済もガタガタにした。日本の4大証券会社の一角を担っていた山一證券倒産(1997年)。地方の金融機関では実際に取り付け騒ぎが起こった。

「重版出来!」の劇中でも週刊バイブスの編集長が「昔は、放っておいても雑誌が売れていた時代があったのに、なんで俺は、こんな時代に編集長になってしまったんだろう」とぼやくシーンが有る。まさしくそう、それなのだ。

実を言うと、私が1985年に入社した会社はもうこの世に存在しない。企業グループ内で合併されたからだ。今の時代、地方のグループ企業などは、採算が合わなければどんどん整理統合されていくのが当たり前。不必要な人員は容赦なくリストラ対象となる。偶然、ハローワークで以前の職場の総務部で仕事をしていた人をみかけた。会社が合併されると言う事は、会社役員は当然の事ながら、総務部、業務部、経理部のポストと人員削減が狙いなのだから。30年以上勤務した会社から有利な早期退職金を貰えたのかな?などと余計な心配をしてしまう私であった。

名の通った企業に就職できれば、一生安泰かとおもいきや。一生懸命ご奉公したのに人材の不良債権と揶揄されリストラの対象となる。なんとも世知辛い世の中である。私達は「そう言う時代」の日本国を生きたのである。

先頃、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されたシャープだって、ついこの間まで不振を極める他社(日本家電メーカー)を尻目に絶好調だったのだ。2004年(平成16年)亀山工場が稼動を開始。2009年(平成21年)堺工場が稼働を開始。大型電気量販店には「世界の亀山モデル」と自称したシャープの液晶テレビがこれ見よがしに展示されていて、他のメーカーはダメでも、液晶のシャープだけは別格だな。・・と思わせていたのに、わずか10年で海外メーカーに買収される憂き目にあったのである。総花主義の他社は不振でも、自社で液晶技術を持っているシャープだけは違うと信じていたのに。

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6、戦争時代の終焉・御聖断

だがまてよ。私達の祖父母や父母の時代は、世界が戦争で埋め尽くされて、生命の保証もなければ、明日食べるご飯の心配をしていた時代だったのだ。それに比べれば、遥かにマシな時代なのかもしれない。

話をリアル化する為に、私の実父の話をしよう。私の父は昭和04年生れで、青春期を大東亜戦争の最中に過ごした。予科練に入ったものの、既に戦争末期で、もう空を飛べる戦闘機は一機もなく「脊振山の上を超低空飛行するB29を見て、決して口には出さないでいたが、敗戦は既成事実として受け入れていた」と語っていたのを覚えている。

私達世代がバブル崩壊、東西冷戦集結と言う時代の転換期に遭遇したのと同様に、私の父世代は、「敗戦」「終戦」と言う時代の転換期に遭遇したのであった。

富国強兵の大日本帝国憲法から戦争放棄の日本国憲法へと価値観の大転換に遭遇したのだ。今、日本国の安倍晋三首相は「戦後レジーム脱却」を御旗に掲げ政権運営に励んでおられるが・・・

戦後レジーム

現代の日本では主に、太平洋戦争(大東亜戦争)での日本の降伏後、GHQによる占領下で出来上がった日本国憲法を始めとする法令等を意味する言葉として使われている。


ポツダム宣言受諾の当時の日本国の国情を描写した映画で「日本のいちばん長い日」と言う映画がある。

日本のいちばん長い日(2015)

原田眞人監督作品。

昭和天皇や閣僚たちが御前会議において降伏を決定した1945年(昭和20年)8月14日の正午から宮城事件、そして国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を描いている。

阿南惟幾(陸軍大臣) - 役所広司
昭和天皇 - 本木雅弘

映画の中で、降伏する条件として「国体護持(天皇制存続)」に最大限に拘る軍部の様子が描かれる。

国体(こくたい)

(旧字体:國體)とは、八木秀次によれば"ある国の基礎的な政治の原則"。事実上、日本の事象に特化した政治思想用語であり、特に「天皇を中心とした秩序(政体)」を意味する語とされている。そのため、外国語においても固有名詞扱いで "Kokutai" と表記される。

「降伏」か?「本土決戦」か?劇中で本木雅弘扮する昭和天皇は「戦争の集結についてこれの実現について努力するよう希望する」「もうよい」「私の名によって始められた戦争、私の本心からの言葉から収集できるのならばありがたく思う」とお言葉を発せられる。御聖断は、価値観の大転換をもたらしたのである。わたしの実父は「そう言う時代」の日本国を生きたのである。

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7、大日本帝国憲法と朝鮮人

舛添都知事問題をチェックしていて、興味深い事実を見つけた。舛添都知事の説明態度があんなだったので、案の定ネット上で「舛添は韓国帰化人」だとバッシングされていたのだが、その元ネタが「ハングル文字でルビがふられた選挙チラシ」であった。

舛添要一の実父:舛添弥次郎

舛添要一氏の実父(舛添弥次郎)が1930年昭和05年05月に立憲民政党(後の日本自由党のルーツの一つ)陣営から福岡県若松市議会議員選挙に立候補(結果、次点で落選)した時の広報チラシにハングルの名前を併記していた。当時、舛添弥次郎は若松で石炭商(現在のガソリンスタンドのような存在)を営んでいた。

おやおや親韓かい?と思えるトピックスであるが、1930年当時の日本国は、戦前の富国強兵の大日本帝国憲法の時代の話である。そう、まだ世の中には自由民主党も日本社会党も存在しなかった。

戦後の民主教育を受けた私には「一瞬、ん?」と思う事実を発見した。実は、1930年当時、在日朝鮮人にも選挙権が与えられていた!。更に、被選挙権も与えられており、実際に在日朝鮮人でありながら大日本帝国憲法下で国会議員になった朝鮮人(朴春琴)もいたのだ。

朴春琴

慶尚南道出身。密陽漢文書塾・日語学校で学び1906年に訪日。土木作業員から手配師となって、清水組や佐藤工業・飛島組・熊谷組などの仕事を請け負った。(中略)衆議院議員としては、日本政府の朝鮮人差別を追及するなど民族的利益のためにも活動したが、現代の韓国では売国奴(親日派)とみなされている。

当時の福岡県若松市は官営八幡製鐵所(1901年02月操業)の企業城下町状態で経済的には潤っていた筈だ。

韓国併合以降「韓国併合」および「日本統治時代の朝鮮」

1910年の韓国併合以降、渡航する朝鮮人は急増し、内務省警保局統計によれば1920年に約3万人、1930年には約30万人の朝鮮人が在留していた。併合当初に移入した朝鮮人は土建現場・鉱山・工場などにおける下層労働者で、単身者が多くを占める出稼ぎの形態をとっていたが、次第に家族を呼び寄せたり家庭を持つなどして、日本に生活の拠点を置き、永住化もしくは半永住化を志向する人々が増えた。。河宗文によれば、「日本政府は朝鮮人の渡航を抑制したり受容したりしながら、朝鮮人労働者を日本資本の差別的構造の中に編入させて行った」とする。当時、日本での朝鮮人の生活は劣悪なもので川辺や湿地帯に集落を造り、賃金も日本人の約半分であったとされる。然しながら当時の朝鮮人の朝鮮国内の賃金と比較すると破格の高収入だった。

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と言うことは、韓国からの出稼ぎ労働者にも選挙権を与えていた事実があるとなると、日本国は意外とまじめに、大東亜共栄圏 五族共和を考えていて「やる気のある朝鮮人は日本で働いて下さい。朝鮮国内より稼げるし、選挙権も被選挙権ももらえますよ。」を実践していた事になる。

舛添弥次郎氏は福岡県若松市会議員に立候補し、八幡製鉄所で下層労働者として働く朝鮮人の支持を得ようと、自身の選挙ビラにハングル文字のルビをふったのである。舛添要一氏は東大出の国際政治学者と言う肩書きをお持ちだが、実父の弥次郎氏も、1930年の日本国において、日本人はもとより、在日朝鮮人にも支持を訴える国際派であり「そう言う時代」の日本国を生きたのである。

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8、新世紀の擬似戦争

私の父世代の代表者として映画監督の故・深作欣二監督のエピソードを引用する。時期的にはバトルロワイヤル公開時の時のものらしい。

深作欣二

宮崎:終戦はどこで迎えられたんですか。

深作:水戸でした。終戦の年の4月に学徒動員でいきなり兵器工場に連れていかれて、旋盤とかフライス盤とかやらされて、「これは何ですか」「軍の機密だ」なんて。どうも零戦に搭載している機関砲の部品をつくらされてたらしくて、みんな「わー、カッコいいな」って言ってたけど、満足な部品はできっこないんですよね。もしそのまま使われてたらえらいことですよね。

宮崎:そのときの体験が今国の映画の原点になっているんですか。

深作:ええ。終戦のーカ月くらい前に艦砲射撃を受けまして、僕らはそのとき運よく家に帰されてたんですが、残業していた30、40人の工員がみんな吹っ飛ばされちゃった。次の朝行ったらもう遺体はバラバラですよね。焼け野原に散らばる友だちの手足を拾い集めるのが僕たちの仕事でした。そのとき感じた国家への不信、大人への憎しみが今でも僕の根底にはあって、最近、盛んに新聞をにぎわせている少年犯罪にもどこか他人事でないという感情を抱いてきたんですね。だから、とにかく一ぺん中3を取り上げて映画を撮ってみたいなと思ってました。今回はたまたまそれが42人まとまってきた。ただ、もちろん、これだけ世間が少年犯罪に過敏になっている時期に、どこかの文学賞の選考委貴会でも物議をかもしたという作品を取り上げるのは、映画の企画としてやばくないかといラ声もありましたね。もともと東映は、そういうこと心配する会社じゃなかったんですけどね(笑)。


深作欣二監督の遺作:バトルロワイヤル(2000年)は中学生同士の殺し合いの映画として国会でも上映禁止議論が巻き起こった。だがしかし、町山さんも指摘しているが、1940年代日本でも当たり前の行為(戦争)として公的にしていた行為を、現代(新世紀の初め)に選ばれた中学生のクラスと言う限定した関係性の中で再現したにすぎない。

終戦。「天皇陛下のおんために」・・と頑張ってきたのに、いきなり「民主主義です」っと、基本的人権、平和主義、国民主権と価値観の大転換。昭和初期に生まれた人達(含:深作欣二監督)は、思春期にこう云う価値観の大転換に見舞われた人達であり、バトルロワイヤルは新世紀にその逆の価値の大転換を表現した映画作品なのである。

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9、そう言う時代

「そう言う時代」なのである。

精神分析の世界で、親の子どもへの対応方法で「オールOK」というのがある。精神分析家の諸先輩方がブログなどで啓蒙活動を継続されているので、ネット検索をすると種々の情報をゲットできるような状況になった。実は、私が精神分析に出会った約10年前には、ネットで「オールOK」という単語をGoogle検索しても、子育て対応法としての記述は一切でてこなかった。

オールOK子育法

・子どもの言うことや要求には、全てOK!を出して「ダメ!」を言わない。
・それを「喜んで」「敏速かつ適確に」「一貫して」やっていく。

ななめ読みすると「我がまま子ども育成法」と受け取られかねないが、この子育て法には根拠があって、フロイトが提唱した「精神発達論」を拠り所としている。過去、月刊 精神分析誌上で世間を騒がせる事件やトピックスを精神分析的視点で分析・考察してきたが、事件の加害者や問題行動を巻き起こす人の生い立ちがメディアから伝わってくると「そういう環境で育てば、そうなるよな」と妙に納得できる様になった。

自分の家庭環境を振り返って考える。

父方の祖母は明治生まれ。両親は昭和初期生れ。残念ながら、とても個人が尊重され、子ども時代の欲求が満たされた時代に生まれ育った人達ではない。祖母は戦前、戦中、両親は物心がつくまで戦争中を過ごした世代である。

今でも彼らの口をついて出た言葉を覚えている。「戦争中は木の皮をたべよったとばい」「予科練では云々かんぬん」「昔だったらお前はもう元服していた歳」・・常に私の欲望は抑圧され我慢を強いられた。私と言う個人を「個」として承認・称賛された記憶がない。

結果、私は心的な病を発症し、実家とは距離を置いて生活する事になった。私は私が私である事に苦悩する道を歩む事となった。

今、冷静に自分の養育史を振り返って自己分析してみれば、祖母も両親も「そう言う時代」の日本国に生れ育って生活してきた人達で、実の孫や実の子どもに対して、あぁ言う向き合い方しかできなかった事にも、今は納得ができる。

基本的人権や平和主義が日本国憲法で唱えられたのは1947年昭和22年。2016年平成28年の今からみれば、たかだか69年前の事。それ以前は今では当たり前の「人権」と言う概念すらなかった。日本海軍が戦争中に米英パイロットをビビらせた零式艦上戦闘機、所謂、ゼロ戦を考察してみても、卓越した運動性能を誇りながら、軽量化を追求した為、機体の構造が脆弱で、パイロットの防弾が考慮されておらず、結果、優秀な多くのパイロットを次々と失う事となった。

折角、平和で物が豊かな日本になったのだから、家族間でも「個」を尊重しつつ、良好な親子関係を構築できればよかったのにと思うのだが、私が生まれた「家」では、戦争中の支配と被支配の関係が継続していた。質(たち)が悪い事に、祖母は支配と被支配の関係を継続させる理由付けに新興宗教を用いた。戦争が終わって天皇と軍部からの支配は終わったのに、今度は、教祖さまと宗教組織の支配が始まった。支配する方にしてみれば、支配する理由は天皇でも教祖さまでも何でもよかったのだ。

私も大人になって祖母や両親が誕生し育った時の社会情勢や生活環境(そう言う時代)を理解できる様になった。つい70年前まで、皇軍の一員として隣国に進軍し鬼畜米英を討ち滅ぼし、神国日本のもと五族協和の大東亜共栄圏を打ち立てて、世界に君臨するのだ!と国家総動員のもと、B29空襲で国土を焼け野原にされても、原爆を2発投下されても竹槍で本土決戦を挑もうとしていた人達の感覚が急変する事は難しく、心的拠り所を「天皇」から「教祖様」に置き換えたのは、むしろ自然な流れだったのかもしれない・・・と最近は腑に落ちる思考ができるようになった。しかし、戦後の民主主義教育で育った私には甚だ迷惑な環境であった。私は「戦後の日本の価値観」と「家の宗教的価値観」と、僅かながらの「脆弱な自我」の板挟みになりながら生き続けなければならなかった。私の心の中では常に「葛藤」の嵐が吹き荒れていた。

よって、私の養育環境では「オールOK」はありえなかったし、むしろ、子どもの主体性を潰す事を是とする環境であった。

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10、日本国憲法発布から70年

日本国憲法発布(1947年)から2016年まで、たかだか70年。「平和」「人権」「非武装」が日本国のあり方の根底にありますよと決めてから(GHQに押しつけられたかもしれない)長い長い日本の歴史の中で僅か70年。私と貴方は、たまたまその期間の間に日本国に誕生し生活している。移民問題やテロ問題を抱える諸外国の人々からみれば「超ガラパゴシアン」な「おめでたい」「超ラッキー」な人達なのである。

歩いて5分で「セブン-イレブン」。自転車で10分で「安売りスーパー」。付近には警察署も、病院も、小学校も保育園も、バスも地下鉄もなんでもある。平凡な景色の中で、小学生が普通にスマホを持ってラインをしている。

それこそ、私達の祖父母や両親(戦前、戦中世代)が、焼け野原の国土を復興させ、1964年の東京オリンピックを核とした高度成長期を経て、こんなに豊かで便利で治安のよい国を建設したのではないか。もちろん多くの犠牲はあったにせよ・・。

しかしながら、平和と安定に我慢ができないのか?日々、耳を疑う様な事件や事故の報道が相次ぐ。ショッピングセンターで無関係な女性を刺し殺す。刺した理由は「自分の人生を終わりにしたかった」。・・・応援していた地下アイドルとの関係を拗らせストーカー行為の挙句、付け回しナイフで刺す。都会の溜池にはバラバラ死体が浮いている。海に遺棄されたスーツケースの中には女性の死体。

トラブルの加害者の心の中には、心的遺伝によって親の代からコピーされた、未だに戦争中の支配と非支配の危うい関係性の自我しか存在せず。意識の奥底深くに沈められた無意識は、ほんの些細なきっかけから鎌首をもたげ、大きな事件や事件を起こしてしまうのだ。

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11、重版出来!中田伯

img06.jpg人の心は放っておいては勝手に育たたない。人の精神は母親が手をかけた分、母親との心的交流の上で発達していく。

母親から一度も承認された事もなく、何をするのも否定され、条件をつけられ、常に指示命令される。そんな環境の中で育った人間が、ある日突然、ある年齢(18歳、20歳)に達する。「あなたは選挙権もある立派な大人です」「あなたは喫煙・飲酒も許される立派な成人です」「さぁあなた自身の翼で大きく羽ばたきましょう」と言われても。何をどうしていいのかわからなくて当然ではないですか?動けなくて当たり前ではないですか?

「重版出来!」に登場する絵が下手な漫画家志望の中田伯(永山絢斗)は幼い頃に母から捨てられ、祖父に育てられ、友達と呼べる人も無く、マンガだけを頼りに、孤独感を抱えて生きて来ました。漫画家(先生)の奥さんに優しくされても、中田伯は支配の前段と受け取って拒絶する始末。

しかし「週刊バイブス」の新米編集者:黒沢心(黒木華)、漫画家とアシスタント仲間との家族的交流を通して、心的成長を遂げ連載漫画家として一人立ちしていく。

連載が決まった時の中田伯の歓喜の言葉「生きててよかった!」「産まれてきてよかった!」。コミックス発行の準備の為の担当編集者:黒沢心に「(重版出来が)黒沢さんの目標なら叶えてあげたい。僕に出来る事はありますか?」。サイン会々場で「あと何分ありますか?絵練習します、来てくれた人の為に描きます」と。

誰にもどこにも受け入れられなかった中田伯は、マンガ作家として周囲の人々と交流する事によって精神発達を遂げたのである。

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12、おわりに

今号の月刊 精神分析は「重版出来!」を切り口に「精神発達論と時代」を考察してみました。

長期平成デフレ・スパイラル継続中の世の中ですが、戦前戦中に比べれば、一応、表向き表現の自由は保証されていますし、他国に比べてテロのリスクを感じる事なく生活できる環境ではあります。

今、この時、心の中の「戦後レジューム」から脱却してはいかがでしょうか?

また来月お会いしましょう。

ご意見ご感想は、

lacan.fukuoka@gmail.com

でお待ちしています。

2016年平成28年08月31日

月刊 精神分析 編集部A

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13、Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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